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琥珀おじさんとゲンの詩の時間  作者: 真鶴 黎
企画展――琥珀おじさんとゲンの詩の時間――
25/34

ゲンとの日々 ――「子狐のご挨拶」発表――

 半ば雪に埋もれたせいで、真っ白になった勝巳君がいらっしゃいました。すぐに温かい物を用意し、ひとまず休んでいただきました。

 (中略)

 私も立ち会いの元、雑誌のお話を伺いました。(中略)確認事項をひとつひとつ承諾し、これで終わりだろうと思ったところで、最後に、と勝巳君が真剣な表情で主人に問いかけました。名前は本当に出さなくてよろしいですか、と。主人はそれで頼むと答えました。勝巳君は承知しました、と答え、今回の雑誌のお話は終わりました。

 次に菅間さんからのお手紙と言葉を預かったと切り出しました。菅間さんからのお手紙に目を通した主人は小さく笑い、鷹峰君からの言伝はと尋ねました。

 判断は自身ですること。そう言葉を預かったそうです。主人はうんうんと頷くとまた笑いました。

 目の前にいたら、鷹峰君を殴り飛ばすところだった、と。勝巳君はそうでしょうねと困惑した表情で応じました。

 (一九×▼年一月十二日 祥の日記より)



 高岳琥珀様

 雑誌の件、ご協力誠に感謝する。詳細は勝巳から聞いたと思う。また何かあれば連絡してほしい。

 さて、ここからは蘭亭社の菅間鷹峰と君と共に文学の道を歩んだ菅間鷹峰として君に問いたい。


 高岳琥珀という詩人の名前と高岳琥珀が生み出した詩を後世に残すことについて、どう思うか。

 残す気はあるかを問いたい。


 僕は本当に事件のことが悔しかった。一人の詩人の詩がこの世から消えてしまう恐怖を見せつけられた。そして、君も文学の世界から去ってしまった。同輩が追い詰められ、断罪される姿を情けなく見ていることしかできなかった。

 そんな君が再起したことがどれだけ嬉しかったことか。苦しいことや辛いこともあっただろう。それでも、僕は本当に嬉しかった。


 正直に言う。僕は君の詩を残したい。昔の詩も、今の詩も。高岳琥珀の名前と共に。


 雑誌のことについては、誓ったとおり匿名で出す。誰が書いたのか詮索する者も出てくるだろうが答えるつもりはない。ただ、少しだけ考えてほしい。

 あの詩が評価されたとき、匿名だからこそ、適当を吹く輩が出てくるかもしれない。そうなってしまったら、あの詩の価値を落としてしまう。僕はそうなってほしくない。


 僕は詩人の君と君の詩を守りたい。君自身の考えと判断を教えてほしい。

 返事を待つ。

 菅間鷹峰

 (鷹峰から琥珀へ宛てた手紙)



 本当に彼からの手紙はいやになる。けれど、そろそろ考えなければいけないときだと思う。

 答えは出ている。きっと、彼はおこるだろうな。ただ、たのめるのは彼しかいない。

 (一九×▼年一月十二日)



 菅間鷹峰様

 雑誌のことについて、細心の注意を払ってくれたこと、心より感謝申し上げる。勝巳君が丁寧に、ひとつひとつ確認してくれてこちらも安心できた。

 さて、君からの問いかけに対する答えだ。

 結論から言うと、正式な答えは少しだけ待ってほしい。あの詩が発表されてからの世間の様子を見たい。

 それまで身体が持つかわからないから、現段階の気持ちだけ答えよう。

 君がオレの周囲の人々も守ると言ってくれるなら、オレの家族が生活に困っているときにオレの詩を売ってくれ。そうでなければ明かさずにいてほしい。オレの詩を残さなくていい。

 いつかは明るみになると思う。そのときはしばらく先だ。そのとき、オレはきっとこの世にはいないだろうから高みの見物をさせてもらうよ。

 君の気持ちは本当に嬉しいが、入れ込みすぎるなよ、社長様。

 高岳琥珀

 (琥珀から鷹峰へ宛てた手紙。なお、勝巳による代筆)



 主人は横になっている時間が多くなりました。食事の量も少し減ってしまいました。

 とても不安です。ゲンも心配そうに主人の傍についてくれています。口数の少ないゲンに主人は今日の外の様子はどうかと尋ねます。ゲンはぽつぽつと話しますが、元気がありません。

 明日、お医者様に診てもらいます。

 (一九×▼年一月二十五日)



 診察を終えた先生と話しました。主人に診察お疲れさまでした、休んでいてください、と言って、私だけ話を聞くことになりました。

 もう本当に手の施しようがないと言われてしまいました。元々、こちらに越してきた時点でも一、二年ぐらいしか持たないと言われる状態でした。それが徐々に回復し、元気になったと思ったら悪化。今は越してきたとき以上に何もできないと。大きな病院ならどうにかと言われましたが、移るにも主人の身体が持たない。

 今までが異常だった。まるで、今までの負債が一度に主人の身体を侵しているようだとおっしゃいました。

 春まで生きられるかどうか。それが先生の見解でした。雑誌の出版が四月にあります。せめてそれまではと思ったのですが、先生は申し訳なさそうに首を横に振りました。

 せめて、主人の苦しみが少しでも和らぐようお願いしました。薬は明日届けてくださるそうです。

 (中略)

 主人に先生の見解を伝えました。そうだろうなあ、今までが普通じゃなかった、と落ち着いていました。

 そして、あとどれぐらい生きられそうか、と訊かれました。言葉に詰まってしまいました。本当のことを伝えていいのか、わからなかった。主人は何かを察したのか、そうか、と呟きました。

 苦労をかけるなんて言うのです。そんなこと言わないで。

 (一九×▼年一月二十六日 祥の日記より)



 おじさん しょさいからおひっこし。

 しんしつにおひっこし。

 びょうきよくならないから。

 毎日いなりさまにおいのりしてるのに。

 いなりさまはどうもしてあげられないと言う。

 どうして。

 (一九×▼年一月下旬頃か ゲンの日記より)



 この頃、主人とゲンが詩を作っています。あれこれ案を出し合って、ひとつの詩にするようです。

 とてもゆっくりとした進み方です。一日三十分ほどの時間で詩を作っています。一行もできない日もありますが、とても楽しそう。

 (一九×▼年二月十四日 祥の日記より)



 ゲンが桃の花を持ってきました。主人は壊れ物を扱うように丁重に受け取った後、花びらにそっと触れました。そして、ただ静かに微笑み、ありがとう、部屋に生けてくれ、と頼んできました。

 桃の花はもう大丈夫なのかと訊くと、悪いものを祓ってくれるんだろう、せめて雑誌のことは見届けたいから、願掛けだと弱々しく言いました。それに、と花を見つめて愛しそうにこう言いました。

 桃の花と向き合ったから、と。

 雑誌の発売まであと半月ほど。どうか、それまでは。

 (一九×▼年三月二十九日 祥の日記より)



 発売日の次の日、雑誌『青空』が届きました。主人とゲンと一緒に見ました。目次に名だたる作家さんの名前と作品が並ぶ中、当然ではありますが、「子狐のご挨拶」に主人の名前は載っていません。主人はほっと息をつき、ありがとう、と呟いていました。主人の詩は一番手で載っていました。光栄だなあとしみじみと詩のタイトルを指で撫でていました。

 (中略)

 ゲンや私が雑誌を読み上げるのを主人は静かに聞いていました。三分の一ほど読んだところで、切り上げました。

 (中略)

 間に合って本当によかった。ただ、主人が思い残すことがひとつ減ったと満足そうにしていたことが悲しい。

 (一九×▼年四月十六日 祥の日記より)



 児童向け雑誌『青空』が出版された。第一号として、おおむね評価がいいように思う。

 (中略)

 匿名で掲載された詩「子狐のご挨拶」は注目を集めている。詩の評価について、いい話を聞く一方、誰が書いた詩なのか、大物詩人があえて名前を伏せているのかと僕の周りで憶測が密かに飛び交っている。千里君はどう思うなんて聞かれて、誰でしょうね、と聞き流すことも数回。今のところは平穏だけど、よくない話が耳に入った。

 自分が作者だと言い張る者が現れたらしい。それに記者が飛びついたなんて噂を耳にした。

 まだ噂だ。それに、何かあったら菅間さんが動くと聞いている。動きがあるまで、様子を窺うことにする。

 (一九×▼年四月中旬頃 虎太郎の日記より)



 やはり、いらぬ詮索をする輩が出てきた。名前を出したとて、騒ぎにはなっただろうが。

 大丈夫。作家に影響が出ないように慎重に。

 (一九×▼年四月下旬頃 鷹峰の日記より)



 菅間さんと虎太郎君が主人のお見舞いに来てくれました。主人は少しの間起き上がって話をしていました。

 当然、「子狐のご挨拶」についての話もでました。幸いなことに、評判はいいとのこと。誰が書いた詩なのかという声も出ているようですが、菅間さんや虎太郎君はもちろんのこと、蘭亭社も答えないという態度でいるそうです。自分が書いたと言う人物も出たそうですが、蘭亭社が声明を出したところ、すぐに引っ込んだそうです。

 君の偽物の面を拝んでおくべきだったかな、と菅間さんは冗談めかしておっしゃいました。主人も笑って、金はオレの懐に入るのに、と言ってました。

 そして、今後のことについて、主人は二人に話をしていました。

 名前はやはり伏せたままにしてほしい。ただ、それは自分が生きている間に限る、と。そして、自分が死んだら、詩を何かしらの形にまとめてほしい、と。

 どんな心境の変化だと菅間さんが尋ねると、主人は居間の方を向きました。居間にはゲンがいます。

 あの子がオレの詩をほしいって言うから、と。ゲンと過ごし、色々と考えたそうです。

 お二人はわかったと応じてくださいました。

 (一九×▼年五月十日 祥の日記より)

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