私が悪役令嬢?寝言は寝て言えこのボンクラが。
閲覧ありがとうございます。
ヒロインがタイトルの台詞を吐くシーンから生まれた作品です。
サラッと読了できるような長さで完結できるよう奮闘中ですが、匙加減が難しいです。
ホーヤネン王国に住む若者が集う学び舎、ホーヤネン王立学園。そこは貴族から様々な職業を目指す者達の学び舎である。今日はホーヤネン王立学園の進級パーティーの日。王宮の大広間を借りて、授業の一環として学生達が主催する進級パーティーを開いていた。
会場には楽士を目指す学生達が奏でる軽やかな音楽が流れ、祝いの場に相応しい会場の雰囲気を作り上げていた。また、会場内は学生達が考えに考えて手配した華やかな装飾で彩られ、会場の隅には料理人を目指す学生達の手による意趣を凝らした料理が並べられていた。会場内の案内や給仕も将来その職業を目指す学生達が務めており、会場内の学生たちの様子を彼らの親達も子供達の成長を実感しながら穏やかな時間が流れていたのだが―――
「シルヴィア・モントレー!いくら爵位が上だからとはいえ、ルルシェ・ダウニー男爵令嬢に対する度重なるいじめや嫌がらせは目に余る!お前のような悪役令嬢と共に国を導くなどまっぴらだ。よって私、王太子ヴァルディ・ホーヤネンはお前との婚約破棄をここに宣言する!」
王太子ヴァルディは目の前に呼び寄せたシルヴィアに向かって声高に叫ぶと、隣に立っているダウニー男爵令嬢の腰を抱きよせた。ルルシェ男爵令嬢はプルプルと怯えた表情をして薄っすら目には涙を浮かべながら、向かい側にいるシルヴィアに微かに頷いて視線で何かを訴えていた。
―――あ~あ。ヴァルディ殿下、やっぱりパーティーが終わるまで我慢ができなかったわね。皆の努力を踏み躙るなんて許せないわ。
シルヴィアは向かいにいる王太子をキッと睨みつけたが、王太子の隣にいるルルシェ男爵令嬢には表情を一転させて視線を合わすと、微笑んで頷いた。目の前の二人から視線を外したシルヴィアは、自らを奮い立たせるようにコホン、と咳払いをするとと右手をすっと上げた。シルヴィアの合図を機に壁際に控えていた騎士達が王太子を素早く拘束すると同時に、隣にいたダウニー男爵令嬢を保護した。
「え?」
一瞬で騎士たちに拘束された王太子は状況が理解できていなかったようだ。
「なぜ私を拘束する!私は王太子だぞ!早く離せ!」
王太子は自分を拘束している騎士たちに向かって叫んでいたが、騎士達が拘束の手を緩めることは無かった。
「祝いの席に相応しくないわ。静かにさせて頂戴。」
シルヴィアは目の前の王太子の様子に呆れながら彼を拘束している騎士に声を掛けた。
「殿下、失礼致します。」
騎士はシルヴィアの指示に頷き、王太子に一声かけると腹部への一撃で王太子の意識を刈り取った。王太子の身体はくたりと力が抜け、騎士の腕に折れるようにしてぶら下がった。
「祝いの席に雑音が入ってしまって申し訳ありませんわ。私共は一旦この場を離れますので、皆様は引き続きパーティーをお楽しみになって。ルルシェさんは私と一緒にこちらへ来て下さいな。」
「はいっ、シルヴィア様。」
シルヴィアに共に来るよう言われた、ルルシェ・ダウニー男爵令嬢はシルヴィアに向かって上位者に対する礼をした。シルヴィアはルルシェを見て頷くと、大広間の奥の扉へ向かって歩き始めた。シルヴィアに続いてダウニー男爵令嬢、気を失った王太子を担いだ騎士の一団が、広間から去った。
彼らが去った後の大広間は何事も無かったかのように音楽が流れ始め、それと共に人々の話声が穏やかな騒めきとなってその場を満たす、平穏なパーティー会場でよく見られる光景へと戻って行った。
*****
王宮内の一室にシルヴィアとダウニー男爵令嬢、騎士に抱えられた王太子が入って来た。入口の扉が開き、入って来た面々を見た部屋の主は眉間を揉んだ。
「シルヴィ・・・パーティーが終わるまで持たなかったな。」
「ええ、叔父上。残念ながら私の予想通りでしたわね。全く、開始早々いい迷惑ですわ。私も今日のパーティーを楽しみたかったのに。」
「へっ、陛下っ?!」
シルヴィアはソファーにゆったりと座っていた叔父に向かって答えた。ダウニー男爵令嬢は国王とシルヴィアが親し気に話している様子に驚いたが、頭の中でホーヤネン王家の家系図を思い出すと我に返った。
「シルヴィとダウニー男爵令嬢はこちらへ座ると良い。」
「分かりました。」
「はっ、はいぃ~。」
二人の令嬢は国王の向かい側の席に座るよう勧められた。シルヴィアは冷静だったが、ダウニー男爵令嬢は国王から声を掛けられて緊張のあまり声が裏返ってしまった。
「あ~愚息はもう少しそこの長椅子で寝かせたままにしておいてくれ。変なタイミングで起きて喋り出すと話がややこしくなる。」
国王は王太子を担いできた騎士を一瞥すると、自分の向かい側に座っているシルヴィアとダウニー男爵令嬢に向き直った。
「シルヴィア・モントレー公爵令嬢、ルルシェ・ダウニー男爵令嬢。此度は愚息が迷惑をかけた。本当に申し訳ない。」
国王は二人に向かって座ったまま頭を下げた。
「陛下、国王たる者が頭を下げてはなりませんわ。」
「今は私的な場。ここで其方らに頭を下げておかねば、私自身に悔いが残る。」
「叔父上、私も王太子殿下を諫めきれませんでした。私の力が及ばず申し訳ありません。」
「シルヴィア様・・・。」
シルヴィアの隣に座っていたルルシェは対応に困ってシルヴィアに助けを求めた。
「ここは叔父様の言う通り、私的な場としてお話すると言うことで宜しいのですね?」
「ああ。まずは何があったか、ルルシェ嬢本人から話が聞きたい。」
「陛下。まずは、これから話す内容に私の推測が入りますことをご容赦下さいませ。」
「相分かった。話を続けるが良い。」
国王の許しを得て安心したルルシェは思い切って話し始めた。
「私が王太子殿下と知り合ったきっかけは、実習の授業で王太子殿下とペアになったことです。王太子殿下に失礼の無いようにと実習中に丁寧な対応をしたことで、どうやら王太子殿下は私が殿下に好意を持っていると勘違いをなされたようです。それからというもの、殿下は事あるごとに私をお召しになりました。私は男爵令嬢ですので殿下のお言葉には逆らえず、殿下のお側に侍ることになってしまった次第でございます。」
「確か、ルルシェさんには婚約者がいらっしゃいますわよね?」
「はい。私の婚約者は既に学校を卒業しておりますので学内にはおりません。私は学校を卒業後、サロジャール商会のクレスケル様と結婚する予定になっております。」
「サロジャール商会か。王都で最近力を付けている商会だな。クレスケルは次代のサロジャール商会を担う者と聞いておるが。」
国王が顎を摘みながら口を挟んだ。すかさずシルヴィアも話に割って入った。
「叔父様。クレスケル様と言えば、平民の特待生でありながら学内の賞を総なめして卒業した伝説の先輩として名高いお方です。お茶会で学校の先輩方の話をお聞きして、私もクレスケル先輩が在学中に学校へ通いたかったと、何度も思ったほどです。ルルシェさんの婚約者は、それは素晴らしい方なのですわ。」
「シルヴィア様。婚約者のクレスケルをお褒め頂き、ありがとうございます。元はダウニー男爵家とサロジャール商会との縁を結ぶ婚約でしたが、私自身、婚約者のクレスケル様とは良好な関係を築いていると思っております。」
「一応、従姉弟同士とはいえ私とヴァルディ殿下は婚約しておりますし、ルルシェさんにも婚約者がいらっしゃいます。私は殿下とルルシェさんが一緒にいらっしゃる時に『婚約者のいらっしゃる方が男女でそのような距離で一緒にいるのは宜しくありませんわ。』とお諫めしたのです。ルルシェさんも覚えていらっしゃるかしら?」
「はい。しかし―――」
ルルシェは言葉に詰まってしまった。
「ルルシェさん?」
「ルルシェ嬢。私的な場故、不敬は不問だ。余も報告は受けているが、ルルシェ嬢の口から直接何があったか聞かせて欲しい。」
「それでは、恐れながら申し上げます。どうやら王太子殿下は私に婚約者がいるのをご存知ないようです。シルヴィア様が王太子殿下と私に注意して下さったのを『シルヴィアはルルシェが私の側にいるのを快く思っていないからだ。シルヴィアの悋気など気にすることは無い。』と言われました。それから何回かシルヴィア様が繰り返し王太子殿下と私に忠告して下さいましたが、王太子殿下はシルヴィア様のお言葉を王太子殿下はご自身にではなく、私だけに言われたと解釈されたようです。『シルヴィアはルルシェに嫌がらせをしている』『シルヴィアは自分の爵位が高いことをいいことに、爵位が低いルルシェのことをいじめている』と何度も言っていらっしゃいました。」
「私も言葉足らずでしたわ。私の言い方では、殿下に注意していたのか、ルルシェさんに注意をしていたのかが分かりにくかったのですもの。お二人に忠告したつもりでしたのに。」
「いや、周囲からの忠告に聞く耳を持っていないことが問題だ。それに、平民とはいえ有力な商会を次に率いる者を知らぬとは。重ね重ね愚息が申し訳ない。」
国王はルルシェに謝罪すると、両手でこめかみの辺りを揉み解しました。
「叔父様。それから王太子殿下は婚約の時に陛下から言われた『共に国を導く』という言葉の意味も履き違えていらっしゃるようですわ。」
「ああ、そうだな。ヴァルディは王太子だが、あくまでも婚約を結んだ時点で、従姉弟のシルヴィアと王位継承に関しては同等であると重ね重ね伝えておったのだが、残念ながら理解できなかったようだな。私もこの部屋で愚息の発言は一言一句漏らさず聞かせて貰った。私と王妃に子が一人しか授からなかった故、王妃共々ヴァルディを甘やかしてしまったようだな。」
「叔父様・・・。」
「学生が主催の行事とはいえ、王宮内という公の場で宣言してしまったことを覆すのは無理だろう。シルヴィ、長きに渡って愚息を支えてくれてありがとう。不甲斐ない父親で済まなかった。王妃は私の判断で部屋に下がらせた。王妃からの謝罪は日を改めさせてくれ。」
国王は姿勢を正すと、改めて目の前の二人に向かって頭を下げた。
「さて、そろそろ愚息を起こすか。王太子をここへ。」
「はっ。」
国王は王太子が寝ている長椅子の側に控えている騎士に声を掛けた。
「殿下、起きて下さい。」
「んあ?」
騎士に連れられてきた王太子は、国王の右斜め前に置いてある一人掛けのソファーに座らされた。王太子は自分がなぜここにいるのか状況が理解できていないようだったが、誰も彼に声を掛ける者はいなかった。
「さて、此度の騒動の当事者が揃ったな。」
国王は改めてヴァルディ王太子、シルヴィア公爵令嬢、ルルシェ男爵令嬢の顔を順に見てから口を開いた。
「国王として告ぐ。王太子ヴァルディ・ホーヤネンとシルヴィア・モントレー公爵令嬢との婚約は、王太子ヴァルディの有責で破棄とする。」
「なっ!?―――父上?」
「黙れっ。其方に発言を許した覚えは無い。何なら、そこでもう一度寝ていても構わんぞ。」
国王は先程までヴァルディが休んでいた長椅子を指差すし、ヴァルディを叱責して黙らせた。
「ヴァルディは王太子と王位継承権を剥奪し、一王子とする。次の王太子は―――シルヴィア、其方が王太子として立つが良い。ホーヤネン王国は私の代で終わりとし、其方の代からはモントレーと国名を改めるも良いが、その辺りは其方の王配の話と合わせて、モントレー公爵夫妻を交えて後日協議するとしよう。それからルルシェ嬢、其方の咎は無しだ。ダウニー男爵家とサロジャール商会には、息子が迷惑をかけた詫びとして息子の私財の一部を賠償金として支払うことにする。三人共、座ったままで良いぞ。」
「「「陛下の仰せのままに。」」」
三人は座ったまま頭を下げ、国王の命に従う意を表した。そのうちの一人は納得のいかない表情をしていたが、自らが招いた事態だから諦めるほかなかった。
「しかし『王族でいたくないから降嫁したのに、また王族に戻ることになったとはどういうこと?』と姉上に詰め寄られるのは確実だな。なあシルヴィ、何とかならぬか。」
「叔父上。母上の機嫌を直す方法は私ではなく、父上に相談して下さいませ。」
「はあ~もう、姉上と公爵には王妃と一緒に謝り倒すしかないか。」
国王は近い将来、夫婦揃って姉に静かに怒られることを想像すると、頭をガシガシと掻いて溜息をついた。
「陛下。二つお願いがあるのですが宜しいでしょうか。」
シルヴィアは国王に願い事があると申し出た。
「良い。言うてみよ。」
「一つ目の願いはヴァルディ元王太子に対して、私が言いたいことを言わせて下さいませ。」
「構わん。そのうち其方が王太子になるのだ。ヴァルディを今まで此奴を支えてくれた礼として何を言っても不問とする。」
「ありがとうございます。それから、二つ目の願いでございますが、私とルルシェ嬢は進級パーティーに戻っても宜しいでしょうか。」
「ああ許すとも。其方等に咎は無い。今から行けば、まだパーティーが終わらぬうちに戻れるのではないか。」
「では父上、私も―――」
とヴァルディが席を立ちかけた。
「ヴァルディ?私はお前に発言は許しておらん。それにだ。お前には私から長~い話があるからここにいろ。私だって夜は早く休みたいのに、今から話を進めても今日中に話が終わるかどうか分からん。」
「ひいいっ。」
ヴァルディはこれから父親でもある国王からこってりと絞られることが分かり、思わず身を震わせた。
「ルルシェさん、先に扉の近くで待っていて下さる?」
「はい、シルヴィア様。」
ルルシェはシルヴィアに言われた通り、席を立つと入り口の扉の横まで静かに歩いて行った。シルヴィアも席を立って移動する途中でヴァルディ元王太子の側に寄ると、扇で口元を隠しながら
「よくも私のことを悪役令嬢呼ばわりしてくれたわね。寝言は寝て言えこのボンクラが。」
と耳元で囁き、ヴァルディから離れた。
「「それでは陛下、御前を失礼致します。」」
シルヴィアとルルシェは晴れ晴れとした表情で退出の挨拶をし、部屋から出て行った。
「シルヴィア様、ありがとうございました。ようやくクレスケル様とゆっくり過ごすことができそうです。」
「いいのよ、ルルシェさん。こちらこそ、ヴァルディ様がごめんなさいね。」
「シルヴィア様。もうその話はお終いにして、早くパーティー会場に戻りませんか?私、今日どうしても食べたかったデザートがあるんです!今日を逃すと二度と食べられないかもって、生徒達の間で話題になっているんですよ。さあ、行きましょう?」
そう言って、ルルシェはシルヴィアの手を掴むと王宮の廊下を走り始めた。
「ルルシェさん、王宮の廊下を走ってはいけませんわよ!」
と注意するシルヴィアも、ルルシェの勢いに負けて王宮の廊下を小走りでついて行くのであった。
よくある婚約破棄ものですが、タイトルとは別の台詞「婚約者のいらっしゃる方が男女でそのような距離で一緒にいるのは宜しくありませんわ。」がミズホ的今回のテンプレです。
実際の台詞はタイトルよりも少しマイルドになってしまいましたが、ヒロインの一人であるシルヴィアがちゃんと喋ってくれたので良しとします。二人のヒロインがパーティー会場へ戻るべく手を繋いで王宮の廊下を走っているラストシーンが見えた所ですんなりと話が纏まりました。
次回の短編も婚約破棄ものになりそうです。よかったら本シリーズの他の作品もご賞味下さいませ。
今回も最後までありがとうございました。