私の屍は越えさせん……町育成ゲーだがな!
「ねえ、『ピカピカタウンへようこそ♪』って知ってる?」
ちょっぴり童顔で背の低い、甘い砂糖菓子みたいな癖毛のツインテール女子である鈴木杏莉(すずき あんり)が、下校支度をしている私と、私の前の席におり椅子に跨がって座っている、少し茶色掛かったボブカットに長めな前髪の片サイドを二本のピンで留めた、ややツリ目で気の強そうな細身の女子である佐藤麻衣子(さとう まいこ)に向かって、話し掛けてくる。
「ああ、町育成ゲームね。可愛い家をどういう風に町に配置してセンスを出すか、問われるよね」
「分かるー! 道路パーツだけで色々バリエーション有るから、考えるのに1日経っちゃったり」
誰が何を問うのか分からないが、麻衣子は杏莉とお互いに、町のレイアウトの話で盛り上がっている。
ついでだから自己紹介しよう。
私の名は兼元玲子(かねもと れいこ)。
真っ黒いストレートの髪をポニーテールにした、三人の中では一番長身である、清楚系和風JKだ。
清楚とは、『飾りけがなく、清らかなこと。また、そのさま』である。
うん、全く嘘偽りはない。我が事ながら、そのものだ。
ちなみにJKは自信過剰の略ではない。女子高生の方だ。
……しかし、前回の『キラキラ』とか、今回の『ピカピカ』とか、洒脱さのないオノマトペが好きな奴らだな。
「商業地区とか、住宅地区とかに分けて、配置してる?」
「一応。コンビニは、住宅街にも置いてるけど」
社会問題か。普段は関心無さそうなのに、なかなかに難しい話題をしているな。
私とて、昨今の不景気には頭を抱えている。
消費税増税で小遣いアップを要求したが逆に減額されてしまったし、不景気故の荒みからか、ちょっとした事で喧嘩を吹っ掛ける輩も少なくない。
増えすぎた手下の面倒を見るのは厄介だが、人々を更生させる意味で、私が社会の役に立っている事は、間違いない。
そんな私が町を育成すれば、誰よりも上手く、理想郷を作れる事だろう。
「……教えない」
「巫山戯るな」
私が二人の話を黙って見詰めていると、麻衣子は私の様子に気付き、即答する。
麻衣子の言葉に私は異議申し立てをするが、麻衣子は頑として譲らず、首を横に振った。
「……ネットゲームだから、他の人に迷惑掛けたら、目も当てられない」
何だと?! 私とてゲーマーの端くれ。登録しているネットゲームは数多あるぞ!
「……VR対応ネトゲで何かやったら、追い出されるだけじゃ済まないし」
無礼千万! 私はインする度に全ての人から神待遇されてるわ!
「……自室の片付けすら出来ないアンタが、町の区画整理とか、ムリ」
端から見れば無秩序に置かれていると思うだろうが、私の行動パターンを踏まえた上で、尤も効率良く配置されている事を知らぬとは、愚かな……!
零れた飲み物や菓子類すらも、主に母親に対する要求を是とさせる為の布石であるのだよ! 部屋のゴミ撤去とか、小遣いアップとか……!
「……出来てない上に、こじつけかよ」
私の雄弁な視線に麻衣子のツッコミが入るが、最早、譲る気はない。
私の突き刺すような眼光に麻衣子は少々たじろぎ、携帯で何かを入力して私へと送信させた。
「……責任は、自分で取ってよね」
「当然だ」
何だかんだ言って、麻衣子は私に甘いようだ。
心の友に満面の笑みを向け、感謝の意を表したが、麻衣子は表情を強張らせながら、顔色を青白くさせていく。
……失敬だな!
下校途中、麻衣子に何やらネットマナーなどの説明をされたが、先程も述べたように、私は幾つものネトゲを体験済みである為、大して耳に入れずにその場を離れた。
家に帰り、VRマシンを立ち上げ、麻衣子から教わったアドレスを入力してヘッドギアを被る。
簡略化された建物や星を背景に、『ピカピカタウンへようこそ♪』というタイトル文字が眼前に広がった。
……前回の『キラキラ星を捕まえて』といい、もう少し捻ったタイトルを付けられないものだろうか。
それとも、そういうタイトルの物が、麻衣子達は好きなのだろうか?
個人IDとパスワードの設定をしながら、二人の好みについて模索していると、何もない地面に降り立っている私に、小学校低学年程の少女が私に微笑みかけていた。
「ようこそ! 私はこの町作りをお手伝いするモニカよ♪ ヨロシクね☆」
金色のおさげに、赤いショートパンツ型のデニムサロペットを着た少女は大きな青い目を輝かせ、私に接近する──と同時に、私の左足払いにより、彼女は仰向けに転倒
……させたくなる衝動をぐっと抑える。
私が常々愛用しているゲームなら先手必勝は当たり前。
やられる前に、全てを殲滅するのが必然だ。
だが、私は女子供に優しい清楚JKだ。
大事な事なので、もう一度言おう。清・楚・J・Kだ。
女であり子供でもあるモニカという少女にこちらから攻撃を加える事もなく、しかし、いつ相手が攻撃に出ても対処出来るよう心構えをした上で、私はモニカの前に膝を抱えて腰を落とし、顔を覗き込んだ。
「……どうした、迷子か?」
「……え? いえ、お手伝い……」
こんな何もない平地で、一人、親を求めて彷徨うのは、幼いモニカにはさぞ辛い事だろう。
私はモニカの頭を優しく撫で、その手を取った。
「私も、お前の親を捜す旅に同行しよう」
「え?! い、いえ、お母さんは家に……」
モニカは戸惑いながら、親の居そうな場所を私に告げる。
……家にいるだと?! 子供が迷っているのにか?!!
私は憤懣やるかたない気持ちになり、脳内でモニカの親を叱咤するが、不意に不吉な予感が胸を襲う。
……まさか、捨てられた、とか?
私は見渡す限り地平線が続くこの場所を見回し、軽く溜息を吐く。
子供一人では、到底到達出来る場所では、ない。
遥か遠くに町があるのかも知れないが、影すら見えないとなると、車か何かで連れて来られ、置き去りにされた確率が高い。
……これは、無事家に辿り着けても、また同じ事の繰り返しになる可能性が否めないな。
かの有名なパンクズ兄妹の物語を思い出し、脳内でモニカの親に、突きを連打させる。
いや、攻撃した所で、状況が改善されるとは限らない。
それよりも、モニカを一人でも生きていけるよう鍛えれば、問題解決になるのではないだろうか。
もしかしたら、モニカの親が家にいるというのはモニカの誤解で、今頃慌てて探している可能性もなくはない。
その上でも、立派になった我が子に困る親はいないだろう。
私は決意を新たにし、モニカの前に腕を組んで立ち上がった。
「よし! 今から腕立て、500回、開始!」
「ええ?!! う、腕立て?!! ……え、え?!!」
私の言葉にモニカは動揺し、辺りをキョロキョロと見回している。
ん? 500回は多いのか? 子供を鍛えた事がないので分からないな。
だがここで回数を減らすと、私が女子供に甘い事が露呈し、事ある毎に回数の減少を要求するようになるかもしれない。
私は心を鬼にして、モニカを睨み付けながら足下を蹴飛ばした。
「早くしろ!!」
「は、はい?!」
モニカは、私の様子に怯えながら両掌を地面に付け、腕立て伏せを始める。
「い、いいいいいち……」
「体の下げが甘い! もっと深く下げろ!」
「は、はい! いいい、いいいちいいいい……」
私は腕を組んだまま、モニカの様子を逐一、伺う。
これで竹刀が有れば、気持ち的に指導しやすいのだが、そこは仮想現実、致し方ない。
竹刀を持った敵が現れれば奪う事も出来るが、この果てない地平線には私とモニカ以外、人どころか物すらもない。
「じゅうううううううごおおおおおおおおおおっっ!」
15回目の腕立て伏せで、モニカは己の体を支えきれず、地面に突っ伏した。
……15回、だと?!! いくら何でも少なすぎないか?!!
モニカの体力の無さに私は驚愕し、口元を覆う。
……体が、弱いのか? それ故の、子減らしか……
体の弱い子供は、労働力としては勿論、家事手伝いにも向かず、間引く事を余儀なくされたのだろう。
直接殺した訳ではないが、体の弱い人間を放り出す事は、それと同等、いや、それ以上の悪行だ。
己の罪悪感を減らし、知らぬ場所で苦痛を長引かせる悪魔の所行に、私は零れた涙をモニカに気付かれぬよう、拭った。
「地面に体を付けるな!!! 最初からやり直せ!!!」
「え? ええええ?! ……は、はい!」
文句を言いたそうなモニカだったが、私の必死の形相に何かを察したらしく、大人しく腕立て伏せを始め直す。
……うん、良い子じゃないか。
お前は、私が立派に育ててみせるぞ!
だが、見ているだけでは私も退屈な上、人としての見本も見せられない。隣で一緒にやるとするか。
私は左手の親指と人差し指を地面に当て、右腕を背中に回し、モニカの隣で腕立て伏せを始めた。
「フッフッフッフッフッ……」
「!!! ……は、早!!」
隣で数字を数えると、モニカが混乱しかねない事を踏まえ、私は頭で数字を数えながら、腕立て伏せをする。
そのスピードと、私を支える力の少なさからか、モニカは呆気にとられた様子で私を凝視した。
「コラ、サボるな。お前もいつか、この位、出来るようになる」
私は己を支えていた指を小指のみに変え、同じスピードで腕立てを続ける。
モニカは困惑した表情を浮かべながら、腕立て伏せを再開した。
* * *
「どりゃああああああ!!!!!」
「甘い!!」
モニカの跳躍から放たれる蹴りを、私は手の甲で軽く往なし、バランスを失ったモニカは、その場に倒れ込む。
「ま、まだまだああ!!」
「む!」
モニカはその場から直ぐに立ち上がり、正面から正拳突きの連打を浴びせようとする。
私は先程モニカの蹴りを払った手で、連打一つ一つの力を外に逃がし、そのまま甲だけで、モニカの左腕を絡め取り、モニカの体を横転させた。
「……や、やっぱり師匠には、足元にも及びません……」
「いや、よくここまで強くなったな」
悔しそうに地面を叩くモニカの体はすっかり筋肉で覆われ、元のひ弱な体は見る影もない。
数日で、よくここまで鍛えられたものだ、と感心する事頻りだ。
これならもう、親に捨てられても一人で生きていけるだろう。いや、ここまで育てば、立派な戦力として受け入れられるかもしれない。
「……玲子ー、調子どう? ……って、わああああああああ!! モニカちゃんが!!!!!!!」
モニカの成長に感極まっていた私の元に、忽然と麻衣子の姿が現れる。
いきなり現れるとは、貴様、敵方か?!
「家が1戸もない上に……モニカちゃんがむ、ムキムキマッチョ……ああああ!!!」
「それよりどうやって現れた? 事と次第によっては……」
「ネトゲなんだから、訪問出来て当たり前でしょーが?!! これだから脳筋は……!」
麻衣子は叫び声を上げながら、その場に平伏している。
何だかムカつく単語も聞こえた気がするが、それより訪問出来る、とはどういう事か?
もしかすると、色んな町へ一瞬で移動出来るコマンドがあったのか。
私は脳内でコマンド呼び出しを意識し、目の前に現れるメニューを読む。
……セントラルタウン? どうやら色々な人が拠点としている場所があるらしい。
モニカの親も、恐らくそこにいるのではないだろうか。
「モニカ、行くぞ!」
「はい! 師匠!」
「ちょ……ま、待てっっっ!!!」
麻衣子の言葉はスルーし、背筋を伸ばして私の言葉を受けるモニカを連れ、セントラルタウンという町へと移動する。
事は一瞬で終わり、目の前にはビルの建ち並ぶ近代都市が繰り広げられていた。
中央には巨大な噴水が様々な造形を作り出し、それを眺める為に配置されたベンチには、様々な様相の人間が座っている。
……モニカを知っている者は、いるだろうか?
噴水広場の片隅にいた、露店を出している男に声を掛けてみようと足を向けた、刹那。
後方から体当たりをかまそうと、一人の女が突撃してくる。
女子供に優しいのが信条とはいえ、攻撃してくる人間は別問題。
寧ろ、女子供扱いしては相手に失礼というものだ。
私は腕を女の首元に当て、女の体毎回転させ、女を地面に落とす。
「きゃあっっっ!!!」
「うわあああ!!!! 何やっちゃってんのよ、アンタ!!!」
女が地面に倒れ込む瞬間にこちらへ移動してきた麻衣子は、女とほぼ同時に悲鳴を上げる。
女が倒れると、周りの人間も本性を現したのか、こちらを見据えながら攻撃態勢を取り始めた。
「流石です! 師匠!」
「……まだだ。周りを見ろ」
感嘆して私に駆け寄るモニカに、注意を促す。
周囲の殺気を感じ取ったモニカは体を一瞬硬直させ、直ぐに構えを取った。
「ま、町の人が……いつの間に?!」
「本性を現したようだな。モニカ、抜かるなよ」
「違うわっっっボケッッッ!!! イベント用品買いに来た人投げ飛ばしたら、誰でもビックリするわ!!! ……モニカちゃんもしっかりして!! 脳筋に洗脳されないで!!!」
麻衣子の脳内設定にも、困ったものだ。
吃驚しただけで、これだけの殺気を撒き散らすものか。
……そういえば、麻衣子は殺気を感知出来なかったな。
「違うっつーの!!! もうすぐ期間限定イベントが終了するから、順位を上げようと、みんな躍起になってるだけで……ってコラ!! 人の話を聞けエエエエエエエエ!!!」
舞子の話を聞いている暇はない。
またもや体当たりをかまそうとする女を投げ飛ばすと、周囲の人間が我先にと突進し出す。
……まさか、私に賞金でも掛かっているのか?!
モニカも懸命に、突進してくる人間を、蹴りや手刀で薙ぎ払う。
「露天商の前を退けエエエエエエエエ!!! みんな買い物出来ないでしょーがああああああ!!!!」
麻衣子の言葉に、私は後ろを振り返る。
後ろにいた露店商の男は、青ざめた顔で震えている。
……こいつに賞金が掛けられていたのか!!!
「……安心しろ! お前は私達が守ってやる……!!」
「……え?! は……はい?!」
「アホかあああああああああああああああ!!!!!!!!!!」
直ぐに罵倒する麻衣子の叫びは気にすまい。
私の突然の護衛に、男は驚きを隠せずに言葉を失っている。
当然だろう。見も知らぬ人をいきなり守るなど、特にこの多勢に無勢の状況で誰が不利な側に付こうというのか。
確かに私といえどもこの何百人いるか分からない相手、中には強敵もいるかもしれない状況を前に、戦い抜く自信は少々ないが、今は、誰よりも頼もしい仲間がいた。
──モニカ。
虚弱体質を完璧に克服し、気弱な目つきも鋭く生まれ変わり、今ではすっかり歴戦の仲間のように敵を葬り続けている。
戦闘経験の無さが不安要素の一つではあったが、敵を倒す毎に浮かび上がる自信が、モニカを更に強者の極みへと導いていた。
……いける。
私は右足を軸にして、体を回転させながら左足で周囲を薙ぎ払う。
蹴りだけでなく風圧によって、数十人が一斉に吹き飛んだ。
そのまま身を翻し、気を込めた正拳の連打を放つ。
手の届かない遠方にいるはずの敵達が、更に遥か後方へと飛ばされていく。
私の勇姿に、モニカも不敵な笑みを浮かべ、己の拳に闘気を錬り込み、攻撃力を上昇させた。
「ちょ!! 君たち! 何やっ……ぶふぉあああああ?!!!」
「ああああ!! け、警備スタッフがあああああ!!!」
戦闘に割り込んできた紺色スーツの男を転がすと、麻衣子は再び悲鳴を上げ、その場に頭を抱えて蹲った。
「……関係ない、関係ない、私は無関係……巻き込まれただけ……知らない、この人知らない……」
麻衣子が念仏のような物を呟いている間に、私とモニカは全ての敵を殲滅し、お互いに微笑み合った。
「……やったな、モニカ」
「……いえ、まだまだ師匠には及びません。いつか、背中を任せてもらえるその日まで鍛え続けます!」
「よく言った」
私とモニカは肩を抱き、大声で笑い合った。
ビルの谷間から覗く夕日が、辺りの屍を照らしている。
屍の中、露天商と麻衣子も、自分達の無事を喜び合うように、涙を流しながら肩を抱き合っていた。
「さて、と」
私は露天商へ向き直り、事情の説明を要求する。
多勢に無勢であった為、手を貸したが、賞金が掛けられている理由が本人の悪行にあるとしたら、話は別だ。
私は満面の笑みを浮かべ、優しく露天商に尋ねる。
嘘を吐いたとしても、私の目に誤魔化しが利かぬ事を把握したらしき露天商は、見る見る顔色を青くし、小刻みに震え出す。
「お前は善か悪か、どっちだ?」