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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。

月が笑うと星が降る

作者: 道上 萌叶
掲載日:2026/01/16

綺麗な話が読みたい、書きたい。そんな思いから生まれた話です。

 隣の席に座るあの子は、いつも窓の外を見ている。

 教室にいる時以外は、いつも窓の外を見ている。

 長い前髪の奥に隠れたあの子の目に映るのものが何か、私は知らない。



 宿泊合宿の夜、私はあの子と隣り合って、家庭科室で食器を洗っていた。


「瀬戸さんは、いつも何を見ているの?」


 何が私の口をそのように動かしたのか、わからない。

 いつもの学校だけど、宿泊合宿という、いつもと少し違った状況だったからかもしれない。食器を洗う私達の間には、他人という壁が無くなっていたのかもしれない。家庭科室には、私とあの子の2人だけだったからかもしれない。

 理由はわからない。わからないけれど、気が付いたら私の口は動いていた。

 水の流れる音が、静かな空間に広がっている。


「いつも?」


 隣にいるあの子が、食器を洗う手を止めた。

 私は手を止めなかったけど、目線はずっと手元を向いていたけど、あの子はきっと私を見ている。そう確信していた。

 初めて私に向けられたあの子の声は、鈴の()が鳴るような、夜になっても暑い夏の空気をシャンと冷ますような、どこまでも透き通った声だった。


「休み時間も、授業中も、いつも窓の外を見ているから。何か、面白いものが見えるの?」


 ここには私とあの子しかいない。

 静かな空気を、水の流れる音が揺らしている。

 邪魔するものは、何もない。

 暫しの間、私とあの子の間には、水の流れる音だけが続いていた。


「自然を見ているの」


「自然‥‥‥」


 ポツリと、独り言のようにあの子は呟いた。

 私が聞いていても聞いていなくてもどちらでもいいというように、静かに呟いた。すぐ隣にいる私が耳を澄ませてやっと聞こえるくらいの声で、あの子はただ事実を語っていた。


「風が木を揺らしているところとか、鳥が空を悠然と飛んでいるところとか、雲が色んな姿をしているところとか」


 気付けば、私は手を止めて、再び食器を洗い出したあの子の顔をじっと見つめていた。

 スッと通った鼻筋。ぷっくりとした小さな唇。仄かに赤みの差した頰。いつも私が見ている、可愛らしいあの子の顔。

 長いまつ毛。パッチリした二重の大きな瞳。形の整った綺麗な眉。いつもは前髪に隠れて見ていない、綺麗なあの子の顔。

 長い前髪の奥に潜むあの子の瞳を、私は初めて見た。

 夜なのに、家庭科室の蛍光灯は薄暗いのに、あの子の前髪は今日も目に入りそうだったのに、私の目にはあの子の顔がはっきり映っていた。

 それは、いつもより近い位置にあの子の顔があったからなのか。私達を取り巻く空気が、いつもより透き通っていたからなのか。


「きれい‥‥‥」


 きっと、そのどちらもだ。

 勝手に空気を振るわせた私の声が、不純物のない空気を抜けて、あの子の耳に届いてしまった。


「うん、綺麗」


 あの子の綺麗な瞳が、真っ直ぐ私を捉えている。初めて、あの子と私の視線が絡んだ。初めて、私とあの子は正面から向き合った。

 ポタリ。濡れた食器から水が落ちる。食器の下には、小さな水溜りができている。


「自然って、いつも違う顔をしているの。でも、いつも、いつ見ても、すごく綺麗」


 ポタリ。濡れた食器から水が落ちる。ギリギリまで耐えていた小さな水溜りが、決壊する。


「いつも……」


 ツゥと、細い水の筋が、シンクに流れ落ちる。

 流れ落ちた水は、シンクを濡らす水と合わさって、混ざって、排水口に吸い込まれていく。

 私とあの子の目線は、透明な空気の中絡んで、溶けて、霧散する。


「うん、いつも綺麗。こっち」


 あの子が、私の手を引く。

 手を拭いていない私達の掌を濡らす水が混ざり合う。

 窓際まで私の手を引いてきたあの子は、繋いでいない反対の手で鍵を回して窓を開ける。


「ほら」


 あの子の指が示す先に広がるのは、夜の世界。

 白い屋外照明に照らされた校庭。校庭を取り囲む桜の木。どこまでも続く星空。

 暑い暑い夏の、綺麗な夜が、広がっている。


「昼間の校庭は活動している。今は校庭も静かにお休み中。周りの木にはいつも鳥達が集まっている。時々猫や狸が木の周りに来ることもある。今は虫達の寝床になって、静かな夜を見守っている。空はその日によって違う。晴れの日も、雨の日も、風が強い日も、曇りの日も、全く同じ顔はしていない。今日は、雲ひとつない、輝く星に覆われた、幸せが溢れる空」


 語るあの子の目は、キラキラ輝いている。まるで、あの子の瞳に星が宿っているかのよう。


「綺麗だなぁ」


 ただの日常に、あの子は命を見ている。あの子が見ていたものは、生きた世界の輝きだ。

 零れた言葉は、透き通った空気を微かに揺らす。


「! うん、綺麗だよね」


 パァ、と私を真っ直ぐ捉えた瞳の輝きが増す。


「瀬戸さん……ううん、梛月(なつき)ちゃん」


 再び私とあの子の視線が絡み合う。

 あの子、梛月ちゃんの大きな瞳が、まっすぐ私を捉えている。


「って、呼んでもいい? 私のことは、星凪(せいな)って呼んで」


 あの子の長い前髪が揺れる。

 前髪の奥に隠れる瞳が大きくなって、一際強く輝く。

 私の言葉を掬うように、あの子は両手で私の左手を包み込む。


「うん! 星凪ちゃん!」


 大きな瞳を細めて、梛月ちゃんが笑っている。

 梛月ちゃんの瞳に宿る星が、キラキラ輝いている。まるで、瞳の中で星が降っているかのよう。

 


  ✴︎


 隣の席のあの子は、いつも窓の外を見ている。

 あの子が窓の外以外を見るのは、私達の教室にいない時。それから、


「梛月ちゃん、おはよう」


「星凪ちゃん! おはよう!」


 この子の優しい瞳は、私を映し出している。

 この子の瞳の中で、美しい星がキラキラ降っている。

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― 新着の感想 ―
Xから来ました。 静かな日常の中、窓の外の景色がふたりを結ぶ流れがとても詩的です! 読み終えた後に心がちょっぴり綺麗になった気がしました。 美しい話をありがとうございます。
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