第六章:そのお仕事、お引き受けいたします(2)
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幅広の布を肩から斜めにかけて、ハンモック状になった部分にマリアンヌを入れる。クライブがどこからか情報を仕入れて、手配してくれた抱っこ紐である。マリアンヌがぴたっとイリヤに密着しているから、彼女の体温を感じられる。
「まんまぁ?」
抱っこ紐の中でマリアンヌは手を振り回していた。機嫌がよい。
クライブは、今日の昼過ぎに聖女召喚の儀を行うと言っていた。そこで召喚されるのは、マリアンヌを抱っこしているイリヤである。いや、イリヤに抱っこされているマリアンヌか。
とにかく、昼過ぎからはマリアンヌとこうやってくっついている必要があった。
「パパ。まだですかね~?」
昼過ぎとしか聞いていないし、召喚されるとはどのような感じであるかもわからない。
ただ待っているだけというのは、意外と暇というか手持ち無沙汰というか。何をしたらいいかがわからない。
とにかく、落ち着かなかった。できるものなら、さっさと終わってほしいとすら、思えてくる。
チャールズやサマンサたちには事情を伝えている。突如、イリヤとマリアンヌが屋敷からいなくなるのだ。何も言っておかなかったら、彼らだって驚く。
「ぱ、ぱ、ぱ、ぱ、ぱぁ~」
最近のマリアンヌは、こうやっていろんな言葉を発するようになった。まだ歩くことはできないが、高速ハイハイで部屋の隅から隅を移動するから、ナナカも大変そうだ。
クライブと出会ったときに放った「一人でも大丈夫」という言葉を撤回したいくらい。
イリヤが部屋をうろうろと歩きながら、マリアンヌの背をぽんぽんと叩くと、次第に静かになっていく。このままではマリアンヌは眠るだろう。
いつ呼ばれるのか。イリヤが思うのはそればかり。
「まったくもう」
室内に誰かいるわけでもないのに、文句を言いたくなる。
「パパ。まだですかね~?」
もう一度マリアンヌに問うが、もう返事はない。眠ってしまったようだ。抱っこ紐のおかげで、マリアンヌを抱いていてもさほど重くはないいのだが、イリヤも待ちくたびれてしまった。そのまま、ソファに座る。
ぱっと世界がかわった。
「おぉ~」
「召喚の儀は成功しました」
「聖女様……」
イリヤはぱちぱちと瞬く。目の前には、神官服の男性とローブ姿の男たち。そして少し離れた場所にエーヴァルトとクライブがいる。
「え?」
まさか、本当にクライブの屋敷から移動するとは。しかも、イリヤは何もしていない。ソファに座ったら、場所が変わったのだ。
「他の者を呼んできます」
一人のローブ姿の男性が、部屋を出て行った。別室に控えている口うるさいと言われている人たちを連れてくるのだろう。
イリヤはぐるりと周囲を見回した。広い部屋ではない。こぢんまりとした部屋で、むしろ衣装部屋と同じくらいの広さかもしれない。
足元には複雑な魔方陣が描かれていた。その中心部に、マリアンヌを抱いたイリヤがいた。
もう一度、ぐるりと周りを見る。すると、クライブと目が合った。
「イリヤ?」
「クライブ様?」
そこに、先ほど出て行ったローブ姿の男が戻ってくる。彼は、後ろに複数の人を引き連れていた。彼らが口うるさいとクライブが言っていた人たちだろう。
「閣下。聖女様とお知り合いですか!」
そのタイミングで、神官服の男性――神官長が声を張り上げた。神官長もエーヴァルト側の人間である。むしろ、この召喚の儀を行った者たちすべて。
となれば、神官長は今、わざとらしい演技をしているのだ。
「あ、あぁ。妻、だ……」
クライブの言葉に噴き出したのはエーヴァルトである。そしてクライブが舞台俳優に向いていないということだけはわかった。
今の言葉は、非常に不自然な感じがした。
「クライブ。君は結婚した……のか?」
知っているくせにそう尋ねるエーヴァルトがわざとらしいのだが、これも彼らの作戦のうちなのだろうか。
「陛下には伝えていたような気がするのですが? 結婚したから、マリアンヌを引き取ると」
「そうだったか?」
素人役者が二人、わざとらしい芝居をしている。神官長も魔法使いたちも間違いなくグルである。
後から現れた男たちは、イリヤとマリアンヌをじぃっと見ている。
「……まさか、聖女様が閣下の奥方であったとは」
神官長の言葉を確かめるかのように、魔法使いたちは何かの力を感じ取ろうとしていた。恐らく、聖なる力を探っているのだろう。瘴気を祓うだけの力があるかどうか。
「神官長。間違いなく、彼女は聖女様でいらっしゃいます。聖なる力を感じます」
一人の魔法使いの言葉に、残りの二人も頷く。
彼らが言っていることは、ある意味間違いではない。その場に本物の聖女がおり、その彼女が聖なる力を持っているのだから。
「イリヤが、聖女だったのか……?」
「クライブ様、これはいったい?」
イリヤも猿芝居にのることにした。
「まんま~、ぱっぱ~」
いつの間にか目を覚ましたマリアンヌは、見知らぬ場所に来たというのにご機嫌であった。いや、彼女にとってはこの場に来るのは二回目のはず。
「聖女様が、閣下の奥方だと?」
「イリヤ……聞いたことのある名だな……」
「マーベル子爵家の?」
「あの毒婦が?」
口うるさいと言われている彼らは、本当にうるさかった。みな、好き勝手にいろいろと口にする。
「イリヤ。陛下から話があるから、こちらに来てくれないか?」
「え、と……クライブ様。私はどうしてここに? 先ほどまで、お部屋にいたはずなのですが……」
イリヤの演技にクライブも困惑している様子。どうやら彼は、アドリブは苦手なようだ。
「なるほど。イリヤ嬢は部屋にいたところ、突然こちらに呼び出されたということだな?」
うんうん、とエーヴァルトは頷いている。さすが国王なだけのことはあって、演じるのは得意なのだろう。
「聖女召喚の儀は成功した。さらに聖女様は、宰相クライブの奥方であることがわかった」
「何かの間違いではないのか?」
そうやってイリヤの力を疑う声があがった。こうなることも、エーヴァルトもクライブも想定済みだった。だからこそ、聖女の身代わりにイリヤが選ばれたのだ。




