ゲンとの日々 ――「子狐のご挨拶」完成――
ゲンがひまわりを持ってきた。この季節にどこから。
たずねても口笛をふいてごまかされる。
(一九×◆年十一月二十日)
今度はホタルを持ってきた。本当にどこからつれて来た。
(一九×◆年十一月二十一日)
ウサギをつかまえたらしい。返してきなさい。
(一九×◆年十一月二十二日)
キクを持ってきた。
(一九×◆年十一月二十三日)
今日はみかん。甘かった。
(一九×◆年十一月二十四日)
この頃、ゲンが色々な物を持ってきます。花や木の実、魚、野菜などなど。窓を叩いて主人に物を渡してから玄関から上がってくるのです。窓越しじゃなくても、と言ったのですが、おじさんにすぐ渡したいから、と。
ゲンが持ってくる物の中には季節ではないものが多々。どこから持ってきたのか訊いても教えてくれません。盗んだり、悪いことをして手に入れたものではないとのことですが。ゲンとしては主人に外の物を見てほしいから持ってきているようです。
物と一緒に外で見聞きしたことも記録して主人に見せています。今までもそうしてきましたが、以前よりも上手に書き記すようになったと主人は喜んでいます。
今のあの子は主人の目であり、耳であるように思えます。
(一九×◆年十一月二十九日 祥の日記より)
詩はできましたが、主人は納得のいかない様子。私としては非常にいい詩だと思います。子供へ語り掛けるような文体は『青空』という雑誌に相応しい。しかし、主人としては少し寂しいと。とうとう新しく書き直すと言い出しました。
あまり無理はしてほしくないのですが、止めることもできない。
(一九×◆年十一月三十日 祥の日記より)
今日はりんごをもってきた。
ゲンがあれこれともってきたり、ノートをみせてくれることがたのしみになってきた。
子どものころ、兄さんが色々ともってきてくれたことを思い出す。
ああ、窓の向こうの世界が白にかくされるきせつになるのだなあ。
(一九×◆年十二月二日)
ゲンがしろがねに咲く花を口ずさんでいる。
さむくなって、まどをあけるのははばかられる。ゲンにむりしてあけなくていいと言われた。
でも、まどはたたくから、見てねなんて言う。
(一九×◆年十二月五日)
まどごしにゲン。かかげられたのはヒイラギ。ぶんぶんとふりながらげんかんへ。
雪がふった。けしきがしろへぬりつぶされる日が続く。
(一九×◆年十二月六日)
主人が咳をしていました。熱もあるみたいで、ぐったりとしていました。念のため、ゲンには書斎へ入らないように伝えました。すると、あの子はうちを飛び出しました。三十分ほどしたらまた戻ってきました。みかんを鞄いっぱいに詰めて戻ってきたゲンはおじさんにあげる、と。
本当にどこから持ってきているのでしょう。
(一九×◆年十二月七日)
夢を見た。まどごしに外を見ている夢。四季も天気もいろいろ。ゆっくりではあるはずなのに、ころころと景色が変わっていくようなかんかくだった。
ふしぎと子どものころを思い出した。床にふせ、外をみていたあの頃。あのころはひたすらうらやましいと思っていたが、夢の中ではあまりそうは思わなかった。何とも言えない気持ち。楽しみとはちがうが、次はどんなけしきがみられるのだろうと待ちどおしく思って見ていた。
子どものころ、まどから見える景色をたいくつのしょうちょうだと思っていた。自分が思うようにうごけなかったから、世界が切りとられてかぎられているからというのもある。
外の景色の変化が乏しかったからなおさらいやだった。全く変わらないということはない。時間のけいかとともに空のようすは変わっていたし、外の音もかわっていた。だが、それもなれてしまえば変化と思えなくなっていく。
オレにとって「まど」というのは病やたいくつのしょうちょうなんだ。
それがさいきん変わった。ゲンだ。あの子はオレにまどをひらく、まどの外を見せるということをさせる。ゲンと初めて出会ったときもまどを介してだ。
まどに対するいんしょうが変わったかもしれない。
(一九×◆年十二月十日)
おじさんがしょさいから出てきた。
まだねつがあるみたいだったけど、はらがへったと言ってみかん食べていた。
ごはん食べられるならだいじょうぶそうとおばさん。
治ったら手伝ってほしいと言われた。
ゲンにおまかせ。
(一九×◆年十二月十日頃か ゲンの日記より)
ゲンに手伝ってもらった。思ったより進んだ。
(一九×◆年十二月十二日)
もうくったり。
頭わわわなった。
でも、おじさん楽しそうだった。
ゲンも楽しかった。
でも、くったり。明日もある。
がんばる。
(一九×◆年十二月十二日、もしくは、十三日か ゲンの日記より)
この二日で主人は詩をある程度形にしたようです。再び詩を作るようになってからはゆっくりと、慎重な様子でしたが、もともと筆が早い方でした。衝動的に書き上げられるからだったのでしょう。今回はまさに昔の主人に近いものを感じました。
ただ、実際に字を書いたのはゲンですけど。ひいひい言いながらゲンは辞書とにらめっこしていました。つい先ほど書いた文も、やはりこうする、と書き直されたりして、本当に大変そうでした。
この二日、ゲンは本当によく頑張りました。まだ続くようですけど、ゲンはまだ頑張ると張り切っています。
(一九×◆年十二月十三日 祥の日記より)
できた。あとはゲンが書き起こしてくれたものを清書するだけ。
ゲンは本当によくがんばってくれた。かなりむちゃを言ってしまったが、おかげさまで完成させることができた。
ありがとう、ゲン。
(一九×◆年十二月十八日)
様子を見に行ったら、主人が穏やかな顔で原稿を眺めていました。どうやら、詩が完成したそうです。原稿は明日、清書するとのこと。
とても落ち着いた様子の主人の傍で、ゲンが力尽きていました。呼びかけにはかろうじて応じますが、もう動けないといった様子で身体中から力が抜けていました。しゃきっとしろ、と主人に言われますが、無理と答える弱々しい声に思わず笑ってしまいました。
今日の夕飯はきつねうどんですよ、と言うと、目をきらきらと輝かせて大喜び。ゲンのおうどんにはお揚げを二枚いれました。頑張った子へのご褒美です。
甘いあぶらあげおいしかった。(※)
よくかんばりました。
(一九×◆年十二月十八日 祥の日記より)
(※)ゲンに書かれたもの。
おじさんの詩できた。
あとはきれいに書いて、本当に完成。
うれしい。
くったりなったけど、うれしい。
おうどんもおいしかった。
がんばったごほうび。
甘いあぶらあげにおだしのおうどん。
うれしい。
おじさんにもごほうびあげないと。
(一九×◆年十二月十八日 ゲンの日記より)
詩を清書して、家内とゲンに郵便局まで出しに行ってもらった。
雪の中、申し訳ないと思いながら託した。
完成した達成感と疲労感が一気に押し寄せてきた。
ひと眠りしよう。
ごほうびとやらで、今夜は鍋らしい。ゲンが小躍りしている。ゲンがおじさんにもごほうび用意しないと、と言ってくれたそうだ。
(一九×◆年十二月十九日)
おじさんにごほうびしたいとゲンに言われました。確かに、何かしたいと思いました。本人に訊くのが一番だと思いましたが、ひとまず寒いからお鍋にしようと提案しました。郵便局に原稿をお願いし、少し買い物をして、帰路につきました。途中、稲荷様にお参りしました。ゲンもきちんとお参りしてくれました。とても慣れた様子でお参りをしている姿を見て、神社の近くに住んでいるからしっかりしているのかと思いました。
夜は三人でお鍋を囲みました。疲れはありますが、顔色のいい主人に安心しました。本当によかった。
(一九×◆年十二月十九日 祥の日記より)
おじさんにごほうびした。
おなべおいしかった。
いなりさまにも詩ができた、タカに送ったと言えた。
よかったですね、がんばりましたね、といなりさまほめてくれた。
あと、おじさんのびょうきなおりますように、おねがいした。
でも、そのおねがいはもうむずかしいと言われた。
どうして。
どうして、おじさんが元気になるのはむずかしいの。
いなりさまは答えてくれなかった。
(一九×◆年十二月十九日)
琥珀君から原稿が届いた。かなりゆとりを持たせて期日を設けていたが、思っていたよりも早く原稿が届いた。
「子狐のご挨拶」
この詩は高岳琥珀の憧れなのだろうかと思った。幼い頃より病弱で、寝ているだけの生活はひどく退屈だったと何度も聞いた。今も身体の具合はあまりよくないらしく、子供のときと同じような状況にあると思う。そんな彼の経験が元になった憧れを込めた詩のように感じた。
彼の原稿をこうして再び手に取ることができて非常に嬉しい。反面、文字に覇気がないところが不安に思う。よくないのだろうな。
(一九×◆年十二月下旬 鷹峰の日記より)
今年ももう終わる。今年も色々とあった。
あとは雑誌の件が上手くいけば思い残すことはない。
見届けたいな。
(一九×◆年十二月三十一日)
明けましておめでとう。今年もよろしく。
今日は身体の調子がいい。正月早々縁起がいいと思った。とは思ったものの、初詣に行けるほどの体力はない。雪も深いし、家から神社を向いてお参りという形にさせていただいた。
ゲンが餅の食いすぎで転がっている。これも見慣れたものになってきた。
(一九×▼年一月一日)
高岳琥珀様
祥様
ゲン坊
明けましておめでとうございます。謹んで新年のお慶びを申し上げます。
皆元気にお過ごしだろうか。とくに、琥珀君。僕は君の身体のことが心配なんだ。無茶させているのは承知の上だが、自ら無理を被りすぎてはいないだろうね。奥方やゲン坊に心配かけていないだろうね、君。琥珀君よ。
さて、本題だ。原稿の件、このまま通すことになると思う。改めて話をさせてほしい。本来なら僕が直接話したいところだが、新年の挨拶周りが詰め込まれていて、行けそうにない。息子に託すから、よく話し合ってほしい。
(一九×▼年一月一日 鷹峰からの手紙)




