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殺戮學園逝徒會畸譚  作者: 坐久靈二
第四章 殺戮學園と一つの大事業

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第六十五話 邪悪の週末

 叫んだのは心を殺したかったから。

 狂ったのは心が揺るがなかったから。


――音楽家・仁観(ひとみ)嵐十郎(らんじゅうろう)

 土曜日、最後の戦いに向けて絶望的な準備を進める真里(まり)愛斗(まなと)達から置いて行かれた者達には、別の危機が訪れていた。


 先ず、午前中には『裏理事会』の二人、鹿目(かなめ)理恵(りえ)旭冥(あさくら)(さくら)こと朝倉(あさくら)桜歌(おうか)が殺害された。

 鹿目(かなめ)は『闇の逝徒會(せいとかい)』の(くろがね)自由(みゆ)から被った負傷が癒え切らないまま、療養の隙を狙われた。遺体には殺害とは別に凄惨な暴行が死後加えられた形跡が在り、その残虐性、猟奇性が警察を震撼させた。

 朝倉(あさくら)は、此方(こちら)此方(こちら)で別の怪我から恢復(かいふく)していない仁観(ひとみ)嵐十郎(らんじゅうろう)の護衛任務中に戦死した。つまりそれは、彼女が傍に付いていた仁観(ひとみ)にも魔の手が及んでいる事を意味していた。


「はぁ……はぁ……!」


 病院の駐車場、窓から落下した仁観(ひとみ)はアスファルトの上で震えながら起き上がろうとしていた。


(くそ)……! この状況であいつまで起きて来やがるとは、流石に参るな……。」


 仁観(ひとみ)が弱音を吐くというのは如何(いか)にも珍しい。それだけ、割れた窓から彼を見下ろす男の参加は脅威だった。


「ククク、良い様だなあ!」


 どうにか立ち上がった仁観(ひとみ)の背後から、もう一人別の男が接近して来た。振り向いた瞬間、ナックルダスターを装着した拳が彼の顔面に炸裂する。


「ガッ……‼」


 仁観(ひとみ)嵐十郎(らんじゅうろう)(くろがね)自由(みゆ)にあっさりと殴り倒される、これも珍しい光景である。それだけ彼の怪我が深刻だという事だが、それでも(くろがね)の存在自体は仁観(ひとみ)にとってそれ程脅威ではなかった。


「相変わらず臆病な事だな、(くろがね)。怪我人の(おれ)が二人掛かりで挑むほど恐ろしいのか?」

「てめえはてめえでこの状況でよく強がりが言えるもんだ。あそこに居るのだ誰だか、それがどれだけ絶望的な事か、流石のてめえも解るよなァ?」


 (くろがね)が親指で病室の窓を指すと同時に、巨漢が仁観(ひとみ)を追う様にそこから跳び下りた。否、追う様に、ではなく、追い打ちだった。男が着地点に選んだのは仁観(ひとみ)の真上だったのだ。


「ぐあああああッッ‼」


 上階から巨漢に激しく踏み付けられ、仁観(ひとみ)は絶叫と共に転げ回った。着地と同時に、男は膝を伸ばす勢いを付けて仁観(ひとみ)に足裏を打ち付けたのだ。仁観(ひとみ)が悶絶したのは、それだけこの男の脚力が凄まじかったからに他ならない。


(はぜ)……(おか)ァッ……‼ 随分長い御寝んねだったなぁ……。療養生活は楽しかったかよ?」


 巨漢・爆岡(はぜおか)義裕(よしひろ)は己の暴力性を誇示し、撒き散らす様に肩で風を切って、倒れ伏す仁観(ひとみ)に向けて歩を進める。仁観(ひとみ)は再び起き上がって状況を立て直そうとするが、間に合わずその前に長い髪を鷲掴みにされて無理矢理立たされる。


仁観(ひとみ)、勘違いしている様だな。元々(おれ)とてめえは(ちまた)で言われている程互角じゃねえ。假藏(かりぐら)でこの(おれ)を差し置いて頂点(テッペン)を獲れるつもりでいる餓鬼共もてめえも、(おれ)に言わせりゃ皆赤ん坊も同然。次元が違うんだよ、全然なァ……‼」


 爆岡(はぜおか)の巨拳が何度も、何度も仁観(ひとみ)の顔面に、腹に突き刺さる。その度に仁観(ひとみ)は激しく悶え、呻くような悲鳴を上げた。今迄の相手とは明らかに効き方が違うといった反応だった。爆岡(はぜおか)の背後では(くろがね)がさも愉快といった様相で何度も悶絶する仁観(ひとみ)を嘲笑している。


「あの時だってそうだったよなぁ、仁観(ひとみ)ィ。喧嘩の内容そのものは終始爆岡(はぜおか)君が圧倒してた。勝負が有耶無耶になったのは、てめえが策を弄して爆岡(はぜおか)君をトラックに轢かせたからだ。」

「そうしなきゃ勝てなかったんだろ? そりゃそうだよな、てめえはイキッてるだけの単なる雑魚オカマなんだからよぅ。」

「オカマと言ったな、てめえ……?」


 仁観(ひとみ)は苦し紛れに反撃の拳を繰り出すが、あっさりと手首を掴まれて逆に腕を圧し折られた。


「うぐぅッ‼」

「言ったから何だ? 殺せるもんなら殺してみろよ、雑魚がよ。こんな駐車場じゃ、入って来る車は沈垂(チンタラ)徐行するだけで何の助けにもならねえぞ? オカマ野郎はオカマ野郎らしく、強い男に(ケツ)差し出して媚び売ってりゃ良いんだよ。」


 再び、容赦の無い鉄拳が何度も仁観(ひとみ)を打ち据える。(おおよ)そ人が人を殴っているとは思えない、固く激しい衝撃音が辺りに何度も鳴り響いていた。


「オラァッ‼」


 止めと(ばか)りに、爆岡(はぜおか)仁観(ひとみ)を激しく殴り飛ばした。仁観(ひとみ)は起き上がる事が出来ず、岸辺に打ち上げられた魚の様に痛みに痙攣(けいれん)して体を曲がり(くね)らせていた。一見、女生徒の様な格好をしている彼が痛みに呻き悶える姿は実に痛々しい物であるが、悪い事に相手は爆岡(はぜおか)義裕(よしひろ)であり、仁観(ひとみ)は更なる地獄を見る破目になる。


「無様なもんだな、仁観(ひとみ)ィ。」


 再び仁観(ひとみ)へと歩み寄った爆岡(はぜおか)は冷酷な目付きで彼を見下ろし、容赦無く何度も踏み付けにする。


「ぐはっ‼ ぐはぁッ‼」


 堪らず吐血する姿は更に悲惨なものとなっているが、どれほど同情を請える状態になったとしても爆岡(はぜおか)に慈悲は期待出来ない。


 爆岡(はぜおか)義裕(よしひろ)という男は人間的な美点が一切見当たらない、不良を超えた生粋の(ワル)、外道である。


 使い古された不良の思わぬ美点として、実は優しい事を特徴的に示すシチュエーションを二つ考えてみよう。例えば、雨の中で捨て犬を拾う不良。例えば、道路を横断する老婆を手伝う不良。これらは、典型的な不良のギャップ演出として使い古され、彼等の内面にある一部の良心を示す恰好(かっこう)の舞台である。

 中では不良にも実は良い所があると言いた気なこれらのシチュエーションそのものを嫌う向きも在る。


 しかし、これらの状況に爆岡(はぜおか)義裕(よしひろ)を置いた時、一体どうなるのか。

 雨の中の捨てられた子犬は無意味に蹴り飛ばされ、踏み殺された挙句に死体を川に投げ捨てられるだろう。老婆は殴り殺され、そして死体を辱められた挙句に金品を強奪されるだろう。

 当たり前だが、不良らしからぬ良心の欠片を描写されるよりも、不良以上の悪意の塊を描写される方が圧倒的に嫌悪感は上だし、こんな奴に居てほしくない、となるのである。


 爆岡(はぜおか)義裕(よしひろ)は紛う事無き危険人物である。そんな男が元から仁観(ひとみ)嵐十郎(らんじゅうろう)を遥かに凌駕する暴力を持ち合わせていた上に、闇の力でそれを強化すらされている。

 この脅威は(くろがね)自由(みゆ)の比ではないが、最悪な事に事態が知れ渡る前に『裏理事会』の情報網は閉ざされてしまった。生存する『裏理事会』は今や竹之内(たけのうち)父娘のみ、(いず)れも愛斗(まなと)に最後の訓練を付けるべく遥か東に旅立って不在である。


「一つ、嬉しいお知らせがあるぞ、仁観(ひとみ)。」

「な……に……?」

「このままてめえに、その格好に相応しい死に方をさせてやるつもりだが、それは明後日(あさって)まで待ってやる。」


 爆岡(はぜおか)は再び仁観(ひとみ)の髪を掴み、顔を持ち上げて互いに見合わせる。


「公開凌辱処刑は學園(がくえん)が再開されてから、全假藏(かりぐら)學園(がくえん)生の前で見せしめにしてやるって言ってんだよぅ‼」


 圧倒的な暴力で一方的に()じ伏せられる、等という経験は仁観(ひとみ)にとって慣れない事である。これまで彼は寧ろそれを相手に与える側の人間だった。散々打ち負かしてきた(くろがね)が今の仁観(ひとみ)を見て実に愉快そうに侮蔑的な嘲笑を浮かべている。


(そうかよ……。これがてめえらの気分かよ……。ま、(おれ)一寸(ちょっと)調子に乗ってたかもな。次からはもう少し手心を加えてやるかぁ……。)


 仁観(ひとみ)は薄れ行く意識の中で、爆岡(はぜおか)の邪悪な高笑いを聞き続けていた。




☾☾☾




 地元で仁観(ひとみ)を襲った新たなる脅威の報は、真里(まり)愛斗(まなと)等に届かない。その手段が殺害され、絶たれたのだから当然である。

 一方で、此方(こちら)ではこの日、明るい兆しが現れていた。相津(あいづ)諭鬼夫(ゆきお)が僅かな白い光の(もや)を腕から発する事に成功したのだ。


「これは……結構疲れるもんだな。」


 學園(がくえん)三巨頭が眠っていた祠の前では所謂(いわゆる)『光の力』を制御し易い傾向がある。それ故、この場で辛うじて出来る様になった程度では実戦で使い物にならない。

 ただ、(かつ)愛斗(まなと)がそうであったように、切掛(きっかけ)を掴めただけでもこれは大きな前進である。(ゼロ)を一にするのと一を百にするのでは別種の難しさが在るが、後者にはその前段階として十が在り、二が在り、更に細かく言えば一.五、一.一、等と無限に刻んだ段階が在る。後はやればやるだけ成果が出るのだ。


 そういう意味で、愛斗(まなと)もまた昨日よりは確実に成長している筈である。確かに目を(みは)る程ではないかも知れないが、少なくとも弱くなっているという事は無い。成長していない様に見えて、経験は蓄積されている筈である。

 それとも、そう思わなければやっていられない、というだけだろうか。


相津(あいづ)さん、凄いですね……。」

何処(どこ)かの誰かさんは(わたし)の助けがあって(ようや)く出来た芸当だからね。』


 確かに、相津(あいづ)には才能が有るのかも知れない。兄の実鬼也(みきや)は『裏理事会』でも屈指の実力者だったというので、彼もその血脈を分けていた、という考えも在るだろう。


「嬉しい誤算ですね、御父様(おとうさま)。」

「彼は望み薄だと思っていましたからな。元々兄の実鬼也(みきや)君が『裏理事会』でも有数の戦士に育ってくれたこともあって、弟の諭鬼夫(ゆきお)君の方も当然調査していました。しかし、彼は選ばれなかった。」

「『裏理事会』の見る眼が無かった、とも言えそうですね。」

「我々は比較的新しい組織で、人材を見抜くノウハウが確立していませんからな。表向き、學園(がくえん)とは無関係の組織という事になっていますし、表立って學園(がくえん)と連携出来ない……。」


 因みに、今竹之内(たけのうち)翁がぼやいた二つの理由こそ、『裏理事会』の表記が新字体である所以だったりもする。


『逆に言えば、生徒會(せいとかい)學園(がくえん)の伝統ある組織。それを穢したあの女の罪は重いわ。』


 憑子(つきこ)は憤慨しているが、月子(つきこ)に言わせれば自分の物をどうしようと自分の勝手、といった所なのだろう。

 そう言えば、憑子(つきこ)愛斗(まなと)を好き勝手に扱う理由として、そんな事を言っていた様な気がする。あながち、姉妹が同じ声で言い争っていたあの夢は単なる愛斗(まなと)の妄想とも言い切れないのだろうか。


真里(まり)君、何か余計な事を考えているわね。(きみ)(きみ)の事に集中しなさい。』

「は、はい……。」


 憑子(つきこ)に図星を突かれ、愛斗(まなと)は心臓が止まるかと思った。憑子(つきこ)との(わだかま)りが解けた訳ではない、解ける事は無い今の段階で、考えてしまっている「余計な事」の内容までは決して知られたくないと、愛斗(まなと)はそれだけを切に願っていた。




☾☾☾




 華藏(はなくら)學園(がくえん)には体育館とは別に式典に使用されるホールが存在し、入学式、始業式、終業式、卒業式は此処(ここ)で行われる。

 今、無人の会場を壇上から一人の女生徒が見渡していた。


「高等部の時は妹に取られてしまったから、此処(ここ)からの景色はあの時以来かしらね……。」


 華藏(はなくら)月子(つきこ)は感慨深げに嘆息した。彼女にとって、この場に立つのは中等部二年の始まり、愛斗(まなと)入學式(にゅうがくしき)以来である。


「あの時、(わたし)(きみ)に出会った。覚えていてくれるかしら、真里(まり)君?」


 聞く者を陶酔させる彼女の鈴を転がす様な声は、無人の空間で唯思い出に向けて甘く囁いた。そこに仮令(たとえ)どんな思いが籠っていようと、捧げた相手にすら届く事は無いだろう。しかし、そんな事は御構い無しの様だ。(もと)より、華藏(はなくら)月子(つきこ)は相手の意向を一顧だにしない。


(くろがね)君から、仁観(ひとみ)君を捕らえたと連絡が来たわね……。昔はそれなりに気に入っていた幼馴染だけれど、何だか変な方向に行ってしまったし、今となってはどうでも良いわ。今、(わたし)の心を時めかせるのは唯一人……。」


 月子(つきこ)は重力を無視した緩やかな軌道で壇上から飛び降りると、ゆっくりと観覧席の一角へと歩を進める。それは、入學式(にゅうがくしき)愛斗(まなと)が位置取っていた座席だ。その背凭(せもた)れに、憑子(つきこ)は両手を伸ばしてそっと添えた。


「本来はもっと長く、(わたし)(きみ)と一緒の時を過ごせる筈だった。けれどもあの()が余計な事をしてくれたせいで、(わたし)は三年以上もそれを奪われてしまった。でも、心配要らないわ。これから沢山、沢山、終わらない時の中で二人の世界を沢山創りましょうね。」


 切れ長の目が狂気に潤んでいる。その視線は明らかに、共有された過去の愛斗(まなと)へと向けられていた。


 愛斗(まなと)の事を憑子(つきこ)は自分の物だと認識し、月子(つきこ)は自分の物になる筈だったと認識している。矢張(やは)り、愛斗(まなと)が夢で見た二人の口論は彼の妄想ではなかったのかも知れない。唯これが、単に二人の想い人が獲り合って言い争っているだけだったならば、愛斗(まなと)にとってどれ程良かっただろう。


 姉妹喧嘩は學園(がくえん)を、世界を、歴史の運命すらも巻き込み、壮大な殺戮に彩られている。故に愛斗(まなと)には、決着を付ける義務が有るのだ。何とも迷惑な話であるが。

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