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殺戮學園逝徒會畸譚  作者: 坐久靈二
第四章 殺戮學園と一つの大事業
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第六十一話 華藏學園陥落

Vade retro alter ego. (もう一人の私よ、去れ。)

 華藏(はなくら)學園(がくえん)は現在、華藏(はなくら)家の経営する企業によって管理運営されており、その責任者に任命されているのが理事長の大心原(だいしんげん)毎夜(まいや)である。彼女は華藏(はなくら)家の執事長・大心原(だいしんげん)文夜(ふみや)の妻であり、華藏(はなくら)家への忠誠心は比較的高い方である。だからこそ、華藏(はなくら)學園(がくえん)を捨てて逃げるという選択に抵抗が有った。

 主に(ほこら)(まつ)わる、華藏(はなくら)學園(がくえん)假藏(かりぐら)學園(がくえん)の敷地に()ける超常的な秘密は華藏(はなくら)家、その関連法人だけが握っているものであり、その手を離れてしまうと、この世を破滅させ得るその脅威が全くの野放しになってしまう。それ故、裏理事会と密に連絡出来る大心原(だいしんげん)が、休校中も頻繁に(おもむ)き状況確認する事は重要だったのだ。

 しかし、『學園(がくえん)の悪魔』以上に危険な存在として覚醒した、他ならぬ華藏(はなくら)家当主の座に着く華藏(はなくら)月子(つきこ)は、最早學園(がくえん)に魔の手を伸ばすのを躊躇(ためら)う理由が無い。今や、両學園(がくえん)の放棄も()む無しという状況になっている。

 彼女は裏理事会と相談し、この状況で學園(がくえん)をコントロール下に置き続ける方法を考えた。


「しかし、華藏(はなくら)學園(がくえん)の敷地外から(ほこら)の様子を(うかが)うのは困難ですよね……。」


 時を少し(さかのぼ)って、水曜日。

 大心原(だいしんげん)は理事長室で竹之内(たけのうち)灰丸(はいまる)に今後の拠点について意見を()いていた。

 本来、竹之内(たけのうち)真里(まり)愛斗(まなと)の護衛と訓練を行う必要があるが、肝心の愛斗(まなと)が音信不通となってしまっている。立て続けではあるが、今は彼の心に休養が必要だと竹之内(たけのうち)も解っていたので、ほんの少し様子を見る事にしていた。

 代わりに、一時的に大心原(だいしんげん)に付いている、という現状だ。


「大変申し上げ難いが、今や學園(がくえん)の放棄は不可避かと。深淵を覗く時、深淵もまた此方(こちら)を観ている。(ほこら)を、敵を観察し易いという事は、逆に彼方(あちら)からも見付かり易くなる。である以上、今迄(いままで)とは違い(ほこら)を監視する以上は最早貴女(あなた)の安全を保障出来ない。勿論、どうしてもと仰るなら護衛を付ける事も(やぶさ)かではありません。しかし、我々の人員も劫々(なかなか)に厳しい……。」


 裏理事会は此処(ここ)まで、相津(あいづ)実鬼也(みきや)尾藤(びとう)伯明(はくめい)が戦死し、残った人員の中でも鹿目(かなめ)理恵(りえ)が負傷、戻って来た聖護院(しょうごいん)嘉久(やすひさ)も依然として痛め付けられた傷が快復(かいふく)しておらず、万全とはとても言えない。


「その人員ですが、今後はどの様に配備するのです?」

鹿目(かなめ)女史に代わり、旭冥(あさくら)先生に仁観(ひとみ)嵐十郎(らんじゅうろう)君を護衛して貰います。不幸な事に、丁度彼女の手が空いてしまいましたから。後は現状維持です。」

「成程……。」


 大心原(だいしんげん)は窓の外へと眼を遣った。相変わらず、そこには假藏(かりぐら)學園(がくえん)と融合した異常な華藏(はなくら)學園(がくえん)の姿が在る。


「つまり、假藏(かりぐら)寮で昏睡状態が続いている假藏(かりぐら)生達の護衛は、相変わらず千葉(ちば)君が担っている、という訳ですね?」

「はい、然様(さよう)で御座います。……何をお考えですか?」


 大心原(だいしんげん)竹之内(たけのうち)は鋭い視線を交わし合った。互いの思惑を互いに察したらしい。


(わたし)假藏(かりぐら)寮に入る、というのは如何(いかが)でしょう?」

華藏(はなくら)學園(がくえん)の理事長ともあろう人が何を仰います?」

假藏(かりぐら)學園(がくえん)はその華藏(はなくら)學園(がくえん)の姉妹校です。ならば、実質は(わたし)が守るべき生徒達の寝所も同然。それに丁度あの場所は今、華藏(はなくら)學園(がくえん)と融合した影響で、(ほこら)に最も近い位置に在る。つまり、見方を変えればあの場所の假藏(かりぐら)生達は本来華藏(はなくら)學園(がくえん)の問題に巻き込まれたばかりではなく最も危険な場所から動けないという事。その責任は取らなければならないでしょう。」

「それは……(わたし)も同感です。だからこそ、千葉(ちば)君に寮全体を守らせているのです。」

「そこに(わたし)も加えて頂きたい、という事です。」


 竹之内(たけのうち)は眉間に皺を寄せて考え込んだ。大心原(だいしんげん)の眼を見詰め、その仁観(ひとみ)に覚悟が満ちている事、それが揺ぎ無い事を確かめた。


「駄目だ、と言っても假藏(かりぐら)寮に入るのでしょうな、貴女(あなた)は。真里(まり)君といい『新月の御嬢様(おじょうさま)』といい、亡くなられた西邑(にしむら)君といい、この一件に関わる人達はみな頑固で言う事を聞かない。いやはや、本当に弱りましたなぁ……。」


 頭を掻く竹之内(たけのうち)の眼は固く閉ざされ、その目元には苦悶が浮かび上がっていた。大心原(だいしんげん)の望み通りにしたとて、假藏(かりぐら)寮が襲われたが最期、彼女は確実に死ぬ。今や二つの學園(がくえん)に纏わる場所は(ことごと)くが危険地帯であり、近付けばそれは死との距離を縮める事を意味する。

 かと言って、恐らくは大心原(だいしんげん)を説得する事も不可能である。彼女の胸には假藏(かりぐら)生達を危険に(さら)し続けなければならない罪悪感も秘められており、それもまた彼等と心中する様な選択を後押ししている様に思える。

 竹之内(たけのうち)は、華藏(はなくら)學園(がくえん)理事長・大心原(だいしんげん)毎夜(まいや)を守る術が無い事を悟ったのだ。


「二・三、お願いを聴いてくださいますか、理事長?」


 目を開けた竹之内(たけのうち)は、彼女の命運にせめて僅かな希望を繋ごうとする。


()ず、貴女(あなた)の身を守る為にも向こうでは千葉(ちば)君の指示に必ず従ってください。それから、向こうへ行く前にいざという時迅速に避難する準備を確実に整えてください。假藏(かりぐら)生を死守するのは飽くまで裏理事会の仕事です。本来、そこに貴女(あなた)が加わる事自体が我々にとって容認し難い事なのです。」

「それは重々承知しているつもりですが……。いや、解りました。假藏(かりぐら)寮入りは明日とし、今日の所は経路から手段まで入念に準備しておきましょう。」

(わたし)からもそうお願いするつもりでした。(つい)でですからもう一つ、仮に今日、貴女(あなた)が帰宅されたのちに華藏(はなくら)學園(がくえん)が陥落した場合、必ず即時連絡いたします。その時は無理に華藏(はなくら)假藏(かりぐら)に入らず、學園(がくえん)の一件からは完全に身を引いてください。」

「つまり、その時は(ほこら)の制御を諦めろ、と……。」

「致し方無いでしょう。」

「それも……そうかも知れませんね。今や、我々の命運は、生殺与奪の権は完全に彼方(あちら)が握っている状態なのかも知れません。ですが、諦める訳には……。」

「無論、何も解決を完全に諦める訳ではありませんよ。ただ、事此処(ここ)に至っては最悪の事態を何重にも想定し、状況によって防衛線を何度でも弾き直す必要がある。(いたずら)に完全な状態の意地に拘泥する事は最早不可能でしょう。」

「成程……。」


 竹之内(たけのうち)の説得が解らぬ程、大心原(だいしんげん)も子供ではない。彼の立場は重々承知の上である。


「必ず、そう致します。」

「恐縮です。」


 こうして、大心原(だいしんげん)は翌日の木曜日から假藏(かりぐら)寮に入ることを決めた。これが彼女にとって、裏理事会との最後の接触となる。




☾☾☾




 同日、華藏(はなくら)家に強盗が侵入し、使用人は皆殺しの憂き目に遭った。不思議な事に金品は一切手を付けられておらず、当主である令嬢の下着と制服だけが盗まれるという奇妙な事件だった。

 その令嬢・華藏(はなくら)月子(つきこ)此処(ここ)二週間半ほど行方不明になっているという事実が、捜査に当たった警察に強い事件性を嗅ぎ取らせた。




☾☾☾




 翌日、木曜日。愛斗(まなと)西邑(にしむら)龍太郎(りょうたろう)の遺作を買いに行く数時間前。

 假藏(かりぐら)學園(がくえん)の寮の門で、華藏(はなくら)學園(がくえん)理事長の大心原(だいしんげん)毎夜(まいや)は裏理事会の千葉(ちば)陸牙(りょうが)に迎えられていた。

 本来は存在しないが、丁度華藏(はなくら)學園(がくえん)の敷地と融合している関係で門の前に小さなスペースがあり、そこに自家用車を駐車している。これは、竹之内(たけのうち)から忠告された避難の準備、その一環である。


「ようこそお越しくださいました。」

「この様な状況で気を使わせて済みませんね……。」

「いいえ、事情は承知しております……。」


 大心原(だいしんげん)千葉(ちば)、二人は既に一つの覚悟を決めていた。

 千葉(ちば)は護衛任務に当たり、唯一人二つの學園(がくえん)の敷地内に居を構えなければならない。その時点で、若しもの時は決死の兵となり文字通り假藏(かりぐら)生達を死守する事を強いられる。

 大心原(だいしんげん)には逃げる選択肢も有ったが、華藏(はなくら)學園(がくえん)の維持管理という責任から彼女自身がそれを望まず、此方(こちら)もまた決死の将となる道を選んだ。


千葉(ちば)君、貴方(あなた)が無事で良かった……。」

「逃げる口実を逸したのに、ですか?」


 大心原(だいしんげん)の微笑みに対し、千葉(ちば)は冗談ぽく笑い返した。前日の内に假藏(かりぐら)寮が襲撃された場合、彼女は寮入りを中止する様に進言されていたので、千葉(ちば)が先に死んでいれば彼女は助かった事になるのは一つの事実である。

 だから、今から起こる事は考え得る最悪のタイミングだったと言って良い。


『素晴らしい心意気だわ、大心原(だいしんげん)理事長。』

『しかし、我が學園(がくえん)の寮に部外者が入り込むのは感心せんな。』


 何処(どこ)からともなく、男女の声が響いて来た。大心原(だいしんげん)千葉(ちば)に絶望的な緊張が走る。

 黒紫の叢雲(くらくも)大心原(だいしんげん)の背後に集まっていき、満に集合して弾けた。そこには夫々(それぞれ)華藏(はなくら)學園(がくえん)假藏(かりぐら)學園(がくえん)の制服を着た男女が立っていた。


華藏(はなくら)學園(がくえん)生徒(せいと)會長(かいちょう)華藏(はなくら)月子(つきこ)……‼ 假藏(かりぐら)學園(がくえん)生徒(せいと)會長(かいちょう)(くろがね)自由(みゆ)……‼」


 裏理事会が敵対する強大な敵、『闇の逝徒會(せいとかい)』の二人が決死の男女を嘲笑する。華藏(はなくら)月子(つきこ)(くろがね)自由(みゆ)は覚醒翌日の昨日には襲撃して来ず、大心原(だいしんげん)の寮入りは間に合ってしまったが、逆に彼女が出迎えられている最中という何とも意地の悪い瞬間に彼等に最期の時を告げに(あらわ)れたのである。


 華藏(はなくら)學園(がくえん)理事長・大心原(だいしんげん)毎夜(まいや)、及び裏理事会・千葉(ちば)陸牙(りょうが)、死亡。

 そしてその瞬間、二つの學園(がくえん)は完全に『闇の逝徒會(せいとかい)』の手に落ちてしまった。



☾☾



 華藏(はなくら)月子(つきこ)は鼻歌交じりに華藏(はなくら)學園(がくえん)の誰も居ない道を歩いていた。そしてバス停近くにやって来た彼女は、そこに建つ華藏(はなくら)鬼三郎(きさぶろう)の像を見上げる。


曾々御爺様(ひいひいおじいさま)、我が學園(がくえん)の研究は今、完全に成就しますわ。」


 月子(つきこ)の眼には邪悪な光が宿っている。彼女は今、不遜にも先祖の心、その内にある真の願望を見透かしていると考えて憚らない。


(ほこら)の力は(わたし)が完璧に抑え、更にはそれを超える究極の存在もこの手に得た。ならば、態々(わざわざ)世界が次の循環を迎える迄待つ必要が何処(どこ)に在るでしょうか?」


 静かな、絶大な狂気を(たた)える美少女の微笑(ほほえ)み。心無しか、銅像が月子(つきこ)(おそ)れている様にも見える。

 今、華藏(はなくら)月子(つきこ)は青い血を得ている。それがどういう経緯で第一合宿所の地下に眠っていたのかは、學園(がくえん)の研究でも明らかになっていない。


「ふふふ、この体になって総てが脳裡(のうり)に吸引され、理解の花が狂い咲くのを感じたわ。この青い血の意味、辿って来た運命も、何もかもが今(わたし)の中で解き明かされている……。この感覚こそ、(わたし)の求めていたものだと心の底から思える。この世界の総ては、構造は、この(わたし)快樂(けらく)で満たし、永遠の未来を絶え間なく萬福(まんぷく)たらしめる為に存在している! 全は一、一は全‼ 三千世界の総てが(あまね)(わたし)であり、(わたし)以外の一切は不要にして滅却すべし‼ その先に、(わたし)(わたし)に拠る(わたし)の為の、(しん)の世界を再構築する‼」


 月子(つきこ)が勢い良く両腕を拡げると、彼女の絶妙な肉が僅かに揺れ、同時に華藏(はなくら)鬼三郎(きさぶろう)の像は粉々に砕け散った。それはまるで、『華藏(はなくら)學園(がくえん)』というこの地の名の意味する所が入れ替わるのを象徴する様であった。


華藏(はなくら)學園(がくえん)(わたし)華藏(はなくら)生達も(わたし)畸形嚢腫(きけいのうしゅ)という忌まわしき(かせ)から解き放ってくれたこの學園(がくえん)の神秘に敬意と感謝を表し、手始めに支配を始めましょう。」


 そう言い残し、華藏(はなくら)月子(つきこ)は来た道を引き返した。



☾☾



 華藏(はなくら)學園(がくえん)理事長室。


其方(そちら)の様は済んだの、(くろがね)君?」

「ああ。これで假藏(かりぐら)の頂点は俺の物だぜ。」


 月子(つきこ)(くろがね)は執務机と挟んで向かい合っている。席に着いているのは月子(つきこ)(くろがね)は報告する部下の様に立っている。矢張り、二人の間には明確な上下関係が有る様だ。


「主を喪った理事長室……。假藏(かりぐら)學園(がくえん)じゃこんな洒落た部屋は見られねえからな。我が物顔で占拠するのは胸が空く想いだぜ。」

「何を言っているの? (そもそ)もこの華藏(はなくら)學園(がくえん)は我が華藏(はなくら)家の物であり、その華藏(はなくら)家の当主はこの(わたし)なのよ。つまり、元々この學園(がくえん)も、理事長室も、全ては(わたし)の物なの。(わたし)こそが真の主よ、元からね。」

「ククク、流石は御主人様だ。」


 (くろがね)は軽薄に笑った。二つの學園(がくえん)が休校となり、人が居ない隙を突かれる形で、両學園(がくえん)生徒(せいと)會長(かいちょう)簒奪(さんだつ)された形となる。こうなると、直ぐに事態を伝えられる裏理事会は休校措置が悪手だったのではないかと思えてきてしまうだろう。

 そんな遠くの相手を嘲笑うかの様に、月子(つきこ)は次の一手を提唱する。


「来週明けで休校措置を解除しましょうか。華藏(はなくら)學園(がくえん)の生徒や家族には(わたし)が、假藏(かりぐら)學園(がくえん)の方は貴方(あなた)が連絡しておきなさい。」

「面倒臭えが、まあ良いだろう。學園(がくえん)頂点(テッペン)が誰なのか、全校生徒に伝えてやらなきゃなんねえからな。何なら、来週と言わず明日からでも良いぜ?」

「生徒や家族も今日の明日で行き成り生活を元に戻すと言っても混乱してしまうわ。それに、手に入れるべきものは手に入れたのだしのんびり行きましょう。昨日は(わたし)の服を回収し、今日は學園(がくえん)を手中に収める。そんなくらいのペースで良いのよ、支配者の行動は。」


 既に勝ったも同然、残りは消化試合と(ばか)りに、月子(つきこ)は余裕の笑みを浮かべている。愛斗(まなと)達としてはこの慢心を突きたい所だが、それでも依然として絶望的な力の差がある。


「悪魔よ、去りなさい。もう一人の(わたし)よ、消えなさい。(わたし)の心臓から……。」


 しかし、明確な期限が切られた事で動き易くはなるだろう。

 残り三日、愛斗(まなと)達はそこに一縷(いちる)の望みを賭けるしかないのだ。

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