表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
殺戮學園逝徒會畸譚  作者: 坐久靈二
第四章 殺戮學園と一つの大事業
73/80

第七十三話 唯一の希望

『青血の神子』――餌共はあの個体をそう呼んだ。

 華藏(はなくら)學園(がくえん)、保健室。保険医の杉原(すぎはら)志子(しずこ)草臥(くたび)れ切った様子で椅子に深く腰掛けた。

 彼女とて、突然意に反して華藏(はなくら)學園(がくえん)に転移させられた内の一人だ。この莫迦(ばか)げた騒動に、生徒以外は殺害対象となっていない事は彼女にとって一先(ひとま)ず幸いだった。だがその代わり、事態を受け容れきれない(まま)に地獄の様な仕事量が彼女に圧し掛かったのは言う迄も無い。


「申し訳御座いません、杉原(すぎはら)先生。我々が至らない(ばか)りに、多くの怪我人の応急手当てを請け負って頂いて……。」


 竹之内(たけのうち)文乃(あやの)杉原(すぎはら)に深々と頭を下げた。『裏理事会』のメンバーである彼女は華藏(はなくら)學園(がくえん)の卒業生であり、在校中は剣道部員として何度か傷を負って世話になっている。


「いや、(わたし)が忙しくて済んでいるだけマシというものだろう。華藏(はなくら)會長(かいちょう)の突然の乱心に対し、(きみ)達は()く対応していると思うよ。『裏理事会』だったかな?」


 職責上、學園(がくえん)で起こる事故騒動に対応しなければならない彼女は、學園(がくえん)の裏で蠢く「何か」に対処する『裏理事会』なる組織の存在について、断片的に理事長から聞かされていた。


「とは言え、このままでは廊下が埋まってしまいますな……。」


 文乃(あやの)の父、竹之内(たけのうち)灰丸(はいまる)は手を腰に当てて溜息を吐いた。この騒動で出た怪我人が保健室のベッドに収まる筈が無く、廊下に寝かされるという対応を余儀なくされていた。線路の枕木の様に寝かされた怪我人達が(うめ)き声を上げる様は、(さなが)ら戦場の傷痍兵を彷彿とさせる地獄絵図の様相を呈していた。


文乃(あやの)、念の為もう一度見回りに行っておくれ。(わたし)此処(ここ)で彼等を待たねばならん。」

「承知しました。」


 文乃(あやの)は怪我をした生徒達を踏まない様に注意しながら廊下を駆けて行った。こうしている間にも、又假藏(かりぐら)生が華藏(はなくら)生を襲わないとも限らない。今、生徒達を護れるのは彼等『裏理事会』だけなのだ。しかも、父親の竹之内(たけのうち)翁には事態解決の為の大切な役目が有る。


()て、彼等は大丈夫でしょうか……。」


 待ち人達の安否を憂いる独り言に応える様に、彼のスマートフォンが鳴動した。


()()し?」

竹之内(たけのうち)先生、聖護院(しょうごいん)です。』

「おお! 其方(そちら)は無事解決したかね?」

『はい、どうにか。頑張ったのは(わたし)ではなく、生徒達の方ですが……。』


 聖護院(しょうごいん)嘉久(よしひさ)から入った吉報に、竹之内(たけのうち)の口角が僅かに上がった。假藏(かりぐら)學園(がくえん)で処刑されそうになっている仁観(ひとみ)嵐十郎(らんじゅうろう)の救出を終えたら連絡する様にと、竹之内(たけのうち)から聖護院(しょうごいん)に託けてあったのだ。


「その生徒達の様子はどうかね?」

『流石に仁観(ひとみ)君には休養が必要の様です。(しばら)く休ませてから、假藏(かりぐら)の協力者達に保健室へ連れて来て貰いましょう。他の二人、真里(まり)君と戸井(とい)さんはまだ動けると思います。しかし、戸井(とい)さんに関しても其方(そちら)で預かって頂くのが得策かと。』

「うむ。その為には、真里(まり)君も含めて全員で保健室を訪れて欲しい。そこで、(きみ)達に大事な話が有るのだ。この一件に(わたし)が見出した、唯一の希望についての話が……。」


 竹之内(たけのうち)の言葉に、電話越しの聖護院(しょうごいん)は驚いた様子だった。


()(かく)、御越しください。」

『解りました。』


 週末、彼の地へ戻った竹之内(たけのうち)の目的は真里(まり)愛斗(まなと)に追い込み稽古を付ける(ばか)りではなかった。彼は研究室に戻り、古文書に纏わる資料から華藏(はなくら)月子(つきこ)が手に入れた『青血の至高神』に対抗する術を見出そうとしたのだ。


「まあ、そのものに対してはどうしようも無い、という結論しか在りませんでした。『青血の至高神』は別名『絶対強者』と呼ばれる存在。今の我々の力で抗う術は無い。しかし……。」


 竹之内(たけのうち)翁の双眸(そうぼう)に鋭い光が宿る。それは絶望的にも思える闇の中、彼が見出した幽かな光が射し込むかの様だった。

 彼は戦う者の到着を今か今かと待ち侘びていた。




☾☾☾




 真里(まり)愛斗(まなと)憑子(つきこ)戸井(とい)宝乃(たからの)聖護院(しょうごいん)と共に假藏(かりぐら)學園(がくえん)から戻り、(ほこら)の山道から合宿所周辺へと抜けた。


竹之内(たけのうち)先生が保健室で待っているんですね?」

「ああ。真里(まり)君、(わたし)(きみ)に話が有るそうだ。」


 彼等の現在地から保健室迄はそう遠くない。そこで戸井(とい)を預け、華藏(はなくら)月子(つきこ)との最後の戦いへは愛斗(まなと)憑子(つきこ)聖護院(しょうごいん)のみで向かうという案に、愛斗(まなと)だけでなく戸井(とい)も異論は無かった。


「ま、流石にあれだけ足を引っ張っちゃ、一番大変な舞台には上がれないよね。(わたし)は大人しく『裏理事会』に護衛されつつ待ってるよ。」


 納得した戸井(とい)を預け、竹之内(たけのうち)翁に話を聞くべく愛斗(まなと)達は倒れている假藏(かりぐら)生の脇を抜けて保健室へ向かおうとする。操り人形にされていた假藏(かりぐら)生達は残らず聖護院(しょうごいん)()してしまったらしい。假藏(かりぐら)學園(がくえん)での最後の活躍といい、『裏理事会』の最高戦力だけあって聖護院(しょうごいん)が心強く思えた。


 しかし、そんな中一人の假藏(かりぐら)生が突如起き上がった。見覚えの有る、大柄な不良だった。


愛斗(まなと)くぅぅぅん‼」

「うわあ⁉」


 愛斗(まなと)は驚きの余り声を上げた。


「ゲッ‼ ゾンビ不良‼」

「まさか復活するとは‼」


 戸井(とい)聖護院(しょうごいん)も警戒の体勢を取る。しかし、彼が声を上げた理由は別の所に有った。結論から言うとこの男、紫風呂(しぶろ)来羽(くるは)は正気に戻っていたのだ。


「どういう事だ愛斗(まなと)君‼ 何故(くず)野郎の聖護院(しょうごいん)()るんでやがるんだああああ‼」

「あ、これ逆に面倒臭い奴だ……。」


 紫風呂(しぶろ)来羽(くるは)は両學園(がくえん)の融合から間も無く愛斗(まなと)と揉め、何故か愛斗(まなと)に惚れてしまった厄介な不良である。二年生でありながら頂点(テッペン)を獲る候補に挙げられたが、それ故に勢力を持っていた事に目を付けられ、基浪(もとなみ)(けい)砂社(すなやしろ)日和(ひより)に操られてしまった。以降、昏睡状態に陥っていた筈である。


 この状況、彼が一度聖護院(しょうごいん)に会っている事から生じた誤解である。愛斗(まなと)は覚醒剤事件で犯人だった国語教師・海山(みやま)富士雄(ふじお)を問い詰める際、我が身を護る為と証人の確保の為に紫風呂(しぶろ)に同行して貰った。その時、当時聖護院(しょうごいん)の体を乗っ取っていた『學園(がくえん)の悪魔』の所業を聞き、義憤を覚えていたのだ。


「どうしましょう……。」

『面倒だからもう一度眠って貰いなさい。』

「いや、ぶっちゃけ(ぼく)もそうしたいのは山々なんですが、流石に拙いでしょ……。」

『良いじゃない、どうせ悦ぶんだから。彼からしても本望でしょう。』


 相変わらず假藏(かりぐら)生には冷淡な憑子(つきこ)の態度だったが、気持ちの上では愛斗(まなと)も大差無かった。愛斗(まなと)紫風呂(しぶろ)の事がはっきりと苦手である。好意を向けられるのは大した問題ではないが、紫風呂(しぶろ)の場合はその形、性癖が酷く歪んでいるのである。


「まあ、()ぐには説明出来ないし、取り敢えず保健室まで一緒に来て貰ったら?」


 戸井(とい)の提案で、一先(ひとま)紫風呂(しぶろ)の扱いは保健室に辿り着く迄保留となった。道中、彼はずっと紫風呂(しぶろ)に対して番犬の様に唸り声を上げて威嚇し、愛斗(まなと)に制止されていた。




☾☾☾




 保健室に辿り着いた愛斗(まなと)達を杉原(すぎはら)竹之内(たけのうち)翁が出迎えた。文乃(あやの)は未だ戻って来ていない。

 一人、紫風呂(しぶろ)だけは假藏(かりぐら)學園(がくえん)の生徒であり、制服は似ているものの人相から立場は充分察せられるので、保健室や廊下で横になっている華藏(はなくら)生達は震え上がっていた。


「何か、やっぱり(おれ)は場違いな感じだな……。」


 自分に起きた事、今両學園(がくえん)に起こっている事を簡単に説明された紫風呂(しぶろ)は、周囲の反応の訳を理解した様で肩身が狭そうである。


「で、問題はそのイカレた華藏(はなくら)の生徒會長(かいちょう)をどうしようかって事だろ?」


 紫風呂(しぶろ)は拳と掌を打ち合わせ、闘志を見せていた。色々と気に入らない事が多かろうが、それは事情を知らぬが故の蛮勇だった。


「その通りなのですが、(きみ)では無理です。」

「何だと、(じじい)?」


 竹之内(たけのうち)翁に凄んだ紫風呂(しぶろ)だったが、視線に気圧されたのか()ぐに引き下がった。一方で竹之内(たけのうち)翁はこの機会を幸いにと愛斗(まなと)達に呼び出しを掛けた主題を話し始めた。


「誤解しないで頂きたいのは、紫風呂(しぶろ)君、(わたし)は何も(きみ)を低く見てそう言っているのではない、という事です。恐らくは誰がやっても、正攻法では今の華藏(はなくら)月子(つきこ)に勝つ手段は存在しません。」

「正攻法では、という事は、邪道で出し抜く方法は在るという事ですね?」


 聖護院(しょうごいん)が即座に竹之内(たけのうち)翁の言う大意を察した。竹之内(たけのうち)翁もそれを否定せず、話を続ける。


「彼女が手に入れた青い血、あれは先日話しました通り、『青血の至高神』と呼ばれる神代に()ける幻の神格が遺したものとされています。それがどの様な存在だったかというと、事跡を一つ挙げれば我々が今迄問題にし、一連の事件の元凶となった(ほこら)其処(そこ)(まつ)られている邪悪な神格を打ち負かした事が象徴的でしょう。つまり、我々が悪戦苦闘してきた相手というのは、『青血の至高神』にとっては取るに足らぬ格下の、その更に残滓(ざんし)に過ぎない。我々とは余りにも存在の次元が違い過ぎる。」


 だからこそ、華藏(はなくら)月子(つきこ)にとって(ほこら)の力は目晦(めくら)ましに過ぎなかった。『學園(がくえん)の悪魔』を自らの心から分離させ、偽りの目的を与えて『青い血』を得る迄の時間稼ぎに利用したのだ。今の彼女にとって、(ほこら)の力とはその程度のものに過ぎない。当然、それに対抗する為に身に着けた愛斗(まなと)達の力も。


「しかし、本来ならばそれ程迄に強大な存在の力を人の身で得る事など不可能なのです。第一、彼女は自らの血を全部入れ替えるという荒業を行っている。これは尋常ではない施術です。」

「確かに、どう考えても普通は死にますね。」

「というか、一度死んだのですよ。己の血を抜く、否、分離する為に。」

『分離……!』


 憑子(つきこ)が最も早く察した。


『つまり、華藏(はなくら)月子(つきこ)が現在行使する力は(ほこら)由来の物ではないけれど、それを手に入れた手段は(ほこら)を利用したものだと、そういう事ね?』

「はい。そしてその構造にこそ、我々に付け入ることが出来る唯一の隙が在るのです。『青血の至高神』の力を打倒する事は不可能。しかし、それを摂理に反して己と一体にした『(ほこら)の力』ならば、打倒することが出来る!」


 竹之内(たけのうち)翁はこの唯一の希望を力強く愛斗(まなと)達に訴えた。しかし、愛斗(まなと)聖護院(しょうごいん)も、(ほこら)の力を知らない戸井(とい)紫風呂(しぶろ)も首を傾げている。


「随分都合の良い話に聞こえますね。」


 愛斗(まなと)とて、都合の良い希望に縋りたい気持ちは有る。しかし、それで上手く行くのならば抑も華藏(はなくら)月子(つきこ)は『裏理事会』にとって何が脅威だというのだろう。勿論、そんな事は竹之内(たけのうち)翁自身百も承知である。


「当然、これは僅かな希望に過ぎません。真面に考えれば、存在位階の差が大き過ぎて『光の力』は華藏(はなくら)月子(つきこ)の中で『青い血』を繋ぎ止めている『(ほこら)の力』まで浸透しないでしょう、通常は。」

『通常?』

「そこでもう一つ、華藏(はなくら)月子(つきこ)と我々の間に横たわる特別な関係が重要になってくるのですよ。」

「そうか……。」


 憑子(つきこ)に続き、愛斗(まなと)竹之内(たけのうち)翁が言わんとしている事を理解し始めた。元々、それはほんの僅かな可能性として語られていた事だった。


「つまり、当初(ぼく)が『學園(がくえん)の悪魔』に対抗し得る切り札と目されていたのと同じく、(ぼく)華藏(はなくら)先輩の繋がりが効いてくるという訳ですね?」

「いいえ、少し違いますね。」


 竹之内(たけのうち)翁は言葉とは裏腹に愛斗(まなと)を指差した。


華藏(はなくら)月子(つきこ)が身に着けた(ほこら)の力の残滓(ざんし)は確かに(きみ)の中に未だ在るでしょう。しかし、それだけでは何の意味も無い。今回は『光の力』そのものが通用しないのです。普通のやり方ではね。」

「では、どのようなやり方で?」

(わたし)の考えが正しければ、華藏(はなくら)月子(つきこ)は『青い血』を『彼女の体』と一体化する為に『(ほこら)の力』を利用している。『彼女の体』というのが今回最大の鍵です。良いですか、よく聴いてください。」


 説明を聴いた者達は一様に瞠目(どうもく)した。それは確かに、華藏(はなくら)月子(つきこ)にとって宿命的な落とし穴だったに違いない。


『大きな賭けになるわね……。』


 憑子(つきこ)が唯一の希望を噛み締める様に呟いた。

 その時、丸で竹之内(たけのうち)翁の説明が済むのを待っていたかの様にスピーカーから校内放送のスイッチが入る音がした。


『高等部二年四組、真里(まり)愛斗(まなと)君。高等部二年四組、真里(まり)愛斗(まなと)君。至急、生徒會(せいとかい)(しつ)迄来なさい。繰り返します。高等部二年四組、真里(まり)愛斗(まなと)君。高等部二年四組、真里(まり)愛斗(まなと)君。至急、生徒會(せいとかい)(しつ)迄来なさい。』


 華藏(はなくら)憑子(つきこ)の声で直々に愛斗(まなと)へ呼び出しが掛けられたのだ。


「……御指名の様ですな。」

「ですね。生徒會(せいとかい)(しつ)ですか……。」


 愛斗(まなと)月子(つきこ)が最後の舞台に選んだ場所に思いを馳せる。確かに、決着を付ける上でこれ以上に相応しい場所は無いだろう。


「では、行って来ます!」

(わたし)も行こう。この件で、多くの人間に様々な形で借りがある。」


 愛斗(まなと)聖護院(しょうごいん)が保健室の入口に向けて踵を返した。


「じゃ、(おれ)假藏(かりぐら)の連中を止めに行くぜ。これも、愛斗(まなと)君の為だ。」


 紫風呂(しぶろ)愛斗(まなと)に向けてウインクした。動機や振る舞いはどうあれ、この申し出は素直に有り難い。


(わたし)此処(ここ)戸井(とい)さんや杉原(すぎはら)先生と待機し、娘の文乃(あやの)が帰ってきたら入れ替わり紫風呂(しぶろ)君に合流しましょう。さあ、最後の踏ん張り所ですよ!」


 愛斗(まなと)憑子(つきこ)聖護院(しょうごいん)と共に華藏(はなくら)月子(つきこ)が待つ最後の戦いの場、華藏(はなくら)學園(がくえん)生徒會(せいとかい)(しつ)へと向かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ