第六章:そのお仕事、お引き受けいたします(4)
マーベル子爵は噂好きなところがあるから、あそこから広まるかと思ったが、そうでもなかった。その辺はきちっと母親が手綱を握っているに違いない。
「ですが、イリヤ嬢が閣下と婚姻関係にあったほうが、こちらとしては都合はいいです。聖女様とお近づきになりたいと思う者はたくさんいますからね。もちろん、婚姻関係を迫ってくる者もいるでしょう。もしかしたら、強引に求める者もいるかもしれない」
強引に求めてきた人をイリヤは知っているが、それをはね除けるだけの力があると自負している。
ちらりと隣のクライブに視線を向けると、彼は顔色一つ変えずに神官長の話を真剣に聞いていた。今の話に心当たりはないようだ。
「本来であれば、聖女様は神殿での保護となります。ですが、イリヤ嬢は閣下と結婚されているとのことなので、閣下に聖女様の身柄をお任せしたいと思うのですが、それはよろしいですよね?」
「もちろんだ」
つまり、イリヤにすれば何も変わらない。今までと同じようにクライブの屋敷で過ごす。
「では、聖女様の今後の生活については安心ですね」
安心も何も、だから今までとなんら変わりはないのだ。
「……むしろ、ここからがご相談したいことなのですが」
前のめりになった神官長は、声色を低くした。そうすると、他の魔法使いたちも顔を近づけて、まるでひそひそ話をするかのように頭を寄せている。
逆にイリヤは引いた。それでも神官長は言葉を続ける。
「聖女様に求められるのは、瘴気を祓うことです。つまり、魔物をこの世界から消し去ること」
それは理想論だ。魔物をすべて消し去るのは難しい。しかし、時空が歪み、瘴気が発生することで魔物の数がぐっと増える。まるでそこから湧き出てくるかのように。
「その、瘴気っていうのは、もう発生しているのですか?」
イリヤが尋ねると、神官長は「はい」と答える。
「一年半ほど前には、時空の歪みが確認されたのですが……そこから瘴気がもわもわっと漂い始めたのが一か月ほど前。時空がゆがんだときから、徐々に魔物の数は増えてはいたのですが、瘴気が確認されてからはぐっと増えました」
だからこのタイミングでの聖女召喚の儀を、誰もが望んだというわけだ。初めて瘴気が確認された時期に。
「早かれ遅かれ、聖女様にはその瘴気の発生源に足を運んでもらう必要があります」
「ですが、ご存知の通り。私には聖なる力がありません」
「それが問題なんですよね」
う~んと唸って、神官長は腕を組む。とりあえずその場しのぎの誤魔化しはできた。聖女が現れたという事実は人々に希望をもたらすだろう。しかし、その次に求められるのは聖女としての役目だ。それが瘴気を祓い、魔物を蹴散らすこと。
「とりあえずは、現状把握のために魔物討伐に同行するとか。そういったところがいいのでは?」
一人の魔法使いが声をあげる。すると、他の二人もうんうんと頷く。
「魔物討伐の同行ですか? まぁ、それくらいならできるかと思います。私も魔法は使えますので」
イリヤはチラリと横目でクライブの様子をうかがった。彼が文句を言い出すような、そんな気がしたからだ。
そんなクライブは眼鏡の下の目を鋭く細くしている。
「クライブ様?」
イリヤが呼ぶと、彼はくいっと眼鏡を押し上げる。
「イリヤを魔物討伐に同行させるというのであれば、マリアンヌを連れていってはどうだろうか?」
「クライブ様!」
マリアンヌは赤ん坊である。やっと高速ハイハイで動き、最近ではつかまり立ちができるようになった。つまり、一人では歩けないのだ。そんなマリアンヌを危険な魔物討伐へ連れていくと提案するとは、いったい彼は何を考えているのか。
「マリアンヌはイリヤに懐いている。イリヤが何日もマリアンヌと離れると、マリアンヌの世話をしている者にも迷惑がかかるし、もしかしたらまた、マリアンヌの世話を投げ出すかも知れない。むしろ、マリアンヌが暴れる……かもしれない」
なるほどと、目の前の彼らは一斉に頷いた。
マリアンヌが召喚されたばかりの頃を思い出しているのだろう。そのときのマリアンヌは酷かったと聞いているし、それがイリヤが王城にやってきた理由でもある。
「それに……ああ見えてもマリアンヌは聖女様だ。もしかしたら、何かこう、奇跡が起こるかもしれない」
まさかクライブの口から奇跡という言葉が出るとは思わなかった。むしろ、その奇跡にすがりたいのだろう。
ただ、イリヤとしてもマリアンヌと離れることに不安はあった。一緒にいるのが許されるのであれば、一緒にいたい。
「クライブ様がお許しくださるなら、マリアンヌを連れて魔物討伐へ同行します。ですが、できればマリアンヌの世話をしてくれる者も一人つけていただけると……」
イリヤが聖女としての振る舞いを求められるのであれば、マリアンヌの世話ばかりしているわけにもいかないだろう。
「ああ。それなら心配するな。オレも同行するからな」
ぎょっとしたのはイリヤだけではなかった。神官長も魔法使いたちも、目をまんまるくして、さらに口をあんぐりと開けてクライブを見つめる。
「しかし、クライブ様にはお仕事が……エーヴァルト様がお困りになるのでは?」
「オレだって部下の育成にも励んでいるつもりだ。オレの仕事は補佐官たちに任せる。彼らだって、今は何が重要かを判断する力はあるからな」
「では、決まりですね」
神官長はパチンと手をたたいた。それはもう、物事が進んで嬉しくてたまらないとでも言うかのように。
「聖女イリヤ様が、魔物討伐へ同行する。ですが、お子様がいらっしゃるということで、母子を離ればなれにするのはかわいそうだと。だからお子様のマリアンヌ様と夫である閣下も同行する。そんな流れでいきましょう」




