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遊園地(2)

「次は何乗る、何乗る?」


 ジェットコースターが終わる頃を見計らい、手を離した俺たちの前に、今だ元気一杯の最年少が催促を繰り返す。


「次はもう少し軽い物に乗ろっか」

「軽い物かー……あ、そうだ!」


 琴音が実来の耳元で何かを囁いている。

 まーたこいつらはよからぬことを考えているな。


「じゃあ、あれに乗ろ! コーヒーカップ!」


 ビッと、元気一杯最年少が指し示す。

 確かに、あれなら絶叫系が苦手な人も大丈夫かもしれない。もし苦手だとしても自分で回す速度を調整できるはず。


「まあ、あれならいいかな」

「で、あのコーヒーカップね、人数制限があって二人までなの。だから、二人ずつで分かれる必要があるわけ……それで!」


 グイッと、琴音が由紀を引っ張った。


「琴音と由紀ちゃん。それでお兄ちゃんと実来ちゃんペアで乗ろ!」

「ち、ちょっと、勝手に決めないでよ!」

「だってさっき琴音は実来ちゃんとペアで何回も乗ったもん。次はお兄ちゃんと実来ちゃんだよ」


 有無を言わさぬ様子に、由紀も口を噤んでしまった。


「……ハル君、一緒に乗ろっか」


 いつの間にかそばに寄って来ていた実来に、そっと腕を絡ませられる。

 不安げな様子の表情を浮かべる由紀から逃げるように俺は俯いてしまった。


「ハル君は……私とじゃ、いや?」

「……そんなことはない」


 そんなことはない、それは本音だった。別に実来のことは嫌いじゃないし、友達としてむしろ好きだ。

 そう、あくまで友達として、だ。

 俺には彼女がいる。そんな恋人の前で、別の女性と腕を組むのが嫌なだけだ。


「ほら、早く行こ行こ!」


 琴音に急かされるも、実来は腕を解放する気はないみたいだ。

 比較的空いている列に並んで待っている間も、実来はずっと腕を組んできていた。


「由紀ちゃん由紀ちゃん、目一杯回していい?」

「ほ、ほどほどにお願いね」


 前で琴音に絡まられている由紀は、俺たちのことが気になるのか、チラチラと何度も後ろを振り返る。

 針の筵のようだ。

 隣の彼女は何も言葉を発さず、頬を上記させていた。その表情からは、嬉しさなのか照れているのか読み取れなかった。

 係員に一台のコーヒーカップに誘われ乗り込むと、中はとても狭く、対極に座っていてもお互いの膝が当たってしまう。

 人数制限の事と言い、もしかしたらこのアトラクションはカップルで乗ることを想定しているのかもしれない。


「……は、ハル君回す?」

「ああ、じゃあそうしようかな」


 どのくらいの力加減で回せばいいんだろう。コーヒーカップは乗ったことがないからわからない。

 とりあえず軽く回してみる。それに合わせてコーヒーカップを模したアトラクションが回りだした。

 うお、結構速いな……。

 カップが急に加速し、目まぐるしく視界が変化していく。ただ、それでも軽く回したからかまだまだ余裕。

 もう少し速く回してみるか。

 ハンドルを強く握り、先程よりも、もう少し早く回してみた。

 さらに加速しだし、あまりの速さに次第に周りのカップが視界から消えたような感覚に襲われた。まるで自分のカップだけが残っているような錯覚に陥る。

 こ、これは結構速いな……絶叫系が苦手な由紀は大丈夫だろうか。


「……」


 ハンドルに添えている手の上を包み込む柔らかい感触。それが実来の手だと気付くまでに少しかかった。

 やべ、少し速く回しすぎたかな。

 しかし、彼女の表情からそうではないことがわかった。恐怖した顔ではなく、まるで何か思い詰めた様子。


「実来?」

「……」


 俺の問いかけが聞こえなかったのか、彼女からの返答はなかった。

 それ以上ハンドルを回すことができず、コーヒーカップが終わるまで、彼女はずっと俺の手に自身の手を重ねていた。


「あー、楽しかった!」

「うぅ、もう絶対琴音ちゃんとは一緒に乗らない……」


 相当速く回されたんだろうか、由紀がへとへとに疲れ切って出てきた。


「実来ちゃーん、そっちはどうだったー?」

「楽しかったよー」


 ニコニコ笑みを浮かべながら、琴音と話している実来から目が離せなかった。

 あれはどういう意図だったんだろうか。あの手を重ねてきた意味。そして、なによりもあの辛そうな表情。


「……と、晴翔!」


 目と鼻の先に由紀の顔がいきなり表れて、思わず驚いた。


「なんだよ急に、ビックリするだろ」

「なんども呼んだわよ。あんたも回しすぎたの?」

「……まあ、そんなところ」


 要らぬ心配を由紀にかけることもない。とりあえず、さっきのことは心の中に留めておこう。


「次なに行くー?」


 元気な最年少が辺りを見渡している。

 おいおい、そろそろ休憩しようぜ。

 これが高校生と中学生の違いか、体力が全然違う。


「琴音ちゃん、ちょっとは休憩させてよ」

「えー、じゃあ最後! あれだけ行こう、お化け屋敷!」

「いいわね。お化け屋敷ならあたし好きよ」

「お化け屋敷、駄目な人いる?」


 おいおい、もう高校生だぞ。お化け屋敷なんかで怖がるようなやついないだろ。

 所詮、子供騙し。昔ならいざ知らず、令和のこの時代に幽霊とかで怖がるようなやつなんていない。


「大丈夫でしょ。ね、晴翔」


 急に肩を叩かれて、思わず飛び跳ねてしまった。


「……あんた、怖いの?」

「ばばば馬鹿言うな! おおおお化け屋敷なんかで、こここ怖がるかよ!」

「足震えてるわよ」

「むむむ武者震いってやつだよ」

「誰と戦うってのよ」

「そうだよね。お兄ちゃん、大丈夫だよね」


 くそ、こいつ。俺がホラー系苦手なの知ってて誘ってきたな。

 それでまたなにかと理由を付けて、実来と二人にさせようって魂胆だな。


「そんなに怖いなら、お兄ちゃんは実来ちゃんに手でも繋いでもらったら」


 琴音が嫌らしい笑みを浮かべて実来に振り返る。その視線の先には、生まれたての小鹿のように震えている人がいた。


「……もしかして、実来ちゃんも怖いの?」


 小刻みに震えながら、弱々しく彼女が頷く。

 は、馬鹿め。実来もホラーが苦手なの知らなかったんだな。二人も苦手なんだ、お化け屋敷は行かなくて済みそうだな。


「うーん、じゃあお化け屋敷はやめとく?」

「えー、お化け屋敷行きたいー!」


 琴音がとんでもないワガママ言い出した。子供が駄々をこねる様に地団太を踏んでいるのを見かねて実来が助け舟を出す。


「……だ、誰か手を繋いでくれるなら」

「しょうがないわね……ほら、実来」


 仲睦まじく手を繋ぐ姉妹。

 え、いいな。俺も誰かと手を繋ぎたい。


「俺も誰かと手を繋ぎたいな、なんて……」

 

 情けない事を頼んでしまった。

 男だって怖いんだから仕方ないだろ、誰か手を繋いでくれ。


「男のくせに……だったら、あんたらも兄妹で手を繋げばいいでしょ」


 琴音と目を見合わせる。


「「絶対やだ」」


 ハモってしまった。

 姉妹ならいざ知らず、兄妹で手を繋ぐとか気持ち悪すぎる! しかもこれが逆ならまだいい、怖がってる兄を引っ張ってあげる妹とか恥ずかしすぎる!


「じゃあ、晴翔は一人で頑張って」

「うん、お兄ちゃんは一人で」

「え、まじっすか」

「まじっす」

「……ふーん、別にいいけど。俺が恐怖で無様に叫び倒して、失禁して泡吹いて倒れても知らないからな」

「なんて情けない脅し方……じゃあ、あたしと手を繋ぐ?」


 速攻で手を繋いだ。

 だって、俺と由紀は恋人だからな。手を繋ぐくらい普通のこと。

 由紀が実来と俺と手を繋ぐということは、必然的に一人だけになってしまう人がいる。


「え、待って。じゃあ琴音だけ一人?」

「一人で頑張れ」

「やだやだやだ! 琴音だけ一人とかやだ!」


 駄々っ子のように首を左右に振ってワガママを言い出した。

 まったく、これだから最年少は……。


「じゃあ、琴音ちゃん。私と手を繋いでくれる?」


 由紀から離れて、実来が琴音の手を優しく取る。

 結局、琴音と実来。俺と由紀のペアでお化け屋敷に入ることに。


「じゃあ、行きましょ」


 お化け屋敷に入ると、おどろおどろしい曲がかかっていた。演出だということはわかっている。けど、俺みたいな怖がりには効果覿面。曲を聞いただけで俺と実来は震えあがる。

 由紀の手どころか腕にしがみついてしまった。


「あの、歩きづらいんですけど……」

「……あ、ああ、ごめんごめん」


 離れた瞬間、前方から悲鳴が聞こえてきた。その音を聞いただけで、心臓が口から飛び出るほど跳ねた。


「ぎゃぁぁぁああああ!」


 思わず悲鳴を上げながら由紀にしがみついてしまった。ちなみに最初に聞こえた悲鳴は、誰かの声ではなく、お化け屋敷の演出で流れている悲鳴。

 俺の悲鳴を耳元で聞かされた由紀が辟易している。後ろを歩く琴音も、実来の悲鳴を間近で聞いたのか、しがみつかれながら同じ表情をしている。


「……とりあず、離れてくれる?」


 そんな、殺生な……どうして、そんな酷い事いうんですか。

 潤んだ瞳で由紀を見つめてしまう。そんな、俺の懇願した瞳に負けたのか、頬を真っ赤に染め、目を逸らした。


「……わかったから、離れなくていいから! だから、その捨てられた子犬みたいな目で見つめるやめて」


 由紀を抱き枕のようにしてしがみつき、お化け屋敷を出口まで進んだ。

 ちなみに、驚かされるたびに由紀の耳元で叫んでしまい、途中から彼女は耳を塞いでいた。

 お化け屋敷を出ると三者三様の顔が並ぶ。


「耳いった……」


 俺の悲鳴をずっと耳元で聞かされていた由紀が耳をマッサージしている。


「琴音は体が痛い……」


 ずっと目一杯実来に抱き着かれていた琴音が体をマッサージしていた。

 俺はというと、叫びすぎて喉が痛かった。

 そして、一番元気なのが実来。


「はー、怖かったね!」


 彼女は途中からずっと目を瞑り、琴音を抱きしめ続けていた。目を瞑っているのだから、気付けば終わっていたという……俺もそうすればよかった。


「この面子ではお化け屋敷はやめとこ……」


 由紀がもう懲り懲りと言った様子で呟く。

 その後はお昼を食べ、比較的軽めのアトラクションで過ごした。そして、気付けば空の色がオレンジ色に変わり、それぞれの影が伸びる頃合いに。


「最後に、お土産買いに行っていい?」

「いいわよ」


 お土産コーナーでは、動くことも一苦労するくらい人々が蠢いていた。少し変わったお菓子、遊園地のご当地キャラを模したぬいぐるみ、誰が買うんだと思うようなペン尻に変な生物ぽいのが付いたシャーペン。目当てのものがあるのか、それらの前に群がる人々を縫うように実来が真っすぐ目的に向かう。


「あ、あった。これこれ」


 実来が立ち止まったのは、この遊園地人気ナンバー二のご当地キャラを模したぬいぐるみ。それを抱きかかえ、俺を上目遣いで見てきた。


「……こ、これ欲しいな、なんて」

「……」


 なんで物欲しそうに俺を見るんだ。欲しければ買えばいいじゃないか。

 そんな事を思ってると、変なかけ声を上げながらお尻を蹴られた。


「お兄ちゃん、買ってあげなよ」

「なんで、俺が……」


 琴音が呆れたように溜息を吐き、つま先立ちにになって俺の耳元に口を寄せる。


「あのね、別に実来ちゃんは自分で買えないわけじゃないの。あれをお兄ちゃんに買ってもらうことで、特別な物にしたいの」


 なるほど、そういうことか。

 チラッと実来を見ると、照れた様子で真っ赤にしながら俯いていた。

 うーん、買ってあげたいけど、どうしようかな。実来をガッカリさせるのは忍びないし、かと言って、期待を持たせるのもどうかと。

 琴音は、般若の様子で俺を見上げ、由紀はそっぽを向いてるが、意識はこちらに向けている。

 ……よし、こうしよう。

 あることを思いつき、実来の持ってるぬいぐるみを手に取る。


「これ、買ってあげればいいんだな」

「う、うん!」


 よほど嬉しかったのか、花が咲くような笑顔を見せる。

 一人でレジに向かう途中、少し寄り道をしお会計を済ませた。


「はい、これ」


 俺から袋を受け取ると、嬉しそうに抱きかかえる実来。


「……ありがとう、ハル君。一生大事にするね」

「あと、琴音にも」


 遊園地で人気ナンバー1のぬいぐるみを琴音に渡す。よほど驚いたのか、琴音は目を大きく見開き、意外そうな顔で俺を見上げた。


「あ、ありがとう……お兄ちゃん、琴音は攻略できないよ?」


 何を言ってるんだ、こいつは……。

 そして、由紀の方を向き、彼女にも同じのを渡した。


「え、私にも?」

「そりゃ、由紀にだけないってわけないだろ」


 ついでにこっそりとペン尻に変な生物ぽいのが付いたシャーペンも渡す。彼女はそれを不思議そうに眺めながら小首を傾げた。

 そんな不思議そうにしている由紀にだけ聞こえるように、小声で話しかけながら、俺が手に持っている同じシャーペンの色違いを見せた。


「ペアな」


 それは由紀にだけこっそりと買ったもの。初めてのペアアイテムがシャーペンはどうかなとは思ったけど、内緒の関係の俺達にとってはいいんじゃないかと思ったからだ。


「初めてのペアが、シャーペンって……」


 そう悪態をつきながらも、その声はどこか弾んでいてニヤニヤと顔が綻び、とても大事そうにシャーペンを持っていた。


「ありがとう」


 たぶん、本人は照れてぶっきらぼうに言ってるつもりなんだろうが、その表情は、嬉しさのあまり頬が緩んでいた。

 夜の帳が下りる頃、俺達は遊園地を後にした。

 次の日、隣の席で、授業を受けながら一心に黒板の板書をしている由紀。手に持っているのは昨日あげたシャーペン。

 時折、そのシャーペンを眺めながら微笑んでいる様子を見ると、プレゼントをしてよかったなと思った。

 授業が終わると、俺たちの教室に実来が遊びに来た。

 真っすぐにこちらへ向かってきて、姉である由紀に話しかける。


「あれ、お姉ちゃん。そのシャーペンどうしたの?」

「ん、買ったのよ。気に入っちゃって」

「可愛いよね、私もそれ買ったよ」


 ほら、と見せるように由紀と同じ色のシャーペンを手にしていた。


「……そう、なんだ」

「お姉ちゃんとペアだね」


 その曇りのない笑顔を見せられ、由紀は口を噤んでしまった。


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