夢なら良かった
つい少女に口をきいてしまった。一瞬その小さな体がビクッと跳ねた。驚かせてしまったようだ。彼女は私から離れようと下がったが、牙が未だ私の首から抜けていなかった。引っかかって傷口が広がりそうになる。
「痛い痛い痛い!引っかかってますって」
痛いと言うレベルではないが、それ以外にこの感触を表現する言葉が咄嗟には思い浮かばなかった。
少女は少しの間、頭を揺すり牙を抜こうと試行錯誤していた。その度に苦痛が走るのだが、大人しくしていた方が早く逃れられると踏んだ私は、その間じっと天井の染みを眺めながら事が終わるのを待った。挿○される女の子の気持ちが少し分かる気がした。童貞だけれど。
私の首筋から牙を除けた少女と目が合う。茫然としているような、驚愕しているような、そのどっちともつかない感情をその瞳に垣間見た。
「……眠ってなかったの?」
少女が口を開き、か細い声で問うた。
眠っていない?寝てるからこそ、こんな意味不明な夢を見ているのではないのか。まさか、と私はあることを思いついた。
「もしかして夢ではない?」
「……」
無言で頷く少女、その口元を汚している私のものと思われる血液が滴る。夢でないと考えると、未だ首に残る痛みにも実感が湧いてきた。恐る恐る首に手を当てる。生暖かいドロリとした感触に鳥肌が立った。
「何故、噛まれた、私は、」
ジンジンとした痛みのせいで、目に涙が溜まる。そして片言になる。
少女はというと、申し訳なさそうな表情に変わった。罪悪感からか、私につられてか、その瞳も段々と潤んできていた。
「血が、欲しくて……、ゴメンなさい」
「血ですか?なんでそんな……」
先ほどまで露わになっていた彼女の牙を思い出す。そして口から出た血が欲しいという言葉。
「まさか、吸血鬼、とか?」
「……」
再び頷く少女。冗談じゃない、というのが本音であった。こんなことなら夢という事で済ませてしまいたかった。
立ち向かうものをことごとく串刺しにしたり、生物の生き血を啜り、絞り、殺してしまったりする。そんな創造や伝説でしか存在を確認できない化物が、目の前にいる。
開けられた窓から差し込む月明かりだけが、部屋を照らしていた。そんな薄暗い中でも分かるほど、私の顔は青ざめていたことだろう。
そして少女はこのあり得ない状況で、更に信じられない言葉続けた。
「君も、もう直ぐ吸血鬼になる、かも」