妹の告白
今でも覚えてる。実来があたしに相談してきた時のことを。
去年のことだった。
もじもじしながら照れた表情を浮かべ、あたしに相談があると言って部屋に招き入れた。
実来の部屋はあたしの部屋と違って、ぬいぐみや小物が一杯で、まるで少女漫画のような部屋だ。
そりゃあたしもぬいぐみや小物は多少あるけど、実来の部屋にはベッドの上や机にこれでもかとぬいぐるみが敷き詰められてある。
双子だけど、こうも違うのかと思い知らされる。
机の上をチラッと見ると、伏せられた写真立てが目に入った。
まるで隠すように。けど、あたしは知ってる。その写真立てに何を飾っているのか。
「……あ、お姉ちゃん。もう宿題は終わった?」
「もう終わらせたわよ。あんたはどうせまだなんでしょ」
「えへへ、そうなんだよ。お姉ちゃん教えて」
顔を真っ赤にしながら、取り留めのない会話。
実来はそんなことを話したくてあたしを呼んだわけではないはず。
「あ、見てみて。このぬいぐるみ、可愛いでしょー。つい買っちゃった」
「はいはい、可愛いわね」
核心に迫らない会話。
あたしはそれでいいと思ってる。だって、聞きたくなかったから。
だからあたしからは核心に迫るようなことは聞かない。ずっとこのままはぐらかしていたい。
そんなわけにはいかないのはわかっているのに。
「……あ、あのね。……お姉ちゃんって、好きな人いる?」
おずおずと、うつむきながら、けど意を決して聞いてきた。
あたしの心臓は早鐘が打ったように早くなった。
やだ、これ以上言わないで。
「いないわよ、そんな人」
大丈夫だろうか、あたしは平静を保ててるだろうか。
声が震えないように、悟られないようにしないと。
「ほんと! よかったー」
本当に安心したように、実来は安堵の息を漏らす。
実来にとって、この質問は本当に怖かったんだろうと察することができた。
そんな実来とは裏腹に、あたしは怖かった。
「あ、あのね。私ね、好きな人が出来たんだ!」
机の上に駆け寄り、写真立てをあたしに見せてきた。今まで秘めていた大事な宝物を見せるかのように。
その写真には、晴翔の写真が飾られている。晴翔とあたしと実来の三人で取った写真。
けど、あたしは知っていた。同じ家に住んでるんだもん、知っているよそりゃ。
「私ね……ハル君の事が好きなんだ」
写真をぎゅっと抱えて、幸せそうな笑顔で残酷なことを、あたしが聞きたくなかった言葉を告げられた。
だって、あたしも晴翔のことが好きだったから。
「へー、あんな奴のどこがいいんだか」
まるで興味がなさそうにそっぽを向いて、そう吐き出すのが精一杯。
もうやめて、それ以上言わないで。
「晴翔にあんたは勿体ないわよ」
つい心にもない事を言ってしまい、胸がチクリと痛んだ。
「そんなことないよ! ハル君かっこいいじゃん、それに凄く優しいし」
知ってる。
実来の言葉一つ一つが、まるで鋭利な刃物のようにあたしの心を傷つけていく。
「……」
どうして晴翔なの。
あたしたちは双子だけど、外見も性格も趣味趣向も全部違うのに。なんで好きな人は同じなの。
言いたい。あたしも好きな人が晴翔だって言いたい。
けど、そんなこと言ったら実来を傷つけちゃう。どれだけ実来が晴翔のことを好きか知っているから。
「そ、それでね……相談なんだけど……ハル君と付き合えるように手伝ってほしいんだ」
とても、とても残酷なことをお願いされた。
そのお願いがどれだけあたしにとって残酷なことなのか、実来は知らない。
知らないからこそ、できるお願い。
「……あたし、には」
無理。
そう言いかけたとき、実来は自分の髪を撫で始めた。
昔はあたしとそんなに変わらない髪の長さ、でも今では腰くらいまで伸びていた。
「あんた、髪伸ばしてるの?」
「え、うん。……えへへ、ハル君が髪の長い女性が好きって言ってたから」
「……シャンプーも変えた理由って」
「う、うん。ハル君の好きな匂い聞いて、使ってるんだ」
気恥ずかしそうに、頬を掻いてるその姿は、恋する少女。
……あたしは、実来以上に晴翔のことが好きなんだろうか。
髪を伸ばし、好きな人のために匂いを変えることができるだろうか。
晴翔のことをどれだけ想ってるかを見せつけられた気分だった。
そんな姿を見せられたら、あたしも晴翔のことが好きとは言えなかった。
「……手伝う。晴翔と付き合えるように応援する」
あたしの言葉に、実来の顔がぱぁっと明るくなった。
「ほ、ほんと!? わーい、お姉ちゃんが手伝ってくれるなら百人力だ」
相当嬉しかったのか、両手を上げて喜ぶ実来。
そんな実来とは違い、あたしは絶望に引きずり込まれた気分だった。
それを臆面にも出さず、笑顔を浮かべた。
「……」
あたしはちゃんと笑えているだろうか。笑顔が引き攣っていないだろうか。
「でも、よかったー。お姉ちゃんもハル君好きだったらどうしようかと思った」
「……」
「私達って双子なのに全然違うね! ほんとよかったー」
「そうね」
あたしはそれだけ言って、立ち上がった。これ以上この場にいたらあたしはどうにかなってしまいそうだから。
「お姉ちゃん、ありがとう」
背中に実来のお礼の言葉が聞こえたが、何も答えず部屋から出た。
逃げるように自分の部屋に入り、あたしはその晩、枕を濡らした。
「由紀の事が好きなんだ」
それから暫く経って、あたしは晴翔に告白された。
とても嬉しかった。
その言葉を聞いた瞬間、幸福感が全身を駆け巡り、嬉しさのあまり震えて泣いてしまうほど。
そして同時に、実来に対して罪悪感が湧き、自責の念に心が耐えられず、別の涙を流した。
涙を流して気付いてしまった。
後ろめたい気持ちを抑えてしまうほど、あたしは晴翔のことが好きだった。
「……」
あたしは晴翔の告白に思わず頷く。
実来に応援すると言いながら晴翔と付き合ってしまった。
「実来には内緒にして付き合ってほしい」
あたしの要求に晴翔は当初抗議していたが、頑なに首を縦に振らないあたしに折れてくれた。
こうして、あたしは実来に嘘を付き続けることになる。