つり革から13センチの憂鬱
「どうして社会は低身長に優しくないのかしら」とあっこは常々思っているし、仲良しのコロネちゃんにもよく愚痴をこぼす。
「牛乳だよ、牛乳」
と175センチのコロネちゃんはいつも牛乳パックを渡してきて、その度に、あっこはムッとする。30センチの身長差は、残酷だ。
「コロネちゃんは牛乳飲んだから大きいの?」
「いや?わたし、牛乳嫌いなの」
…本当にむかつく。
あっこには憧れの人がいる。身長195センチのウツキ先輩だ。大学進学を機に小さな村から上京したあっこにとって、爽やかなイケメンは、もう、惚れるしかない。今まであっこの周りの男たちは汗臭い野球少年だけだった。
コロネ氏曰く、「あっこは趣味が悪い」。あとは想像にお任せする。
あっこは雨の日が一番嫌いだ──電車が混むから。
「あたしはね、棒を掴まなくても良いように体幹を鍛えてるのよ」とあっこは言う。
「なのにあいつら、カーブのときとかにあたしに寄っ掛かってくるのよ。傘とかがぶつかって、もうイヤ」
傘がぶつかるのは、別に低身長に限った話ではないのだが…と思いながら、コロネちゃんはうんうん、と話を聞く。
「一番腹立つのはね、あたしの肩にスマホを置いてゲームする人よ」とある朝会うやいなや、あっこは頬を膨らませて言った。
(実際に置くかはおいといて、置きやすい高さだもんな…)とコロネちゃんは思ったが、黙っておいた。あっこはどうせ怒るだけだ。
「あのね!ウツキ先輩に休日お出掛けしようって誘われちゃった!!」とその日の昼過ぎ、あっこはスキップしながらコロネの元に駆け寄った。もう朝のことなど忘れたようだった。
「これってデート…だよね?」とコロネを屈託のない目で見上げた。
「変なセミナーとかに連れて行かれるんじゃない」とコロネは冗談めかして言った。
「えへぇ…」と気色悪い笑いをもらすあっこは、そんなこと、聞いていなかった。
「ねえねえ、コロネちゃん、この商品がね…」とかなんとか、あっこが言い出したとき、コロネちゃんはあっこを送り出したことを後悔した。
「この企画に参加するとね…それで…加入金と…」と一生懸命話すあっこに、なんとも言えぬ哀れみの目を向けながら、コロネちゃんはウツキ先輩に抗議しに行くことを決意した。
「あれ…コロネちゃんは?」
次の日、大学にコロネちゃんは来なかった。仕方なく、あっこはコロネちゃんの次に仲の良いまつりちゃんに例の話を持ち掛けた。
「それ、ネズミ講じゃん」とまつりちゃんはバッサリ言った。
「違うって、言ってたよ?」とあっこは言う。
「誰が?ていうか、内部の人は違うって言うに決まってるじゃない」
あっこはショックだった。そしてしばらく考えた後、そうか、ウツキ先輩も騙されているのか、と思い至った。
「ウツキ先輩にも教えなきゃ」と立ち上がったあっこを、まつりちゃんは止めた。
「バカだねぇ」
「え?」
「ウツキは分かってるに決まってるじゃないの。あんた、騙されているんだよ」
「そんな…」
肩をすぼめてしょんぼりするあっこを見て、まつりちゃんはある疑問を抱いた。
「この話、誰かにした?」
「昨日、コロネちゃんにしたよ。…コロネちゃんにも教えなきゃだね」とあっこ。
まつりちゃんは青ざめた。コロネちゃんがこの学部で一番頭が良い。そのコロネちゃんがネズミ講に気が付かないわけがない。
「…お兄、相談があるんだけど」とまつりちゃんはその日の夜お兄さんに言った。まつりちゃんのお兄さんはウツキ先輩の一つ歳上で、顔見知りだ。
結果的に、このまつりちゃんの判断は正しかった。まつりちゃんのお兄さんは、アメフト部でさらに柔道黒帯なだけあって、ウツキ先輩と話をした後、ウツキ先輩は大学を辞めて二度と姿を現さず、コロネちゃんは次の日から頭に包帯を巻いて大学に来た。
「趣味が悪いね」とまつりちゃんはコロネちゃんに言った。
「え?」とメガネを持ち上げてコロネちゃんは聞き返す。
「あっこのことだよ。あんなのとつるんで楽しいわけ?それとも今回のことで懲りた?」
コロネちゃんとまつりちゃんは高校が同じだったのだった。学力と目指しているものも何となく似ているのに、今も昔も、反りというか趣味というか、いまいち合わないから絶妙な距離を保っている。
「別に、まつりには分からないと思うよ」とコロネちゃんは言う。
「何の話ー?」とあっこが来た。
「聞いて、今日電車でねー…」とあっこが話し出す。
「じゃあ…」とまつりちゃんは立ち去った。
コロネちゃんは、彼女にも何とも言えぬ目線を向けるのだった。
「…どうして社会は低身長に優しくないのかしら。ね、聞いてる?」とあっこは言う。
そんなあっこに、コロネちゃんは牛乳パックを渡しながら言うのだった。
「牛乳だよ、牛乳」
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ちなみに私は牛乳好きです




