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第二章:契約結婚? いえ、雇用関係です!(3)

「あの……ところで、私の部屋はどちらになりますか? 昨日はバタバタとしておりまして、気づけばこちらの部屋を案内されていたわけで……」

「ああ、そんなことか。扉続きの隣の部屋だ。あの扉の向こう側がイリヤの部屋になるが、誰か呼ぼうか?」


 つまりイリヤの着替えやらなんやらを手伝う侍女を呼ぼうかと言っているのだが。


「ええと、この状態で?」

「この状態? 何もおかしくないだろう?」

「どうして……どうして、閣下は服を着ていないのですか!」


 これではこの部屋でナニが起こったのかと、想像をかきたてられてしまう。まったくもって、ナニもないというのに。


「ああ、そんなことか……。オレは、寝るときは何も着ない」


 もしかして昨日、あの場でシャツを脱いだのは、寝るためだったのでは。いや、だがあのタイミングは悪すぎる。


「下も?」

「安心しろ。下は履いている」


 そう言って前髪をかきあげる仕草に、自然と目を奪われた。無駄に顔がいい。あの国王の宰相なのだから、ある程度見目も重要視されるのだろう。


 だけど、彼が寝台から降りようとするのは、必死で止めた。いくら下だけは履いてようが、イリヤにとっては目の毒である。


「安心できません。今日からは、きちんとシャツを着て眠ってください。それから、閣下が寝台から出るのは、私が向こうの部屋にいってからです」


 イリヤはぷんすかと怒りながら、隣の部屋に向かって歩き出す。


「……イリヤ」


 その背をクライブに呼び止められた。ここで無視をするのは大人げない。


「なんでしょう」


 振り返らずに声をかける。


「朝食は食堂で一緒にとろう。迷惑か?」

「いえ、迷惑ではありません。家族であればそれが自然なことかと。では、すぐに着替えてうかがいます」


 イリヤはすたすたと部屋に向かった。


 扉を開けて部屋に入り、閉じた扉に背を預けてずるずると座り込む。


 顔が熱い。あのギャップは卑怯だ。それに、無駄に引き締まっているあの身体。文官のくせに。

 そのまま何度か深呼吸をして、気持ちと心臓が落ち着いたところでベルを鳴らす。


「おはようございます、奥様」


 昨日、イリヤ付きの侍女として紹介されたサマンサがやってきた。


「おはよう、サマンサ。着替えをしたいけれど。よく考えたら、私、ドレスとか持っていないのよね……」


 サブル侯爵家で住み込みで働いていて、そこをいきなり追い出された。だからドレスは持っていない。黒や紺の地味なワンピースと、動きやすいショートスカートのワンピースとその上に着るボディスくらいしかない。


「ご安心ください。旦那様から伺っておりますので、既製品ではありますが、いくつか取りそろえてあります。また、本日は仕立屋を呼びました」


 さすがあの宰相閣下は根回しがいいようだ。


「本日は、こちらのお召し物などいかがでしょう」


 まるで森林浴をしているような気分にさせられる色合いである。深い緑色でありながら、どこかやわからい感じがする。


 だがイリヤは気がついた。このドレスの色は、クライブの瞳の色に似ている。けれども、ここでこのドレスを拒むのも不自然だろう。


「ええ、それをお願い」


 ドレスを着付けてもらい、髪も結い上げてもらう。髪はこちらのほうがマリアンヌを抱っこしたときに、邪魔にはならない。


「食堂にご案内いたします」

「マリアンヌも一緒にいいかしら? まだご飯は食べられないけれども、一緒のテーブルにつくのがいいと思うの」


 よくよく考えてみれば、三人とも血の繋がりがない、赤の他人の集まりである。それを本当の家族のように見せる必要があるなら、少しでも時間を一緒に過ごしたほうがいい。


「承知しました」


 準備を終えたイリヤは、早速マリアンヌの部屋へと足を向ける。


「あ~、だ~」


 寝台の上に転がって、わけのわからない喃語を発している。とにかくご機嫌であり、その様子をナナカが優しい眼差しで見守っていた。


「マリーも一緒に食堂へ行きましょうね」


 イリヤがマリアンヌを抱きかかえると、手足をばたつかせて喜んでいる。初めて出会ったとき、あれだけ大泣きしていたのが嘘ではないかと思えるほど、愛嬌を振りまいている。


 マリアンヌを抱っこしながら食堂へ行くと、すでにクライブが席についていた。髪はビシッと後ろになでつけてあり、服も着ている。


「マリアンヌはまだ食事ができないだろう?」


 イリヤがマリアンヌを連れてきたのが不思議なようだ。


「ええ、ですが私たちは書類上は家族になりましたので、食事の時間くらいは顔を合わせたほうがよろしいかと思いまして」

「だぁ~」


 まるでイリヤの言葉に返事をするかのように、マリアンヌが声をあげる。すると、クライブがくすりと笑った。


「これほど機嫌のよいマリアンヌは珍しいな。お前が抱っこしているからか? オレのところにくるか?」


 クライブが手を伸ばすと、マリアンヌはぷいっと顔をそむけた。


「我が娘はなかなか手厳しいようだ。それよりも食事にしよう。マリアンヌを抱っこしていては、食べられないだろう?」

「奥様。お嬢様をお預かりいたします。お嬢様も一緒にミルクを飲みましょうね」

「あぁ~」


 マリアンヌもお腹が空いているらしい。ナナカの腕の中で、自ら哺乳瓶に手を添えて飲んでいる。


「あぁ。マリーがかわいくて、いつまでも見ていられる」

「マリー? マリアンヌをそう呼んでいるのか?」

「あ、はい。名前が長いので、愛称で呼んでもいいのかな、と。家族ですから」

「家族、ね……」


 クライブも思うところがあるのか、それ以上は何も言わなかった。


「……あの、閣下。ドレスなど、準備していただきありがとうございます」


 まだ礼を口にしていなかった。


「イリヤはオレを他人行儀に呼ぶのだな。家族ではないのか?」


 突如としてそのようなことを言われたら、どう返したらいいかがわからない。

 マリアンヌはゲフッと言って、食事を終えたようだ。


「奥様、先にお嬢様をお部屋に連れて行きますね」

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