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殺戮學園逝徒會畸譚  作者: 坐久靈二
第四章 殺戮學園と一つの大事業

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第七十六話 新月と満月(中)

Vade retro satana. (悪魔よ、去れ。)

 真里(まり)愛斗(まなと)は戦いの進め方について、一つの作戦を立てた。相変わらず、彼と憑子(つきこ)には向かって来る華藏(はなくら)月子(つきこ)の動きが読めない。


(なら、一層の事読むのを止めよう。)


 愛斗(まなと)、そして憑子(つきこ)も考えは同じだった。


會長(かいちょう)爆岡(はぜおか)の時の様に、タイミングはお任せしても良いですか?」

『ええ、あの女が気配を消した瞬間に(わたし)が合わせるわ。(きみ)は勘で次の動きを当てなさい。大丈夫、何度外しても一度決まれば(わたし)達の勝ちよ。』


 攻撃に備える愛斗(まなと)に対し、月子(つきこ)は面白くなさそうに渋い表情を浮かべている。何か、納得が行かないという様相だ。


 確かに、愛斗(まなと)月子(つきこ)から仕掛けて来ないならば帰る、という行動を見せた事で、彼女に隙を生じるリスクを取って攻撃に出させる事に成功している。だが、それだけだ。依然として力の差は歴然であり、愛斗(まなと)月子(つきこ)に触れるのは困難な筈だ。

 これ以上何も手が無い、とは考え難いだろう。


「次は何を企んでいるのかしらねえ……。」


 月子(つきこ)は頬に手を当て、愛斗(まなと)の眼をじっと見詰めている。


「逆に(わたし)が何を考えているか、教えてあげましょうか。今から(きみ)達をどうやって甚振(いたぶ)ってやろうか、ただそれだけ。(わたし)としては君なんてその気になれば何時(いつ)でも壊せるんだもの。」


 月子(つきこ)の口角が僅かに上がり、生来の嗜虐(しぎゃく)(せい)を覗かせる。(かも)し出される妖しげな雰囲気に愛斗(まなと)戦慄(せんりつ)を禁じ得なかった。しかし、一方で憑子(つきこ)は冷静である。


『思った通りね。真里(まり)君、あの女は(きみ)の事を一思いに殺しはしないわ。肉体的にも精神的にも長く虐げる事を選び、苦痛と絶望を愉しもうとする。』

「それ、確かにチャンスは続きそうですが、余り嬉しくないですね。」

(きみ)が嬉しいか嬉しくないかは関係無いのよ。(きみ)の役目は(わたし)の代わりに手駒として為すべき事を為す、それが全てなんだから。』


 相変わらず、最後まで憑子(つきこ)の言い草は傲慢で、愛斗(まなと)の都合等考えもしていない。だが、それでも華藏(はなくら)月子(つきこ)に比べれば可愛いものである。目的の為に愛斗(まなと)が傷付く事も(いと)わない憑子(つきこ)と、目的も無く愛斗(まなと)を傷付ける事も辞さない月子(つきこ)愛斗(まなと)の心情がどちらに()るべきかは、出来れば何方(どちら)にも()りたくない、というのは前提として、比較すれば明らかに前者である。


何処(どこ)までも、呆れる程に御目出度(おめでた)い事ね。」


 そんな二人を月子(つきこ)は嘲笑する。


「一思いに殺さないからチャンスは在る、ですって? まさか本気でそう思っているの?」


 月子(つきこ)の姿が忽然と消えた。瞬間、憑子(つきこ)の反応が愛斗(まなと)の肉体に伝わり、彼の手が伸びる。愛斗(まなと)が選んだのは背後、先程帰る素振りを見せる為に手を伸ばした部屋の扉の方である。


「何度も同じ攻め手で行くと思った? 熟々(つくづく)、都合良く考えるのね。」


 しかし、愛斗(まなと)の勘は外れてしまった。彼の手は虚しく扉を叩き、バランスを崩して更にもう一度無意味に叩いた。

 そしてバランスを崩したのは、ただ迎撃が失敗して腕が空を切ったからではない。


「うぐっ‼」


 愛斗(まなと)(かかと)の上、アキレス腱と膝の下、膝蓋腱(しつがいけん)に強い痛みを感じ、その場に倒れ伏した。両脚から(おびただ)しい血が流れ、その感触が嫌でも状況を確信させる。


「取り敢えず、代表的な脚の腱を両方とも切らせて貰ったわ。これで(きみ)はもう、(わたし)と戦うどころか立つ事も(まま)ならない筈よ。」


 考えてみれば当たり前の話だ。甚振(いたぶ)る、という目的の為に()ずすべきは、生きながらにして反撃の手段を絶つ事。()して、月子(つきこ)は絶望を与えて楽しむ嗜虐(しぎゃく)的な愉悦を求めているのだから、こう来るのは自明の事だ。

 冷たい笑みを浮かべ、月子(つきこ)は倒れ伏す愛斗(まなと)を見下ろし、俎板(まないた)(こい)をどう調理するか、そんな残酷な思案を巡らせていた。


真里(まり)……君……。』


 憑子(つきこ)が力無く愛斗(まなと)に呼び掛ける。その何気無い様子に、月子(つきこ)は引っ掛かりを覚えたのか首を傾げる。


「待って。どうして貴女(あなた)がそんなに苦しそうに、息絶え絶えで彼の事を呼ぶの?」


 その瞬間、愛斗(まなと)の手が再び月子(つきこ)の足下に伸びて来た。月子(つきこ)は軽やかなステップでこれを躱すと、そのまま愛斗(まなと)の背を踏み付けにして扉の方へ移動した。


「ぐはぁッ‼」

「苦しそうねえ。今のは何方(どちら)の悲鳴かしら?」


 月子(つきこ)は何かを察した様に、愛斗(まなと)憑子(つきこ)揶揄(からか)う。そんな彼女に対し、愛斗(まなと)は再び足を狙って手を伸ばした。案の定、月子(つきこ)に触れる事は叶わず、彼の手は再び扉を叩いただけだった。手の甲で一度、勢い余って上に()ねた手が落ちる際に掌でもう一度、計二回。


「やっぱり、随分回復が早いわ。いいえ、最初から真里(まり)君は傷付いていない様ね。」


 愛斗(まなと)から距離を取った月子(つきこ)が全てを確信して(あざけ)っていた。


真里(まり)君は知っているの、憑子(つきこ)貴女(あなた)が彼の負う筈だった傷を(ことごと)く肩代わりしているという事を。」


 月子(つきこ)の言葉に愛斗(まなと)瞠目(どうもく)した。今迄、戦いその他で受けた傷の治りが妙に速いと思ってはいた。(また)、昨夜見た夢の意味から、何となくそんな予感はしていた。だが(また)しても月子(つきこ)に看破され、言語化された事でそれは明々白々な事実となって愛斗(まなと)の心に焼き付いてしまった。


憑子(つきこ)會長(かいちょう)、やっぱりそうだったんですね?」

『意地の悪い女ね。言われなければ、真里(まり)君は今迄通りに……我が身を顧みずに……立ち向かえたでしょうに……。』


 憑子(つきこ)の言葉は粗々(ほぼほぼ)答え合わせだった。愛斗(まなと)は強い羞恥の感情に激しく襲われていた。

 体を張って守る。――女が男に対して可能な仕打ちの中で、最も効果的に屈辱を与える方法が在るとすれば、これだろう。男がそれに甘んじる事を自分に許す事が出来るとすれば、幼少期に親を筆頭に上の肉親にされた場合のみが例外として挙げられるくらいだ。

 ()してや、今の愛斗(まなと)の状況は、自分が惚れている女の一人にそれをされ、更にもう一人にそれを見抜かれて嘲笑われるという二重の恥辱であった。


「最初から……そうだったんですね? あの時、紫風呂(しぶろ)との争いで体育倉庫の窓硝子(ガラス)に飛び込んだ時から……。」

『まあ、そうね……。でも……気にする事は……無いわ。本来は……(わたし)がすべき事の……為に、(きみ)を無理矢理……利用させて貰っている……身だもの。元々……(きみ)が傷付く必要なんて……無かったのだから、(きみ)も……遠慮なく(わたし)という盾を……アドバンテージとして利用……しなさい。』


 憑子(つきこ)の苦しそうな様子に、愛斗(まなと)はとてもではないが彼女を気遣わずに戦う事など出来なくなっていた。(わだかま)りが在っても惚れた女、憧れの人であり到底冷酷に使い()てる訳には行かない。

 憑子(つきこ)自身、そんな愛斗(まなと)の想いは理解している。だからこそ、これまで隠し通してきたのだ。そしてそれは月子(つきこ)も同じであった。


「無理に決まっているじゃない。真里(まり)君は優しい子だもの。(わたし)に対してだって、殴ったり叩いたりはせずに唯優しく触れようとしているだけ。そんな男の子が、好きな女の子が自分の為に傷付く事を(いと)わない筈が無いわ。」


 月子(つきこ)()も愉快、といった調子で憑子(つきこ)を責める。


(うず)くわねえ。嗜虐(しぎゃく)(しん)がとっても……。」


 愛斗(まなと)は激しい怖気に襲われ、扉へと手を伸ばした。凄まじい嫌な予感から、今度は本当に逃げようと考えた。今直ぐにこの場から、月子(つきこ)から離れなければ。でなければ、(また)……。


「あら、逃げるの? そう来られると、食い止めざるを得ないじゃない、そうでしょう?」


 素早く扉の前に回り込んだ月子(つきこ)の足が愛斗(まなと)の頭を踏み付けた。愛斗(まなと)は丸で自動車の様な巨大な鉄の塊を頭の上に置かれた様な、そんな暴虐的な力強さを彼女の足から感じていた。

 それは決して比喩ではなく、当にそれ程の凄まじい強靭さで愛斗(まなと)の頭は踏み(にじ)られているのだ。そしてつまり、愛斗(まなと)月子(つきこ)の苛烈な仕打ちに耐えられるのには耐え難い理由が在る。


『あぐうううううっっ‼』

「あはは、辛そうねえ、憑子(つきこ)。ほら、態々(わざわざ)(わたし)の方から触れてあげてるんだから、早く作戦とやらを実行したらどうなの?」


 挑発する月子(つきこ)だが、当然そんな事は不可能だと承知の上である。

 愛斗(まなと)が本来負うべき損傷と苦痛は全て憑子(つきこ)が肩代わりしている。今迄そんな兆候を微塵も見せなかった憑子(つきこ)だが、月子(つきこ)の力が余りにも強過ぎるせいか耐え切れずに悲痛な絶叫を上げている。


「そんなに辛いなら、代わってあげるのを()めたら良いのに。」

會長(かいちょう)、止めてください! (ぼく)が受けますから‼」

真里(まり)君っ! 駄目! 真里(まり)君‼』

「そっか、無理な相談よねえ。だって実体が無い貴女(あなた)ならまだしも、真里(まり)君の頭が真面に(わたし)の力を受けたら割られた西瓜(すいか)みたいに潰れちゃうものね。どんなに辛く、苦しくても、貴女(あなた)が耐えるしかないのよねえ。」


 痛絶な悲鳴を上げる憑子(つきこ)、悦楽の嬌笑(きょうしょう)を上げる月子(つきこ)。二人の同じ声が悪夢の不協和音を奏で、部屋中に(こだま)させている。


「言っておくけれどね、真里(まり)君。いくら憑子(つきこ)に実体が無いとはいえこの(まま)ずっと許容量オーバーのダメージを肩代わりし続けるられると思ったら大間違いよ。彼女の命そのものは(きみ)の心臓と一体化した肉腫にあるのだからね。過剰な精神的負荷が掛かり続けると、その心臓の本体が耐え切れずに死んでしまうわ。」


 月子(つきこ)の脚に更なる力が入る。


『ああああああっ‼』

「ほらほら、頑張って耐えて、少しでも生き永らえないと。貴女(あなた)が死んだら、その瞬間に真里(まり)君の方に本来の損傷が行くわよ。真里(まり)君の可愛い御顔が跡形も無く踏み潰されちゃうわよ。」

真里(まり)君っ! 真里(まり)君っっ‼』


 愛斗(まなと)の頭から白い(もや)が噴き出した。何とか状況を打破しようと、憑子(つきこ)は苦痛の中で作戦を果たそうとしている。だがそんな苦し紛れの抵抗を嘲笑うかの様に、月子(つきこ)は足を一旦愛斗(まなと)の頭から離し、今度は何度も背中を踏み付けにする。


『がっ‼ ぐはぁッ‼』

「残念でした。ずっと足を乗せ続けてあげる、そんな義理が有る訳ないじゃない。さあ、何発耐えられるかしらねえ、憑子(つきこ)?」


 愛斗(まなと)に全く苦痛が無い、という訳ではない。踏み(にじ)られる感触、踏み付けられる感触は確かにある。だがそんなものは、月子(つきこ)が肩代わりしているそれに比べれば微々たるものなのだろう。


(このままじゃ……! 早く何とかしないと會長(かいちょう)が……‼)


 愛斗(まなと)は必死に扉へと手を伸ばした。空を()く手が二度、扉を叩く。


「あら、この期に及んで逃げようというの?」


 月子(つきこ)愛斗(まなと)の手を踏み付けた。


『うぐっ‼』

「まあ、自分の為に襤褸々々(ボロボロ)に傷付いていく愛しの憑子(つきこ)を護りたい気持ちは分かるのだけれどね。無駄な努力よ。だって、その気になれば簡単に殺せるもの。」


 憑子(つきこ)愛斗(まなと)の手に月子(つきこ)の足が乗っている間に再び白い(もや)を差し向け、肉体を一体にしようとする。月子(つきこ)はそれを態々(わざわざ)待った上で足を離すと、愛斗(まなと)の胴に蹴りを入れて彼の身体を転がした。


「うう……。會長(かいちょう)、大丈夫ですか?」

『余計な……心配はしなくて……良いのよ。勘違いして欲しくない……のだけれど、(わたし)は唯(きみ)に死なれると……(わたし)も一蓮托生で……困るから仕方無くこうして……いるだけなのよ。』


 (ようや)く責め苦から解放された憑子(つきこ)は声を(かす)れさせて強がる。その様子は姿が見えずとも充分に痛々しかった。

 愛斗(まなと)はどうにか起き上がると、よろめきながら窓の方へと陣取り体勢を立て直そうとする。


『これは元々……(わたし)の戦い……。紅く染まった狂気の月が……爛々(らんらん)と輝く邪悪な夜が……明ける様に……。新しい、(ついたち)の日が學園(がくえん)に……訪れる様に……。それが(わたし)の……為すべき事……! 一世一代の……大事業……‼』

會長(かいちょう)、解りましたから。大丈夫、後もう少しの辛抱です。」


 憑子(つきこ)を慰める愛斗(まなと)の言葉に月子(つきこ)は首を傾げた。


「後もう少し……?」


 月子(つきこ)はその意味を量りかねていた。それはつまり、愛斗(まなと)の考えが彼女の想像の外に有る、という事に他ならない。


『という事は、成果は出たのね?』

「ええ、何とか。だから後は……。」

「後は、何かしら?」


 不意に月子(つきこ)愛斗(まなと)の眼の前に現れた。散々痛めつけられた憑子(つきこ)は最早姉の速度に反応する所ではなかった。


「何を企んでいるのかは知らないけれど、充分愉しんだからそろそろ一思いに殺してあげようかしらね。」


 月子(つきこ)は手の指を揃えて腕を振り上げた。その白く細い指で愛斗(まなと)の身体を貫こうとしているのだと、二人には直ぐに分かった。

 月子(つきこ)が本気で殺しに来た、つまり万事休す。――そう思われた、その時だった。


真里(まり)君‼」


 窓が割れると同時に、一人の男が生徒會(せいとかい)(しつ)に飛び込んで来た。


聖護院(しょうごいん)先生⁉」

「メッセージは受け取った! 援けに来たぞ‼」


 突然現れた聖護院(しょうごいん)嘉久(よしひさ)に、月子(つきこ)は一瞬気を取られる。充分な隙だった。愛斗(まなと)は最後の力を振り絞り、月子(つきこ)に抱き着いた。


「は?」

會長(かいちょう)‼ 今です‼」


 愛斗(まなと)はその刹那を逃さなかった。というより、ずっとこの時を狙っていた。

 何度も何度も扉を叩いたのは、()ぐ外に辿り着くであろう聖護院(しょうごいん)に対する作戦のメッセージだった。扉を叩く回数で乱入の方法を指示する。二回叩いた場合はタイミングを見計らって窓から乱入する様にと打ち合わせてあった。メッセージを繰り返したのは、聖護院(しょうごいん)が扉の前に辿り着いて確実に伝わるのを待つ為。窓際に位置取ったのは、手を踏まれている時に(ようや)聖護院(しょうごいん)から返事が在ったため、作戦実行に備えていた。


「だから何だというの? 再び憑子(つきこ)(わたし)が一つになる? 『青い血』を分離する? (わたし)がそれを素直に許すとでも?」


 月子(つきこ)愛斗(まなと)の頭を鷲掴(わしづか)みにした。このまま握り潰してしまうつもりだ。だが、突如愛斗(まなと)の身体は白く激しく光り、憑子(つきこ)の眼を眩ませる。


「ぐっ‼ 憑子(つきこ)‼」

『許されまいが、何が何でもやるだけよ‼ 終わりよ、月子(つきこ)‼ 二つの學園(がくえん)に、古文書の迷信に、華藏(はなくら)家に巣食う悪魔! (もたら)した全ての厄災と共に去りなさい‼』


 凄まじい光が生徒會(せいとかい)(しつ)(ほとば)り、學園(がくえん)中を白く包み込んだ。

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