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殺戮學園逝徒會畸譚  作者: 坐久靈二
第四章 殺戮學園と一つの大事業
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第七十九話 憑物落とし

(わたし)の事は「憑子(つきこ)會長(かいちょう)」と御呼びなさい。


――憑子(つきこ)

 その時、絶望していたのは真里(まり)愛斗(まなと)だけではない。

 校内放送で流れてきた音声を聞かされ、保健室で戸井(とい)宝乃(たからの)を始めとする彼の知己(ちき)達もまた顔を(しか)めていた。


「何なの、あの女……。こんな仕打ち、完全に悪魔じゃない……。」


 戸井(とい)愛斗(まなと)がどんな思いで生徒會(せいとかい)役員を続けていたか知っている。噂好きの彼女にとって、色恋沙汰の話題は大好物だからだ。そんな彼女だからこそ、愛斗(まなと)が受けている仕打ちを音に聞き、華藏(はなくら)月子(つきこ)に怒りと嫌悪感を覚えていた。


「駄目……ですか。しかし、我々は真里(まり)君に救われたかも知れません……。」


 竹之内(たけのうち)灰丸(はいまる)は深い溜息を吐いた。大人として、『裏理事会』の長として、事態を愛斗(まなと)憑子(つきこ)に押し付けておいて、解決が叶わなかったたらといって彼等を責めるような真似は出来ない、という分別は持ち合わせている。


「何もかも、華藏(はなくら)月子(つきこ)が一枚上手だった。」


 戻ってきた彼の娘、竹之内(たけのうち)文乃(あやの)も沈痛な表情で俯く事しか出来ない。


 しかし、そんな重い空気が一変する。


「え? 今の……。」

華藏(はなくら)月子(つきこ)の声、しかし、文脈がおかしい。」

「つまり、『新月の御嬢様』?」


 憑子(つきこ)が生きているそして、最後の抵抗を試みている。――その事実が、(わず)かな希望を蘇らせた。

 保健室で待つ者達、學園(がくえん)内に取り残された者達は、引き続き成り行きを見守る。




☾☾☾




 生徒會(せいとかい)室、愛斗(まなと)の眼の前で月子(つきこ)は頭を抑えて苦しみ悶えている。


莫迦(ばか)な……! 貴女(あなた)は完全に掻き消した筈よ……! こんな事は有り得ない……‼」

『確かに、(わたし)は敗北したわ。(わたし)自身、死ぬかと思った。いいえ、(ほとん)ど殺されたも同然ね。貴女(あなた)の中に残っているのは、ほんの僅かな残滓(ざんし)に過ぎないもの。』


 月子(つきこ)にとって想定外の事が起きた事は確からしい。


貴女(あなた)(わたし)を迎撃した〝光の力〟は圧倒的だった。(わたし)が持ち込んだ力は全く歯が立たず、完全に消滅した。しかし、一つの偶然が(わたし)を辛うじて生に支噛(しが)み付かせたの。本当に崖っ縁に追い込まれていたから、抵抗出来る程の意思を回復させる為に今の今迄掛かってしまったけれどね。』

「偶然……ですって?」

『ええ、(わたし)貴女(あなた)は元々肉体を共有していた者同士。従って、元鞘(もとざや)に戻った時に貴女(あなた)の体に流れていた〝青い血〟は(わたし)にもまた分け与えられ、そして馴染んだ。遺伝子が同じ双子だったことも影響しているのでしょうね。』

「ふ、巫山戯(ふざけ)るな‼」


 月子(つきこ)は力みながら少しずつ、丸で何かに抵抗する様に背筋を伸ばしていく。


「この体は(わたし)の物よ‼ 他の誰でもない、(わたし)だけの体なの‼ それを貴女(あなた)が……‼」


 愛斗(まなと)月子(つきこ)の顔を見て戦慄(せんりつ)した。そこには底知れぬ冷酷な美しさなど最早微塵(みじん)も無く、唯々怒りと憎しみに歪んだ悪鬼のそれが在った。


何時(いつ)もずっと……‼ 生まれた時からそうだった! 他の人間誰もが持っている、自分だけの物が(わたし)にだけ無かった! 貴女(あなた)さえ居なければ(わたし)は完璧な人間として生きていけた! (あまつさ)え、(わたし)が手に入れた物迄全部横取りしようとするの? そんなの、絶対許さない‼ 『光の力』で殺し損ねたのなら、心筋の物理力と免疫力で跡形も無く()り潰してやる‼」

『そうね……。その点は(わたし)も申し訳なく思っていたわ。だから、貴女(あなた)を信じていた頃は事が終われば全て貴女(あなた)に返すつもりだった。けれども、貴女(あなた)の本性を知った今、此方(こちら)としてももう譲れない。〝青い血〟が(あら)ゆる力を増幅させ、意識の支配力を内臓や免疫機能の作用に(まで)及ぼさせるというのなら、それは(わたし)も同じ事。悪いけれど、死んで貰うわよ、月子(つきこ)‼』


 どうやら、体の中で憑子(つきこ)月子(つきこ)(せめ)ぎ合っている。これで憑子(つきこ)が勝てば、愛斗(まなと)達の大逆転勝利である。しかし、事はそう上手く行かないらしい。月子(つきこ)の表情の歪みは次第に怒りと苦悶から勝ち誇った笑みに変わっていく。


「ふふ、ふふふふふ! 所詮貴女(あなた)(わたし)の体に取り憑いた小さな嚢腫(のうしゅ)、その更に残骸に過ぎない……‼ 同じ『青血の至高神』の力を得たとて、生命力では(わたし)の方が遥かに上の様ね‼」

『ぐ……く……‼』

「さっさと死ねえっ……‼」


 月子(つきこ)は抑え付ける力を強める様に体を屈め、一気に憑子(つきこ)を追い込もうとしている様だった。折角希望が繋がったのに、この(まま)ではまた悪魔が微笑(ほほえ)む結果に終わってしまう。

 愛斗(まなと)には何も出来ない。唯一つを除いては。


「が、頑張れ……‼」

「あ?」

真里(まり)君……‼』

憑子(つきこ)會長(かいちょう)、頑張れ‼」


 彼の応援に応える様に、押し返す様に、月子(つきこ)の身体は再び()る。


「この……死に損ないが……‼ 無駄な抵抗は……止めなさい……‼ 真里(まり)君も……後で覚えていなさい……‼」


 と、その時だった。月子(つきこ)の顔が不自然に痙攣(けいれん)し、明らかにその容貌(ようぼう)を変えていく。


「な、何⁉ 何なのこれ⁉」


 月子(つきこ)の顔、耳の下辺りから小さな別の顔が浮かび上がった。否、その一つだけではない。後頭部から、肩から、胸から、体中から細胞が暴走して増殖したかの様に大量の顔が浮かび上がり、彼女の制服を肉で突き破る。


「ガアアアアアッ⁉ 何よこれええええッッ⁉」


 月子(つきこ)本人の顔が唯一つ、初めて恐怖に歪んでいた。これこそは、憑子(つきこ)の最後の抵抗。彼女以外の無数の顔が声を重ねて喋る。


月子(つきこ)、多分(わたし)は無意識の内に、自分の細胞分裂を抑えていたのよ。だから心臓という命に直結する臓器に取り憑きながら、ずっと貴女(あなた)は何不自由なく生活出来た。今〝青い血〟の力を得て、そして命を追い込まれて、それを抑えられなくなった。その結果、(わたし)の体そのものが不死の存在、即ち、(がん)細胞となった。しかも、〝青い血〟によって極めて強力な力を備えた、常識外れの増殖力と免疫機能でもどうにもならない生命力を併せ持った(がん)細胞よ。』

「ば、莫迦(ばか)‼ そんなことをしたら貴女(あなた)も死ぬわよ⁉ 今()ぐ止めなさい‼」

『それは無理だわ。貴女(あなた)に死の淵まで追い込まれた(わたし)に最早そんな力は無いもの。癌細胞の本能の(まま)に、限界を超えて増殖するだけ。それに、元々(わたし)は命を惜しんでいない。』


 月子(つきこ)の身体が、あの奇跡的な芸術の様に美しかった肉体が、見る影も無い醜悪な肉の塊、無数の顔を備えた何かへと変貌していく。


「い、嫌‼ この(わたし)が……‼ こんな……こんな死に方……‼ ああああああああアアアアッッ‼」


 遂には月子(つきこ)本人の顔が他の顔に埋め尽くされ、緩やかに増殖を止めていく。次第にその肉塊は動かなくなり、融ける様に形を崩し始めた。

 華藏(はなくら)月子(つきこ)は死んだ。しかし、当初の見込みと異なり、肉体諸共完全に死んだ。即ち、それは今度こそ憑子(つきこ)迄もが死んだことを意味する。


 愛斗(まなと)は再び項垂(うなだ)れ、床に手を突いて大粒の涙を(こぼ)した。


會長(かいちょう)……‼」


 憑子(つきこ)は我が身を犠牲にして月子(つきこ)を殺した。最期まで、己の身体を張って愛斗(まなと)を初めとする學園(がくえん)の生徒達を護ったのだ。


「御免なさい……憑子(つきこ)會長(かいちょう)……! (ぼく)のせいで貴女(あなた)を死なせる結果になってしまった……‼ あの時(ぼく)欠伸(あくび)なんかしなければ、こんな酷い事にはならなかったかも知れないのに……! それなのに貴女(あなた)は、全部自分で責任を取って……! 御免なさい‼」


 月子(つきこ)の本性があの様な邪悪であった以上、愛斗が入學(にゅうがく)(しき)不興(ふきょう)を買おうが買うまいが、(いず)憑子(つきこ)を殺そうとした事に変わりはあるまい。少し考えればそれが妥当な結論である。しかし、愛斗(まなと)の胸は後悔で一杯だった。巨大な喪失の悲しみが彼からその程度の判断力をも奪い、結果として無限に深い奈落の底へと自責の念で(さいな)んでいた。


 しかし、そんな彼に語り掛ける声が聞こえた。


『謝るのは(わたし)の方よ、真里(まり)君。』


 愛斗(まなと)は驚いて声のする方を見上げた。信じられない事に、そこには華藏(はなくら)月子(つきこ)の姿を模った白い靄、この三週間で見慣れた憑子(つきこ)の姿が在った。


會長(かいちょう)……? どうして……?」

『それ程おかしな事ではないわ。東の(ほこら)で、(わたし)達は曾々御爺様(ひいひいおじいさま)達〝學園(がくえん)三巨頭〟に会ったでしょう。(ほこら)の力の影響で、死んだ人間の霊魂が姿を顕すのは、在り得ない話ではない。』


 死んだ人間。――その言葉が愛斗(まなと)に静かに現実を思い知らせる。奇跡的に再び会えたが、同時に正真正銘、これが最後なのだ。


真里(まり)君、本当に御免なさい。(わたし)の勝手で、(きみ)を酷く傷つけてしまった。大切なものを奪ってしまった。元々、万が一に(わたし)が死ぬ事になっても、(きみ)がその事に苦しまなくて済む様にもしたかった。でも(きみ)は優しいから、結局無駄な事だった様ね。無力な(わたし)を許して欲しい……とも言えないわね。許されない事をしたのも事実だもの。』


 憑子(つきこ)は優しくも悲し気な眼をして愛斗(まなと)を見下ろしていた。その姿、出で立ちは愛斗(まなと)にとって大いなる救いだった。邪悪に塗り潰された想い人の像が、元の美しい姿になって戻って来たのだ。憑子(つきこ)が彼の初恋を修復してくれたのだ。


(きみ)は本当に()く働いてくれたわね。それなのに、何時(いつ)(きつ)い言い方をしてしまって御免なさい。僅かに残っていた意識の中で、あの女を(わたし)だと思って溢した(きみ)の想いを聞いたわ。確かに、(わたし)(きみ)の事を(ろく)に褒めてあげなかった。(きみ)(わたし)の為に頑張ってくれるのが嬉しくて、それでもっともっとと欲張ってしまって、(きみ)の好意に甘えてしまっていたの。(きみ)に嫌われるつもりではあったけれど、(きみ)を苦しめる事になるという当たり前の事も忘れてね。(きみ)はどんな無茶振りにも応えてくれる有能な部下で、(わたし)はその有難みを忘れた無能な上司だった。』

會長(かいちょう)……。」


 らしくもない殊勝な言葉が、最後を実感させる。


『そんな(きみ)を見込んで、何も出来ない(わたし)から最後の頼みが有るの。是非、聞いて欲しいと思っているのだけれど。』

「何でしょう?」

『ずばり、學園(がくえん)の異常事態についてよ。』


 そう、首謀者の華藏(はなくら)月子(つきこ)が死んだとはいえ、(ほこら)の力に()って一つに繋がってしまった華藏(はなくら)學園(がくえん)假藏(かりぐら)學園(がくえん)は依然その(まま)である。


月子(つきこ)と再び一つになって判ったわ。どうやら二つの學園(がくえん)が融合した異常事態は、彼女の意思に因って維持されていた様なの。だから彼女が死んだ今、解析すれば二つの學園(がくえん)を分離するのは容易(たやす)い筈よ。数日前にあの女の本拠地に乗り込んだ時の様に、竹之内(たけのうち)先生の娘さんに御願いして元の状態に戻して貰いなさい。』

「はい。勿論、そうします。最初に頼まれた仕事ですから、必ず果たします。」


 今更断る筈も無い、愛斗(まなと)憑子(つきこ)と同じ気持ちだった。(むし)ろ、最後にその道筋を見出した彼女は矢張(やは)り尊敬すべき人間だったと改めて思い出した。


真里(まり)君、今迄(わたし)の我が(まま)に付き合ってくれてありがとう。最後にもう一つ、勝手な事をさせてね。』


 憑子(つきこ)の顔が愛斗(まなと)に近付いて来た。思い出の中、夢の中にあるが(まま)の、美しい華藏(はなくら)月子(つきこ)の表情で。

 今や、彼女が触れる感覚を愛斗(まなと)が確かめる事は出来ない。だが、その瞬間に二人の唇が重なったのだと、愛斗(まなと)には疑い様も無く解った。唯愛おしく、切ない時が流れる。また一つ、(けが)された愛斗(まなと)の心は浄化されていく。


 少しずつ憑子(つきこ)が薄れていく。別れの時を察したのか、彼女は愛斗(まなと)から唇を離した。愛斗(まなと)が見上げる先には優しく、何処(どこ)か寂し気な彼女の微笑(ほほえ)みがあった。


『さようなら。今迄本当にありがとう。元気でね、真里(まり)君。』

「さようなら、憑子(つきこ)會長(かいちょう)……。」


 薄れていく。彼女は愛斗(まなと)にとって學園(がくえん)の青春そのものだった。確かに報われず、辛く苦しい時を長く過ごした。愛していた始まりは全て嘘であり、隠されていた真実は余りにも(おぞ)ましいものだった。だが、彼女は最後にその全てを奇麗な思い出に変え、美しい幻となって愛斗(まなと)に別れを告げる。


『ずっと好きだったわ、真里(まり)君……。』

「ええ、(ぼく)も……。」


 華藏(はなくら)月子(つきこ)の姿が、憑子(つきこ)愛斗(まなと)の前から消えてしまった。憑物少女との奇妙な共同生活は今この時終わりを告げた。

次回、最終話の更新は明日12月31日です。

よろしくお願いします。

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