作戦会議
「お兄ちゃん、落とそう―!」
拳を突き上げ、そう高らかに宣言する。
隣の実来ちゃんが、パチパチと拍手してくれた。
もう何回目になるだろうか、実来ちゃんと二人で打合わせをするのは。実来ちゃんがお兄ちゃんに恋をしてるのが傍目から見てもまるわかり。
そこで琴音が実来ちゃんに声を掛け、お兄ちゃんに内緒でこうやって琴音の家で作戦会議をしているのだ。
何度も琴音の部屋へ遊びに来てる実来ちゃんは、最初の緊張した様子はかけらもなく、机を挟んだ対面に座っている。
「この間は恥ずかしかったー、胸の谷間はやりすぎだよー」
先日の勉強会のことを思い出したのか、顔を真っ赤にさせている。
私が提案した、胸の谷間を見せつけて落とそう作戦。折角実来ちゃんは魅力的なスタイルしてるんだから、全面的に押し出そうとしたのが先日の勉強会の作戦だった。
「だめだめ、お兄ちゃんは鈍感なんだからあれくらい積極的にいかないと」
「でも、あれはあざとすぎると思うよ」
確かに胸の谷間はあざとすぎたかもしれない。
けど、男というものは単純な生き物。あれくらいやった効果的な、はず。たぶん、きっと……。
ちょっと不安になってきた。いくらお兄ちゃんが単純だと言っても、あれだと逆に引いてしまうかもしれない。
「次の作戦は、初心に帰ります!」
「初心?」
「名付けて、男を落とすにはまず胃袋から作戦!」
またもや拳を突き上げる琴音に向かって、実来ちゃんがパチパチと拍手を送ってくれた。
「実来ちゃんって、料理はできる?」
「ぜんぜん、出来ない……」
料理の腕に相当自信がないのか、実来ちゃんはがっくり項垂れる。
これは、作戦開始前から失敗の予感……。
「なぜかわからないけど、私が料理すると摩訶不思議なものが出来上がるの。それからお姉ちゃんから料理はしないように言われちゃって」
摩訶不思議なもの……。
逆にそう言われると気になる。
「大丈夫、まかせて! こう見えて琴音はいつも家では料理してるから、手取り足取り教えます!」
どんっと自分の胸を叩き、任せてとアピールする。
共働きの両親に変わって、家事を一手に引き受けてる琴音は料理には自信があった。
「わー、それなら安心だね!」
「じゃあ、まずはお弁当を作ってお兄ちゃんに渡してみよう!」
「やってみる!」
実来ちゃんがぐっとガッツポーズを作り、やる気を奮い立たせている。
さて、どうしようか……。
無難のなのは、おかずは全部冷凍食品で済ませれば、いくら料理が下手といってもレンジで温めるくらいは出来るはず。
でも!
「ここは、挑戦してみよう!」
「挑戦?」
「そう、冷凍食品でももちろん愛情は伝わると思う。けど、料理ができるアピールをするためにも、全部手料理でお弁当を作ろう!」
「が、頑張る!」
「まずは、お兄ちゃんの大好きな果物りんごから!」
「はい! あ、待って、メモするね」
実来ちゃんがメモをしようとスマホを取り出した。
ロック画面を解き、待ち受け画面に移行した時、気になるのが見えた。
あの待ち受け画面って……。
「ね、ね、実来ちゃん。ちょっとスマホ貸して」
琴音の言葉にわたわたと慌て始め、スマホを背中に隠してしまった。
「だだだ駄目だよ! こういうのはプライベートな物だから見せられない!」
実来ちゃんの慌てように、にやぁっと自分の口角がいやらしく上がった。
その慌てよう、あれは絶対見間違いなんかじゃない。
「お兄ちゃんの写真を待ち受け画面にしてるでしょ」
図星を突かれたのか、目が左右に泳ぎ、言い訳をしようとパクパクと口を開けるも一切思いつかなかったのか、次第に諦め、彼女はコクンッと頷いた。
「可愛いー!」
あまりの可愛さに、思わず実来ちゃんに抱き着いてしまった。
今時、中学生でもスマホに好きな人を待ち受け画面にしないのに!
「ね、ね、見せて見せて!」
顔から火が出そうなほど真っ赤にしながら、実来ちゃんが待ち受け画面を見せてくれる。
画面には、遠くからこっそり撮ったと思われる、撮られたことも気付いていない様子の拡大されたお兄ちゃんの写真が映っていた。
「……おー」
なんて反応していいかわからず、とりあえず喜怒哀楽どれとも取れないようなよくわからない声を上げてしまった。
隠し撮りかー……。
それだけ好きってことなんだろうけど、正直引いてしまった。
これが集合写真とか、二人でちゃんと撮った写真を待ち受け画面ならまだわかるけど、隠し撮りともなると話が違う。
好きな人を撮りたいって気持ちはわからないでもない。けど、相手からしたら気持ちのいいことではない。
「好きな人を待ち受け画面にすると、付き合えるっておまじないがあったからやってるんだ」
とても大事そうにスマホを胸に抱える様子は、実来ちゃんがお兄ちゃんに対して本当に好きだということが伝わった。
まあ、隠し撮りはよくないことだけど、それだけ好きってことだもんね。
「きっとその思いは成就するよ!」
「うん、頑張る!」
気持ちを切り替えて、料理を頑張ろう!
と、その前に大事な事を実来ちゃんに伝えないと。
「で、お弁当の後はその勢いのままデートに誘っちゃお!」
「ええー!?」
「お弁当で胃袋を掴んだんだから、次はデートだよ!」
実来ちゃんは首が取れそうなくらい左右に振り、自分にはできないと抵抗された。
デートに誘うのが、まるで清水の舞台から飛び降りるくらい覚悟がいるほどに。
「お兄ちゃんと付き合いたいんなら、デートに誘えなきゃ」
「無理無理、それなら琴音ちゃん付いてきてー!」
どこの世界に兄のデートに付いていく妹がいるのか。傍から見たら、お兄ちゃんに纏わりつく女を排除しようとするブラコンの妹じゃん。
「二人でデートしないと意味ないよ」
「琴音ちゃんが付いてきてくれるならー!」
涙目でいやいやと首を振りながら琴音の腰にしがみつかれた。
まったく、これじゃあどっちが年上かわからない。
「うーん、わかった。琴音も付いていく」
その言葉に、実来ちゃんの顔がぱぁっと明るくなった。
「とりあえず、今はお弁当を頑張って練習しよ!」
「おー!」
二人で拳を突き上げて、奮起させる。
キッチンに移動し、包丁とリンゴを取り出した。
三度の飯よりリンゴが大好きなお兄ちゃんの胃袋を掴もうと思ったら、リンゴは必須。
「リンゴの皮むきはちょっとレベルが高いから、ピーラー使っちゃお」
「ピーラーってリンゴにも使えるんだ」
「使える使える。包丁で皮むきは危ないしね」
「私、あれ作りたいな。ウサギさんの形したリンゴ」
それはピーラーでは無理だな……。
どうしようかと悩んでいると、隣で実来ちゃんがキラキラした目でリンゴを手に取っていた。
やる気満々なその姿を見ると、とてもじゃないけど止めることが出来ない。
「じゃあ、挑戦してみる?」
「うん!」
その元気な返事に、家の救急箱に絆創膏が残っていたかな、と思い返した。