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ゲンとの日々 ――散歩――

 最近は本当に調子がいい。お医者さんにもいい調子だと褒めてもらった。薬の調整を検討するのもいいかもしれないと言われるぐらいだ。とは言え、無理だけは絶対にするなと釘をさされた。

 (中略)

 ゲンと一緒に出掛けた。若い緑色が一面に広がっていて気持ちがよかった。兄さんからもらった帽子もちょうどよく、ゲンにいいねと褒められた。被せてやれば、当然だがぶかぶか。小さな頭がすっぽりと隠され、目元も見えなくなっていて少し間抜けだった。

 オレが休んでいる間、ゲンは寝転がりながらノートを書いていた。また鉛筆が小さくなっている。ノートももう少しで終わりそう。本当によく書いている。家に来るまでにもあれこれと書いては見せてくれるし、あの子の目に映る物はオレとは違うのだろうと思う。

 (一九×◎年五月三十日)



 ゲンと今日も出かけた。緑風が心地いい。木陰で休んでつい眠ってしまった。

 不思議な夢を見た。一面白銀の世界、雪景色のような中にぽつんとオレがいる。寂しさはないが、何だかそわそわとした。しばらくぼけっと立っていると、光が射してきた。べっこう飴みたいな色の光。その光に照らされた空間に花がぽつぽつと浮かび上がってきた。花は小さく、レースを編んだみたいだった。

 目が覚めると、ゲンがじっと見下ろしていた。真顔でちょっとばかり怖いと思っていたら、悪ガキの顔になって、草花をばらまいた。キャッキャッとはしゃぎやがって。

 (一九×◎年六月七日)



 調子がいいと思っていたが、何だか身体が重い。少し怠いと思うぐらい。無理をしたつもりはないのだが。季節の変わり目のせいかもしれない。

 (中略)

 オレが休んでいる近くでゲンがノートを書いていた。以前よりも綺麗な字を書くようになってきたが、漢字はまだ苦手らしい。覚える数も多いし、気長にいけばいい。

 (一九×◎年六月二十九日)



 ゲンがうちに来る途中で派手に転んだらしく、膝と額と掌を怪我をしていた。オレたちの顔を見るなり、ボロボロと泣き出した。家内がすぐに手当てをして着替えさせた。

 それと、家内が作った鞄の肩紐が切れてしまったらしい。壊しちゃった、ごめんなさい、とまた泣きそうになっていた。見れば、確かに金具の近くで肩紐が切れ、金具に通して結び直されていた。どうやら、見慣れない虫を見かけて足元への注意が逸れて転んだらしい。元々鞄も使い込まれてきたもので、肩紐も擦り切れ始めていた。転んだ拍子に切れたのかもしれない。

 いっぱい使ってくれてありがとう、また新しい鞄を作るからと家内はゲンを慰めていた。

 あの子が泣くところを初めて見た。転んでもケロッとしているところばかり見ていたから。

 違うか。あの鞄を大事な物と思ってくれたからか。家内も嬉しいのか、はりきっている。

 (一九×◎年七月八日)



 鞄ができあがった。以前の鞄の面差しがありつつも、何だか改良されていた。斜め掛けにも背負うこともできるようになったらしい。ポケットも追加されていた。ゲンは目を輝かせて早速斜め掛けにしたり、肩紐を付け替えて背負ったり、また紐を付け替えて斜めに掛けたり。いいでしょ、と誇らしげにして、見るからに大喜び。

 早速出掛けた。家内も一緒に。鞄を背負って駆け回るゲンを見て、家内も嬉しそうだった。また使い込んでくれると嬉しいと。

 (一九×◎年八月四日)



 涼しくなってきた。散歩するのもちょうどいい。

 ゲンと一緒にあちこち歩き回るのが日課になってきた。疲れたら身体を休める。ぼんやりとすることもあれば、こうして日記や詩のネタを書くこともある。ゲンは虫や鳥を追いかけたり、寝転がって何か書いたり。今は隣で寝ている。


 どんぐり集め

 銀杏の扇

 くすくす笑い

 露ぽたり

 収穫の声(※1)


 たんぼいっぱいの あぶらあげ(※2)


 それはゲンの欲だし、油揚げの元は畑だろう。

 (一九×◎年十月二十三日)

 (※1)詩のネタ。その内、「銀杏の扇」は「黄金の小鳥」に、「露ぽたり」は「空気の贈り物」に採用される。

 (※2)ゲンに書かれたもの


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