数少ない友人
電話の向こうで、眠そうな声が返事をした。
「ん、もしもし?永礼か」
寝起きでありながらも、ちゃんと電話の相手を分かっているようで、彼は私の苗字を呼んだ。
「あぁ、おはよう。今起きたところなのかい」
「そうだよ、永礼のお蔭で遅刻せずに済みそうだ」
皮肉ともとれる発言ではあるが、今はそんな事を気にしている場合ではない。
「それは良かった。その件なんだけどさ、一限の代返頼めないかな、用事が出来てしまって……」
まさか吸血鬼になったので、日差しの強い今日は外に出られない、というわけにもいかない。そこを突っ込まれたら更に適当な嘘を重ねるしかない。
電話の相手は、少し考えるように、無言で間を置く。しかし、その時間はすぐに終わった。
「……分かった。でも珍しいな、お前が授業すっぽかすなんて。大事な用なのか?」
思ったよりも快く承諾してくれたが、どうやら彼の好奇心を擽ってしまったらしい。
「まぁ、そんな所かな……」
嘘を考える時間を稼ぐために、少しはぐらかすように適当な返事をした。きっと、次に彼は詳しく内容を教えるように迫るだろう。
「いつもは俺が代返してもらってるし、今回は何も聞かずに頼まれてやるよ」
覚悟した甲斐も、頭を巡らした甲斐もなく、彼は好奇心を自制してくれた。
「っ……そうか、ありがとう」
拍子抜けした私は、一瞬声を詰まらせてしまったが、礼を一言添えて電話を切ろうとした。
「それはそうと、今日提出期限のレポートはどうするんだ?」
思い出したように問うた彼の発言にハッとなる。そういえば、先週にそんな課題が出されていた。習慣として出された当日に終わらせ、ノートに挟んでいたのだが、やり遂げた安堵感からすっかり頭から飛んでいた。
「本当に悪いんだけれど、私の下宿の郵便受けに入れとくから、引っ張り出して提出しといてくれないかな」
自分でもどこまで図々しい発言をしているのか分かっているつもりではあるが、背に腹は代えられなかった。
「あぁ、分かった。まぁどれだけ切羽詰まってるのか知らないけど、頑張れよ」
彼はまたもや快諾し、あろうことか、励ましの言葉まで添えてくれた。彼の下宿は大学を挟んで、私の下宿と対角線上にある。距離として言えば大したものではないが、直接通学するよりは遥かに遠回りとなる。私は、彼の海よりも深い懐に感謝を抱くしかなかった。
「本当にありがとう。今度、飯でも奢らせてくれ」
「お、ラッキー。楽しみにしてるよ、じゃあまたな」
彼は朗らかに笑うと通話を切った。
これで何とか目と鼻の先に直面した問題からは逃れられた。
私は今日の講義のタイトルを表紙に書いたノートを探しだし、それに挟んでいたレポートを取り出した。それは、自分でつい先週に書いたものであるにも関わらず、全くと言っていいほど内容が記憶から無くなっていた。
早いところ集合ポストに突っ込み、これからの対策を考えようと、枕元のシーツが焼け破れたベッドから腰を上げた。