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殺戮學園逝徒會畸譚  作者: 坐久靈二
第四章 殺戮學園と一つの大事業

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第七十七話 新月と満月(下)

 娘に気を許すな。遠からず悪魔は帰って来るぞ。


――華藏(はなくら)星一郎(せいいちろう)の遺言より。

 再び、保健室での作戦会議迄時を遡る。


 華藏(はなくら)月子(つきこ)から『青い血』を分離する作戦を練る中で、真里(まり)愛斗(まなと)はふと一つの疑問に気が付いた。


「あの、そういえば気になってるんですけど、憑子(つきこ)會長(かいちょう)華藏(はなくら)先輩の肉体に戻るつもりなんですよね?」

『ええ、出来るならね。だから作戦の中で再びあの(おんな)と結合するのは願ったり叶ったりだわ。』

「でもその時、あの(ひと)からは『青い血』、血液が分離されてしまっている状態じゃないですか。そうなってしまったら、あの(ひと)だけでなく會長(かいちょう)も死んでしまうのでは?」


 愛斗(まなと)の言葉に、憑子(つきこ)は沈黙した。考えていなかったのだろうか、彼女には意外と行き当たりばったりな所がある。

 そんな彼女と、その態度に不安を覚えた愛斗(まなと)に助け舟を出したのは竹之内(たけのうち)灰丸(はいまる)だった。


「心配には及びませんよ。(そもそ)も、『青い血』の分離その物で華藏(はなくら)月子(つきこ)を殺す訳ではありません。」


 彼は華藏(はなくら)月子(つきこ)(たお)す為に古文書を読み込み、彼女がどういう理屈で『青い血』を自らに定着させたのか、その秘密を解き明かしていた。


「ずっと不思議な事が御座いました。どうして『闇の眷属』達の血は紫色なのか。それは『青い血』と何か関係が有るのか。」

「有った、ということですか?」


 竹之内(たけのうち)は頷いて話を続ける。


「闇の眷属とは、平たく言えば実験体だったのです。肉体を『青い血』に馴染ませる為に、まず常人の血と『青い血』を混合して人体実験を行った。その為に、最初は死人で実験をした。それが西邑(にしむら)君や生徒會(せいとかい)役員です。次に、生きた人間の血に混ぜた。」

(くろがね)がそうですね。爆岡(はぜおか)も同じ様なことをされましたが。」

「最後の男はまあおまけでしょう。兎に角、重要なのは『青い血』に入れ替える工程は混ぜる手法の延長に在るという事です。」


 闇の眷属の紫の血と『青い血』の関係から、竹之内(たけのうち)は更に考察を深めていく。


「思うに、華藏(はなくら)月子(つきこ)が独自で『青い血』の入れ替え方法を一から開発したとは考え難い。そう思って、(わたし)は古文書にヒントを求めました。その結果、第一合宿場の地下で何が行われていたか、その研究の一端を知ることが出来たのです。その基礎的な部分はすでに(わたし)の祖父が見付け出していました。」

「どういう方法ですか?」

「第一合宿場の地下に安置されていた『青い血』の成分には一つの性質がある。それは人間の血液と混ざった時、血液の一部を侵食して同化するのです。イメージとしては、丁度白い生地に青い絵の具を混ぜた水を染み込ませたと考えれば宜しいでしょう。布が絵の具で青く染まる様に、『青い血』の成分は人間の血液を『青い血』化してしまうのです。勿論、成分が少なければ色は(うす)く、多ければ濃くなる。」

『成程、その布が染まり切っていない、元の人間の血が残っている状態が紫の血、完全に染まり切った状態が青い血という事ね。』


 憑子(つきこ)の理解が正しければ、華藏(はなくら)月子(つきこ)の中に流れているのは人間の血を青い血の成分に染めたものに過ぎないという事になる。


『ならば青い血の分離とは即ち、厳密には青い血の成分の分離。元の生地、人間の血は体に留まり続ける、と。』

「そういう事です。彼女の血は完全に『青い血』と化し、『青血の至高神』の力を我が物としている。しかし、『青い血』として完全であるが故に人間である彼女の体には本来馴染まない。それを(ほこら)の力に依って無理矢理結び付けているから、これを分離する。その時、飽く迄もベースとなっている人間の血自体は本人の物ですから、成分だけが分離される、という訳です。」

『つまり、あの女も唯〝青い血〟を分離しただけで死ぬわけではない、と。その後、続いて本人を肉体から分離し、(わたし)が体を奪って初めて彼女は死ぬ。』


 (ようや)く話が見えてきた。そういう事なら、華藏(はなくら)月子(つきこ)(たお)すことは即ち憑子(つきこ)が再び愛斗(まなと)と侍った出で受肉する事を意味する。姉を殺し、初めて彼女はこの世に人間としての生を受けるのだ。


「成程、貴女(あなた)は無事に戻って来られるという訳ですね。」


 愛斗(まなと)は懸念が晴れて素直に安心した。親友の西邑(にしむら)龍太郎(りょうたろう)を利用し、苦しめた事は今も許す事が出来ない(まま)だが、それでも彼女の死を願うには余りにも恋焦がれ過ぎた。彼女が戻って来るのは、願ってもいない事だ。


(もっと)も、それから先は一連の事件を起こした華藏(はなくら)月子(つきこ)として生きていかなければならない。(わたし)は全ての責任を取らなければならない。』

「まあ、彼女が犯した全ての罪を背負う事は無いでしょうし、貴女(あなた)も彼女も十八歳未満ですから扱いとしては少年法になるでしょう。対象となるのは屋敷で使用人に行った過酷な仕打ち、判明している華藏(はなくら)學園(がくえん)での悪行、そして、今日行った狂気の祭典、そんな所でしょうか。まあ、逆送されて刑事罰は在るかもしれませんが、命までは取られんでしょう。」

『社会的制裁の話ではないわ。道理の問題よ。』

「勿論、そうでしょうとも。しかしそれは間違いなく過酷な道でしょうな。」


 険しい表情で嘆息する竹之内(たけのうち)だったが、憑子(つきこ)の声色は何処(どこ)か晴れやかだった。


『良いの。(わたし)だって決して無謬(むびゅう)、潔白ではないのだから。償わなければならない相手が居る。少なくとも、學園(がくえん)に混乱を(もたら)した件は(わたし)も共犯だしね。許して貰えるとも思っていない。命を取られないというなら逆に好都合。それだけ長く、贖罪(しょくざい)の道を歩めるのだから。』

會長(かいちょう)……。」


 憑子(つきこ)が抱える思い、その中に確かに含まれる西邑(にしむら)への罪悪感を受け取った愛斗(まなと)は、何処(どこ)か救われる思いがした。愛斗(まなと)屹度(きっと)憑子(つきこ)を許す事など出来ない。しかし、憎む事も出来ない。許したいという思いに生涯悩まされるだろう。

 だが同じだけ、彼女も間違い無く苦しむのだ。二人の生きる道は屹度(きっと)これを最後にもう交わらないが、生きている限り何処(どこ)かで同じ喪失、同じ消失に苦しみ、同じ空の下、違う景色を見ながらでそれを分かち合うのだ、相手の顔も見えぬ(まま)に。


真里(まり)君、全てが終わったら、最後に話をしましょう。(きみ)には言っておかなければならない事が山程有る。』

「ええ、屹度(きっと)そうしましょう。」


 最後の戦いを前に、愛斗(まなと)憑子(つきこ)はそう誓い合った。

 そして、大きな困難を超えて二人は華藏(はなくら)月子(つきこ)から『青い血』を分離させる作戦を実行に移す所まで漕ぎ着けたのだ。

 後は、血液から『青い血』の成分を、肉体から華藏(はなくら)月子(つきこ)の命を分離するだけである。




☾☾☾




 生徒會(せいとかい)室の戦いの末、學園(がくえん)が白い光に包まれた瞬間迄時を戻す。眩い光に視力を失った愛斗(まなと)は、それ以外の感覚が強烈に研ぎ澄まされていた。

 頭を掴む華藏(はなくら)月子(つきこ)の握力が緩むのを最初に感じた。憑子(つきこ)月子(つきこ)が『青い血』の分離を巡って一つの肉体の中で鬩ぎ合い、愛斗(まなと)に構っている場合ではなくなったのだろう。

 次に、縋り付いている体から暴虐的な強靭さが失われて行くのを感じた。密着した相手が得体の知れない化物から極普通の少女に戻っていく様な気がした。『青い血』の分離が進んでいるのか。


 (やが)愛斗(まなと)は、目蓋(まぶた)の裏で光が収まっていくのを感じ始めた。薄目を開けると、華藏(はなくら)月子(つきこ)の制服の生地が少しずつ見えてきている。

 同時に、愛斗(まなと)は別の何かが自分を包み込んでいくのを感じていた。(たお)やかな安らぎが肌に触れている。密の様に甘い芳香が鼻から吸い込まれ、全身の血を巡る。二倍の膂力(りょりょく)を失って弱っている彼にとって、それは夢見心地だった。


真里(まり)君……。」


 華藏(はなくら)憑子(つきこ)の鈴を転がす様な声が優しく呼び掛ける。何処(どこ)か聞き慣れたその響きが、愛斗(まなと)を更なる安心感で抱き返す。

 頭に置かれた手は何時(いつ)の間にか、我が子を()でる母親の様な触れ方に変わっていた。もう一方の腕が愛斗(まなと)の腰へと回り、二人は互いを抱き寄せ合う。


會長(かいちょう)……。」


 愛斗(まなと)の口から万感の思いが漏れた。全てが終わったのだと確信出来る、全てを忘れてひたり込んでいたい、桃源郷の様な心地だった。


真里(まり)君、本当に()く頑張ったわね。偉いわ。」

會長(かいちょう)……! (ぼく)は、(ぼく)はずっと……! 貴女(あなた)にそう言って貰いたかった……!」


 やっと、やっと自分の仕事を手放しに誉めて貰えた。愛斗(まなと)にはそれが堪らなく嬉しかった。どれだけ、その言葉を求め、狂おしい程に焦がれ続けただろう。


「ええ、(わたし)もよ、真里(まり)君。」


 彼女の手が愛斗(まなと)の頭から離れた。そして肩から後ろに回り、軽く、優しく背中を叩く。


會長(かいちょう)……。」

「ええ、そう……。」


 背中の手が愛斗(まなと)から離れた。


(わたし)も、ずっと(きみ)にそう呼んで貰いたかったわ。『會長(かいちょう)』と……。」

「え?」


 彼女の言葉を理解する前に、強い血の悪臭が愛斗(まなと)の嗅覚を塗り潰した。同時に生温かい滑りのある液体を浴びる。


「あ……え……?」


 後ろを振り向いた愛斗(まなと)に視界に飛び込んで来たのは、首を()ねられ血飛沫を上げて倒れる聖護院(しょうごいん)嘉久(よしひさ)の姿だった。同時に、自分の抱き締めている相手が再び得体の知れない化物になっていくような感覚に襲われ、戦慄(せんりつ)が背筋を走り抜ける。


「う、嘘……!」

(きみ)は本当に、()く無駄に頑張ったわ。勝てもしない戦いを、叶いもしない願いを追い掛けてね。」


 理解が追い付かない、否、脳が拒んでいた。しかし、状況は火を見るより明らかだった。


「そんな、どうして?」

「何を不思議がっているの? (わたし)(きみ)憑子(つきこ)が『青い血』を分離させようとしていると見抜いていたのよ? 対応策だって考えてあるに決まっているじゃない。」


 憑子(つきこ)の敗北、月子(つきこ)の生存。それが否定し様の無い事実として叩き付けられて、困惑が絶望に変わっていく。今自分が抱き締めている相手は人間離れした悪意と猛獣など比較にならない暴力を秘めた邪悪の化身で、自分は今や人並み外れた力を失ったただの小柄で華奢(きゃしゃ)でか弱い少年に過ぎないのだ。


「どういう事か教えてあげるとね、『青い血』を分離される前に(わたし)の方が逆に『光の力』で『(ほこら)の力』を捻じ伏せたの。元々憑子(つきこ)(わたし)の体を使って全ての力を身に着けていて、その一端は(わたし)の中にも蓄積されていた。それを『青い血』の力によって圧倒的に増幅していたのだから、いくら憑子(つきこ)でも全く勝ち目は無かったという事よ。」


 愛斗(まなと)の体中に氷点下に放り出された様な震えが悲鳴を上げ始める。心臓が、何かを激しく嘆く様に早鐘を打つ。


「勝ち目は……無かった……。」

「そうよ、言ったでしょう。これが都合の良い、希望的観測の後に突き付けられる現実というものよ。」


 恐ろしい予感にどんどん呼吸が浅く、早くなる。


會長(かいちょう)は……憑子(つきこ)會長(かいちょう)は……?」

「勿論、殺したわよ。(わたし)の中で存在が祓々(バラバラ)になって、死んだわ。」


 愛斗(まなと)の心象風景が一瞬にして暗転した。全てを喪い、希望が消失すると、目の前が真っ暗になるというのはこういう事かと、否が応にも解らされる。


「やっと二人切りになれたわね、真里(まり)君。」


 憑子(つきこ)が死んだ。別れの言葉を交わす事も、看取る事も出来ず、只その事実だけを殺した張本人から何の感慨も無く告げられた。


 愛斗(まなと)の中で記憶が咲き誇り、そして萎れていく。春爛漫(らんまん)の景色が崩れ落ちていく中で、愛斗(まなと)は思考と感情の濁流に呑み込まれていた。


 憑子(つきこ)會長(かいちょう)(ぼく)の憧れの人。立てば芍薬(しゃくやく)(すわ)れば牡丹(ぼたん)、歩く姿は百合(ゆり)の花という言葉が似合う、綺麗で、優秀で、格好の良い女。でも恐ろしい程厳しくて、傲慢で、自己中心的で、自分の為に平然と他人を利用する非情さをも持っている(ひと)(ぼく)にも辛く当たって、パワハラ上等で、奴隷の様に扱き使って、その癖割と自分の至らなさには甘くて、(つい)でに假藏(かりぐら)生に対しては露骨に差別意識の(かたまり)で、本性を知ったら嫌な(おんな)だとも思う様になった。

 あの(ひと)西邑(にしむら)の事も冷徹に利用して、犠牲にした。(そもそ)も、(ぼく)にずっと嘘を吐いて、自分を華藏(はなくら)月子(つきこ)だと思わせていた。

 でも本当は、誰よりも學園(がくえん)の事を思っていて、ずっと罪の意識を抱えていて、そして、そして何よりもずっと、ずっと(ぼく)の事を護る為に苦しみをその身に受け続けた。


 そんな憑子(つきこ)會長(かいちょう)が、死んだ。(ぼく)は彼女の為に、何も出来ない儘……。――愛斗(まなと)の中で何かが決壊した。


「うわああああああっっ‼ あああああああああああああっっ‼」


 肺の奥底、胃の奥底、腸の奥底、体の芯から全てを吐き出すかの様な、嘆きの絶叫だった。

 月子(つきこ)の手が再び愛斗(まなと)の頭を掴み、彼の顔を無理矢理上に向ける。愛斗(まなと)の視界に飛び込んで来たのは、思い出の中の美しい想い人と全く同じ見目形(みめかたち)をした悪魔の微笑(ほほえ)みだった。


「そんなに怖がらなくても大丈夫よ、真里(まり)君。(わたし)はあの女とは違って、ちゃんと優しくしてあげるわ。」


 その天女の様に柔和な微笑(ほほえ)みが心底恐ろしく、愛斗(まなと)の悲鳴は蛇口を締めたように止まった。残るは唯々漆黒の絶望のみ。


「さあ、この汚らわしい學園(がくえん)を二人だけの愛の園に造り替えましょう。夢の様に甘くて辛く苦しい永遠を紡ぎましょうね、()()・君……?」


 全ては終わった。全てを奪った悪女は、夜空に煌々(こうこう)と浮かぶ月の美しさを讃えるが如く愛を(ささや)き、即ちそれに()って地獄の様に甘く(とろ)ける、それでいて何処(どこ)迄も冷たい絶望を愛斗(まなと)に告げた。

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