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殺戮學園逝徒會畸譚  作者: 坐久靈二
第三章 神秘學園と一つの大願

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第五十五話 誠の友へ

 罪に塗れたのは(わたし)、醜きものとは(わたし)、唯それだけの事だった。


――西邑(にしむら)龍太郎(りょうたろう)著『美醜の終焉(しゅうえん)』より。

 真里(まり)愛斗(まなと)御節介(おせっかい)焼きだという事は、他ならぬ西邑(にしむら)龍太郎(りょうたろう)が一番()く知っている。だから、彼は既に目的地へ向かい遠くへ移動し始めていた。事此処(ここ)に至り、親友は何が何でも自分の決死行を止めるだろうという事は解っていた。手を(こまね)いている訳が無かったのである。


 西邑(にしむら)は今、高速鉄道の車窓から流れ行く景色を眺めていた。彼にとって、生まれて初めての大移動である。


(まさか學園(がくえん)に行く訳にも行かないからな……。面倒だし金も掛かるが、奴等が言っていた東の(ほこら)を使う外あるまい……。)


 電車で遠出する。――その行動に出た時点で、彼を止め得るのは華藏(はなくら)家の使用人達しか居ない。愛斗(まなと)西邑(にしむら)訣別(けつべつ)する少し前から彼等を探し始めていた使用人達なら、(ある)いは駅で張り込んで彼を見付けられたかも知れない。だが、愛斗(まなと)に手間を惜しむ事無く協力する知己(ちき)の者達、そして『闇の逝徒會(せいとかい)』と戦う使命感を抱く『裏理事会』と比較した時、使用人達は今一つ目的意識が低くなってしまう。


 愛斗(まなと)西邑(にしむら)をどうしても止めたかったのと同様に、西邑(にしむら)も又愛斗(まなと)をどうしても出し抜きたかったのだ。今回、運命の女神が微笑(ほほえ)んだのは西邑(にしむら)の方だった。


(それにしても、読み書きをする事が無いとこれ程に暇なのだな……。)


 今、西邑(にしむら)の心は完全に本から離れている。これも、極々久しい事だった。しかし、ふとこの状況で唯一つ、彼の食指を動かすものが有る。

 西邑(にしむら)(ふところ)にそっと手を添えた。胸に、他人ならざる血液を全身に張り巡らせる心臓に、手帳が当たっている。

 親友・真里(まり)愛斗(まなと)と交わる中で、つらつらと心に浮かんだ思いを書き連ね続けたこの手帳が、彼を冷血にさせなかった。血は紫なれど、そこには生前、人間だった証が記されているのだから。


 西邑(にしむら)(ふところ)から手帳を取り出し、最初の(ページ)を開いた。もうそこに新たな文が加えられる事は無い。筆は既に折っている。今やもう、それは必要無かった。


 自らの記した興味の記録、感情の記録を読みながら、西邑(にしむら)は気恥ずかしさと懐かしさに苦笑した。愛斗(まなと)との何気ない会話の中で揺れ動いた心が、親友への友情を超えた異様な執着とその想い人に対する一方的な嫉妬を、()る時は鮮やかな色彩で、また()る時は濁った呪詛で(したた)められた手帳。


 これは(わたし)西邑(にしむら)龍太郎(りょうたろう)だった頃、(きみ)の事を激しく、切なく、心の底から想い続けた証なのだ……。――指で、書き殴られた文字を撫でながら西邑(にしむら)は両目を潤ませた。


(何だ、これは……? まるで生きた人間の様な……。)


 本来、今の西邑(にしむら)にそんな感情に紐づいた生理的反応が起こるとは考え難かった。だがこの時、彼はふと親友の言葉を思い出す。


『お前が西邑(にしむら)龍太郎(りょうたろう)でなくて何者なんだ‼ (ぼく)の親友でなくて何なんだ‼』


 嗚呼、矢張(やは)(きみ)はそう言ってくれるのだな。そんな(きみ)だから、(わたし)はどうしても(きみ)を護りたかったのだ。(わたし)が紛れも無く西邑(にしむら)龍太郎(りょうたろう)だと言うのなら、今の(わたし)が何を思い、何を為そうとしているか、解ってくれるだろう?


 西邑(にしむら)は手帳の(ページ)(めく)る。電車が目的地の最寄り駅に着くまでの間、彼は自身の脳内に保管された、貴金属か宝石の様な輝きを放つ思い出に浸り込んでいく。




☾☾☾




 真里(まり)(きみ)(わたし)を親友だと言ってくれた。実際、それに違わず(わたし)と接してくれた。

 その事について、(わたし)(きみ)に最大限の感謝と共に、恨み辛みを抱いている二律背反の心持だった。

 屹度(きっと)(きみ)は思いも寄らぬだろう、想像だに出来ぬだろう。それで良いのかも知れないし、矢張(やは)り悔しいかも知れない。


 (わたし)(きみ)を友達以上に感じていた。同時に、友達以上に成れないとも……。

 こんな(わたし)に積極的に接し、理解しようとし、親友になってくれた(きみ)の事を、傷付けたくはなかった。


 憧れの人に近付くべく、學園(がくえん)の為に、懸命に己が身を削る(きみ)(さなが)ら天使のように輝いていた。そんな(きみ)と過ごせた日々は、(わたし)にとって(まる)で桃源郷だった。

 (きみ)には、他者にそう思わせる魔性が有るのだ。ただ、(きみ)はそれに全く無自覚で他人を(たら)し込み続けている。


 度が過ぎて美しい者は唯(それ)だけで罪深い等と云う風説は理解が出来ない。悪意の無い美しさに惑わされる者は、唯々己の中の醜い本性を浮き彫りにされてしまっただけだ。罪とは常に、醜さの中だけに存在する。

 (ただ)し、見目麗しく心悍ましき者も(また)確かに存在する。(わたし)()()う者をこそ真に恐れる。


 そう、(きみ)は悪くない。ただ(わたし)が、(わたし)の心根が薄気味悪いだけなのだ。

 だが、仕方が無いと許してはくれないだろうか。それ程迄に、(きみ)との出会いは(わたし)の世界を変えたのだ。それは(わたし)が小説で賞を取った時以上の扉を開いたのだ。


 (かつ)(わたし)は、自らの作品に世界への憎しみを込めた。だが、今の(わたし)には最早叶わぬだろう。

 何故ならば(きみ)のお陰で世界の美しさに気付いてしまったからだ。(さなが)花壇(かだん)に咲き乱れる様々な花の如く、四季に移ろい行く景色の如く、色取り取りの優美な日々に微睡(まどろ)む幸福を知ってしまったからだ。


 何より救われたのは、そんな美しい(きみ)と比較した時の自らの醜さを嫌悪せずに済んだ事だ。それは大部分(きみ)(ふところ)の深さに()るものなのだろうが、(きみ)が人並みの煩悩(ぼんのう)(さいな)まれていた事も無関係ではないだろう。

 それがまた、腹立たしくもあった。(きみ)の心が結局は華藏(はなくら)月子(つきこ)の物だという事、そしてその華藏(はなくら)月子(つきこ)がどうやら噂されるような聖人君子ではなく、(むし)ろ程遠い性悪らしかった事。どうして(きみ)(わたし)よりもあんな女に心を奪われているのかと、嫉妬に狂いそうだった。


 けれども仕方の無い事だ。受け容れるしかないのだ。何故ならば、(きみ)の無垢な真珠の様な心は、生き方は彼女への思いによって形作られたのだとも解ったからだ。きみの恋を、憧れを否定するのは、(きみ)自身の美点を否定するに等しい事だった。口惜しいが仕方あるまい。


 だから(わたし)はこうして、その行き場の無い思いが脳裡(のうり)(またた)く度にそれを手帳に書き込む事にした。この手帳は(きみ)への複雑な慕情と執着を綴った、世界で一番(おぞ)ましい紙の束だ。

 それを美しく再構築し、(きみ)への思いの内最も純粋なものを生成抽出したものが、今の(わたし)の文学作品なのだ。

 だから、(きみ)との関係が断たれてしまった以上は最早(わたし)にペンは必要無い。もうこれ以上、(わたし)が書き記すべき事は何も無いのだ。


 事を済ます前に、手帳は燃やしてしまおう。こんな物は人に、誰よりも(きみ)に見せるべきではない。出来れば(きみ)には(わたし)との思い出を奇麗(きれい)なまま取っておいて欲しいから。

 しかし、(わたし)は最後の最後で最悪のしくじりをしでかしてしまった。()くなる上は、(きみ)に対してけじめを付けなくてはならない。


 (わたし)は今、全ての発端となったあの悪魔を(わたし)諸共(もろとも)滅ぼしに行く。(きみ)(きみ)と共に幸せになるべき人物と末永く美しく輝いていて欲しい。


 (きみ)(わたし)にとって、最期まで『誠の友』であった。

 (きみ)にとって、(わたし)はどうだ?




☾☾☾




 真里(まり)愛斗(まなと)は考える。

 親友・西邑(にしむら)龍太郎(りょうたろう)は自分を裏切らない。一見するとマイペースな人間だが、実は情に熱く義理堅い一面が有ると、愛斗(まなと)西邑(にしむら)を理解していた。そんな彼が、()むを得ず愛斗(まなと)を騙す形になってしまったとしたら、図らずも愛斗(まなと)の敵に利用されていたとしたら、取る行動は一つだろう。


「あいつの事だ……。(ぼく)が自分を止めようともしないだなんて、そうは考えない。かと言って、意外と感傷的な奴だから、最後に所縁(ゆかり)の在る場所に立ち寄ると思う……。」


 愛斗(まなと)にとって誤算だったのは、西邑(にしむら)の最大の感傷が彼の手帳の中に在った事だ。親友の一番肝心な所を、愛斗(まなと)は理解していなかった。


『切り替えた方が良いわね。もう西邑(にしむら)君の討ち入り自体を未然に防ぐのは不可能だったと思うべきよ。』


 愛斗(まなと)達が推測する西邑(にしむら)の行動は、『闇の逝徒會(せいとかい)』との二重スパイという立場を利用した敵地への奇襲である。しかし、それはどう考えても無謀だった。だからその前に西邑(にしむら)を見付け出し、どんな手段を用いても彼を止めたかった。


會長(かいちょう)(ぼく)の采配は間違いだったんでしょうか?」

『そうね。でもそれが解った時、素直に認めて手を打つ方が遥かに重要なのよ。』


 憑子(つきこ)の言う通りだろう。目的は飽くまで西邑(にしむら)を止める事であって、自分の正しさに固執する意味は全く無い。


「解りました、方針を変えます。敵の隠れ処を見付け出し、西邑(にしむら)よりも先回りしてあいつを捕まえる!」


 愛斗(まなと)の方針転換を受け、憑子(つきこ)は両眼を鋭く光らせて小さく口角を上げた。


『では、竹之内(たけのうち)先生に問い合わせてみなさい。裏理事会は敵の隠れ処をずっと探っていて、調査していた人間を(うしな)っている。ならば完全に把握出来ていなくとも、ある程度の情報や目星は持っている筈よ。』


 課題は、手遅れになる前に敵の根城を見付け出さなくてはならない、という事だった。だが幸いな事に、これは既に解決している。二日前に『裏理事会』の一人で西邑(にしむら)の護衛担当だった旭冥(あさくら)(さくら)が闇の眷属の一人・砂社日和に発信機を取り付け、場所の特定に成功しているのだ。

 愛斗(まなと)の電話で、竹之内(たけのうち)はその旨を正直に伝えてきた。


『しかし、安全を考えると拙速ではないかと思いますね。西邑(にしむら)君が敵の本拠地に乗り込むところを待ち伏せするとなると、親玉である悪魔本人と戦闘になる可能性も有る。そうなった場合、現状の(きみ)では厳しいでしょう。』


 そう、『裏理事会』としても隠れ処を見付けたとて()ぐに動けなかったのだ。


「しかし、西邑(にしむら)を止めない訳には行きません。」

『確かに、手掛かりも乏しい現状で他に当ても無いでしょうな……。解りました、我々が掴んでいる情報をお伝えしましょう。』

「恐縮です。」

矢張(やは)りというか、旭冥(あさくら)先生が闇の眷属(けんぞく)に取り付けた発信機は假藏(かりぐら)學園(がくえん)の位置から反応が消えています。つまり考えられるのは、彼等は隠れ処への移動に(ほこら)を用いている可能性が高い、という事です。』

「では、此方も華藏(はなくら)學園(がくえん)(ほこら)を使えば……。」

『それは……難しいでしょうな。我々もその可能性を考え、華藏(はなくら)(ほこら)を調査いたしました。しかし、今のところ假藏(かりぐら)學園(がくえん)以外へ移動する方法が見付かっていないのです。』


 希望が見えたと思った矢先、一気に暗雲が立ち込めた。しかし、憑子(つきこ)は尚も何やら確信めいた強い眼をしている。


『それなら恐らく、闇の眷属(けんぞく)のみが隠れ処に移動出来る様になっているのでしょうね。なら、問題無いじゃない。』

「どういうことですか、會長(かいちょう)?」

()ず、これだけ探して見付からない西邑(にしむら)君が(ほこら)を使って移動しようとしているなら、彼は華藏(はなくら)學園(がくえん)假藏(かりぐら)學園(がくえん)のどちらも使わないつもりだという事。とすれば、古文書の情報に()ると残る(ほこら)は二つ。』

『……つまり御嬢様(おじょうさま)は、彼が我々と同じ様に東へ向かったと?』

『そう。ならば此方(こちら)にはまだ十分時間が有る、彼が目的地に辿り着くまでどう急いでも二・三時間は掛かる。その間に此方(こちら)(ほこら)の解析を済ませてしまえば良い、というのが一点。』


 憑子(つきこ)は用意されていたかの様に自身の見解を述べていく。


『そしてもう一つ。解析の為には闇の力の残滓(ざんし)が必要になるだろう、という事。これはつい先日、彼等に操られた被害者が多く假藏(かりぐら)學園(がくえん)の寮に残されているでしょう。』

紫風呂(しぶろ)来羽(くるは)君の不良グループ、でしたかな? 確か裏理事会からは千葉(ちば)君が護衛に当たっていますな。成程、眷属(けんぞく)ほど強い闇は残されていないでしょうが、最も強力に操られていた中心人物を特定出来れば、解析には充分でしょうな。』

『それならば間違い無く、仁観(ひとみ)君に心当たりが有る筈だわ。彼には才能があるから、解析に協力して貰うのも良いかも知れないわね。』


 愛斗(まなと)は少し身震いする思いがした。まるで何か、都合良く敵の本拠地へと導かれている様な、そんな感覚だった。

 しかし、西邑(にしむら)をどうしても止めなければならないと言い出したのは自分である。それ以前に、西邑(にしむら)に疑いを掛けて今の事態を招いたのも自分である。


『成程、無理ではなさそうですな……。しかし、一つ気に掛かる事があります。西邑(にしむら)君が敵の本拠地に単身乗り込もうとしているとして、果たして勝算は有るのでしょうか?』

『一人では無理ね。悪魔に勝てるとしたら、この世に三人しかいない。一人は(わたし)、もう一人は真里(まり)君、そして……。』

「あ、まさか……!」


 愛斗(まなと)憑子(つきこ)何時(いつ)の間にか明確に笑みを浮かべていた事に気が付いた。


聖護院(しょうごいん)先生……。」

『そう、悪魔は今彼の体に()いている。それは(わたし)が最も頼りになる味方、悪魔を(たお)し得る最大の戦力と見越した男よ。西邑(にしむら)君が考えているのは、聖護院(しょうごいん)先生の完全解放でしょう。裏理事会のメンバーが命懸けで悪魔の力を弱体化させた今なら、そして(わたし)たち以上に(ほこら)が持つ分離の力を使い(こな)せる闇の眷属(けんぞく)が寝返ったのなら、聖護院(しょうごいん)先生の完全解放は充分可能でしょうね!』

憑子(つきこ)會長(かいちょう)……貴女(あなた)はまさか……‼」


 愛斗(まなと)は今、はっきりと戦慄(せんりつ)を覚えた。愛斗(まなと)がぐずぐずと当ても無く西邑(にしむら)の行き先を探していたのを止めず、時間が経ってから助言したのは、西邑(にしむら)に手の届かない所まで行かせる時間を稼ぐ為。憑子(つきこ)の狙いは、最初から違っていた。


竹之内(たけのうち)先生、仰いました通り、(わたし)達が悪魔と遭遇してしまう可能性は無視出来ません。ですから()しもの時を考え、華藏(はなくら)學園(がくえん)(ほこら)に戦力を結集させておいてください。最悪の時は、西邑(にしむら)君が聖護院(しょうごいん)先生を解放させたのと同時に総力で敵を叩き、一気に(たお)してしまいましょう。』


 事態は風雲急を告げている。流れが一気に、全ての決着へ向けて動いている様な、そんな予感がした。

 そして愛斗(まなと)は、そんな絵を描いていたと思しき憑子(つきこ)が今、心底恐ろしく思えた。同時に、強い不信感が全身を覆い尽くす心持がした。


 何はともあれ、二人が互いに友を思う気持ちが、今一つの点へと結び付こうとしている。

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