そして、明るい未来。
その後の話。オリンピックで金メダルを取って、結婚宣言をする。
彼は、父親の後を継いで、刑事になる。新米刑事としての日々が始まった。
それから数日後、俺は、いつも通り女子として学校に通っていた。
三年生は、部活動を引退して、大学受験に向けて勉強が始まっていた。
俺は、高校を卒業したら、警察官になるために、警察学校を受験する。
そして、俺たちの柔道場も、いよいよ取り壊される日がやってきた。
なぜだか、俺は、いつもより早く家を出た。帰るころには、道場は、跡形もなくなっているはず。
だから、朝のウチに、目に焼き付けておこうと思ったのだ。
一人、道場の前に立っていると、後ろからなにやら気配を感じて振り向くと、正宗が立っていた。
「正宗くん、おはよう」
「だから、二人だけのときは、その女言葉は、やめろ。気持ち悪い」
正宗は、顔を引きつらせて言った。
「で、お前こそ、何しにきたんだ」
俺は、普通の男言葉で口を開いた。
「お前と同じだ」
正宗は、やはり、俺が認めたライバルだ。考えていることは、同じだ。
「渚、お前に一つ頼みがある」
「なんだよ」
「俺と、試合してくれ」
「いいぜ。でも、お前が負けるぞ」
「バカ、俺が勝つに決まってるだろ」
俺たちは、そう言い合うと、誰もいない道場に入った。
そして、柔道着に着替えると、誰もいない畳の上に立った。
「久しぶりだな、お前とやるのは」
「そうだな。一年ぶりだな」
「お前、大学は、龍子と同じところに行くのか?」
「そのつもりだ。お前は、警察官になるのか?」
「そうだ。親父に負けない、鬼刑事になってやる」
「それじゃ、これが、ホントに、最後の試合ってことか」
「そのつもりで、かかってこい」
俺は、そう言って構えた。正宗も構えた。そして、どちらともなく組み合った。それからの俺たちは、夢中で戦った。勝負など、どうでもいい。
俺が投げれば、正宗も投げ返す、お互いに技を掛け合い、道場には、朝から大きな音が響いた。
「どうした、それで終わりか?」
「まだまだ」
声を掛け合い、試合は続いた。しかし、勝負はつかなかった。
二人で畳に大の字になって寝転ぶ。気持ちいい試合だった。最高の気分だ。
こうして、正宗と柔道をやれることが、こんなに気持ちいいとは思わなかった。
「正宗、お前、絶対、金メダル取れよ」
「当たり前だ。メダルを持って、龍子を迎えに行くんだ」
「龍子だって、金メダルを取るんだろ? どっちが行ってもいいじゃないか」
「良くない! 俺が行くんだ」
「そうですか。勝手にしろ」
汗だくのまま、天井を見詰めて俺は呆れていった。
「渚、お前は、柔道をやめるのか?」
「こんなおもしろいもん、やめるわけないだろ」
「そうだよな。お前なら、警察の中で、一番強いはずだ」
もっともらしいことを言うな。俺たちは、立ち上がると、硬く握手を交わした。ここで柔道をするのは、これが最後だ。ありがとう、柔道。
俺と正宗は、二人で道場に向かって深く頭を下げた。
そして、その日の授業中に、道場は壊された。その音が教室まで響いて、俺はなんだか悲しくなった。
それは、きっと、俺だけじゃなく、正宗も龍子も、二年生たちも同じ思いで聴いているに違いない。
放課後になると、誰が言ったわけじゃないのに、自然と部員たちが集まってきた。そこは、何もない、ただの更地だった。ここに、道場があったなんて、信じられない。集まった部員たちは、誰も言葉を話さない。でも、気持ちは同じだ。言葉にしなくても、気持ちが通じ合っていた。
「なにをしてるのだ?」
そこに、アルフォンヌがやってきた。
「ふぅ~む、もう、壊されたのだ。でも、これだけは、守ったのだ」
そう言って見せたのは、道場に掲げてあった『柔道部・道場』という看板だった。よかった。それは、無事だったのか。すると、アルフォンヌは、さらに続けていった。
「これは、どうするのだ?」
そうだ。この看板は、どうする? しかし、もう、ここには必要ない。
誰もが黙っていると、アルフォンヌが言った。
「それじゃ、これは、私が預かるのだ。近日中に、道場を開設するのだ。だから、そこにこれを看板にするのだ」
それは、いい考えだ。
「それと、もう一つ。正宗くんと龍子くんは、私の道場に来るのだ。これからも、たっぷり鍛えてやるのだ。キミたち二人は、オリンピックと言う、夢があるのだ。私が、キミたちの、その夢を叶えてやるのだ」
「ハイ、お願いします」
正宗と龍子が、揃ってお辞儀をした。
「任せるのだ。ところで、ナギくんは、どうするのだ?」
そんなこと、言うまでもない。
「行くに決まってるでしょ。アルフォンヌ先生には、まだ、勝ってませんから」
「ハーハッハッ…… いつでも相手になるのだ。まだまだ、ナギくんには、負けないのだ」
そう言って、笑いながら、看板を持って、学校を出て行った。
それからの俺たちは、受験勉強に没頭した。正宗と龍子は、スポーツ推薦枠で進学できるがだからといって、何も勉強しないわけにはいかない。
大学に行くわけだから、柔道だけをやってればいいという問題ではない。
ちゃんと勉強もしないといけない。そして、俺は、警察学校にいく。
そのための勉強も始めた。そんな俺たちの家庭教師もなぜか、アルフォンヌだった。柔道だけではなく、実は、頭もいい。フランスでは、大学教授をしている。
しかも、日本語も英語も、中国語など、外国語がペラペラだった。
ついでに、関西弁も話せる。話の最後に『のだ』を付けるのは、日本に留学時代に地方で教わったらしい。
俺たち三人は、その甲斐あって、無事に大学と警察学校に進学できた。
俺たちは、新たな目標に向かって、突き進んだ。
それから、四年の月日がたった。
「渚、テレビを付けろ」
親父に言われて、部屋のテレビを付けた。
この日は、オリンピックの柔道、男子と女子の決勝の日だった。
丁度、男子の決勝の中継が始まったところだった。
「正宗くんは、やっぱり、決勝まで来たなぁ」
親父が感慨深い声で言った。
「当たり前だろ。龍子だって、決勝にいってるんだぜ」
「そうだったな。これで、二人とも、金メダルを取ったら、次は、結婚か?」
「さぁな……」
「ついでに、お前も結婚したらいいだろ」
「ハァ? 何を言ってんだよ。そんなの、まだ早いよ」
「そうかなぁ…… 春美ちゃんなら、いい奥さんになると思うがなぁ」
「シー、声が大きい」
俺は、人差し指を唇に当てて親父に言った。
ここは警視庁捜査一課の、いわゆる刑事部屋だ。
俺は、警察学校を卒業して、交番勤務を経て、親父のいる、警視庁捜査一課に異例の抜擢を受けて新人刑事として配属された。親父の元で、刑事のいろはを学んでいるところだ。
回りは、俺たちのことを『親子刑事』と呼んでいる。
正宗と龍子は、大学在学中に、オリンピックの柔道日本代表として出場している。そして、二人とも、今日が決勝の舞台だった。
それだけじゃない。あの、双子の兄弟も、揃ってオリンピックの日本代表として出ているのだ。
兄の金次は、レスリング。弟の銀次は、ボクシングで、揃って、金メダルを取った。
柔道では、正宗がいるので、メダルが取れない。だから、競技を代えての出場だった。ちなみに、日本柔道の総監督は、アルフォンヌだ。
「ナギちゃ~ん、テレビ見てるぅ?」
甘ったるい声を出してやってきたのは、春美だった。
なんと、春美は、俺を追いかけて、一年遅れで警察学校に入り、今は、警視庁交通課に勤務している。
しかも、春美は、警視庁のアイドルとして、広報としてもテレビやマスコミなどに出ている。
なので、警視庁の男性刑事たちからモテモテなのだ。だから、新人刑事の俺が、春美と付き合っていることは秘密だ。
「何しにきたんだよ。お前は、交通課だろ」
「だってぇ、ナギちゃんと見たかったんだもん」
その言い方はやめろ。先輩刑事たちの刺すような視線が背中に突き刺さる。
ただでさえ、春美が俺と口を利くだけで、先輩刑事たちからイヤミが増えるのだ。
「ほらほら、やってるよ。がんばれぇ~」
「だから、近いって。もっと、離れろよ」
「え~、いいじゃん。どうせ、あたしたち、結婚するんでしょ」
「バカ、声がでかい!」
俺は、春美のおでこにデコピンを食らわせた。
「いった~い…… 皆さん、ナギちゃんにいじめられたぁ……」
「こら、誤解させるようなことを言うな」
俺は、春美に注意した。しかし、春美は、ペロッと舌を出して笑うだけだった。
「それにしても、ナギちゃんも惜しいわよね。大学に行っていれば、オリンピックに出られたかもしれないのにね、女子で……」
「やかましい!」
「だけど、よく、高校を卒業できたわよね」
春美は、そう言って、数年前のことを懐かしそうに言いながら、テレビを見つめた。
俺が高校の卒業式を迎えたときのことだ。当時は、女子として、通学していた。
だから、卒業式も、女子としてするはずだった。だけど、ウソをついて、女子高生として卒業するのはいかがなものか。クラスメートはもちろん、後輩たちも先生たちも、騙したままということになる。
なにか、心に引っかかるものを感じていた。俺は、卒業生代表として、答辞を読むことになった。そのとき、最後の一言として『今まで、ウソを付いていて、すみません。実は、俺は、男です』とホントのことを話してしまった。
校長やPTAの会長、先生や在校生たちは、騒然とするわ
保護者たちも動揺するやら、大変だった。幸い、親父は事件で、母さんは外国にいて欠席していた。
後日、学校に呼ばれて、大変だったらしい。卒業証書は、辞退するつもりだったが、正宗や龍子たち、それと、一年間だがいっしょに勉強した、クラスメートたちのおかげで無事に卒業できて、卒業証書ももらえた。
あの時は、大騒ぎだったな……
俺は、昔を思い出していた。
「そこの新人刑事、ちょっと来い」
先輩刑事の怖い声が聞こえた。一気に現実に引き戻されて、俺は、血の気が引いた。
そこに、机の電話が鳴った。俺は、先輩刑事の腕をすり抜けて、急いで受話器を取った。
「ハイ、こちら捜査一課。ハイ、ハイ、わかりました。すぐに急行します」
「親父、事件だ。殺人事件発生」
「よし、全員出動。渚は、車を回せ。急げ」
「ハイ」
俺は、椅子にかけてあった、上着をひったくると、春美の肩をポンと叩いてこういった。
「またな」
「ナギちゃ~ん、がんばってねぇ。犯人逮捕するのよぉ……」
俺は、春美の声に応援されながら、警視庁を出て行った。
俺の刑事としての第一歩は、踏み出したばかりだ。正宗や龍子たちに負けていられない。刑事としては、まだまだ新米だが、親父に追いつき、追い越せだ。
そして、妹は、母さんの後を追って、ホントにCAになった。
俺と同じで、まだまだ新米CAだが、母さんに教わりながら、今日も二人で、
どこかの空を飛んでいる。
「渚、遅いぞ」
「ハイっ」
俺は、親父に怒鳴られながら、車に乗り込んだ。
ハンドルを握りながら、アクセルを踏んだ。今日も空が青かった。
一人でも多く、犯罪者を逮捕して、日本を平和にする。善良な市民を守る。
それが、俺の新しい目標だった。
親父が車のラジオを付けた。
「やりました。日本柔道、男子の真田正宗選手、女子の伊達龍子選手が、金メダルを取りました」
俺は、ハンドルを握りながら、うれしい知らせを聞いた。
「やったな」
俺は、独り言のように呟いた。
「しっかり、前見ろ」
親父に注意された。
「でも、よかったな」
親父の一言が、胸に響いた。俺もがんばらなきゃ……
そう思って、今日も事件に向かった。
終わり
この話は、思わぬ勘違いから始まった、物語です。
出てくるキャラクターたちは、いずれも楽しくもあり、頼もしい仲間たち。
両親はもちろん、厳しいコーチ、協力してくれた警察関係者。
最後は、ハッピーエンドになっています。最後まで読んでくれて、ありがとうございました。




