おにたちの記憶 ウラノスケ編
12年前の今日、俺はミツと出会った。
あのときと同じような満開の桜を見ながら思い出した。
「ウラノスケや、よおくお聞き。。。」
まだ、幼いウラノスケの耳を引っ張って母はよく言ったものだ。
「お前はおにを束ねるものになる。クロノスケと力を合わせ、いついかなる時も父の恥とならぬよう心掛けよ。日頃の体の鍛錬、心の鍛錬は一族のためぞ」
父の記憶はほとんどないが、二本角の大きなおにで、ほとんど日本におらず、磐船で飛び立つところばかり覚えている。双子のクロノスケも同じようにいつも怒られるが、時置師の力で瞬時に姿を隠すことができるので、ほとんど現場を取り押さえられることはない。幼いながらにウラノスケはクロノスケの力をズルいと思った。母に怒られたあと、痛い耳をさすりながらウラノスケはクロノスケに
「お前、その力で誤魔化すのズルいぞ」
と文句を垂れた。クロノスケは少し考えるように首を傾げると
「母上だってわかっていて怒らないのにはわけがあるんだよ」
と、なんでもないというように答え、余計に悔しい思いをした。
自分たちの役割の違いからか、ウラノスケとクロノスケは仲のいい双子の兄弟であった。
そんなある日、ウラノスケは母の部屋に呼ばれた。
「あたしの大事な知り合いが病で体を弱らせていてね。あたしもそうそうここを離れられないから、お前に薬を持って行ってもらいたい」
といい、薬を手渡された。鼻に独特な匂いが残る。
「お前は賢いからこの薬が何かわかるだろう」
手渡された瞬間から嫌な感じがしていた。
「いいかい。本人から誰にも言わないでほしい、という希望だ。お前はこの薬を本人に。。。あたしから預かった、と言って渡すんだ。。。それだけでわかるから。。。」
幼いながらに恐ろしいと思った。けれども、誰かを遣いにやるわけにはいかないから自分が呼ばれたのだ、ということも理解ができた。母に頭を下げると、部屋を出て支度に取りかかった。
「ウラノスケ、俺も行く」
ウラノスケが準備をしていると、部屋の襖が開き後ろから声がかかる。小さく息を吐くと
「俺だけが呼ばれたんだ」
と、短く答える。その言葉が何を意味しているのか、クロノスケにはすぐに伝わった。クロノスケは、返答に詰まり、やっとのことで、わかった。とだけ言った。
指笛を鳴らすと、よく目立つ色の大きな鳥が翼を大きく広げながら降りてきた。
「大きな翼の猛き尊き神カルラ、里に降りなければならない。手伝ってくれるかい」
カルラの頭を撫でながらそう聞くと、大きな鳥は体を丸めて、ウラノスケが上がりやすいようにした。ありがとう、というと、ウラノスケは鳥の体によじ登り、座れるところへと移動した。準備が整った合図に、背中を2回叩いて知らせると、鳥は大きな翼をバサリと羽ばたき空へ上がった。
しばらくすると里が見えてきた。カルラの背中を叩き合図を送ると、高度を下げて木の上に降ろしてくれた。
「ありがとう、カルラ」
と木から離れ高度を一気に上げていくカルラにお礼を行った。高度を上げたところで、返事代わりに旋回して戻っていった。ウラノスケは木から飛び降り、顔を上げた。すぐ近くの木の後ろから人影が覗く。
「大きな翼の猛き尊き神の名は。。。」
その人物がつぶやく
「。。。カルラ」
ウラノスケが答えると、すっと人影は消えた。
里まではもうすぐのところで、子どもが1人立ち塞がった。
「ねぇ!何しに来たの!」
おかっぱ頭に狸のような顔。ぼんやりとした容貌からは想像もできないくらいの強い口調だ。
「頭の女房に用があってきた」
はじめての異性に戸惑いながら答えると
「薬はなに?」
と、手を出して確認しようとする。
「何の話だ?用件は本人にしか言えない!」
ウラノスケは、自分の鼓動を悟られまいと踵を返して別の道を選ぼうとした。
「ほら!やましいことがあるから逃げる」
バレないで立ち去れると思ったのにドキリとした。しかも、その顔を見られた。
「ねぇ!勝負しようよ。もし、勝ったら道を譲ってよ」
ウラノスケよりは体が大きいが、所詮は人の女。負けるわけはない。自信があった。女は、愉快そうに笑うと
「そう、なら、私が勝ったら帰ってもらう」
と、こちらも自信ありげに笑った。そこへ
「おもしれぇ。俺が行司になってやろう」
と楽しそうに刀を差した若者が出てきた。近くにあった棒で、きれいに円を書く。
「まぁ、力を比べるって言ったら相撲だよな」
と、言いながら涼し気な目を少し綻ばせる。ウラノスケは剣でも相撲でもどちらでも良いが、女にとってはやはり剣は不利だろうと思い、ウラノスケは了承した。
「その荷物は。。。?」
行司を受けた若者が聞いたが、
「これは大切な御用だ」
と、体から外さなかった。若者もそれ以上言わなかったし、女も何も言わなかった。
「はっけよ〜!のこったら」
それは素晴らしい速さだった。女は掛け声と同時にすでにウラノスケの胸ぐらを掴み、遠くへ放り投げだ。一瞬の出来事に自分が枠から出ていることにも気が付かなかった。
。。。見たことのない速さと怪力
衝撃だった。受け身を取って立ってはいるが、線から大きく出ている。
。。。いやいや、ちょっと待て!感動している場合ではない!自分は女に負けたのだ。これでは、戦のときに守れないではない!
そこで、ウラノスケは指を3本立て、
「3本勝負にしてくれ」
と、頼む。若者も女もニヤニヤとして
「いいぞ!」
「いいよ!」
と答える。
再び
「はっけよ〜!のこったら」
掛け声。
次の瞬間、目の前の女消え、ウラノスケは宙を舞っていることに気が付く。体が浮いてる間に風を巻き起こし、線から出ないようにフワリと着地した。線の内側に着地した途端、胸元に大きな衝撃を受け、吹き飛ばされた。線の外側の木に当たり2敗目となった。体が当たった桜の木の花びらが舞った。
3本目の勝負は、掛け声と同時に張り手が顎に入り、一瞬で撃沈した。意識が遠のく中、仁王立ちし不敵に笑うタヌキ顔の女を見た。
ウラノスケにとって、生涯忘れられない大敗北であった。
「さぁ、お帰りはあちら!」
親切なことに誰かがカルラを呼んでくれていた。
会った時と違い、ホクホク顔でウラノスケを見送る。
「。。。えは?」
カルラの体の上からで声が届かなかったのだろう。
「なに?」
丸い眉をひそめて聞き取ろうとする。
「名前は?」
ウラノスケは耳が熱くなるのを感じながらそう言った。
「ミツ。。。ミツだよ!」
と大きな声で言った。
また、おいでウラノスケ〜!
カルラが飛び立つから、遠くでそう言った二人の声が耳が熱くてよく聞こえない。胸がドキドキするのはどうしてなのか。
ウラノスケは、結局、母との約束を果たせないまま、そのまま床に伏せ、一週間熱にうなされた。
ウラノスケ4歳。ミツ9歳。
桜のきれいな年であった。。。
さて、ここに母たちの企みがあった。
「ねぇねぇ、うちの子、なかなかいい娘だとは思うのよね。ただ、タケハヤ(並の速さではない)なのよ。で、怪力でしょう。我が子ながら嫁の貰い手が心配なの」
と大親友に打ち明ける。
「なぁに。全くもって問題ないさ。あたしの息子がホレるだろう」
母たちは子どもたちの力量を測るため、二人が出会うために一芝居打つことにした。
結果、ウラノスケは跡取りとしての信用を得た。
クロノスケに力を借りなかった事、人を頼らなかった事、本人にしか用向きが言えないこと、薬を取られなかった事。これは、大切な使命であった。
そして、一週間後、発熱から開放されたウラノスケは母に、
「ミツと夫婦になりたい」
と言い、母たちの企みはここに完結する。