第7話 婚約破棄前提の契約
キャーーー!!
パニックに陥ったわたしを見て、その不届き者は逆にうろたえていた。
「旦那様、急に訪問なさるからです。きちんと順を踏まないと驚かれるのは当然かと」
ジョバンニが不届き者に向かって、「旦那様」と呼んだ。
え、嘘でしょ。
ジョバンニに叱られた不届き者は、銀色の長い髪を後ろに束ね、長身のジョバンニよりもさらに背が高い。
蒼い澄んだ瞳に、女性がうらやむほどきれいな肌で唇の薄さが冷たそうに見えるイケメンだった。
だけど、白いシャツの襟もとにポツポツと赤いシミがついているのが気になる。
あれは、もしかしたら、返り血では。
わたしのドン引きにいち早く気が付いたのはジョバンニだった。
「旦那様、シャツが汚れております。お召し変えを」
「あ、そうか、着替えます」
旦那様と呼ばれた男は、その場でおもむろにシャツを脱ぎ始めた。
キャーーーーー!!
レディの部屋で突然、上半身裸になった男を見てわたしは再びパニック状態になった。
「旦那様、ここではなく、席をはずしてから向こうの方でお召し変えを」
ジョバンニの後ろでシャツを持って待っていたメイドから、シャツを奪い取るとその場でさっさと着てボタンを締め始めた。
「席を外すまでもありません。もうここで着替えは済みました。
それで、ジョバンニ、結婚契約書はどこに」
「はい、こちらでございます」
ジョバンニは父がサインした結婚契約書を、男に差し出した。
これが、カンパニーレ侯爵か。
カンパニーレ侯爵は、契約内容に目を通しながら、わたしを見ることすらしない。
「わたしは、ロレンツィオ・カンパニーレ。この辺境地の防衛を任されています。
で? ん? 」
やっと、こっちを向いてくれた。
ん?って、何、ん?って。
わたしとマリアは手を取り合いながら怯えていた。
「ん? どっちですか、ジョバンニ」
「ブロンドで青いドレスを着た女性でございます」
「あなたですか、じゃないほうの令嬢は。
地味だから、どっちが令嬢でどっちがメイドなのか、わかりづらいですね」
その言葉、軽くショックなんですけど。
メイド服ぐらいわかってよ。
あきらかにわたしは違うでしょう!
「旦那さま、じゃないほうの令嬢ではございません。きちんと名前を呼んでください」
ジョバンニ、嬉しいわ、その言葉。
あなたも最初は言いそうになったけど、今はもう許すわ。
「はい、わたくしがクレメンティ家の二女、モニカ・クレメンティでございます」
「そんな名前でしたっけ」
カンパニーレ侯爵は、結婚契約書に目を落とし、確認してから言った。
「ああ、モニカね、確かに間違いありませんね」
いくら初対面だとしても、婚約者の名前くらい覚えてよ。
そういうわたしも、カンパニーレ侯爵の名前を今初めて知ったけど。
失礼なのはお互い様ね。
「わたくしでは戦力外かと存じますが、一生懸命カンパニーレ侯爵のために尽くします。
気に入らなかったら、早めにおっしゃってください。返品してくださっても結構です」
「返品? あなたはモノですか?」
「いいえ、人です」
「なら、それで結構です。問題ありません」
カンパニーレ侯爵は結婚契約書にサインをした。
慣れた手つきだ。
「では、わたしはこれで失礼します」
え? もう終わりですか。
「あ、言い忘れました」
帰ろうとした侯爵が、振り返った。
「心変わりしたらいつでも破棄できるから安心してください」
「はい?」
心変わりってなんでしょう。
「失礼ですが、カンパニーレ侯爵。
心変わりとはあなたの心変わりでしょうか。それを前提に婚約するのですか?」
「あなただって、いつでも返品可能だと言いましたよね」
カンパニーレ侯爵は、そう言い捨てて部屋を出て行こうとした。
「はぁ?! お待ちください」
「何だ、まだ何かあるのですか。忙しいので短めにお願いします」
「婚約破棄を前提って、それってどういう意味でしょう」
「はい、文字通りですが、何か問題がありますか?
婚約しても逃げ出されて婚約破棄されるか、またはわたしが婚約破棄するか。
今までがそうでしたし、今度は違うという保証はありません。
わたしはなにも期待していませんし、あなたのことを愛することはないと思います」
「ひぇー! なんということを!」
叫んだのはわたしではない。
マリアのほうだった。
カンパニーレ侯爵は、冷たい視線をうちのメイド、マリアに投げかけた。
「言いたいのはそれだけですか。では、ごゆっくり」
そう言ってカンパニーレ侯爵は部屋を出て行かれた。
腹の虫がおさまらないのは、マリアだった。
「何度も婚約破棄しているって噂は本当だったのですね。
お嬢様、気をしっかりお持ちくださいね」
「マリア、あなた驚きすぎだわ。
おかげでわたしが驚くタイミングを逃してしまったじゃないの」
「あ、申し訳ございません。つい」
「大丈夫よ、マリア。『あなたを愛することはない』と言われただけでしょ。
取って食われるわけじゃないし」
「あら、それ昨夜、ニコロ坊ちゃんに言ったのと同じセリフですね」
「そうよ。食われる前に似顔絵を書いて送ると約束したけど、
これなら約束守れそうだわ。よかった」
「え、あのイケメンを描くのですか?」
「あ、やっぱりマリアもそう思った? ですよね! イケメンだったわ」
「ああ、うらやましいですわ、お嬢様。あんなイケメンにツンツンされて」
「アハハ、本当にね。キャーどうしましょ」
「目の前で着替えようとなさっていましたわ。驚いてしまいました。おかしな方ですよね」
「やだ、思い出しただけで恥ずかしい……、マリア、あなた見ていたでしょ。
顔を覆った両手の中指と薬指に隙間があったわよ。
キャーって言いながら、見ていたでしょ」
「そんな、滅相もない。やめてください、お嬢様」
「あ、当たりだったようね。適当に言っただけよ。ひっかかった!
やっぱり、おかしくて笑いを我慢できないわ! 笑える、アハハハ…」
「うふふふ、ひっかけたわね、お嬢様。相変わらずなんだから、もう、ハハハハハ!」
婚約者との初対面が、史上最悪な状況だったというのに、わたしとマリアは笑いあっていた。
その笑い声は、下の階まで聞こえていたらしい。
今回の婚約者はショックのあまりおかしくなったと使用人の間で噂になったという。
それを知ったのは、翌朝だった。
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