第2話 修道院
朝、身支度を整えると、自分自身をシャキッとさせるために、
両手で頬をパンパンパンと叩く。
気合を入れてから、寄宿舎を出て学校へ向かう。
ここは、貴族の子女が行儀作法や教養を身に着けるために入るカルメル会女子修道院だ。
7歳から寄宿舎に入って、勉学と労働、祈りの生活を送っている。
多くの子女はすでに許嫁が決まっていたり、途中から婚約が決まったりして寄宿舎から去っていく。
友達が、婚約が決まってここを去っていくたびに、わたしはいつも見送る側だった。
見送る側の修道院生活はもう九年目に入っていた。
伴侶になる方とのご縁がなければ、このまま一生涯修道院で隠遁生活を送るのかも。
それもいいかもしれない。
わたしは勉強も、読書も、労働も好きだし。
修道女になる決意をそろそろ固めようとしていたそんなある日の事。
修道院長に呼ばれて、その部屋を訪ねた。
「モニカ、あなたのお父様クレメンティ伯爵から手紙が来ました。
あなたの婚約が決まったそうです」
わたしは耳を疑った。
「え? 聞き間違いでしょうか。今、婚約と聞こえたような…」
「はい。九年間、よく頑張りましたね。
モニカはこのまま修道女になってくれるものだと信じていましたのに。
カルメル会としてはとても残念です。
でも、おめでとう。善き妻、善き母になってください」
「マザー、信じられません。
わたくしはここでの生活がとても気に入っていましたのに」
「モニカ、気に入ったからって修道女になるのものではありません。
神との対話にすべてを捧げ、苦しみさえも神への愛のために行うと誓ってこそ、修道女になれるのです」
「はい、真冬の寒い日に裸足での黙想も、愛のためにいたしました」
「けれども、神はあなたには別の生き方を求められたようです。
お相手の方はとても急いでいるらしく、
明日にはクレメンティ伯爵のもとへ来るそうですよ。
ですから、モニカ、あなたは今すぐここを出なければなりません。
今夜はご両親と会って、家族との楽しい時間を共に過ごしなさい」
「え、マジですか! 今すぐここを出ろって、急すぎません?
おっと、こうしちゃいられないわ。私物を皆カバンに詰め込まなきゃ!」
「モニカ、あなたは何でもできて優秀なのに、
その言葉使いだけはどうもいただけません。
なんとかならないのですか?
と、九年間も注意し続けてきましたが、無駄だったようですね」
それ、よく注意されました。
療養院の患者さん達と話すうちに、
俗世間の言葉使いにすっかり染まってしまったのが難点だと。
だから、表向きは一生懸命丁寧に話すようこころがけているけど、
ちょっと驚いた拍子に、つい出てしまう。
きっとこれが、わたしの正体なんだわ。
わたしは慌てて、自分の部屋へ向かった。
後ろで、マザーが叫んでいる声がした。
「廊下を走ってはなりません!」
「申し訳ありませーん」
修道院の門の前で馬車を待った。
荷物は、カバンひとつしかなかった。
服も寄宿舎の制服と農作業着しか持っていない。
三つ編みにしたブロンドの髪は、修道女になるときに剃ってしまうつもりだった。
美しい髪の色に気を取られないように、今まできつく三つ編みにしていたのだけど、
これから、この髪をふわりと解いて、社交界デビューするのね。
昨日までは想像したこともないような生活に飛び込んでいくのが、まだ信じられない。
迎えにやって来た馬車から顔を出したのは、幼馴染のマリアだった。
「マリア、久しぶりね。あなたが迎えにくるなんてどういうこと?」
「わたくしが、モニカのメイドでございます。
他の家でメイド修行をしていたんだけど、
クレメンティ伯爵から、モニカのメイドになってほしいとご指名いただきました」
「うわぁ! 嬉しい。マリアがいれば心強いわ」
「さ、お嬢様、お荷物をお預かりします。どうぞ馬車の中へ」
馬車の中では昔話と近況報告で花が咲いた。
わたしの姉が嫁ぎ先で二人目を身ごもった話。
わたしが修道院寄宿舎に入る時、一歳の赤ん坊だった弟が十歳になり騎士道を習いに王立学校に入ったことなど。
「モニカお嬢様も、ついに婚約ですね」
「なんだか、ピンとこないわね。イエス様の花嫁になるつもりだったのに」
「お相手の方、どういう方か聞いておられます?」
「全く、全然、これっぽっちも。
マリアは知っているの? 知っているなら教えて!
いいえ、……やっぱりいいわ。こういうことはお父様から聞かないとね」
「わたくしから申し上げることではございません。
たとえ、どのような方であろうとも」
「何? なんかひっかかる言い方ね」
「あら、そう聞こえましたか? だったら、そうかもしれないですねぇ」
マリア、あなた否定しなさいよ。
ここは否定して安心させるシーンでしょ。
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