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石見と天宮  作者: 柴咲心桜


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1/11

雨と桜と、あの日の記憶

桜が咲いた。

けれど空は鈍く沈み、雨がしとしとと降っている。


その日はまるで、春と冬が手を取り合って名残惜しそうに季節を分け合っているようだった。


「先輩、傘忘れてきたんですか?」


私はそう言って、隣を歩く少女を見上げた。


「ごめんごめん! 今日、急いで家出てきたからさ」


黒髪の長いストレートヘアが、雨に濡れてしっとりと艶を帯びている。まるで、雨粒が彼女の美しさを引き立てる装飾品にでもなったかのようだった。


その姿に、思わず目を奪われた自分に気づいて、私は慌てて目線を逸らす。


「でも、私と相合傘。出来て良かったじゃん」


「私は女の人に興味なんてありませんよ!」


強めに反論する私を見て、彼女はクスリと笑った。


「本当は嬉しいくせに」


頬が熱くなる。だけど、それを悟られたくなくて、私はまた視線を傘の先へ戻した。


ふたりの足元には、雨の波紋が次々と広がっていく。


なぜ、私と先輩がこんな風に相合傘をしているのか——。


その理由は、少し前に遡る必要があった。


***


それは、3月下旬。受験という名の長い戦いから解放された私は、友人たちと市内のカラオケで思いっきり羽を伸ばした帰り道だった。


『ああ、傘忘れちゃった』


天気予報を確認しなかった自分を呪いたくなる。春の天気は変わりやすい。そう知っていたはずなのに、浮かれ気分が勝っていた。


「天気予報、見ておけば良かったな……」


独り言のように呟いたそのとき、背後から優しげな声がした。


「君、傘ないの?」


振り向くと、そこには長い黒髪の女性が立っていた。


涼やかな目元と、品のある佇まい。まるで大人びたモデルのような雰囲気を纏った人だった。


「忘れてしまって……傘、ないんです」


正直に打ち明けると、彼女はふっと微笑んだ。


「あなた、どこから来たの?」


「春日部からです」


「奇遇! 私も春日部なんだよね」


「そうなんですか?」


「一緒に帰る?」


その提案に、私は思わず顔を上げて頷いた。


「ぜひ!」


「ただね、私、してみたいことがあってさ」


「してみたいこと……ですか?」


彼女はほんの少し悪戯っぽい目をして言った。


「うん、だから検証に付き合ってくれない?」


「……け、検証?」


「そう、相合傘のね」


「相合傘!?」


思っていたよりも、はるかに“踏み込んだ実験”だった。


私は耳まで真っ赤になった。


「まずは手を繋ぎましょうね」


えっ、と言う間もなく、彼女の手が私の指を絡め取る。


それは明らかに、恋人繋ぎだった。


「……あの」


「あはは、可愛い」


私が言いかけた言葉を遮るように笑うと、彼女は自分の持っていた傘を私に差し出した。


「じゃあ、傘。さしてくれる?」


「私が、ですか?」


「うん。お願い」


戸惑いながらも、私は頷いて傘を広げた。


その中に、彼女の肩と私の肩がすっぽり収まる。


「家、近いの?」


私からの質問に、彼女は軽く頷いた。


「近いよ」


「いくつ?」


「今年で……十六になるかな」


「歳、近いね」


今度は彼女の方が尋ねてくる。


「……そっか、でも女の人に年齢聞くのって、失礼じゃなかった?」


彼女は少し肩をすくめて、わざとらしく笑った。


「……私に聞いてきたくせに」


そう心の中で突っ込んだが、口には出せなかった。


なぜなら、彼女に嫌われたくない——そう思ってしまっていたからだ。


やがて、家の近くに着くと、彼女は少し寂しそうに私の手を離した。


「今日はありがとうね」


「いえ、こちらこそ……ありがとうございました」


名前も聞かず、連絡先も知らない。


それなのに、胸に残ったのは妙な温もりだった。


***


そして——。

季節が巡って、今日。4月5日、入学式。


ざわめく教室の中を見回しても、あの黒髪の女性の姿は見当たらない。


夢だったのかもしれない。


そう思いかけたとき——。


「おーい、そこの子。石見舞ちゃんでしょ?」


ふいに肩を叩かれた。


振り返ると、そこには見覚えのある笑顔があった。


「……えっ」


「久しぶりー。改めてよろしくね、後輩ちゃん」


黒髪ストレートの少女が、悪戯っぽく笑う。


「そ、そんな……まさか……」


「ふふ、運命ってやつかな?」


彼女は、傘の時と同じように、また私の手を取った。


——こうして、私と“あの先輩”の、雨と桜から始まる春が、再び動き出したのだった。


最近は色々なことがありました。

だけど、作品は書き続けられるように我慢ばろうと思うので是非よろしくお願いします!

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