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石見と天宮  作者: 柴咲心桜


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2/11

再会と、名前を呼ぶ距離

放課後、私は鞄を手に取り、静かに教室を出ようとした。


窓の外には夕焼けが広がっている。


昼間の雨が嘘のように止んで、淡い光が校舎を照らしていた。


そんな中——


「石見さん、少し話さない?」


声をかけられ、私は振り向いた。


そこに立っていたのは、あの人だった。


黒髪をさらりと肩に流し、制服のスカートの裾が風に揺れている。


「……前に会った、お姉さん……?」


思わず呟いた私に、彼女は少し笑って、はっきりと言った。


「天内弥子っていうの。よろしくね」


「こちらこそ……石見舞です」


名前を名乗り合うという、当たり前のこと。


けれどそれは、あの不思議な雨の日にはなかった大事な一歩だった。


どこか夢の続きを見ているような気持ちで見つめ合っていると、ざわめきが教室中に広がり始めた。


「えっ、今話してたの天内先輩じゃない?」 「石見さんって誰……!?」 「てか、知り合いなの!?」


そんな声が、ひそひそと、でも明らかに聞こえる音量で飛び交う。


「今日、時間あるかな?」

弥子——いや、天内先輩は、そんな周囲の視線をまったく気にする様子もなく、穏やかに尋ねてきた。


「……大丈夫です。あります」


そう答えると、彼女は満足そうに微笑んだ。


「そっか!じゃあ、先に玄関行ってるね」


そう言い残して、先輩はふわりと身を翻し、教室を後にする。


その背中を見送る間もなく——


「ねえねえ!天内先輩とどうして知り合いなの!?」


前後左右から、クラスメイトたちの質問が一斉に飛んできた。


「入学前にたまたま、カラオケ行った帰りに会って……傘貸してもらっただけだよ!」


私がそう説明しても、クラスの反応はまるで騒然としたままだった。


「え、マジで!?それだけで仲良くなれるとか運良すぎ!」 「羨ましいなあ……俺も雨の中で出会いたかった……!」


「いや、そんな……私、好きで傘を忘れたわけじゃ……」


説明すればするほど状況が変な方向へ行く気がして、私は早々に会話を切り上げた。


「じゃ、先に帰るね」


そう言い残し、私は鞄を肩にかけて教室を飛び出した。


***


玄関に着くと、彼女はガラス扉の外で待っていた。


夕日が差し込む中で立つその姿は、どこか映画のワンシーンのようで——


「……お待たせしました!」


慌てて駆け寄ると、彼女は柔らかく微笑んだ。


「いいよ。今来たばかりだから」


「ありがとうございます……!」


少し息を整えながら、私はその横に並んで立った。


すると彼女は、私を覗き込むようにして言った。


「あとさ、先輩って呼ぶのやめてくれない? “みこ”でいいわ」


「……え?」


予想していなかった提案に、私は思わずまばたきをする。


「わ、わかりました……みこさん」


「呼び捨てでいいのよ、マイ」


「え、でも……私、まだ先輩のことそんなに知らないのに……名前で呼んでいいんですか?」


戸惑いが声ににじむ。


だって私たちは、まだ出会って二度目。しかも名前を知ったばかりだ。


あの雨の日、相合傘をして、手を繋いで、心をくすぐるような言葉をかけられて。


確かに忘れられない出会いではあったけれど、それだけで“名前で呼び合う仲”になるには、何かが足りない気がしていた。


だけど——


「……分かりました。みこ」


そう言うと、彼女は、満足げにふふっと笑った。


「それでいいわ」


その笑顔が、まるで正解をくれたようで。

胸の奥に、小さな火が灯る。


「それじゃ、行こっか」


ふたり並んで歩き出す。


いつの間にか雨は完全に止み、地面にはまだ少しだけ、水たまりが残っている。


夕焼けの中に伸びた影が、まるで一つになっているようだった。


こうして——

私たちの、不思議で少しだけ特別な関係が、そっと始まりを告げたのだった。

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