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炎によって確信を持つ

 気付くと窓は閉められ、さらに言えばカーテンも閉じられていた。それにしても、余りにも暗い。時刻は既に朝の7時を回っていた。

 カーテンを捲り、その原因を確かめた。ガラスはいつの間にか、ガムテープによって雑誌や段ボールで塞がれていた。その所為で窓を開くことがままならない状況にある。

 その紙類を除けようと手を掛けたとき、聞き覚えのある声が背中に掛かった。

「止めた方が良い」

 忠告する言葉に、手を止め、振り返る。そしてその声の主を見て、昨夜の出来事が実際にあったことなのだと否応なく理解した。

「私、吸血鬼になったんですか」

「だから、生きてる。傷も無くなってるはず」

 その言葉を聞き、反射的に首に手を伸ばす。彼女の言うとおり、傷は塞がり、その周囲に凝固した血液がこびり付いていた。指で擦ると、それらは粉となり指に付着する。

 私は窓に向き直り、塞がれたガラスを眺めた。それはきっと、私が寝ている間に、少女が手を加えてくれたものだろう。

「吸血鬼ってやっぱり日光に当たると死ぬんでしょうか」

「少しなら死にはしない。強い日差しに直接当たると火傷して爛れたりはするけど、日焼け止めを塗って日傘を差せば、曇りの日くらいは大丈夫」

 日光に弱くはなったが、思っていた以上には耐性があるようだ。

「当たってすぐ灰になったりしないなら安心です」

 しかし、未だに心残りがある。

「もう一度聞きますけど、本当にもう人間じゃないんですか」

「疑り深い。それなら、試す?」

 その言葉を聞き取った直後、私の腕は少女に掴まれ、捻りあげられた。私は自分よりも一回りも二回りも小柄な少女の手で、ベットの上でうつ伏せに抑え込まれた。

 続けて少女は私のもう一方の腕をも掴むと、右手一つでそれを括りあげる。そして空いた左腕を窓に伸ばしカーテンを引きちぎった。一瞬のうちに起った出来事に頭が付いて行かず、声も出せなかった私は、その無骨にコーティングされた窓をみて、少女のやらんとすることに思い至った。

 歪な布と化したカーテンを床に放り投げ、再び空いた左手をダンボールと留めているガムテープへと伸ばす。

 細い指の先に付いた爪で引っ掻くようにテープを剥がしていく。私は昨晩に続きまたもや殺されそうになっているのだろうか。

 眠気による怠惰と、吸血鬼なんかになるはずがないという期待もあり、私は身じろぎ一つせず、ただ少女の意図のままじっとしていた。

 少女は黙々と作業を続けている。少しして、テープは剥がされ、敷き詰められたボール紙に隙間ができた。その間から朝の光が差し込み、すぐ顔の横にある枕を照らした。それは、暗い中では良く分からなかったが、昨晩のことで多量の血に塗れていた。時間を得て酸化したのだろう、黒く変色している。

 厚紙の隙間から漏れる光が段々と太くなり、顔に近づいてくる。そして揉み上げを照らしたことが、皮膚で感じる温かみで分かった。

 そしてそれは急激に、温かい、というよりも熱いという温度に変わる。限界まで眼球をそちらの方に向かせると、揉み上げが炎を上げていた。

 瞼を二割程度下ろしていた眠気も吹き飛び、私は目を見開いた。そして私は気付いた。私の血液で濡れていた枕にもまた、火がついていたのだ。

 私の背に乗る少女は既に、元通りボール紙で窓ガラスを塞いでいた。こんな状況にも関わらず、器用にも片手で。朝日が入りこまなくなったが、それでも尚、火が起こった部屋は明るいままだ。

「君の吸血鬼化はもう終わってる。髪の毛一本一本も吸血鬼のそれと同じ、だから強い日差しに当たると燃える。私の牙で出来た傷を通って君の体から出た血にも私の唾液が混ざって、吸血鬼の血液として作用した」

 淡々とした口調で語りかける彼女は未だ私の腕を離さず、背中からも退かない。炎は広がりつつあるが、ペースを崩さない少女に釣られてか、何故だか自分まで落ち着き始めた。

「そうみたいですね。火を消したいので、放して貰えますか」

「狼狽えないんだね」

 拘束が解かれた私は、揉み上げを未だ焦がし続ける、小さな火を手で払い消した後、床に落ちているカーテンを枕の炎に被せて消火した。

「貴方が落ち着いてる所為で、慌て難いんです」

 外見的にこれだけ幼い少女が淡々と物事を進めているというのもあるが、その中で自分だけが慌てた対応をするのも情けない気がしたのかも知れない。また、やり方に確かに不満はあるが、その行動を起こさせる原因となる言動をしたのは私なのだ、ということも念頭にあった。

 吸血鬼になったということは確定事項だ。それならばこれから如何するべきだろうか。一限の講義までは後一時間ある。この下宿から大学までは徒歩で15分程だ。時間には余裕がある。

 しかし、先ほどの朝日を見れば、今日の天気は日焼け止めや日傘があったところでどうこうなる日差しではないようだ。部屋から出ることは不可能かも知れない。

「仕方ない。代返頼むか」

 そう呟き、部屋の隅で充電を終えた携帯に近寄る。今日は金曜日であった。講義はこの一限のみしか入れていない。これを乗り切ればしばらくこれからの大学生活をどう乗り切るか考える猶予が出来る。

 通話アプリを開き、数少ない友人の中から、今朝の授業を共に受けている一人の名前を選択する。少し長めの呼び出し音のあと、寝惚けたような声が聞こえた。

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