告白
冬。
寒くなり、暖かい物が色々と欲しくなる季節。マフラーだったり、コートだったり、手袋だったり……恋人だったり。
そんな全てのものを持っている優越感に浸りながら、朝の凍えるような通学路をフル装備で暖かくして一人で歩いていると、俺の心を暖かくする人が待っていた。
「よっ」
片手を上げて由紀が一人で待っている。
「おはよ」
左を見て、右を見る。ついでに上と下も見た。
「なにやってんの」
「あれ、実来は?」
「わかんない。なんか一人で先に行っちゃった」
喧嘩でもしたのか。そう思ったが、由紀の様子からして違うみたいだ。
珍しい。由紀と実来はいつも二人で仲良く登校しているイメージ。たまに俺の時間が合うと、一緒に登校するのだが。
「あんた、実来になにかした?」
「特にこれと言って心当たりはないけど」
由紀が、うーんと何か悩むように顎に手を当て始めた。
「実来、少し変だったのよね。思い悩んでるような、楽しみにしてるような。そんな表情を見せる相手って言ったらあんたくらいしかいないんだけど」
「特に実来となにかあったわけじゃないな」
「おっかしいなー」
隣で一人でぶつぶつ悩みながら一緒に登校する。もしかして二人で登校するのって何気に初かもしれない。
学校に着き、教室に向かってると、隣から肘で脇を小突かれた。
「ち、ちょっとあれ……」
由紀が目を丸くして驚く。その視線の先には、実来が見知らぬ男子生徒と話している姿が。
「あ、あれ誰……?」
その男子生徒に心当たりがないので、かぶりを振る。
いや、どこかで見たような……けど、知り合いではないし、同じクラスでも、ましてや同じ学年でもあんな男子生徒は記憶にない。
実来はとても楽しくその男子生徒と話していた。
俺以外にもあんな表情を見せるんだな。
昼休み、話があるからと実来に誘われ、三人で屋上に向かった。たぶん誰にも聞かれたくない話なのだろう、冬の寒い季節に屋上でご飯食べる奴なんて、俺ら以外に酔狂なやつくらいだ。
凍えるほど寒い屋上で琴音の手作りお弁当をついていると、おもむろに実来が口を開いた。
「……実は、告白されたの」
唐突な言葉に、由紀の箸からおかずが零れ落ちた。
「え、え……だ、誰に!?」
「サッカー部のキャプテンに」
なるほど、朝話していたのはサッカー部のキャプテンか。彼は、学校で有名人。悪い意味ではなく良い意味で。
サッカー部のキャプテンで長身のイケメン。性格も良く、運動はもちろん学業も優秀。非の打ち所がないほどの優良物件。
「よかったじゃん! あの先輩ってファンクラブがあるほどモテてる人でしょ!」
実来の告白に、由紀が手放しで喜んだ。
「そんなモテるのか、あの人」
「そりゃモテないほうがおかしいでしょ」
朝にパッと見た感じでも、確かにモテそうな雰囲気があった。あの長身でイケメンは、男の俺でもモテるだろうなーっと察することが出来る。
あまりにも殿上人すぎて、せめて切れ痔であってくれ。
「そんな人から告白されるなんて、実来もモテるんだな」
「あんたはモテなさそうね」
ずばりと図星を突かれ、心臓を見えない矢が刺さったかのようにチクリと痛み、呻いてしまった。
えぇえぇ、どうせ俺はモテませんよ。顔も運動も並みで、勉強もできないやつがモテるわけないわな。
「お前は告白されたことあるのかよ」
「まあ、たまに」
この双子ときたら……。
客観的に見ても彼女達は美人だ。そりゃ告白の一つや二つはあるだろう。
けど、そんなモテなさそうなやつと付き合ってるのはお前だろう……。
そう悪態を吐きたかったが、ぐっと堪える。
「それでどうするの? 告白受けるの?」
由紀の問いかけに、実来は押し黙った。
「ど、どうして……告白受けてもいいじゃない、美男美女でお似合いよ」
そんな再三の問いかけに対しても、実来はずっと押し黙っていた。いや、正確には由紀の方をじっと見ながら。まるで逆に問い詰めるように。
そんな彼女の無言の圧力に、逆に由紀が押し黙る。
「……ハル君は、私にどうしてほしい?」
「どうしてほしいって、告白されたのは実来だろ。俺が決めることじゃない」
「うん、そうだね。だけど、ハル君は私にどうしてほしい? ……言ってる意味、わかるよね?」
言ってる意味……。
その問いかけに呼吸が苦しくなり、息が詰まりそうになった。心臓が痛いくらいに早鐘を打ち、誰かに掴まれているような感覚に陥った。
実来の言ってることは、事実上の告白だ。そんなことは、わかってる。馬鹿でもわかる。
だから俺は、大馬鹿になるしかなかった。
「ごめん……言ってる意味、わからない……かな」
「……」
俺は逃げた。こうするしかない。
「じゃあ聞き方変えるね。……私が告白されたって聞いて、どう思った?」
それでも実来は、俺を逃がさないというようにさらに追及してきた。
異なる双眸が俺の身体を突き刺す。片方は不安な表情で、もう片方は覚悟を決めたかのような。二人の求めてる答えもわかっている。そしてそれが、対極にあることも。
俺は大馬鹿だから、彼女の求めてる答えは、与えてあげるこはできない。
「お似合いの二人だと思ったよ」
俺の答えに、異なる表情を浮かべる彼女たち。
実来は、膝の上で何かに耐えるかのように拳を強く握った。
「……そっか、わかった……ハル君ありがとう、返事してくるね」
自慢の長い髪が彼女の顔を覆い、表情が読み取れない。まるで、彼女が泣いてることを隠すかのように。
そのまま立ち上がり、逃げるかのように実来は屋上を後にした。
「……実来が先輩と付き合ったら、あたし達の関係打ち明けよ」
それは、やめとこう。そう言いたかった。
そんな追い打ちをかけるようなことは嫌だったからだ。けど、いつまでも秘密にはしておけない。
無言で俺達は食事を再開したが、お弁当の味はまったくしなかった。
昼休みが終わりかけの頃、実来が屋上に帰ってくる。
「……返事してきたよ」
「そ、そうなんだ!」
「うん、断ってきた」
その返答に、思わず俺たちは言葉を失った。
なぜ、どうして……俺は確かにお似合いの二人だと答えた。あれは事実上、実来を振ったようなものだ。それなのに、どうして断ってきたんだ。
「……ハル君、私断ってきたよ」
「……」
覚悟を決めたかのように、彼女の顔は俺たちと違い、晴れ晴れとしていた。
「あ、そろそろ昼休み終わっちゃうから、教室戻るね」
実来が屋上から出て行った後、凍てつくような寒さが俺たちの体も心も冷やす。
もう実来に打ち明けた方がいいんじゃないか。これ以上黙っているのは、お互いに不幸になるだけだと思う。
「なあ、もう実来に俺たちの事言ったほうが……」
「それはだめ!」
俺の言葉を遮るように、由紀は語気を強めた。
「どうして、これじゃ実来を騙してるようなもんじゃないか」
「それでもだめ! ……もし知ってしまったら、あの子はきっと壊れちゃう!」
壊れるってどういうことなんだよ……実来を騙してるような関係以上に酷いことになりようがないじゃないか。
それでも、何かを恐れるように、この状況を続けてほしいと強く願う彼女に、これ以上何も言えなかった。
顔を伏せる由紀から、雫が零れ落ちていく。それが足元に落ち、点々と黒く染めていく。
「……ごめん、晴翔にも騙させるようなことして」
俺はなにも答えず、由紀を抱きしめ、ゆっくり背中を撫でてやった。
俺の胸に顔を埋め、彼女は静かに泣き続けた。