表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
殺戮學園逝徒會畸譚  作者: 坐久靈二
第四章 殺戮學園と一つの大事業

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

63/80

第六十三話 弥勒狭野

 今思えば奇妙な話であった。古文書に在る巨人の名を、どうして彼等が知っていたのか。

 それとも、神道と仏教、二つのモチーフを合成させたが故に生じた偶然だったのか。


――旧人類史学者・タージ=ハイドの回顧録より。

 華藏(はなくら)學園(がくえん)は理事長室、執務机の席に着き、我が物顔で不敵な笑みを浮かべている女子生徒が居た。それだけではなく、未だ休校中の金曜日だというのに、傍には何人かの男子生徒と女子生徒が侍らされている。

 無表情の男子生徒が涼しげな顔をした執務机の少女へ、(まる)で召使いの様に紅茶をカップで差し出した。


「ん、ありがとう。」


 早くもこの部屋の主といった風格を見せ始めた華藏(はなくら)月子(つきこ)が、優雅に紅茶を口へと運ぶ。春に終わりが近付き、夏に近付こうという季節の、よく晴れた午前としては異様な寒々しさが理事長室を支配していた。何人か人が居るというのに丸で生き物の気配がせず、ただ冷めきっている。


(くろがね)君は上手くやっているかしら。ま、(わたし)何方(どちら)でも構わないけれどね……。」


 この空間に居るのは月子(つきこ)も含めて皆華藏(はなくら)學園(がくえん)の制服に身を包んだ者(ばか)りで、配下としている假藏(かりぐら)學園(がくえん)生徒(せいと)會長(かいちょう)(くろがね)自由(みゆ)の姿が無い。彼は彼で、己の目的の為に別の事をしているらしい。


「演劇でも映画でも、筋書きは波乱に満ちていた方が面白いわ。封切りとなる月曜日までに(しっか)りと準備しておきましょう。折角興味と熱意をもって観劇に集まって貰うのだからね……。」


 月子(つきこ)は自らが切った期限に慌てふためく敵対者達の姿を想像して愉しむ様に笑みを浮かべる。一方で彼女は、対比するのが残酷な程に何とも優雅に(くつろ)いでいた。




☾☾☾




 二度目の旅路、真里(まり)愛斗(まなと)に同行したのは意外なメンバーだった。


「御二人とも、一体どういう事なんですか?」


 電車に乗ったのは憑子(つきこ)を除くと合計で六人、性別でいうと男女が三人ずつ、所属でいうと華藏(はなくら)學園(がくえん)の生徒が二人、裏理事会が二人、そして、假藏(かりぐら)學園(がくえん)からも二人が同行している。


(わたし)は反対しました。はっきり言って、今からどう足搔いた所で全くの素人が月曜までに戦える力を身に着けるのは不可能です。真里(まり)殿以外の御三方は皆、この件から身を引くべきだと思います。」


 竹之内(たけのうち)文乃(あやの)が苦言を呈する様に、愛斗(まなと)と裏理事会の二人以外は戦力として当てに出来る者達ではない。唯一人、護衛役の文乃(あやの)から離れる訳には行かない以上は対象として同行する必要が有る戸井(とい)宝乃(たからの)だけは例外と渋々認めるに足る、という事らしく、假藏(かりぐら)學園(がくえん)の二人に関しては完全な御荷物と見ている様である。


「何か訳が有るんですか、相津(あいづ)さん、将屋(しょうや)さん?」


 相津(あいづ)諭鬼夫(ゆきお)将屋(しょうや)杏樹(あんじゅ)は先日失敗した西邑(にしむら)龍太郎(りょうたろう)奪還にも華藏(はなくら)學園(がくえん)(ほこら)まで同行しており、既にこの一件に無関係ではない。更に、相津(あいづ)に関しては兄の実鬼也(みきや)が裏理事会の一員として既に『闇の逝徒會(せいとかい)』を相手に戦死しており、その因縁もあるだろう。だが、将屋(しょうや)杏樹(あんじゅ)については依然謎に包まれていた。


(おれ)は兄貴を奴等に殺されてる。此処(ここ)で引き下がる訳にはいかねえんだよ。勝てるか勝てねえかじゃねえ。舐められた(まま)で終わって堪るか。」

(わたし)に言わせると感情論ですね。それで都合良く生き残れるほど現実は甘くないと思います。正直、(わたし)には犬死にの未来しか見えない。」


 相津(あいづ)の言い分に理が無いではないが、文乃(あやの)の方が圧倒的に正論だろう。無論、相津(あいづ)はそれを解った上でこの結論を出しているので、説得は受け容れまい。

 そんな彼にとっても、将屋(しょうや)の参戦動機は謎の(まま)になっている。


将屋(しょうや)、そろそろ話してくれねえか? 何でお前は連中に訳知り顔で関わろうとする?」


 将屋(しょうや)は一つ小さく溜息を吐くと、窓から外を見て答える。


「アンタと同じ様なもんだよ、相津(あいづ)。そもそも假藏(かりぐら)に入った所から、(わたし)はあいつらを狙っていたんだ。」

「あいつら?」

「『弥勒狭野(ミロクサーヌ)』のトップ二人、爆岡(はぜおか)義裕(よしひろ)(くろがね)自由(みゆ)だよ。」


 将屋(しょうや)の告白に相津(あいづ)愛斗(まなと)も特に驚きは無かった。薄々、彼女が本心から『弥勒狭野(ミロクサーヌ)』に与している訳ではない事は感じ取っていたし、そもそもこの集まりに参加している時点で腹の内は此方(こちら)側だと確定的に示されている。


「ふーむ、『弥勒狭野(ミロクサーヌ)』ですか……。中々興味深い名前ですねえ……。」


 意外な事に、竹之内(たけのうち)灰丸(はいまる)が横から口を挟んできた。


「名前の語源はそれぞれ仏教の弥勒菩薩と神道の狭野(さぬの)(みこと)だと思われます。しかし、実はこの二つの組み合わせには他にも類似する先例が在るのですよ。例の古文書、その中に……。」

「ええ⁉」


 驚いたのは愛斗(まなと)戸井(とい)、つまり古文書の存在を知る二人だった。相津(あいづ)は知らなかったが故に何を言っているのか分からず、娘の文乃(あやの)は既に知っているから驚いていない。そして、普通に考えれば将屋(しょうや)も驚かない理由は前者だと思われるだろう。


「そう、実は有るのさ。奴等と古文書には一つの隠された繋がりが……。」


 だがどうやら、将屋(しょうや)も古文書の事をある程度知っているらしい。それは相津(あいづ)にとって意外ではなかった。彼女はどうやら、最初から闇の力について何か知っているという事を仄めかしていたからだ。


「そしてそれこそが、(わたし)とあいつらの因縁。一遍に話すのは無理だから、一つずつ順序立てて説明したい。少々長くなるが、構わないかい?」

「まあ、まだ到着まで時間はたっぷり有りますからね……。」

「納得が行くかは別として、最低限説明して貰いたい気持ちはありますね。貴女(あなた)達の身を預かり、安全を保障しなければならない立場として。」


 竹之内(たけのうち)父娘は将屋(しょうや)の自分語りに特に待ったを掛けない。これまで謎に包まれていて、且つややこしくて整理が必要な将屋(しょうや)杏樹(あんじゅ)の背景が今明かされようとしていた。


「話は先ず、(わたし)の物好きな父親から始まる。一応、親父も大学教授なんかやってるんだよ。」

「ああ、君はあの将屋(しょうや)君の娘さんだったのですね。(わたし)も、御父上の事は多少存じておりますよ。珍しく、(わたし)の研究に興味を御持ちだった。ま、専門が異なる故でしょうがね。」


 竹之内(たけのうち)翁から、彼女の父親・将屋(しょうや)文殊(もんじゅ)を知っているという事、それから、恐らく将屋(しょうや)教授の方も古文書や旧人類の事を知っているという、二つの情報が明かされた。将屋(しょうや)は小さく頷く。


「そう、親父は竹之内(たけのうち)先生、アンタの研究に野次馬根性で興味を示していた。はっきり言って、陰謀論に(はま)っていくんじゃないかと冷や冷やしたね。当時中学生ながら、そういう情報にはそれなりにアンテナを張っていたからね。」

「まあ、普通の反応はそんなものですな。(わたし)自身も自分の研究についてそう思います。」


 愛斗(まなと)戸井(とい)竹之内(たけのうち)翁の自虐に苦笑いを浮かべた。

 古文書や(ほこら)、旧人類について本気で研究しながら、それを荒唐無稽な事だと思っている。――それがタージ=ハイド、竹之内(たけのうち)灰丸(はいまる)という人物の複雑な所だ。


「結論から言うと、親父には節度が有った。そこまでアンタの研究にのめり込んではいかなかった。だが、それでもあの古文書の魔力からは逃れられなかったのさ。あれには、というより(ほこら)やその闇の力『穢詛(えそ)禁呪(きんじゅ)』に纏わる彼是(あれこれ)には関わる人間を厄災に引き込む何か名状し難き恐ろしい力が有る……。」

「何があったのですか?」

「力を求める、良からぬ者と出会ってしまったのさ。高校生になったある日、(わたし)は親父と一緒に喫茶店で休憩をしていた。親父は例の古文書に関するアンタの著書を読みながら注文を待っていた。ゆったりとした時が流れていた。(わたし)は少し退屈を感じていたけれど、親父はゆったりと時間を潰す事こそが究極の贅沢なんだとか言って(くつろ)いでいたっけ。そんな時だった、あの男が話し掛けてきたのは。」


 将屋(しょうや)の表情が険しくなった。仁観の奥には憎悪と憤怒の焔が燃えていた。


參甲(さんこう)組傘下指定暴力団、爆岡(はぜおか)組組長・爆岡(はぜおか)勇雄(いさお)。『弥勒狭野(ミロクサーヌ)』で頭張ってる爆岡(はぜおか)義裕(よしひろ)の父親だ。」

「暴力団⁉」


 将屋(しょうや)の口から飛び出した物騒な言葉に、愛斗(まなと)達だけでなく周りの乗客も少し雑話ついていた。


「そう言えば、爆岡(はぜおか)の奴はヤクザの息子だったか。それがお前と『弥勒狭野(ミロクサーヌ)』の最初の接点か? 随分とまあ、遠い所から攻めてきたな。」


 爆岡(はぜおか)と共に假藏(かりぐら)學園(がくえん)の頂点を狙い得る実力者として名高い相津(あいづ)は彼の素性を少し知っているらしい。一方で、それ自体今迄話題に出なかったというのが、假藏(かりぐら)學園(がくえん)の治安の悪さを仄めかしていた。


「このご時世、ヤクザなんてのは二つに一つだ。衰退していくか、更なる外道に堕ちるか。爆岡(はぜおか)組が選んだのは後者だった。奴等は力を求めてどんな事にでも手を伸ばしていた。それは、息子が通う假藏(かりぐら)學園(がくえん)(ほこら)に纏わる妖しげな話の様な神秘(オカルト)方面も例外ではなかった。だが、爆岡(はぜおか)には学が無く、古文書に関する竹之内(たけのうち)先生の研究を読み解くことは出来なかったんだな。だから、偶然見かけた親父に声を掛けて来たんだ。同好の士を装ってな。」


 竹之内(たけのうち)は渋い顔を浮かべている。自分の研究が悪しき者の(わたし)欲を駆り立てた話など気持ちの良いものではないだろう。


(もっと)も、それだけなら(わたし)には関係の無い話だった。実際、爆岡(はぜおか)組長は必要な情報を聞き出すだけだった。ま、後の事も見越した関係を築こうとしていた気配は在ったけどね。だが、問題は爆岡(はぜおか)の息子だったんだ。あいつは人間の心が無い野獣だ。」


 将屋(しょうや)の表情が更に歪む。


爆岡(はぜおか)組長は息子を通じて組の為に(ほこら)の力を得るつもりだった。だが、その息子たるあいつは(ほこら)の秘密を独占する為に、自分の父親と(わたし)の親父を事故に見せ掛けて殺した!」

『自分の都合で他者の命を奪う事に恐ろしい程躊躇(ちゅうちょ)が無い人って居るものなのよね……。』

「誰の事ですか、憑子(つきこ)會長(かいちょう)?」


 愛斗(まなと)はムッとしたが、普通に考えれば彼の事ではなく姉の事だろう。


(わたし)假藏(かりぐら)學園(がくえん)に転入したのは、爆岡(はぜおか)に近付いて親父の復讐をする為だった。だが、奴は喧嘩に関して化物の如く強い。その上、(ほこら)の力に関しても利用している危惧が有った。」

「成程な。それで(おれ)を通じて華藏(はなくら)の『裏理事会』と繋がりを欲しがってたのか。」


 相津(あいづ)は座席に深く坐り込んだ。

 電車は東へ向けて走っていく。

 置き去りにされた地元では、更に良からぬ動きが悪意を(ひし)めき合わせている。




☾☾☾




 假藏(かりぐら)學園(がくえん)寮には腐臭を放つ男女の屍が裸で打ち捨てられていた。『裏理事会』の男性会員・千葉(ちば)陵牙(りょうが)は俯せで膝を突き、尻を突き出している。華藏(はなくら)學園(がくえん)の理事長・大心原(だいしんげん)毎夜(まいや)は仰向けで大股を開いている。


「相変わらず恐ろしい男だぜ……。」


 そんな二つの在られも無い死体を見下ろす男が又二人、内一人の假藏(かりぐら)學園(がくえん)生徒(せいと)會長(かいちょう)にして不良グループ『弥勒狭野(ミロクサーヌ)』のナンバー2・(くろがね)自由(みゆ)は身震いしていた。屈強な巨体を見せ付ける様に裸で傍に立つ男こそ、彼等の死体を辱めた張本人である。


(くろがね)よ、あっちを出したらこっちも出そうになるのは何でだろうな?」


 吸っていたタバコを投げ捨てた男は死体に近付き、自身の一物を摘まんだ。


「ギャハハ‼ おいおい、マジかよ! 容赦ねえな‼」


 陰惨に注がれる滝の様な液体は酷い悪臭を放ち、死臭と混ざり合って地獄の様に酸鼻な情景を醸し出していた。

 この男こそは『弥勒狭野(ミロクサーヌ)』の頭目にして假藏(かりぐら)學園(がくえん)最強の不良と呼ばれる鬼畜、爆岡(はぜおか)義裕(よしひろ)である。


(くろがね)。」

「何だ、爆岡(はぜおか)君?」

「てめえは(おれ)が長年欲しかった物をよく持って来てくれたな。てめえを下に付けといて心底良かったと思える。(おれ)はずっと、この力が欲しかったんだ!」


 爆岡(はぜおか)が拳を握り締めると、彼の巨体から黒紫の(もや)が噴き出してきた。彼もまた、生きながらにして闇の力に魂を売った様だ。しかし、爆岡(はぜおか)は不服そうに顔を顰める。


「少し……気分が悪いな。」

「臭えからじゃねえか? 爆岡(はぜおか)君が無茶するから。」

「そうじゃねえよ、こんなのは日常茶飯事だ。それより、体の中に変な物が入っている違和感が有るんだよ。力が溢れるのは感じるが、これは良くねえな。」

「ああ、それか。()ぐ慣れると思うが、一日休んだ方が良いかもな。どうせパーティは週明けからなんだからド派手な準備は(おれ)達に任せて楽しみに待っていてくれよ。」


 爆岡(はぜおか)もまた、月曜日に合わせてこの狂騒に参加するつもりらしい。彼は狂気に歪んだ笑みを浮かべ、瞳の奥に何者かを映していた。


(くろがね)よ、(おれ)は誰の下に着く気もねえ。親父だろうが、華藏(はなくら)の御嬢様だろうがな。面白くなりそうな限りは利用してやるが、用が済んだらあの御高く留まった生意気な(アマ)も一晩中犯してやろうぜ。」

「流石爆岡(はぜおか)君! そう来なくっちゃな‼」


 (くろがね)爆岡(はぜおか)という味方を得たからか、月子(つきこ)に対する叛意を否定しなかった。勿論、爆岡(はぜおか)に対しても変わらないだろう。『闇の逝徒會(せいとかい)』側は此処(ここ)へ来て夫々の思惑で分裂し始めていた。


「それともう一つ、(おれ)は月曜まで大人しくしているつもりは無い。」

「何?」

「パーティにはイベント、出し物が付き物だろ?」


 爆岡(はぜおか)の意図を量りかね、(くろがね)は首を傾げる。爆岡(はぜおか)はそれを見て可笑(おか)しそうに口角を上げる。


「ま、てめえの助言に従って今日一日は休むがな。流石の(おれ)も、あいつを相手にするなら全力で叩きのめしたいからよぅ……。」


 二人の口が三日月型に歪み、白い歯が向き合わされた。(くろがね)も流石に察したらしい。そしてそれは、彼にとって悲願であった。


「そりゃあ最高だな、爆岡(はぜおか)君。」

「だろ?」


 物語は最終局面に近付き、役者も揃ってきているが、その前に不穏な動きが途切れる事は無いらしい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ