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遊園地(1)

 実来が指定した場所は遊園地だった。

 遊園地なんてどのくらいぶりだろう。最後に行ったのは、中学生だったような気がする。

 そして、当日の朝はとてもうるさかった。


「お兄ちゃん、早く起きて!」


 朝から琴音に叩き起こされたのだ。

 布団に包まりながら、スマホで時計を確認する。まだ出かけるまで一時間以上あった。


「……もう少し、寝かせてくれよ」


 そんな抗議の声を無視して、琴音はずっと俺の体を揺さぶってくる。

 うざい……。

 一時間以上余裕があるってことは、あと三十分くらいは寝ていられるじゃん……。


「今日はデートなんでしょ! 女の子を待たせちゃダメ!」

「……デートじゃないって。ただ皆で遊びに行くだけだろ」

「違う! 今日は実来ちゃんとデートなの!」


 無理矢理布団を剥がされた。

 冬だから、朝は寒い……。

 部屋を漂う冷気が、俺の体温を冷やしていく。


「ほら、早く準備して。髪型とか服装とかオシャレしなきゃ」


 無理矢理立たされ、勝手に部屋の中を物色し、服装をコーディネートしていく。

 琴音はああでもない、こうでもない、と。なにが楽しいのか、ウキウキで俺の服を選んでいた。


「ほら、顔洗って歯を磨いて! さっさと朝ごはん済ませる!」


 まるで母親だな。

 ぼさぼさの髪を掻きながら、隣で何度も急かす妹を無視して朝支度を済ませた。

 家を出ると、肌を刺すような寒さに体が縮こまる。

 二人とは駅前で待ち合わせをしている。この調子だと、約束の時間の十五分くらい前には着くかな。


「ちょっと着くの早くなるんじゃないか?」

「遅れるよりかはいいでしょ」


 しかし、待ち合わせに着くと、一際目立っている双子が目に入った。

 控えめに言ってもあの双子はとても美人。すれ違う人々が彼女たちを見ては振り返る。傾国の美女とは彼女たちのことじゃないかと思わせるほど。


「実来ちゃん由紀ちゃん遅れてごめんなさいー!」

「どうせ晴翔がモタモタしてたんでしょ」

「そうなんだよ、お兄ちゃんが全然急いでくれなくて」


 まるでこっちが遅れたかのような会話。

 待て待て、まだ約束の時間まで十五分もあるんだぞ。


「まだ約束の時間になってないんだから、別にいいだろ」

「お兄ちゃん、こういうのは男の人が先に待ってるべきなんだよ」


 この令和の時代に、なんて時代錯誤な価値観を持ち合わせてるんだこいつらは。


「どのくらい待ったんだ?」

「うーん、たぶん十五分くらいかな」


 て、ことは。二人は約束の時間の三十分前に集合していたってことか。

 早すぎるだろ……。


「だってハル君とデートだもん。楽しみすぎて、早く来ちゃった」

「ほんとよ。早く行こうってどれだけ急かされたか」

「お姉ちゃんだって、いつもより早起きして、私の事起こしに来たじゃない」

「そ、それは……! あんたの準備の時間とか考えて早めに起こしてあげただけじゃない!」


 真っ赤になって否定する由紀だが、その様子だと彼女も本当は楽しみにしていたようだ。

 かくいう俺も、遊園地なんて久しぶりだから、楽しみで昨日の夜は中々寝付けなかった。


「私よりも、お姉ちゃんのほうが楽しみだったんだよね」

「そ、そんなことないわよ」

「昨日なんか、楽しみすぎて九時とかには寝ちゃってたんだよ」

「わ、わー! 実来、あんたはもう黙ってなさい!」


 イタズラっ子のような笑みを浮かべる実来の口を、由紀がわたわたと慌てて両手で塞ぐ。


「そ、それより! 晴翔、なにか言うことあるんじゃないの!」


 なにか言うこと……? なんだろ、なにかあったかな。

 小首を傾げると、女性陣が一斉に溜息を吐いた。


「お兄ちゃん。由紀ちゃんと実来ちゃん、すっごいオシャレしてきてるんだよ」


 そうか、なるほど。服装を褒めればいいんだな。

 二人を見ると、性格に合った服装をしているように思えた。由紀のほうは、スポーティーな活発な服装。実来のほうはスカートがよく似合う大人しめの服装。

 こういうところでも双子だけど、まったく違うんだなと感じられる。


「って、実来に関しては昨日買った服と同じだから知ってるだろ!」

「うーん、わかってないな。デート本番と昨日では違うのに」


 よくわからない。昨日試着してるを見ていたから特に感想なんてないんだけど。それを言ったらまた非難されそうなので無難に褒めておくか。


「似合ってていいと思うぞ」

「うーん、誉め言葉としては及第点かな。あんたにしては合格点だけど」

 

 素直に褒められることが出来んのか。


「……ハル君、ありがとう」


 片や実来のほうは、俺の誉め言葉に顔を真っ赤にさせ照れていた。


「てか、さっさと行こうぜ。楽しみにしていた由紀さん」

「楽しみじゃないってば!」

「わかったわかった。九時に寝てしまうほど心待ちにしていたけど、楽しみじゃないんだな」

「皮肉に言わないでよ」

「まあまあ、早く行こ」


 一時間ほど電車で揺られ、遊園地に着くと、休日ということもあって沢山の人で賑わっていた。

 家族連れやカップル、友達同士で来ていると思われる学生たち。ジェットコースターの近くでは女性の悲鳴が木霊していた。

 あの声を聞くと個人的にはワクワクするんだけど、苦手な人にとっては近寄りがたい場所なんだろうな。


「なに乗るなに乗る?」


 琴音が世話しなく動き回り、キラキラした目で周りを伺っている。こういったところは年相応なんだな。


「あ、あれ乗ろうよ!」


 指差した先は、先程、絶叫が響いていた場所。ジェットコースターだ。

 いきなりハードな所から攻めるな。


「い、いきなり絶叫系じゃなくて、もっと軽い物から乗らない?」


 由紀の表情は笑顔だが、頬を引き攣らせている。


「えー、じゃあ由紀ちゃんはなにがいいの?」

「え、えーと……あ、あれなんかいいんじゃない」


 指差した先は、小学生くらいの子たち、しかも、特に女の子がワイワイ楽しみながら乗ってるメリーゴーランドだった。


「えー、この年で!?」

「こ、琴音ちゃんとそんなに変わらない子達が乗ってるじゃん」

「ぶー、私はもっと年上です」

「そうだよね、琴音ちゃんはもっと大人だもんね」


 優しく琴音の頭を撫でながら宥める実来。


「もしかして、由紀ちゃん絶叫苦手なの?」


 琴音がニヤリと笑みを浮かべ挑発する。

 その表情から、もしかして怖いの、怖くないなら乗れるよねっと暗に示していた。


「に、苦手じゃないわよ! けど、最初は軽い物から乗ろうって言ってるの!」

「琴音は別に軽いやつじゃなくても大丈夫だもんー。実来ちゃんはどっちがいい?」

「私も絶叫系がいいかなー。ハル君もそうだよね」


 腕を組まれ、実来の豊満で柔らかな胸を押しつけられた。

 その柔らかな感触に思わず生唾を飲み込んだ。


「わ、わかったわよ! ジェットコースター乗ればいいんでしょ!」

「やったやった! 実来ちゃん実来ちゃん、早く行こ!」


 琴音が実来の手を引っ張る。その足取りはまるで羽が生えたかのように弾ませいて、一目散に駆けて行ってしまった。


「……」


 ぎゅっと服の裾を掴まれた。振り返ると、由紀の顔が恐怖で青ざめている。

 俺はあえて何も言わず、ゆっくりとジェットコースターに向かった。

 恥ずかしいのか、由紀は絶叫系が苦手なことを隠したがっている。ここで俺が何か言ってしまうと、彼女のプライドを傷つけてしまうと思ったからだ。

 順番待ちしている間も、由紀はずっと後ろで服の裾を掴んでいた。その手は少し小刻みに震えている。

 俺たちの前で楽しみにしている実来と琴音は、そんな彼女の様子に気付いていなかった。


「絶叫系久しぶりに乗るー」

「ねー、楽しみだねー」


 ゆっくりと列が進むにつれて、自分達の順番が近付いていく。階段を上るカンカンという音が、死へのカウントダウンのように聞こえてるのだろうか、由紀は手だけじゃなく体が小刻みに震えていた。

 俺たちの番が来て、係員の人が席に案内してくれる。前に琴音と実来、その後ろに俺と由紀。

 安全バー下され、体が固定される。

 横を見ると、膝の上で拳を握り、恐怖に耐えるかのように唇をぎゅっと結んでいた。

 そんな由紀の恐怖を包むように俺は彼女の手を覆った。すると、彼女が微かに微笑み、青白かった顔に赤みがさした気がする。


「あー、楽しかった!」

「久々に乗ったけど面白いねー」


 絶叫を楽しんだ二人が口々に感想を言い合っている。が、そんな二人とは対照的に、由紀の顔はどん底に落ちたみたいに絶望していた。

 絶叫系が苦手な人は、無理して乗るもんじゃないな。


「ね、ね、もう一回乗ろうよ!」


 我が妹が、由紀を地獄に叩き落とすようなことを言い出した。あいつは空気を読めないのか。


「あ、あたしはもういい……」


 もうこりごりと言った様子で、手を力なく振る。ぐったりしている様子に少し心配になった。


「あー、俺もちょっと疲れたかな。お前ら二人で行ってこいよ」

「……ハル君は乗らないの?」

「まあ、少し休むわ」

「じゃあ実来ちゃん、二人で行こう!」


 強引に実来の手を取り、琴音たちは駆けて行く。手を引かれながらも、実来が何かを言いたげに何度も振り返ってるのが印象的だった。


「……あんたも行けばよかったのに」

「さっき言ったろ、俺も疲れたんだって。ほら、あそこのベンチに座ってようぜ」


 顎でベンチを示して、由紀の手を取り、引き連れていく。いつもは頼もしく、俺たちを引っ張って行ってくれる彼女も、このときばかりは言うとおりに従ってくれた。

 こいつの手ってこんなに小さくて柔らかいんだな……。

 二人で黙って座ってるも、特に気まずい空気は流れなかった。逆になにも話さなくても心地よい空間が続いた。

 肩に微かな重み。彼女が俺の肩に身を預けてきていた。


「……さっきはありがとう」


 聞こえるか聞こえないかの微かな声が耳をくすぐる。

 先程とは違い、恐怖を取り除くためではなく、由紀の手を覆う。そして、どちらともなく手を繋ぎ合った。


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