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殺戮學園逝徒會畸譚  作者: 坐久靈二
第四章 殺戮學園と一つの大事業
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第六十九話 錆びた釘

 (きみ)が咲かせる(まこと)の花は、さぞ美しいのだろう。是非、傍らで見てみたかった。


――西邑(にしむら)龍太郎(りょうたろう)・著『美醜の彼岸』より。

 華藏(はなくら)學園(がくえん)、銅像前の広場の状況は、一転して假藏(かりぐら)の不良達が悲鳴を上げながら逃げ惑っていた。華藏(はなくら)生達は一人の老紳士に誘導され、バス停に集められていた。


「高校生の不良なんて、所詮は世間に甘えた子供ですからね。本気になった大人の無法に敵う筈が無いんですよ。」


 老翁・竹之内(たけのうち)灰丸(はいまる)の視線の先では武装した不良達が暴走する自動車に追い回されていた。運転しているのは彼の娘・竹之内(たけのうち)文乃(あやの)であるが、このアイデア自体は父のものである。飄々(ひょうひょう)としつつも、目的の為には手段を択ばず思いも寄らない手で攻める老獪さが竹之内(たけのうち)灰丸(はいまる)には備わっている。


「しかし、此方(こちら)側の戦力は(わたし)達の他に聖護院(しょうごいん)先生だけですか……。真里(まり)君に何とか頑張って貰う外ありませんな。()もなくば……。」


 竹之内(たけのうち)は大きく溜息を吐いた。黒紫と白の(もや)が渦巻く空が學園(がくえん)に影を落とし、彼等の行く末を暗示している。


此処(ここ)へ来てしまった以上、敗ければ命は無いでしょう。そして、月子(つきこ)御嬢様が古文書の別冊に在る『青血の至高神』の力を得たとすると、()ず勝ち目は有りません。果て()て、一体如何(いかが)したものでしょうかね……。」


 彼は、誰よりも敵である月子(つきこ)が手に入れた力の脅威を正確に認識していた。


「いや、此処(ここ)へ来なくても同じでしょうな。彼女に、華藏(はなくら)學園(がくえん)に関わってしまった時点で我々の命に狙いが定まるのは時間の問題。生き残りたければ、絶対的な絶望に対して思いも寄らぬ起死回生の一打を決めるしかない。それを真里(まり)君か、『新月の御嬢様』が思い付いてくれるのか、将又(はたまた)、別の誰かが……。分の悪い賭けですが、必死に活路を探すしかありません。」


 竹之内(たけのうち)が見詰める先で、假藏(かりぐら)の不良達が武器を捨てて退散していく。一()ず、直近の危機から華藏(はなくら)生を護る事は叶った様だ。自動車はバス乗り場にゆっくりと旋回して来る。


文乃(あやの)。」


 運転席の窓を開けた娘に、父は次の指示を出す。


(わたし)はこれから、華藏(はなくら)の教室を見て回ります。其方(そちら)でも假藏(かりぐら)生に襲われていないとも限りませんからね。その間、お前はこの場の生徒達を護ってやってください。」

「了解しました。御父様(おとうさま)、どうか御気を付けて。」

「御互い様ですよ、文乃(あやの)。」


 竹之内(たけのうち)翁は華藏(はなくら)學園(がくえん)の校舎へと歩を進めた。



☾☾



 立ち入り禁止の山道は、入口から最奥の(ほこら)までそう長くない。よって、真里(まり)愛斗(まなと)戸井(とい)宝乃(たからの)憑子(つきこ)()ぐに假藏(かりぐら)學園(がくえん)へ乗り込めるものだと思っていた。

 だが、突然愛斗(まなと)の足は止まってしまった。戸井(とい)も、二人の眼の前に立ち塞がった者の姿を見て息を呑んだ。


「あぁ……。」


 愛斗(まなと)青褪(あおざ)めて後退(あとずさ)る。敵はたった一人、しかし、最も避けたかった相手だ。


西邑(にしむら)……‼」


 西邑(にしむら)龍太郎(りょうたろう)が本当に敵として立ちはだかる。――それは考えたくなかった事態だが、基浪(もとなみ)(けい)砂社(すなやしろ)日和(ひより)が操り人形として出て来た時点で当然想定すべきだったろう。

 黒紫の(もや)(まと)った西邑(にしむら)の死体は無言でゆっくりと近寄って来る。最早、その中には微塵も愛斗(まなと)の親友だった彼の意思は感じられず、唯その暴を愛斗(まなと)に向けようとしていた。


真里(まり)君、戦いなさい! まさか、西邑(にしむら)君に自分だった物が大事な友達を手に掛ける事を望むとでも?』


 憑子(つきこ)に言われる迄もない、そんな事は愛斗(まなと)も百も承知である。ただ、自分の中に芽生えた恐ろしい感情に足が(すく)んでしまっていた。


 愛斗(まなと)は御人好しである。(かつ)て自分を虐めていた(かつ)ての級友二人や、辛く当たっていた生徒會(せいとかい)の先輩二人に対しても、その死を悼み尊厳を思い遣る心の持ち主である。

 自分にとって好ましくない人物に対してすら、そうなのだ。そんな彼が、()し自分の大事な人物に同じ不幸が降り掛かった時、その痛みが耐え難いものになるのは判り切った事だった。


 西邑(にしむら)と過ごした何気ない日常、そんな中で見えた、西邑(にしむら)の表向き自分本位な性格と裏に潜んでいた優しさと義理堅さ、そして確かだった友情が愛斗(まなと)の記憶の中で激しく渦を巻く。

 胸を刺したのは鋭利で大きな刃物ではなく、無数の錆び付いた釘だった。傷口は悲しみから怒りと憎しみに変質していき、焼けるような痛みを心に訴え続ける。


 そうこうしている内に、西邑(にしむら)が間合いに入って殴り掛かって来た。拳の速度自体は基浪(もとなみ)の方が遥かに上だったが、体が強張っていた愛斗(まなと)(かわ)し切れずに頬を掠めてしまった。


「もう、何やってるの⁉」


 終いには戸井(とい)に腕を引かれ、距離を取って逃れる始末だ。


 愛斗(まなと)は、三週間前にもこの山道、(ほこら)の前で西邑(にしむら)に殴られた事を思い出した。だが今回はあの時とは違う。親友を思う心から咄嗟に出した不器用な拳ではなく、単に相手を害する為の雑な暴力だった。


西邑(にしむら)……‼」


 愛斗(まなと)の両目から涙が溢れ出した。しかし、同時に確りと真()西邑(にしむら)を見据えてもいた。


西邑(にしむら)、済まん。お前をこんな目に遭わせてしまった。お前を巻き込んだのは(ぼく)だ、(ぼく)のせいでお前は死んで、その上こんな尊厳を踏み躙られる様な……。)


 涙を拭うと、愛斗(まなと)西邑(にしむら)に向かって駆け出した。


「だから、(ぼく)はお前を解放しなければならない!」


 今度は愛斗(まなと)の方から西邑(にしむら)の間合いに入った。再び西邑(にしむら)の操られた雑な拳が愛斗(まなと)に襲い掛かるが、冷静になればその様な物は愛斗(まなと)に通じない。難無く攻撃を掻い潜り、鳩尾(みぞおち)に掌底を叩き込む。


「おおおおおおっっ‼」


 何発も、何発も。間断なく怒涛の連撃をぶつけるのは、一刻も早く親友の姿と敵対している事態を終わらせたかったからだ。もうこれ以上、一発たりとも親友の体に自分への暴力を振るわせたくなかったからだ。


真里(まり)君……。』


 連続して(ほとばし)る白い光は、愛斗(まなと)が激しく力を消耗している事を意味する。普段ならそれを無駄だと(たしな)めるであろう憑子(つきこ)だったが、今回に限っては何も言わなかった。西邑(にしむら)を利用した身で、それを言うのは(はばか)られたのだろう。


「これで終わりだ、西邑(にしむら)ァッッ‼」


 全てを吹っ切り様な叫びと共に、愛斗(まなと)は渾身の一撃を西邑(にしむら)に叩き込んだ。激しい白い光が辺りを包み込む。

 光が収まった時、西邑(にしむら)を覆っていた紫の(もや)は綺麗さっぱり消え去っていた。愛斗(まなと)は肩で息をしながら、倒れ伏す親友の屍を見下ろしていた。


『終わったわね。』

「ええ。御心配をお掛けしました。行きましょう。」


 愛斗(まなと)は一つ深呼吸すると、(ほこら)へ向けて歩を進めた。彼の後に、戸井(とい)西邑(にしむら)に一瞬目を遣りつつ続いた。




☾☾☾




 假藏(かりぐら)學園(がくえん)、高等部三年の校舎の屋上で、仁観(ひとみ)嵐十郎(らんじゅうろう)がフェンスに括り付けられていた。いつものばっちりと決めた女装は髪が散り、服は其処彼処(そこかしこ)が破れ、化粧も具捨々々(グシャグシャ)に乱れた無残な姿を晒している。

 そんな彼に、屋上で刃を突き付けているのは『弥勒狭野(ミロクサーヌ)』のナンバー2、假藏(かりぐら)學園(がくえん)生徒(せいと)會長(かいちょう)(くろがね)自由(みゆ)だ。


「どいつもこいつも……みっともねえ奴等(ばか)りよくこれだけ集まるよなァ、假藏(かりぐら)って所はよ……。」


 仁観(ひとみ)は不良達が集まる校庭を見下ろし、弱々しい声で吐き棄てる様に呟いた。下で仁観(ひとみ)に好奇の視線を向けている者達は必ずしも『弥勒狭野(ミロクサーヌ)』の下端(ばか)りではないが、一様に彼と張り合うには程遠い有象無象である。


「それだけてめえは男にモテるって事だよ。クク、良かったじゃねえか仁観(ひとみ)ィ。」

「だから(おれ)は男に興味はねえし、自分を女だとも思っちゃいねえよ。何度言っても通じねえのは頭悪いからか?」


 (くろがね)は額に青筋を浮かべ、仁観(ひとみ)の頬にトレンチナイフを突き立てた。刃が肉を抉る様に捻られ、苦痛に歪む顔から血が口紅と混ざり合い顎を伝って滴り落ちる。


「格好の割に可愛げがねえのは変わらねえなァ! 爆岡(はぜおか)君に無様な完全敗北を喫したんだから、一層の事、(おれ)達の(イロ)にして貰える様に媚びを売った方が愉快なんだがなァ!」

「何だそりゃ、頭ン中ピンクのハートマークで一杯にして鼻の下伸ばしながら喧嘩してんのか? 莫迦(ばか)な上に変態かよ。熟々(つくづく)、救えねえ奴等だなおい。」


 仁観(ひとみ)は血の塊を足下に吐き棄てた。彼の眼は今も死んでおらず、決して屈服してはいない。しかし、ならば自信を磔にする拘束を解く事も、この場に居る(くろがね)を伸す事も、彼にとって容易(たやす)い筈である。


仁観(ひとみ)よう、口先だけで強がってねえで、この場で第二ラウンドをおっ始めても全然構わねえんだぜ? ま、その時は爆岡(はぜおか)君が下のあいつらをどうするか、分かったもんじゃねえけどな!」


 そう、校庭で彼等を見上げているのは何も仁観(ひとみ)と敵対する者達だけではない。爆岡(はぜおか)義裕(よしひろ)の太い腕、節榑立(ふしくれだ)った両手に髪を(つか)まれて(すわ)らされているのは、假藏(かりぐら)學園(がくえん)の中でも『弥勒狭野(ミロクサーヌ)』に敵対的な二人の男女、相津(あいづ)諭鬼夫(ゆきお)将屋(しょうや)杏樹(あんじゅ)だった。


「情けねえ野郎だな。爆岡(はぜおか)にやられて襤褸々々(ボロボロ)(おれ)がそんなに怖えのか? だったらこんなつまんねえ見せしめなんか止めといた方が賢いんじゃねえの? (おれ)があいつらを見棄てる選択をした瞬間にてめえの命はねえんだぜ?」

「それが出来る様な男なら最初から(おれ)達と張り合っちゃいねえよ、てめえは。少しでも関わりの有る奴を放っておけねえから、元華藏(はなくら)の餓鬼共の為に(おれ)達『弥勒狭野(ミロクサーヌ)』に喧嘩を売ったのがてめえだ。」

「……驚いたな、珍しく頭が回るじゃねえか。」

(もっと)も、ギャラリーも充分集まった事だし、そろそろ晒し物から処刑に移るとするがな。」


 (くろがね)はトレンチナイフで仁観(ひとみ)をフェンスに括り付けていた有刺鉄線を切った。


「良いのか? 自由にしちまって。」

「言ったろ? てめえは(おれ)に手を出せやしねえよ。それに、縛った(まま)じゃ落とせねえからな。」


 風が不安定な足場に立つ仁観(ひとみ)に容赦なく吹き付ける。破れたスカートが煽られて派手な下着が見え隠れしているが、仁観(ひとみ)は特に羞恥心を見せずに冷めた眼で遥か下の校庭を見下ろしている。


「屋上から落ちたくらいじゃ死なねえよ、(おれ)は。」

「ああ、そんな事くらい解ってるぜ。だから手下共を集めたんだよ。おい、お前等‼」


 (くろがね)の呼び掛けで、丁度仁観(ひとみ)の真下に待ち構えていた数名の不良達がポリタンクの蓋を開け、足下に無色透明の液体を撒き始めた。


仁観(ひとみ)、アレが何だか解るか?」

「さあ? 悪趣味な連中のすることは理解したくもねえからな。」

「バッテリー液さ。それも、一旦理科室でビーカーに移して、丸二日掛けて水分を飛ばしてある。これがどういう意味か解るな、御賢い仁観(ひとみ)君よぅ?」


 仁観(ひとみ)は初めて顔を蒼くした。バッテリー液、即ち三十パーセント前後に希釈された硫酸は揮発しない為、解放状態で放置すると水分だけが蒸発してどんどん濃度が上がる。(くろがね)の企みとは、この危険な硫酸溜まりの真上に仁観(ひとみ)を突き墜とす事なのだ。


「さあ! その綺麗な顔も愈々(いよいよ)見納めだなァ‼ まあ安心しろよ、精々が、体中焼け(ただ)れて悶え苦しむだけだ! 後遺症が残る前に、爆岡(はぜおか)君が(しっか)り止めを刺してくれるってよ‼」


 (くろがね)はフェンスを激しく揺らして()じ登り、仁観(ひとみ)と同じ外側へ降り立った。そして仁観(ひとみ)の肩を掴むと、脅す様に大袈裟な動きで彼の体を揺さ振る。


「思えば(おれ)はずっとこの瞬間を待っていた! 仁観(ひとみ)、てめえに地獄の苦しみを味わわせ、この(おれ)に逆らった事を後悔させて、ぶっ殺す時をなァ‼ 結局、莫迦(ばか)だったのは華藏(はなくら)で大人しく唯の変態音楽家をやらず、假藏(かりぐら)に余計な手出しをしたてめえの方だった訳だ‼」


 (くろがね)の腕が勢い良く伸ばされ、仁観(ひとみ)は足場を踏み外した。世界が崩れ落ちる様に、彼の身体は宙空へと投げ出されて破滅へ向かっていく。


 が、仁観(ひとみ)は硫酸溜まりの上には落ちなかった。何者かが空中でキャッチし、液面を跳び越えて着地したのだ。


「な、何ィ?」

「ほう……。」


 (くろがね)は想定外の事態に片目を強張らせて不快感を示したが、爆岡(はぜおか)は冷静に相津(あいづ)将屋(しょうや)を突き飛ばして一歩前へ出た。彼だけは、この場に乱入した少年の事を何も知らない。


「小僧、てめえ何者だ?」

華藏(はなくら)學園(がくえん)生徒會(せいとかい)書記・真里(まり)愛斗(まなと)だ。」


 愛斗(まなと)仁観(ひとみ)を優しく乾いた床へ寝かせ、向かって来る爆岡(はぜおか)と向き合った。


愛斗(まなと)君、駄目だ! そいつだけは……!」


 仁観(ひとみ)愛斗(まなと)のズボンの裾を掴んで止めようとする。愛斗(まなと)も自分に向かって来る男の恐ろしさは肌で強く感じていた。


「あいつは……何者なんだ?」

「『弥勒狭野(ミロクサーヌ)』の頭張ってる爆岡(はぜおか)義裕(よしひろ)だ、愛斗(まなと)君。あいつは(おれ)以上に強え。とてもじゃねえが愛斗(まなと)君の勝てる相手じゃねえんだよ。」


 あの仁観(ひとみ)が「自分よりも強い」と断言する相手。――それだけで愛斗(まなと)は事の重大性を理解した。その爆岡(はぜおか)が紫の(もや)を、闇の力を纏っている。これは只ならぬ脅威であり、何としても止めなくては()ぐに華藏(はなくら)學園(がくえん)に迄邪悪な累が及ぶ。


「だからと言って、退く訳には行きませんよ。」

『当然ね。それに、この男に勝てなければあの女は言うに及ばず。』


 憑子(つきこ)愛斗(まなと)に逃げる事を許さない。仁観(ひとみ)が傷付いた表情を曇らせる中、勝機の薄い戦いの前座が勃発しようとしていた。

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