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殺戮學園逝徒會畸譚  作者: 坐久靈二
第四章 殺戮學園と一つの大事業
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第六十七話 殺人祭典

 最も身近で、最も絶対的な非日常こそが死です。であるから、死は面白い。とりわけ、華々しく絢爛(けんらん)な死は見応えがある。その最たるものこそが、殺し合いでしょう。


――旭冥(あさくら)(さくら)著『美しき月の夜宴』より。

 竹之内(たけのうち)灰丸(はいまる)文乃(あやの)父娘は護衛対象の真里(まり)愛斗(まなと)達とは逆に、彼等の地元へ遠出してホテルを取っていた。二人もまた、異変に気付いて朝早くから叩き起こされた。


御父様(おとうさま)‼」


 文乃(あやの)が激しく父の部屋の扉を叩いた。


一寸(ちょっと)待っとくれ、急いで準備するから。」


 父が言う準備とは、人前に出る上での最低限の身嗜(みだしな)みである。彼は(もっぱ)ら、普段は上下共に下着だけで過ごしているから、そのままでホテルの廊下に出れば変質者となってしまう。

 文乃(あやの)もそういう父のだらしなさは百も承知なので、この返答の後で無理に急かそうとはしなかった。どうせ無駄だからだ。


 少しの間を置き、明らかに慌てて服を着たと丸分かりの装いで竹之内(たけのうち)翁が部屋から出て来た。


華藏(はなくら)學園(がくえん)で強大な闇の力が行使されたようだね。」

「ええ。それに、戸井(とい)さんと連絡が取れません。」

(わたし)真里(まり)君に連絡を試みているのだが……。まあ、まだ寝ている可能性も無いではない。」

「しかし、楽観的に考えてもいられないでしょう。」


 二人はエレベーターに乗り、一階のロビーへと向かう。


御父様(おとうさま)、車は(わたし)が運転します。直ぐに華藏(はなくら)學園(がくえん)へ向かいましょう。」

「勿論だ。」


 二人も(また)、紫の闇と暴力的な青に支配された華藏(はなくら)學園(がくえん)へと急いだ。




☾☾☾




 華藏(はなくら)學園(がくえん)華藏(はなくら)鬼三郎(きさぶろう)像前。

 愛斗(まなと)の他にも大勢の華藏(はなくら)生が困惑を深める中、校内放送の音声で華藏(はなくら)月子(つきこ)の声が響き渡る。


『おはようございます、栄えある華藏(はなくら)學園(がくえん)生の皆さん。生徒(せいと)會長(かいちょう)華藏(はなくら)月子(つきこ)です。十二日振りでしょうか、皆さんがこうして再び學園(がくえん)へ集う日が訪れた事、心より御慶(およろこ)び申し上げますわ。』


 愛斗(まなと)の周囲にどよめきが起こった。此処(ここ)に居る殆どの人間は、訳も分からず強制的に今の場所へ転移させられたのだ。さも休校明けに登校したかの様に語る月子(つきこ)の声に対して違和感は禁じ得ないだろう。

 (もっと)も、月子(つきこ)がその様な事に構うのなら、最初からこの様な行為に等及んでいない。壇上でスピーチをする様に、彼女は話を続けるのみである。


()て、この度の休校措置は、授業日数にすると八日間に及びました。この間、失われた皆さんの授業日数をどうすべきか、(わたし)生徒(せいと)會長(かいちょう)として、そして學園(がくえん)の経営者として考えていました。この學園(がくえん)の不手際を、如何(いか)にして埋め合わせるか……。』

『よく言うわね。(そもそ)も自分が起こした陰謀が原因の癖して……。』


 憑子(つきこ)は姉の言い草に怒りを露わにする。愛斗(まなと)は、月子(つきこ)が何を言い出すのか、それを思うと不安と緊張を拭い得なかった。


『妥当な手段としては補習、という事が考えられるでしょう。しかし、皆さんの(とが)ではない事で貴重な課外活動の時間を削るのも(いささ)か罰の悪さを感じます。そこで思い出したのが、今華藏(はなくら)學園(がくえん)が置かれている状況です。』


 空に紫の暗雲が立ち込める。それは本来の華藏(はなくら)學園(がくえん)には無い建屋、假藏(かりぐら)學園(がくえん)の生徒寮から流れてきている。奇しくもその近辺は、立ち入り禁止の山道、即ち例の(ほこら)の在る場所だ。


『皆さん、學園(がくえん)の敷地の奥に、普段は立ち入り禁止となっている山道が有るのは御存じでしょうか。現在、そこは当學園(がくえん)の姉妹校・假藏(かりぐら)學園(がくえん)へと通じてしまっています。また、皆さんの教室も假藏(かりぐら)學園(がくえん)の教室と融合してしまっている。今更ですが、これは由々しき事態です。将来有望な華藏(はなくら)生と比較して、假藏(かりぐら)生は御世辞にも釣り合う価値が有るとは言えません。』

「一体、何が言いたいんだ? 何をしようとしているんだ?」


 周囲の華藏(はなくら)生達は互いの顔を見合わせて、要領を得ないといった振る舞いをしている。概ね、愛斗(まなと)と同じ感想を抱いている様だ。


假藏(かりぐら)學園(がくえん)の生徒は身内で御山の大将の座を獲り合う事に(かま)け、(おおよ)そ中高生に有るまじき荒んだ日常を送っています。即ち、彼等は(わたし)華藏(はなくら)生と違い、卒業の為の単位を必要としていない。ならば、彼等の単位を取り上げ、華藏(はなくら)生に振り分ければ良いのです。』

『何を訳の解らない事を言っているのかしら、あの女は。』


 月子(つきこ)の意図が読み取れない事に不安を覚えている愛斗(まなと)、苛立っている憑子(つきこ)。何れにせよ、この放送の目的は未だ何一つ見えていない。

 だがそれは少しずつ、身の毛の弥立(よだ)つ様な全容を表し始める。


『出来る訳が無い、と御思いですか? しかし、薄々知っている人も居るのではないでしょうか。この學園(がくえん)()いて、(わたし)にはそれくらいの権力が有るのですよ。例えば二つの學園(がくえん)の生徒の所属を入れ替える、とかね。』

「所属を入れ替える……假藏(かりぐら)送りの事か……!」

『これまで、華藏(はなくら)學園(がくえん)生に有るまじき不逞を働いた生徒は何人か假藏(かりぐら)學園(がくえん)に移って貰っています。単位くらいはどうとでもなる。丁度ゲームで運営側に不手際が有った場合に送られるお詫びの様なものです。しかし、それだけでは余りにも假藏(かりぐら)生を蔑ろにし過ぎているのも事実。そこで、彼等にもチャンスを与えます。』


 ふと、愛斗(まなと)は背筋に悪寒を覚えて周囲に目を遣った。華藏(はなくら)生達は一応に怯えた表情を浮かべている。それもその筈、彼等の外側を取り囲むように、假藏(かりぐら)學園(がくえん)の不良達が獲物を借る獣の如く屯していたのだ。


假藏(かりぐら)生には、籍の空いた華藏(はなくら)生と入れ替わりで此方(こちら)學園(がくえん)の生徒として扱い、大学への特待生待遇と彼等にとって望ましい力を与えます。華藏(はなくら)學園(がくえん)生は、そんな假藏(かりぐら)生の蛮行から級友を護って下さい。籍の空いた假藏(かりぐら)生の単位を与えましょう。互いの學園(がくえん)の籍を空ける……。即ち、華藏(はなくら)學園(がくえん)假藏(かりぐら)學園(がくえん)、両者対抗の殺し合い似て互いの望むものを奪い合って頂きます。』


 人波に困惑と混乱の喧騒が拡がっていく。


會長(かいちょう)、何を言っているんだ?」

「意味が解らない、莫迦(ばか)げている!」

「殺し合いなんて、やれと言われてハイ解りましたとやる訳が無い!」


 華藏(はなくら)生は常識的な反応をしている。しかし、忘れてはならないのが、假藏(かりぐら)生の存在である。華藏(はなくら)生を取り囲む彼等の雰囲気は、明らかに異常だ。


(くろがね)君が言ってたぜ。こっちの會長(かいちょう)に貰える力ってのは凄まじいってな。」

()しかしたら、今迄遠くで眺めているだけだった頂点(テッペン)争いに(おれ)だって一枚噛めるかもしれねえ!」

「その上、假藏(かりぐら)から華藏(はなくら)に移れれば人生逆転も夢じゃねえ!」


 どうやら彼等は彼等で別に假藏(かりぐら)生徒(せいと)會長(かいちょう)(くろがね)自由から何か良からぬ事を吹き込まれているらしい。となれば、華藏(はなくら)生にその気は無くても彼等が暴動、殺し合いの火蓋を切る事は充分考えられる。

 最悪の緊張が華藏(はなくら)生達の間で奔り抜け、共有される。状況の非現実性から月子(つきこ)の放送を本気にしていなかった生徒達も、假藏(かりぐら)生の殺気に中てられて次第に表情を曇らせていく。


 おまけに、月子(つきこ)が出した条件では假藏(かりぐら)生同士が争わない様になっている。これが華藏(はなくら)生にとって、この浮遊感に満ちた夢想的現実を悪夢へと決定的に変えてしまう。


「おい、得物持ってきたぜ皆‼」


 一人の假藏(かりぐら)生が金属バットを何本か持って来た。狂気を加速させる武器供給である。


「おお、サンキュ! 何処(どこ)から持って来たよ?」

「体育用具倉庫さ。まだまだ在るからお前等も取りに行けよ。」


 愛斗(まなと)は背筋が凍り付く想いに駆られた。二つの學園(がくえん)が融合した(ばか)りの頃、紫風呂(しぶろ)来羽(くるは)を体育用具倉庫の中に在ったバーベルのバーを使って撃退した事があった。あの時は華藏(はなくら)生の愛斗(まなと)の方に學園(がくえん)の土地勘が有ったが、一週間以上の融合状態で喧嘩に使える得物の所在を把握している假藏(かりぐら)生も出て来たという事だ。


「お、おい……冗談だろ?」

「こんな事で人殺しなんていくら何でも荒唐無稽(こうとうむけい)過ぎるだろ。」

「お前等、冷静になってくれよ……。」


 次々と狂気を携え、躙々と迫って来る假藏(かりぐら)生達が華藏(はなくら)生を取り囲む円を狭めていく。華藏(はなくら)生達は中央に追い詰められ、愛斗(まなと)も身動きが取れなくなっていく。

 最後に、追い打ちを掛ける様に月子(つきこ)は一言付け加える。


(ちな)みに、假藏(かりぐら)學園(がくえん)では彼方の生徒(せいと)會長(かいちょう)が既に動いているわ。厄介な問題児の籍が今にも空きそうだから、華藏(はなくら)生の皆はこれ以上仲間が欠けない様に頑張って頂戴ね。それじゃあ、健闘を祈っているわよ。』


 月子(つきこ)の言葉に嫌な予感を覚えた愛斗(まなと)は、低い背を懸命に伸ばして周囲を見渡す。この状況で、真っ先に剛腕を振るうであろう男の気配が無い。


仁観(ひとみ)先輩は?」

(まず)いわね、色々と……。』


 憑子(つきこ)が焦りを溢した理由は主に二つ有り、愛斗(まなと)(おおむ)ね同じ心境である。一つは、仁観(ひとみ)嵐十郎(らんじゅうろう)の不在が月子(つきこ)の言う消滅間近である一つの華藏(はなくら)學園(がくえん)籍そのものである可能性が濃厚だという事、そしてもう一つは、余りに大勢の人波に愛斗(まなと)の動きが(いちじる)しく制約されてしまっているという事だ。


仁観(ひとみ)君ともあろう者が、一体何をしているのかしら……?』

「何にせよ、この人混みを抜け出さないと何も出来ませんよ。」


 不安と恐怖に染まった華藏(はなくら)生が敷き詰められた状態で少しでも後ろに下がろうとしており、このままでは動けない(ばか)りか何かの拍子に将棋倒しとなってしまう可能性すらある。愛斗(まなと)は小さい体を生かし、どうにか人並みの隙間を縫おうとする。


真里(まり)‼」


 彼がしようとしていた様に、小柄な少女が愛斗(まなと)の前に人混みを掻き分けて現れた。


戸井(とい)‼」

先刻(さっき)假藏(かりぐら)生が話しているのを聞いたよ! 仁観(ひとみ)先輩、(くろがね)達に捕まっちゃってるって! これから『弥勒狭野(ミロクサーヌ)』の手で公開処刑するんだって‼」

『やっぱりそうなのね。全く、どういう事なのよ……。』


 戸井(とい)宝乃(たからの)(もたら)した情報は危機的な物だったが、同時に愛斗(まなと)に一つの行動指針を決めさせた。


「公開処刑って事は、この状況だと仁観(ひとみ)先輩は假藏(かりぐら)學園(がくえん)側の目立つ場所に居るって事だな。」

「間違い無いと思う。でも、假藏(かりぐら)生が言うにはとんでもなくヤバいっていう『弥勒狭野(ミロクサーヌ)』の頭が戻って来たらしいよ。仁観(ひとみ)先輩、その人に負けちゃったんだって。」

『情けないわね。化物染みた強さだけが取り柄の癖に。』

會長(かいちょう)。あの人音楽業界の世界的有名人で特待生だった筈では?」


 憑子(つきこ)の苦言に思わず突っ込みを入れた愛斗(まなと)だったが、こういう漫才をやっている場合ではない。


一寸(ちょっと)、二人とも何やってるの?」

「あ、そうだね御免。何にせよ、早く仁観(ひとみ)先輩を助け出さないと……。こんな状況、あの人じゃなきゃどうにも出来ない。」


 三人の考えは粗々同じだ。順序として、先ず仁観(ひとみ)を救出する。そして彼の協力を仰ぎ、假藏(かりぐら)生の蛮行を抑えなければならない。

 と、その時少し離れた所で男の悲鳴が上がった。


「な⁉ どうしたんだ? 誰がやられた? 大丈夫か?」


 愛斗(まなと)がもたついている間に、乱闘が始まってしまった。假藏(かりぐら)生が武器を持っている事を鑑みると、殺し合いに発展するのは時間の問題だろう。愛斗(まなと)は一つの決意を固めた。


「皆! 僕は今から假藏(かりぐら)に乗り込んで仁観(ひとみ)先輩を連れて来る‼ あの人なら屹度(きっと)何とかしてくれるから! それまで、どうにか持ち堪えてくれ‼」


 彼の狙いは、不安で一杯になっているであろう華藏(はなくら)生に希望を見せ、団結して貰う事だった。愛斗(まなと)は同窓生達に一定の信頼を寄せている。初めて學園(がくえん)が融合した時も、愛斗(まなと)の級友達はそうやって各々の役割を果たし、危機を乗り越えようとした。華藏(はなくら)生にはそういう土壇場の底力が有る筈だ。


仁観(ひとみ)先輩‼ 確かに、あの人さえ来れば‼」

「唯でやられて(たま)るかよ‼ 假藏(かりぐら)が何だってんだ‼」

「体育会系男子! 女子を護るぞ‼」


 愛斗(まなと)の見込みは正しかった。


『流石は(わたし)の同窓生達ね。生徒(せいと)會長(かいちょう)として鼻が高いわ。』


 憑子(つきこ)も誇らしげに喜んでいる。


真里(まり)(わたし)も行くよ! 情報が正しいか確かめたいし、それに一人じゃ出来ない事も在るかも知れないから!」

「有難う、戸井(とい)! でも、無理はするなよ!」

真里(まり)こそ!」


 愛斗(まなと)憑子(つきこ)は喧騒を抜け出し、學園(がくえん)の敷地の奥へと駆けていく。小柄な二人の獲物を逃すまいと追い掛けようとする假藏(かりぐら)生も居たが、屈強な華藏(はなくら)の運動部がタックルで止めていた。


「行かせるかよ! あの生徒會(せいとかい)役員は(おれ)達の希望だ!」

生餓鬼(ナマガキ)が、調子に乗ってんじゃねえ‼」


 幸いな事に、この假藏(かりぐら)生は未だ武器を持っていなかったので、運動部員に抑え込まれてしまえばもう何も出来なかった。愛斗(まなと)は内心で礼を言いつつ、禁域の山道へと急ぐ。


「教室じゃ駄目かな?」

「あの場に居た假藏(かりぐら)生はほんの一部だ。教室に居る可能性も有る。となると、机や椅子は充分な凶器だ。山道の(ほこら)を使った方がまだ安全だと思う。」


 とは言え、危険は他にも潜んでいる。特に、体育倉庫前を通る時は武器を調達しに来た假藏(かりぐら)生に見付からない様に慎重に通り過ぎなければならない。


 愛斗(まなと)戸井(とい)はどうにか二つの合宿場まで辿り着いた。此処(ここ)まで来ればもう(ほこら)は目と鼻の先だ。

 しかし、其処(そこ)には月子(つきこ)が差し向けたであろう、恐るべき、そして忌むべき刺客が待ち構えていた。


基浪(もとなみ)先輩、砂社(すなやしろ)先輩……? どうして?」

『あの女め、(また)蘇生させた様ね。』


 悍ましい所業の証が、愛斗(まなと)達の眼の前に立ち塞がった。

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