デート前日
デートの前日。明日着ていく服を買いたいということで、四人でショッピングモールにやってきた。そう四人で。俺を含めて、妹の琴音と実来と由紀の四人で。
レディース専用のお店に入って、ワイワイと楽しく服を選んでいる三人。それを店の外で眺めている。
そう、四人で来ている。なのに俺は外で眺めているだけ。
「……」
他のお店で買った服を脇に置き、呆然とベンチに座っている。ちなみにこの服は俺のじゃなく、店で楽しくしている三人の。
……疲れた。買いたい服もないのに、連れまわされるのは体力や精神も擦り減っていく。まるで休日に、遊園地に駆り出されたお父さんのような気分。
女性の買い物は長い、なんて時代錯誤なことは言わない。男でも買い物が長いやつは長い。けど、興味もない女性用の服を無駄に連れまわされるのは疲れる。
まあ、仕方ないか。女性が三人で男は俺一人だと、俺に意思決定権なんてないに等しい。
天井を眺め、疲れを吐き出すように嘆息を漏らす。
……早く終わらねえかな。
三人を見ると、いまだに同じ場所でさっきと変わらない服について話し合っていた。
実来が俺の視線に気付き、他の二人には気付かれないように軽く手を振ってくる。それに気付かないふりして視線を反らした。
「……早く終わらねえかな」
つい本音が口から漏れ出た。
「ごめんね、私達だけ楽しんじゃって。ハル君つまらないよね」
いつのまにか実来がそばに来ていた。隣に腰かけ、苦笑いを浮かべている。俺の心情を察してくれているのか、その表情には申し訳なさそうに見える。
「まあ、いいさ。荷物持ちに呼ばれたのはわかってるから」
「うーん、私としてはハル君の意見を取り入れて服を選びたいんだけどな」
「だめよ、晴翔のセンスは壊滅なんだから。そいつに選んでもらったらダサくなるわよ」
いつの間にか他の二人もそばに来ていた。
「ダサくないわ。俺のファッションセンスは前衛的なんだよ」
「誰にも理解が得られないセンスは前衛的とは言わない」
「俺のどこがダサいって言うんだよ」
「それ」
由紀にビッと今着ている服を指差される。
「その服がもうダサい」
「いやいや、これのどこがダサいんだよ」
「お兄ちゃん、十分ダサい」
琴音まで俺のことをけなしてきた。
「一昔前のおじさんみたいなファッションしてる。全然似合ってない」
ちなみに今俺が着ているのは、ストライプシャツにパーカを羽織ってジーンズという定番のファッションのはず。
「……こんなのはな結局顔なんだよ。顔がよければどんな服着てもカッコよく見えるんだよ」
「それ、自分は不細工って言ってるようなもんよ」
「だから琴音が服選んであげるって言ってるのに」
妹に服を選んでもらうってのも格好悪いよなー……。
「ていうか、さっさと買ってこい。いつまで待たせるんだよ」
「実来ちゃん、お兄ちゃんに服を選んでもらいたいんでしょ」
「うん……ハル君、私に合う服見てもらっていいかな?」
「由紀も言ってたけど、俺のファッションセンスは駄目みたいだぞ」
「そんなことはないよ。ハル君の意見を取り入れたい」
「あたしは何度も止めたんだけどね」
由紀が呆れたように溜息をこぼす。その視線、その溜息は実来に対し、暗に正気を疑ってるように聞こえる。
「だからお店まで来てほしいなって呼びに来たの」
「えー……」
つい不平不満を口に出してしまった。
いや、だってね、あの店は女性専用なわけですよ。その中を男の俺が入るってのは、可愛らしい完食したら胸焼けを起こしそうなホイップクリームもりもりのパンケーキを売ってるスイーツ店に入るようなもんですよ。
入る前にわかる。店員からの怖い笑顔。他の女性客から出ていけといった熱い視線を一身に浴びせられるのが。
「まあ、男のあんたがあの店に入りづらいのはわかるわ。まあ、実来の為に我慢しなさい」
理解を示してくれるなら由紀よ、俺に我慢を求めるんじゃなくて実来を止めてくれ。
「ほら、行こ行こ」
実来に手を引かれ、無理矢理店の中に強制連行される。
しかしすぐに後悔することになる。
「ぐあぁ……」
入った瞬間に熱い視線を浴び、冷や汗が止まらない。
周りを見れば男性客は俺一人のみ。左右360度見渡しても、女性しかいない。針の筵とはこのこと。
「これは凄いね……琴音ですらちょっとこの視線はキツイわ」
「分かり切ってたことでしょ、気にしない気にしない」
由紀が堂々とお店の中を歩く。
いや、凄いな。そんな風に臆面もなく歩けるのは、ある意味尊敬するわ。
「こっちこっち。実際に着てるのを見てもらって選んでもらいたいから」
試着室の前に連れられる。実来が中に入り、カーテンを閉め着替え始めた。
「一着目がこれ」
着替えるために閉められていたカーテンを開け、現れたのは清楚なワンピースを来た実来。
「二着目がこれ」
「ぐはっ……」
次に見せてくれたのがニットを着たセクシーな服。胸が大きい実来が着ると、より胸が強調される。悲しいかな、男の性でどうしてもその膨らみを凝視してしまう。
「胸、見すぎ」
由紀に頭を叩かれてしまった。でもこれは仕方ない。吸い込まれるように目が胸にいってしまうんだもの。
「ど、どっちがいいかな?」
うーん、正直どっちでもいい。
と考えてると、後ろから琴音に蹴られた。首を脇に抱えられ、小声で話しかけられる。
「あのね、ファッションセンスのないお兄ちゃんでも選びやすいように、実来ちゃんはあえて両極端な服にしてくれてるんだよ。ちゃんと真剣に考えてあげて」
な、なるほど。実来は俺のことまで考えてくれてたのか、なら真剣に考えてやらないとな。
セクシーか清楚。でも、どっちも似合ってるんだよな。清楚な服は実来のイメージに合うし、セクシーはセクシーで実来の体系にすごい合ってる。
「……清楚な方が俺は好きかな」
率直な感想を伝える。セクシーな方は胸が強調しすぎて、他の男から視線が癪に触りそう。
「ありがとう! じゃあこっちの服買ってくるね」
実来が太陽のように破顔し、俺が選んだ服を抱えレジに向かう。
「ねえ、お兄ちゃん」
琴音にチョイチョイと服の裾を引っ張られる。会話を聞かれたくないのか、小声で話しかけられた。
「お兄ちゃんは実来ちゃんと由紀ちゃん、どっちのスタイルがタイプ?」
「お前な、つまらないこと聞いてくるなよ」
「だって気になるじゃん。見てよ由紀ちゃんの股下の長さ。腰の位置がびっくりするくらい高い。足が長くてスタイルいいし女性が憧れるって感じだよね。対して実来ちゃん。痩せてるのに出るところは出てる。特に胸。あれは男性が好きなスタイルだね。例えるなら由紀ちゃんはモデル体形。実来ちゃんはグラビア体形。で、お兄ちゃんはどっちが好きなの?」
まったく、何を聞いてるのやら。
「小娘と茶袋だな」
「……なにそれ?」
「色気づくのが早いって意味だよ。ガキのくせになに聞いてるんだ」
「琴音はもう中学生なんだからガキじゃありません!」
俺からしたら琴音なんてまだまだ子供。頬を膨らませて抗議する姿なんて、まるで小学生じゃないか。
「子供のくせに馬鹿なこと聞いてくるな」
「もういいです!」
琴音が眉間に皺を寄せ、ぷんすか怒りながら頬を膨らませたまま実来の方に行ってしまった。
どっちがタイプかなんて、決まってるじゃないか。だって俺は由紀と付き合ってるんだから、どっちと聞かれたら由紀と答える。
「お待たせー」
実来が袋を手に提げ、帰ってきた。その袋を由紀が預かり、にっこりと微笑みながら俺に渡してくる。
「はい、男の仕事」
「……」
はいはい、俺はこのために呼ばれたんですもんね。