溜息
改めてレポートを郵便受けに入れる為に外に出た。すると今まで感じたことのない熱気が肌を覆う。
余りの熱さに後ずさりして部屋に戻った私を見て、少女はだから言ったのに、という顔をした。
「直射日光に当たらなければ焼けることはない、もし当たって焼けたところで死ぬことも滅多にない。だけど、どちらにせよ凄く熱い」
直接当たらなくとも、周囲が明るいという事は地面や壁に反射して日光が届いているということだ。微量なりとも、体を燃やす光が体に届いている、良く考えれば熱くない筈がないのだ。
しかし、もう時間がない。友人がレポート取りに郵便受けまで来る前に、なんとか入れておかなければならない。
一時部屋に避難したものの、気を引き締めて再び戸に手を掛け、思い切って開く。
熱気の中に飛び込み、暑さに耐えて歩を進める。階段へ着く、その踊り場に微かではあるが朝日が差し込み、照らされていた。その場所に近づくにつれて、更に体感温度が上がっていく。
そこを通らなければ、一階まで降りることは出来ない。身を捩るようにして、光の通る直線上を避けて通りぬけた。その間もずっと暑さは増すばかりであった。
額、首、脇、全身から滝のように汗が流れる。それが滴り日に照らされるコンクリートの床に落ちた。そして瞬間的に発火する。
「ガソリンより燃えるんじゃないか……」
まるで自分が固形燃料にでもなったように感じながらも一階を目指す。無事二階に着いたが、もう一度同じ間取りつまり同じように日の指す階段を抜けなければならない。私は初めて三階に住んでいることを後悔した。
目的を果たし、薄暗く安心できる部屋に戻ってきたときには、私の精神はこれまでに経験したことが無いほどに消耗し切っていた。
「少しの間に凄く窶れたね」
窓のバリケードの一部と化した雑誌を器用に捲りながら少女は言った。その口元は気の所為か、微かに意地悪く歪んでいるようにも見えた。
私は滝の様に流した汗で、ついさっき着替えたばかりのシャツを濡らしていた。それを取り払いシャワーを浴びる為に、脱衣所へ入り、そこからでも少女に聞こえるような声量で言葉を発した。
「一先ず、これで当面は考える時間が出来ました」
「考える?何を?」
彼女の声は決して大きくはなかったが、浴室まで通った。
「決まってるじゃないですか、これからの私の大学生活についてです」
「卒業するつもりでいるの?」
意外そうな声へと変わった。私としてはその反応自体が意外としか言いようがない。
「当たり前ですよ、私の二年間を無駄にするつもりですか」
私は現在三年生であった。取得単位は多い方ではないが、計画的かつ真面目に学業に励んでいた為に、留年などという事象はまずあり得ないと思っていた。
その順調に進んでいた計画も、今回の一件で大幅に変更せざるを得なくなったのだが。その徒労を考えてからか、それとも汗を流す冷たい水の心地よさからか溜息がこぼれる。
「…きらめ…ほ…が…な……だ……うけ…」
少女は何か言ってるようだったが、シャワーによる雑音で、上手く聞き取ることはできなかった。
最後のかすれた少女の台詞は別に伏線とかじゃないのでながして良いはずです。ちなみに「諦めた方が無難だと思う」です。