プロローグ
内陸は魔物の浸食を受け、人々は海岸沿いにおびえて暮らしていた時代。
その村だけは、まるで離れ小島のように難を逃れていた。
見た目はほんの小さな村だったが、魔物に襲われないのにはれっきとした理由がある。
その村には強力な防護結界が張られているらしく、外部からの干渉ができないようになっているためだ。
そのため、村は外の世界とは違う、独自の文化を形成していくことになる。
トナ王国記 赤表紙本より抜粋
*
村のはずれ。
結界の中にありながら唯一、人間以外の生物がいる山。
野をウサギがかけ、藪からタヌキが顔を出す山道にひとりの少女がいた。本来ならば、きこりや猟師などが通るような道で幼い少女がいるような場所ではない。
そんな場所を見た目からして十歳ほどの少女は真っ白な服に泥を付けながらも一生懸命山を登っていた。
「ちょっと、休憩」
周りにいるのはウサギやタヌキと言った動物だけで誰かがいるといったわけではないが、少女は誰かに語りかけるようにしゃべりだす。
「あなたもつかれていない? 大丈夫? ……ならいいけど」
少女は“見えない友だち”と話をしながら笑っていた。
これこそが、彼女が村人から毛嫌いされるもっともな原因なのだが、少女自身は友だちとの会話をやめようなどとは思っていなかった。
「もうすぐよ。もうすぐに村の外に出れるのよ」
少女はうつろな目で笑いながら、何かに導かれるように歩き出した。
村には厳重なおきてがある。
村から出てはならないと……その禁を破ったものには死を持って罰するというものだった。
今まで村を出ようとしたものがどのような扱いをされてきたか知らないわけがない。
失敗したときのことははっきり言って考えたくもなかった。
でも、それを知ってもなお少女は外への欲求を捨てられなかった。外から来た祖母の話では、村を出れば魔物が闊歩していて危ないのだが、そこを超えて海岸沿いにたどり着けばたくさんの人が行きかう活気ある町があるのだと……
外へ出たい。外の世界を見たい。
少女の欲求は、彼女の周りにいる“あるモノ”に影響し、少女を欲望のままに行動させるまでに至っていた。
「もうすぐよ。もうすぐ!」
誰にも見つからずに村から出る唯一のルートはただ一つ。化け物が住むなんて言われているこの山の中をずっと歩いていく方法だ。
それ以外の場所は、外から来たという魔術師たちが入口を固めていて、出ようものなら外の世界を見る前につかまってしまうだろう。
少女は、最後の希望をかけて目の前の藪を思い切りかき分けた。
「なにこれ……」
藪の向こうを見た瞬間、少しばかり経ってやっと出た言葉がそれだった。
藪を出た瞬間、彼女の目に飛び込んできたのは、確かに外の世界だった。
しかし、その風景はこの村だけが取り残された楽園であるかのように思うほど灰色の大地だった。
「そんな……外の世界ってもっと輝いてるものなんじゃないの? どうして、こんなに灰色なの?」
絶望に打ちひしがれた少女は、へなへなとその場に座り込んでしまった。
「おい! 脱走者がいたぞ!」
背後から声が聞こえてきた。
いくらなんでも発覚するのが早すぎる。
だが、少女にそんなことを考える余裕はない。
捕まったら殺される。
覚悟していたはずなのに死に対する恐怖だけが少女の心を支配し始めていた。
「待て! 逃げるな!」
少女は、恐怖に駆り立てられるように灰色の大地へ向けて駆け下りていく。
死にたくない。死にたくない。死にたくない!
いつもは友好的に接してくれる村人がとても恐ろしく感じた。
あんな鬼のような形相で追いかけてくるのが彼らがいつもの優しい人たちなんだろうか?
いやだ! いやだ! いやだ! 帰りたくない!
たとえ、世界の果てまで灰色でも村には帰りたくない。
たとえ、赦してもらえても村では暮らせないし、暮らしたくなかった。
いやだ! 捕まってたまるか! 死にたくない!
少女は、右も左も考えずに必死になって、ひたすらに灰色の大地へとかけて行った。
次回、少女はドラゴンに出会います。