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3択の異世界転生

作者: 西玉

 俺には、生まれつきの能力がある。

 周りの人間にも同じような能力があると思っていたが、もの心つく頃には、他の人間にはないのだと理解していた。

 俺は、望んだ事を実現させる方法を、常に3択で表示させることができる。


 まだ子供の時、流行りのトレーディングカードのうち、超レアとされている一枚を、どうしても手に入れたいと願った。

 俺の目に、そのカードを持っている人物の家が二件と、売っている店が一件、わかりやすく表示された。


 どうしろという表示はない。

 その家に盗みに入るか交渉するか、あるいは買いに行くかは俺次第だ。

 この力があって、生活が極端に変わるという能力ではなかったが、この力のおかげで救われたことは多い。


 ただし、万能ではない。

 トレーディングカードを買いに行き、どの袋に目的のカードが入っているのかを何度聞いても、俺の能力は答えない。

 ただ、その店で売っていることだけは間違いなく、結局、俺は金が尽きて買うことができなかった。


 学校に通い、マークシート方式の試験でいい点数を取りたいと願った時には、全てのマークシートと問題文と指名欄が見えた。

 ちゃんと名前を書いて、問題文をよく読んでしっかりとマークしろという意味らしい。

 マークシート式の問題に、正解が3つ無い限り答えは得られないのだ。


 思春期になり、彼女が欲しいと願った。

 同級生の女性が1人、近所の野良猫が一匹、廃墟と思われていた廃屋が一軒、目に飛び込んできた。

 同級生の中で、俺のことを悪く思っていない子が1人いたという僥倖には心躍った。


 だが、表示された廃屋に何があったのか、見に行く勇気は未だに出ない。

 決して万能ではなく、使い方がむずかしい力だったが、俺はこの力と共に生きてきた。

 今、社会人になった俺は、どうやって社会から逃れられるかを真剣に考えていた。


 上司に怒られ、足取り重く帰宅する途中だった。

 手ひどく失敗した俺は、この社会から逃げ出したいと思っていた。

 俺の目に、三つの選択肢が現れた。全くの予想外だ。俺の思いが、力を暴走させたのかもしれない。

 3つの選択肢は、電車のホーム、高層ビルの屋上、雑居ビルの扉だった。


 社会からいなくなりたいと思ったのは、初めてのことではない。

 選択肢はその時々で違ったが、結果は全て予想できた。

 全て、死ぬための手段だった。

 自殺するような度胸はない。


 いつもは、見えたところで後悔し、足早に通り過ぎるだけだった。

 だが、俺は足を止めた。

 それは、最後の選択肢によってだった。

 電車のホームはわかる。ビルの屋上もわかる。


 だが、どうして雑居ビルの扉で、俺が死ぬことになるのだろうか。

 ひょっとして、あの扉には爆弾がしかけられているのだろうか。

 俺は気になって最後の選択肢である扉を見つめたが、誰もその扉を開けようとはしなかった。

 爆弾を仕掛けるなら、あまりにも妙だ。


 俺は扉に足を向けながら、さまざまに考えた。

 扉を開けると秘密結社の支部で、殺されてしまうのかもしれない。

 暴力団の隠れ蓑かもしれない。


 あるいはいかがわしい店で、いい思いをした後に、保険金をかけられて殺されるのかもしれない。

 それなら、それでいい。

 俺は、自暴自棄になっていたのだろう。

 扉の前に立った。ドアノブがある。引き戸だった。


 俺は、これから死ぬのだろう。

 だが、どんな死が待っているのか、全く予想がつかないのは初めてだ。

 あるいは大事件に巻き込まれて、一般の社会人としては生活できなくなるのかもしれない。

 それならば、むしろ当たりかもしれない。そう思うほど、俺は追いつめられていた。


 俺は、雑居ビルにあるにしては奇妙な引き戸の扉の取っ手を掴んだ。

 扉を開ける。

 そこは、石畳に覆われた暗い通路だった。

 俺は自分の目を疑い、背後を振りかえった。


 動いてはいない。

 背後は、雑踏があるはずだった。

 俺が振り向くと、背後には石の壁があった。


 俺が掴んでいた取手は、手の中から消えていた。

 扉を開けた途端、俺は別の場所にいた。

 少なくとも、俺が望んだ通り、社会から消えたのだ。


 ※


 俺がいたのは、石の回廊だった。

 床も壁も天井も石造りで、2方向に長く伸びている。

 どちらに行くか。

 俺にとって、悩むことは時間の無駄だ。


 俺には、選択肢があるのだ。

 俺は、俺が何を選び、ここにいるのか、知ることを強く望んだ。

 三つの選択肢が現れた。

 一つは通路の1方向を指し、一つは壁の石の一つを指し、一つは床の上にある模様のある石を指した。


 どうやら、罠が仕掛けられているらしい。

 罠にかかれば、罠を仕掛けた者が姿を見せるかもしれない。

 だが、罠にかかって死にかけるなり拘束された相手を、俺なら高く評価はしない。

 俺は、マーキングのついた石を避けて通路を進んだ。


 しばらく歩き、俺は再び同じことを願った。

 一つは通路を示し、残る二つは石の壁の一点を示した。

 周到に罠が張り巡らされているらしい。

 俺は、進みながら3択の中から通路を選び続けた。


 結果として、長い上り坂の後、扉にたどり着いた。

 扉を開ける。

 広い部屋だった。

 高い位置にりっぱな椅子があり、太った男が腰掛けていた。


 高いところにいる太った男の前に、俺から見たら明らかな現代人の衣服を着た複数の男女が、半ば強引に膝をつかされていた。

 俺の視線の先には、複数の背中があった。

 全員が膝をつかされた現代人たちを見ており、こっそり入った俺には誰も注目していない。


「よくぞ来た、勇者たちよ」


 太った男の声は、まるで野豚が鳴くような響きを放っていた。

 俺は、見つからない方法を求めた。

 三つの選択肢が現れる。

 そのうちの一つが、なぜか王と思われる太った男の前だった。

 男の声が響く。


「我が国は、魔物の国に犯されておる。ぜひ、勇者たちの力を貸してもらいたい」


 俺は、黙って王の前に出た。


「何者だ。退くが良い」


 太った男が言った。


「退きなさい」


 長いローブを着た痩せた男が言った。


「そこで、じっとしておれ」


 長いひげを生やした、着飾った男が言った。

 あからさまに、俺は蔑視された。

 隠れているより、目立ったしまった方が、見つかりにくかったのだ。


 それだけ、俺は勇者の容貌をしていなかったのだろう。

 集められた現代の人間たちに語られる言葉を、俺はじっと動かずに聞いていた。


 いわく、


「人間たちは、王国の秘術で召喚された。

 召喚されたのは、勇者の資質を持つ者たちだ。

 世界を越える時に特殊なスキルを得ているはずであり、その力で魔物たちを打ち払ってほしい。

 魔物が蔓延ると、人々の生活を脅かし、いずれ国は滅びてしまう。

 魔物を使役する魔族と呼ばれる存在も確認されている。

 勇者たちなら、いずれその魔族にも対抗できるはずだ。

 魔族たちを束ねる王を倒せば、この国は救われる。

 その時には、望むものを与える」


 ということらしい。


 俺は、王と名乗った太った男の言葉を聞いていた。

 召喚されたという現代人たちはまだ若い。

 見る限り8人ほどいた。

 全員が10代だろう。


 全員が、輝く瞳をしていた。

 どうやら、太った王の言葉を好意的に受け取ったらしい。

 物騒な世界に来てしまったものだ。


 帰る方法があるだろうか。

 俺は集中した。

 結果として、選択肢が見つからなかった。


 ※


 勇者として召喚されたのは、8人の若者だった。

 俺は、異世界から来たことを誤魔化し続けた結果、城の下働きの地位に就いた。もちろん、3つの選択肢のお陰である。

 城の下働きを続けているうちに、勇者たちの御用係に採用された。


 それも当然だ。

 どうすれば無事に生き延びられるかという選択肢を求めた結果、衣服部屋を発見し、厨房を見つけ、勇者たちの好みを的確に当てることができた。


 きっかけは、たまたま勇者たちの前を通りかかったときに聞いたつぶやきである。

 勇者たちは、戦場に出る前に戦闘の訓練を受けていた。

 訓練漬けの勇者たちが、俺の前で言ったのだ。


「ああ……どうしてこの世界に、コーラがないんだ」


 勇者たちに何ら義理はなかったが、激しい訓練をしていた若者の気持ちはわかった。

 さすがに気の毒になり、俺はコーラを作るための選択肢を探した。

 反応があれば、それでコーラが作れるということだ。


 俺は勇者たちの愚痴を聞いてから、二日後にコーラとほぼ同じ味の飲み物を用意することができた。

 俺は、勇者たちから絶大な信頼を得るに至った。

 日本の社会人がつとまらずに逃げ出したというのに、同じ世界からきた若者たちの世話係になるとは、皮肉なものだ。


 だが、俺自身がとても優秀な執事のように信頼されるのは、悪くなかった。

 勇者たちの要望は、できないことが前提のものが多かったのが大きかったのだろう。

 現代では、社会人としてできることが前提の仕事がほとんどで、3択の選択肢は、選択を誤るとただ仕事が遅いだけということが多かった。


 だが、この世界でなら、何を選ぼうと成功として讃えられる。

 ただ、文明生活に慣れた俺は、帰りたいと思うこともある。

 この世界の生活に慣れはしたが、俺は元の世界に戻る方法を願った。


 この世界に来た当初は、何の反応も見られず、選択肢がないと思われた。

 何度も繰り返すうちに、ある時、違う反応があった。

 その時は、勇者たちが食事をしている姿を見ていた。


 選択肢が現れたのだ。

 俺の目に、勇者たち8人のうちの3人が、はっきりと見えた。

 俺が元の世界に戻りたいなら、勇者たちが選択肢なのだ。


「……アイスが食べたい」


 わがままを言っては嫌われている、女の勇者が言った。

 他の勇者たちが宥める中、俺の目には、はっきりとその女が、帰るための選択肢の一つだとわかっていた。


「直ちにお持ちします」

「あるの?」


 8人の声が揃った。


「秘密ですよ」


 俺が言うと、勇者たちが顔を輝かせた。

 俺は、勇者たちのわがままを、事前に察知して備えるようになっていた。

 俺は、勇者たちを支えるために3択を利用することにした。


 それが、俺にとって最良の選択肢であることを祈って。

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