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徹夜続きのゲーム開発者、気づいたら自分が作ったはずの文明調律RPGに転移していました 第四部  作者: マスター


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第41話 畑に、白だけの地図を描いてはいけない

第41話です。


第40話では、王都穀物局の検査官オルグが登場しました。


共同種倉に灰斑虫卵反応が確認され、さらに倉の奥からは、石粟、畔豆、霧菜、苦葉草、深根麦、赤莢豆といった旧作物の種も見つかりました。


澪たちは、白麦以外の旧作物を一気に広げるのではなく、白麦を守るための防虫帯や土壌回復帯として試験的に使う案を出します。


最初は規定を重視していた検査官オルグも、現物と記録を見たことで、旧作物の小規模な緊急防疫試験区を条件付きで認めました。


しかし、王都穀物局が持ってきた予備種にも別の問題がありました。


灰斑虫の卵はありません。


封印も正常です。


けれど、王都予備種とミレアの白麦は同一系統率が非常に高く、このまま広くまけば、白麦単一依存がさらに強まります。


さらに、ミレアの湿潤土壌と密植条件が重なることで、《白穂枯れ》の潜在反応も検出されました。


種そのものが汚れているのではない。


畑の条件と、同じ白麦の広がり方が病を呼ぶ。


今回の条件は、


《単一の白を、畑に広げすぎない》


播種開始まで、残り三日。


今回は、白麦、王都予備種、旧作物、防虫帯、税制度をどう組み合わせるか。


中流農耕帯の作付け地図を描く回です。

「代案を出せ」


王都穀物局の検査官オルグは、そう言った。


その声は静かだった。


けれど、広場にいた誰もが息を止めた。


王都予備種の袋が、共同種倉の前に並べられている。


封蝋つきの白い袋。


正式な王都穀物局の印。


灰斑虫の卵反応はない。


種子生存率も高い。


本来なら、農民たちが安堵するはずの種だった。


だが、調律核は別の危険を示していた。


《王都予備種とミレア白麦は同一系統率 96%》


《単一系統拡大時、灰斑虫被害同期率上昇》


《白穂枯れ潜在反応:検出》


《中流農耕帯調律ルート:第一条件発生》


《条件名:単一の白を、畑に広げすぎない》


《制限時間:播種開始まで三日》


神代澪は、表示を見つめたまま、少しだけ遠い目になった。


三日。


三日で、畑の作付け計画を組み直す。


しかも、相手は虫だけではない。


農民の不安。


税。


王都の規定。


種の保存。


水利。


病害。


畑の配置。


全部が絡んでいる。


「三日あるだけ、親切……なのかな」


ライカが小声で言った。


「親切の基準が壊れてきてる」


澪は小さく返した。


「私も、そう思う」


アオイが隣に立つ。


「まずは何をしますか」


「地図を描きます」


「地図、ですか」


「はい。畑を、白麦で全部塗らないための地図です」


ミルカがすぐに頷いた。


「作付け図だね」


「うん。白麦をどこに植えるか。王都予備種をどこに使うか。ミレア保全種をどこに残すか。旧作物をどこに少しだけ入れるか。防虫帯をどこに置くか。水路と貯水池をどう見るか」


澪は息を吸った。


「畑全体を、一枚の白い布として見ない」


オルグが片眼鏡を直す。


「それを、穀物局へ説明できる形にできるか」


「します」


「希望ではなく、記録としてだ」


「分かっています」


澪はセラフィナを見た。


セラフィナはすでに記録板を開いていた。


「作付け会議の開始を記録します。議題、白麦保全と灰斑虫防疫を両立するための暫定作付け図」


「早い」


ライカが呟く。


「必要です」


「もう安心するくらい必要って言うね」


セラフィナは当然のように頷いた。


レイムが広場の中央へ大きな板を運ばせた。


その上に、ミレア農耕帯の簡易地図が広げられる。


上畑。


中畑。


下畑。


中央貯水池。


ミレア分水門。


水路。


共同種倉。


種麦畑。


畔。


休耕地。


地図だけなら単純だ。


だが、その上に調律核の解析を重ねると、色が一気に増えた。


《上畑:水路上流/白麦密度高/灰斑虫侵入初期》


《中畑:中央貯水池周辺/湿潤化/白穂枯れ潜在反応》


《下畑:低水区/乾燥履歴/種不足影響大》


《畔草帯:灰斑虫誘導候補》


《旧作物試験適地:複数》


農民たちが地図を覗き込む。


上畑の女が眉をひそめた。


「うちの畑に赤が多いじゃないか」


下畑の男も声を上げる。


「下畑は白麦が少なくなるのか」


中畑の老人が杖を鳴らす。


「貯水池周りを試験区にするなら、今年の収量はどうなる」


すぐに不満が出る。


当然だ。


地図の色は、そのまま誰の畑がどう扱われるかを示す。


白麦を植える面積が減るということは、収量の不安につながる。


収量の不安は、税と食事の不安につながる。


澪は、まずそこを否定しなかった。


「不安なのは当然です」


全員の視線が澪へ向く。


「だから、勝手に決めません。けれど、全部を白麦にすることもできません。今のまま白麦を広げると、灰斑虫と白穂枯れが同時に広がる危険があります」


オルグが続ける。


「白麦作付面積の維持は、穀物局の規定である」


「はい」


澪は頷いた。


「でも、白麦面積を維持することと、白麦を一面に同じように植えることは違います」


オルグの目が少し細くなる。


「続けよ」


「白麦を残す区画は残します。ただし、大きな一枚にしない。畔豆や苦葉草の帯で区切り、王都予備種とミレア保全種を混ぜて一か所に集めない。水が多い場所、乾きやすい場所、虫が出やすい場所で扱いを変えます」


ミルカが地図の上に細い木片を置く。


「まず、白麦主作区を分割する。大きな白麦のかたまりを細かく割る」


セラフィナが記録する。


「白麦主作区、分割管理」


フィリアが緑の紐を置く。


「畔豆は、白麦の間に入れる候補です。根の周りを少し助け、虫が一気に進むのを遅らせるかもしれません」


ルシェリアが黒ではなく淡い灰色の紐を置く。


「苦葉草は、虫の年に使うと古い札にありました。食料ではなく、虫止め帯として扱います」


ライカが地図を覗き込み、首を傾げる。


「虫止め帯って、虫を寄せるの? 止めるの?」


「両方」


澪は答えた。


「白麦へ直行させず、一度そこで受ける。増えすぎたらそこを処理する。前の若木環に近いです」


「ああ、子山羊用の草場の虫版」


「言い方は嫌だけど、かなり近い」


農民たちは微妙な顔をした。


気持ちは分かる。


自分たちの畑に、虫を一度受ける帯を置くと言われたら、普通は嫌だろう。


上畑の女が腕を組む。


「その苦葉草を、誰の畑に植えるんだ」


下畑の男もすぐに言う。


「下畑ばかり試験にされるのはごめんだ」


中畑の老人も頷く。


「貯水池周りだからといって、中畑だけ負担するのも困る」


また空気が尖る。


澪は、それを予想していた。


問題は作物だけではない。


負担の分け方だ。


「試験区は、誰か一人の畑の失敗扱いにしません」


澪は言った。


「防虫帯は、村全体を守るための共有機能として扱います」


「共有機能?」


ティナが聞き返す。


「はい。白麦の面積を少し割いてでも、虫を止める帯を作る。それは、その畑の持ち主だけのためではありません。隣の畑、下流の畑、種倉、来年の作付けを守るためです」


オルグが静かに言う。


「税の算定上、どう扱う」


そこが最も硬い部分だった。


澪は即答せず、少し考えた。


制度を完全に変える権限はない。


だが、試験区として認められた範囲なら、記録の付け方を工夫できる。


「白麦を減らした畑ではなく、白麦保全のための防疫面積として記録します」


セラフィナが補足する。


「収量減少分は畑単独の責任とせず、三村共同の防疫負担として帳簿化。税控除の確定ではなく、穀物局への緊急報告対象として扱います」


オルグがセラフィナを見る。


「控除を約束する権限は私にもない」


「承知しています。ですので、控除ではなく報告対象です」


「言葉が正確だな」


「必要です」


オルグは、少しだけため息をついた。


「その言い方なら、私の報告書には乗せられる」


農民たちの空気が、ほんの少し緩んだ。


決まったわけではない。


税が軽くなる保証もない。


それでも、負担を一人の農民へ押しつける形ではなく、村全体の防疫として記録される。


それだけで、受け入れやすさは変わる。


レイムが地図を見つめながら言った。


「では、どこから線を引く」


澪は調律核の表示を見た。


「まず、水路沿いです」


***


午前中いっぱい、澪たちは畑を歩いた。


作付け図は、机の上だけでは描けない。


水路の高さ。


畔の幅。


土の湿り。


昨日、虫が出た場所。


白穂枯れの潜在反応。


王都予備種を使う候補地。


ミレア保全種を残す場所。


全部、実際の畑を見なければ分からない。


ライカは先頭を走り、虫の匂いが強い場所へ小さな旗を立てた。


「ここ、昨日より増えてる!」


セラフィナが記録する。


「灰斑虫警戒点、追加」


フィリアは畔草を見ていた。


「この草には少し虫が集まります。でも、増えすぎると白麦の根と競います」


ミルカが土を掘る。


「畔の幅を全部同じにしない方がいい。水路沿いは広め。乾いた上畑の端は細め」


ルシェリアは風の通り道を読む。


「風下の畑へ粉が流れやすいです。刈り草や麦粉の処理場は、ここには置かない方がよいでしょう」


アオイは畑の境界に立ち、農民たちが踏み込まないように見守る。


「赤印の内側には入らないでください」


「少しくらいいいだろう」


「よくありません」


「硬いな」


「はい」


アオイの返事があまりに真っ直ぐで、農民が困った顔をする。


澪は、そのやり取りに少しだけ笑いそうになった。


しかし、すぐに地図へ視線を戻す。


上畑は、水が届きやすい。


白麦もよく育つ。


だから、白麦密度が高い。


しかしそのぶん、虫も病も一気に広がりやすい。


中畑は、中央貯水池周辺が湿り始めている。


水が戻ったこと自体は良い。


しかし、泥が溜まり、白穂枯れの潜在反応がある。


下畑は、水が届きにくい。


乾燥に強い作物の試験には向いている。


だが、下畑だけを旧作物にすれば、また「下だけ白麦を減らされた」という不信が生まれる。


「均等ではなく、公平に」


澪は呟いた。


ティナが隣で聞き返す。


「どう違うんですか」


「均等は、全部に同じだけ置くこと。公平は、必要な場所に必要なものを置き、その負担を記録して分けること」


「難しいです」


「私も難しいです」


「主調律者でも?」


「主調律者でも」


ティナは少しだけ笑った。


「安心しました」


「安心されるところだったかな」


そう言いながらも、澪も少し笑う。


中流農耕帯は、人の不安が近い。


だからこそ、難しい話を難しいまま押しつけると、すぐに反発になる。


分かりやすく、でも雑にしない。


それが必要だった。


やがて、地図に最初の線が引かれた。


上畑の水路沿いには、苦葉草の細い帯。


ただし連続させすぎない。


ところどころ畔豆を挟む。


虫を集めすぎず、白麦へ直行させない。


中畑の貯水池周りには、白麦の密植を避ける緩衝区。


湿りすぎる場所には深根麦の小区画。


ただし試験扱い。


下畑の乾きやすい端には、石粟の試験区。


白麦の主作区は残す。


王都予備種は、一か所にまとめず、複数の白麦区へ少量ずつ。


ミレア保全種は、種としての系統を残すため、王都予備種と混ぜてまかない。


「混ぜないの?」


農民の一人が聞いた。


「袋の中で混ぜると、後からどちらが強いか分からなくなります」


澪は答えた。


「隣に置くのはあり。でも、同じ畝に混ぜすぎない。観察できる形にします」


オルグが記録を見ながら頷く。


「観察区、比較区、保全区。穀物局の報告書としては通る」


「通るんだ」


ライカが小声で言う。


「言葉が合えば、制度の中に置けます」


セラフィナが答えた。


「言葉って大事なんだね」


「大事です」


ライカは難しい顔で頷いた。


「じゃあ、苦葉草は雑草じゃなくて防疫帯」


「はい」


「畔豆は豆じゃなくて根圏改善帯」


「食べられる可能性もありますが、今回はまず機能として記録します」


「役人語、すごい」


オルグがほんの少し眉を上げた。


「役人語ではない。制度上の分類だ」


「それを役人語って言うんじゃないかな」


澪は慌ててライカの肩を引いた。


「ライカ、そのへんで」


「はーい」


オルグは少しだけ口元を緩めた。


怒ってはいないらしい。


***


午後になって、最初の衝突が起きた。


上畑の一角。


水路に近く、よく肥えた場所。


そこに苦葉草の防疫帯を入れる予定だった。


しかし、その畑の持ち主である男が、緑の杭を抜いたのだ。


「こんな場所を草に使えるか!」


男は叫んだ。


「ここは一番よく育つ畑だ。王都予備種をまけば、税の分を取り戻せる!」


下畑の男が怒鳴り返す。


「だから上畑ばかり良い種を取るんだ!」


「下畑にまいても水が足りないだろうが!」


「それを言うか!」


また火がつく。


澪は頭を抱えそうになった。


本日何度目の衝突だろう。


数えたくない。


だが、今回の問題は重要だった。


よく育つ場所ほど、白麦をまきたくなる。


しかし、よく育つ場所ほど、虫や病が広がった時の被害も大きい。


そこに防疫帯を入れることは、損に見える。


でも、入れなければ広がる。


「その杭を戻してください」


澪は言った。


男は首を振る。


「嫌だ。ここは俺の畑だ」


「はい。だから勝手に奪いません。でも、その畑が虫の通り道になると、隣も下流も危険になります」


「虫が出てから考えればいい」


その瞬間、ライカの耳が動いた。


「出てる」


全員が止まった。


ライカは畔の下を指した。


「杭を抜いたところ。土が崩れて、下から灰斑虫が上がってる」


男の顔が固まる。


地面を見る。


杭を抜いた穴の周りで、灰色の小さな虫が数匹動いていた。


多くはない。


だが、いる。


フィリアがすぐにしゃがむ。


「畔草の下に隠れていた群れです。杭を抜いたことで、動きました」


「そんな……」


男が後ずさる。


調律核が赤く光る。


《畔下灰斑虫:露出》


《防疫帯予定地》


《杭抜去により移動開始》


《白麦主作区侵入予測:上昇》


「だから防疫帯が必要だったんだ」


ミルカが低く言う。


男は唇を噛んだ。


「でも、ここを草にしたら収量が減る」


「防疫帯は、あなた一人の負担にしません」


澪は言った。


「この場所は上畑の防疫要点です。三村共同の防疫面積として記録します。作業も、観察も、虫処理も、上畑だけに任せません」


下畑の男が不満そうに言う。


「上畑の畑なのに、俺たちも手伝うのか」


「虫は上畑で止めなければ、下畑へも行きます」


澪は地図を示す。


「水も虫も、村境を見ません」


下畑の男は黙った。


セラフィナが記録板を開く。


「上畑第一防疫帯。所有畑、上畑ルド区。管理責任、三村共同。作業負担、輪番制。収量影響、穀物局報告対象」


オルグが頷く。


「報告対象として記録する」


男は、抜いた杭を見下ろした。


しばらくして、低い声で言った。


「……戻す」


アオイが静かに杭を受け取り、元の場所へ戻した。


フィリアが湿った藁を少し置き、虫を白麦側ではなく防疫帯側へ誘導する。


ルシェリアは風を止め、虫を飛ばさない。


ミルカが土を軽く押さえる。


ライカが虫の動きを見張る。


数分後、調律核の赤は黄色へ変わった。


《灰斑虫移動:防疫帯側へ誘導》


《白麦主作区侵入予測:低下》


《上畑第一防疫帯:必要性確認》


男は、何も言わなかった。


だが、杭を抜こうとはしなかった。


それだけで十分だった。


***


夕方までに、暫定作付け図の第一版が完成した。


白麦主作区。


ミレア保全種区。


王都予備種区。


防疫帯。


畔豆緩衝帯。


苦葉草虫止め帯。


石粟低水試験区。


深根麦湿潤試験区。


種用保全畑。


休ませる畑。


水路観察点。


灰斑虫監視点。


白穂枯れ潜在地点。


地図は、もはや農民たちが最初に知っていた単純な畑の地図ではなかった。


白一色の畑ではない。


まだらで、線が多く、面倒な地図。


けれど、それはこの土地の状態を反映していた。


澪は地図を見ながら、静かに息を吐く。


「これで、第一条件は……」


調律核が反応する。


《暫定作付け図:形成》


《白麦単一連続面積:低下》


《王都予備種集中使用:回避》


《旧作物試験区:配置》


《防疫帯:主要水路沿いに設定》


《中流農耕帯調律ルート:第一条件一部達成》


《条件名:単一の白を、畑に広げすぎない》


「一部達成」


ライカが地図を覗き込む。


「また一部」


「まだ植えてないからね」


澪は答えた。


「地図ができただけ。これを実際にまいて、管理して、記録しないといけない」


オルグが静かに言った。


「明日から播種準備に入る。穀物局としては、この暫定図を緊急防疫計画として受け取る」


レイムが深く頭を下げた。


「ありがとうございます」


「礼を言うのは早い。失敗すれば、私はこの計画を止める」


「分かっています」


澪も頷いた。


「失敗しないように、観察点を増やします」


オルグは片眼鏡を直す。


「主調律者。あなたは、ずいぶん面倒な方法を選ぶ」


「簡単な方法は、だいたい燃やすか、全部同じにするかだったので」


「たしかに、面倒な方がましか」


「少なくとも、今は」


「覚えておこう」


その時、ティナが地図の端を見て眉をひそめた。


「ここ……」


「どうしたの?」


澪が聞く。


ティナは中畑の中央貯水池近くを指した。


「ここは、昔の麦わら積み場です。去年の白麦のわらを積んで、半分腐らせてから畑へ戻す場所でした」


ミルカが反応する。


「今も使ってる?」


レイムが首を振る。


「乾いた年が続いてから、あまり使っていない。わらが乾きすぎて、戻しても土にならなかった」


ティナが続ける。


「でも、去年のわらが残っているはずです。中途半端に湿っていた場所も……」


その瞬間、調律核が赤く点滅した。


《白穂枯れ潜在反応:上昇》


《地点:旧麦わら積み場》


《条件:湿潤化/白麦残渣/密閉堆積》


《胞子形成予測:夜間》


《風下:中畑白麦予定区》


「胞子……」


ルシェリアの表情が変わる。


「風に乗るものです」


オルグも険しい顔になる。


「白穂枯れは、穂だけの病ではない。わらに残ることがある」


澪は地図を見た。


旧麦わら積み場。


中畑の風上。


明日から播種準備を始める白麦予定区の近く。


灰斑虫を止める作付け図はできた。


だが、白穂枯れは種だけではなく、古い麦わらの中で目を覚ましかけている。


しかも、夜間に胞子形成。


播種まで三日どころではない。


今夜だ。


ライカが小さく言った。


「また夜の仕事?」


澪は肩を落としそうになりながらも、地図を畳まなかった。


「今夜のうちに、麦わら積み場を見ます」


ミルカが工具袋を持ち上げる。


「燃やす?」


澪は首を横に振った。


「燃やせば胞子と灰が飛ぶかもしれない。まず、開けずに見る」


ルシェリアが頷く。


「風を止める準備が必要です」


フィリアが静かに言う。


「腐りかけたものも、土へ戻りたがっています。でも、戻り方を間違えれば病になります」


アオイが盾を構える。


「夜間作業ですね」


セラフィナが記録板を開く。


「次工程。旧麦わら積み場の封鎖確認および白穂枯れ胞子形成阻止」


オルグが澪を見る。


「主調律者」


「はい」


「畑の地図だけでは足りないようだな」


澪は頷いた。


「はい」


地図の上では、白麦を広げすぎない線を引いた。


けれど、畑には過去が残っている。


去年のわら。


古い湿り。


放置された堆積。


そこにも病は眠る。


中流農耕帯の調律は、作付けだけでは終わらない。


夜の風が、中央貯水池の方から吹いてきた。


その風の奥に、かすかに甘く腐った麦わらの匂いが混じっていた。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。


第41話では、中流農耕帯の暫定作付け図を作りました。


第40話で明らかになった問題は、単純に「虫卵のない王都予備種をまけばよい」というものではありませんでした。


王都予備種は清潔で、生存率も高い種です。


しかし、ミレア白麦と同一系統率が高く、これを広く一面にまけば、灰斑虫や白穂枯れに対して、畑全体が同じ弱点を持つことになります。


そこで澪たちは、白麦を捨てるのではなく、白麦を一面に広げすぎないための地図を作りました。


白麦主作区。


ミレア保全種区。


王都予備種区。


苦葉草の虫止め帯。


畔豆の緩衝帯。


石粟の低水試験区。


深根麦の湿潤試験区。


種用保全畑。


休ませる畑。


灰斑虫監視点。


白穂枯れ潜在地点。


地図はかなり複雑になりました。


けれど、それは土地の状態が複雑だからです。


全部を同じ白麦で塗る方が簡単です。


でも、その簡単さが脆さになります。


今回のテーマは、「均等ではなく、公平に分ける」です。


上畑、中畑、下畑に同じだけ試験区を置けば、一見公平に見えます。


しかし、虫が出やすい場所、水が多い場所、乾きやすい場所、土が疲れている場所は、それぞれ違います。


必要な場所に必要な帯を置く。


その負担を、畑の持ち主だけに押しつけず、三村共同の防疫負担として記録する。


それが今回の調律でした。


作中で上畑の農民が防疫帯の杭を抜く場面がありました。


よく育つ場所ほど、白麦を植えたくなる。


収量も税も気になる。


だからこそ、防疫帯を入れることは損に見えます。


しかし、その場所には灰斑虫が潜んでおり、防疫帯がなければ白麦主作区へ侵入する危険がありました。


防疫帯は、ただ畑を削るものではありません。


白麦を守るために、あえて白麦ではない線を入れるものです。


また、今回は制度面でも一歩進みました。


検査官オルグは、暫定作付け図を緊急防疫計画として受け取りました。


まだ正式に成功したわけではありません。


失敗すれば止められる可能性もあります。


それでも、白麦だけを正しいとする仕組みの中に、白麦を守るための旧作物試験区と防疫帯を置く余地が生まれました。


ラストでは、旧麦わら積み場から白穂枯れの潜在反応が検出されました。


これまでは、種と虫に注目していました。


しかし、病は種だけでなく、去年の麦わらや古い堆積物の中にも眠っています。


水が戻り、湿りが戻ったことで、放置されていた麦わらが病の温床になりかけていました。


しかも、夜間に胞子形成の予測が出ています。


次回は、旧麦わら積み場と白穂枯れ。


燃やせば灰と胞子が飛ぶ。


放置すれば風下の白麦予定区へ広がる。


またしても、燃やすか放置するかではない第三の道を探すことになります。


原案・構想:マスター

物語構成・本文作成・文体調整:G(ChatGPT)

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