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殺戮學園逝徒會畸譚  作者: 坐久靈二
第三章 神秘學園と一つの大願
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第五十四話 春が終わり散る花(下)

 山から遠ざかればますますその本当の姿を見ることができる。友人にしてもこれと同じである。


――ハンス・クリスチャン・アンデルセン

 少し時を戻し、火曜日午前、真里(まり)愛斗(まなと)西邑(にしむら)龍太郎(りょうたろう)が書店巡りをしている頃。

 裏理事会メンバーの内、愛斗(まなと)の護衛担当であるタージ・ハイドこと竹之内(たけのうち)灰丸(はいまる)西邑(にしむら)の護衛担当である旭冥(あさくら)(さくら)こと朝倉(あさくら)桜花(おうか)華藏(はなくら)學園(がくえん)の理事長室に呼び出されていた。


「彼に対して充分な警戒を怠った事、切にお詫び申し上げますわ。」


 旭冥(あさくら)は珍しく殊勝な態度で謝罪の言葉を口にした。裏理事会は日曜日の時点で西邑(にしむら)龍太郎(りょうたろう)内通の可能性を全員で共有し、担当の彼女は特に監視を厳命されていた。つまり、今その西邑(にしむら)が『學園(がくえん)の悪魔』に対抗する為の最重要人物である愛斗(まなと)と共に連絡が着かなくなっている事態は、彼女の大失態なのだ。


「いや、それを言うなら(わたし)も同じだよ。まんまと真里(まり)君に出し抜かれてしまった。今思えば西邑(にしむら)君と今日会うアポを取ったとしたら買い出しを指示したあの時だろう。彼が親友を問い詰めようとする事は充分予測出来た筈なのに、不用意にもその隙を与えてしまったのだ。ある意味、相手の能力が未知数であった旭冥(あさくら)先生以上に(わたし)の失態は重大だと言えよう。」


 竹之内(たけのうち)は深く溜息を吐いた。


「今、夫と連絡して華藏(はなくら)家の使用人一同を動員し、二人の行方を探させています。事此処(ここ)に至った以上は真里(まり)君の無事を祈る他ありません。」


 理事長の大心原(だいしんげん)毎夜(まいや)華藏(はなくら)家の執事長の妻である。当主にして一族唯一の人間である華藏(はなくら)月子(つきこ)の不在により、その使用人は今、彼女がある程度動かせる状態にあった。


「それにしても、裏理事会でも聖護院(しょうごいん)先生の次点を相争う実力者二人が揃ってこの体たらくとは……。」

「面目次第も御座いません。」

(わたし)も右に同じですわ……。」

「そしてそれ以上に恐るべきは……。」


 大心原(だいしんげん)の眼に鋭い光が帯びる。


「恐らく全力で警戒していた旭冥(あさくら)先生に影も形も掴ませぬ(まま)にその眼を逃れた西邑(にしむら)龍太郎(りょうたろう)君の力の程ですね。事と次第に因っては、『學園(がくえん)の悪魔』の懐刀(ふところがたな)看做(みな)し裏理事会の総力を(もっ)て討伐しなければならないかも知れません……。」

「言い訳ではありませんが、信じたくないですわね。あの若さであれほど耽美な人間の内面、報われざる慕情を鮮やかに艶やかに描き出した西邑(にしむら)先生が闇の眷属(けんぞく)に堕ちてしまっただなんて……。」


 旭冥(あさくら)は額を手で覆って運命を惜しんだ。




☾☾☾




 街の雑踏を背に、西邑(にしむら)は一人路地裏を歩いている。その双眸(そうぼう)には悲壮なる覚悟を宿し、懐に忍ばせた手帳を上着越しに抑えている。もう片方の手はスマートフォンを操作し、何処(どこ)かに連絡しようとしていた。


仁観(ひとみ)先輩ですか?」


 相手は同じ特待生の先輩、知己(ちき)である仁観(ひとみ)嵐十郎(らんじゅうろう)だった。


『おー、(りょう)君。どうしたんだ?』

「いえ、先輩にどうしても御伝えしなければと思いまして……。」


 悪魔との戦いに関わる人物の中で、仁観(ひとみ)だけは唯一西邑(にしむら)に掛けられた嫌疑について共有していなかった。その情報を共有したのは『裏理事会』のみであり、後は最初に気が付いた真里(まり)愛斗(まなと)戸井(とい)宝乃(たからの)、渦中のその人である西邑(にしむら)を除いていくと、必然的に彼一人がのけ者にされている状態なのだ。


仁観(ひとみ)先輩、真里(まり)の事を気に掛けてくれて、何かと助けてくれて、本当に感謝しています。貴方(あなた)が居てくれて良かった……。」

『何だよ、いきなり? 気持ち(わり)いじゃねえか。』

「闇の眷属と戦う力も独力で身に着けたと聞きました。矢張(やは)貴方(あなた)は物が違う。どうか今後とも、真里(まり)の力になってやってください。恐らく、彼には貴方(あなた)の支えが必要になりますから。」


 電話の向こうで、仁観(ひとみ)は少しの間黙った。


『……(りょう)君、何か良からぬ事を考えているな? お前も当然、(おれ)に頼って良いんだぞ?』

「ふふ、頭の良い貴方(あなた)なら勘付くだろうし、頼り甲斐の有る貴方(あなた)ならそう仰るだろうと思いましたよ。」


 西邑(にしむら)仁観(ひとみ)に飽くまでも事情を語らない。余り言葉が過ぎると全てを察知されかねず、そうなると性格上必ず仁観(ひとみ)は介入してくる。そうなった時、西邑(にしむら)には自分の意地を押し通せる自信は無かった。


「そんな貴方(あなた)なら、安心して真里(まり)の事を任せられる。頼みましたよ。では、どうかお元気で。」

『おい待て! (りょう)君何考えてんだ⁉ おい‼』


 だから西邑(にしむら)は一方的に電話を切った。

 仁観(ひとみ)という大人物を引き合わせる繋がりを作れただけ、少しは愛斗(まなと)の役に立てたと思いたい。――そんな思いから感謝を伝えたかっただけなのだ。

 後に願わくは、変わらず愛斗(まなと)にとっての良き兄貴分で居て欲しい。彼の性格ならば屹度(きっと)そう在ってくれるだろう。――そう安心したかった。


()て、次は……。」


 西邑(にしむら)は両手の位置をその(まま)に街道へと歩みを戻した。右手にすべき事を、左手にすべき理由を強く確かめながら……。




☾☾☾




 中学時代、西邑(にしむら)龍太郎(りょうたろう)の心には屁泥(へどろ)の様な憎悪と狂気が渦巻いていた。通常ならばそう言う年頃と片付けてしまう事も出来たのかも知れないが、彼の場合はその量も質も桁外れだった。

 彼にはずっと「普通」が出来なかった。集団生活に()ける暗黙の了解が理解出来なかった。そんな彼の扱いに周囲の大人は困り果てるか、呆れ果てるか(いず)れかだった。


 言う事を素直に聞けない、手の施し様が無い「劣等種」――それが周囲の人間が彼に貼った判定(レッテル)だった。そうと決まれば、彼に対してはその様に扱うようになった。大人達は執拗に過剰な程に管理しようとしたし、子供たちは陰湿に過酷な程に見縊(みくび)る様になった。


 こいつら、全員いつか殺してやろう。――当時の西邑(にしむら)の世界観はそれだった。


 そんな思いを文章に、物語に書き殴っている時だけは救われた。尽きる事の無い、溶岩の様に煮え(たぎ)る憎悪と狂気を趣向(しゅこう)を変えに変えて原稿にぶつける、その情熱は不落の太陽の様に彼の中で(かがよ)い続けた。


 (やが)てそれは彼の中で一つの才能となって開花し、人目を盗んで投稿した作品が賞に入選するに至った。それが彼にとって、一つの転機だった。

 初めて、他者から「優れた者」として評価された。更にその結果が華藏(はなくら)學園(がくえん)の耳に届き、特待生待遇までも得た。即ち、「是が非でも欲しい歓迎すべき逸材」として扱われたのだ。


 西邑(にしむら)龍太郎(りょうたろう)にとって、華藏(はなくら)學園(がくえん)というのは初めて手に入れた居場所になる様に思えた。が、それでも彼には未だ大きな問題が残されていた。(そもそ)も彼が孤立したのは集団生活に馴染む能力に乏しいという欠点に原因があり、それは何一つ改善していないのだ。


 彼の世界が本当の意味で色付くのは、そんな気難しい彼にも努めて分け隔て無く接しようとする級友と出会い、その背景に興味を抱き、そして親友となっていってからの事だった。




☾☾☾




 真里(まり)愛斗(まなと)は聞き分けの悪い人間である。華藏(はなくら)學園(がくえん)の生徒が助けを必要としている、とあらば看做(みな)せば何処(どこ)までも厄介事に首を突っ込んでくる、非常にしつこい少年である。それは(かつ)て彼を救った華藏(はなくら)月子(つきこ)への憧れによって形成された。

 そんな彼が、親友の出奔を以て素直に引き下がる筈が無い。


何処(どこ)だ……! 何処(どこ)へ行ったんだよ、西邑(にしむら)……‼」


 愛斗(まなと)は街を走り回る。目的は勿論、カラオケボックスから別れを告げて消えてしまった親友・西邑(にしむら)龍太郎(りょうたろう)を捜し出す為だ。


『彼には闇の眷属(けんぞく)と同じ血液が流れている、()わば使い魔の同類よ。(ほこら)の力を(わたし)たち異常に使い(こな)す事が出来る。(くろがね)自由(みゆ)同様、遥か遠くへ移動している可能性も有る。見つけ出すのは極めて困難だわ。』

「だからって、諦められる訳無いでしょ! あいつ、絶対良くない事を考えてる! 屹度(きっと)、思い詰めている筈だ‼ (ぼく)のせいじゃないか‼」

『それは違うわ。切掛(きっかけ)(きみ)に正体を見破られたからじゃない。問い詰められたからじゃない。(くろがね)(わたし)達の動向が筒抜けだった時、既に覚悟を決めていたと言っていたでしょう。』

「どっちにしても、このままにしておけない‼」


 最初から西邑(にしむら)側の事情を把握していた憑子(つきこ)愛斗(まなと)よりも幾分か冷静である。最終的に二人が訣別(けつべつ)の時を迎えるというのも織り込み済みだったのだろう。


(きみ)一人ではとても探せない、と言っているのよ。』


 しかし、只冷たく見棄てるという訳でもなさそうだ。


真里(まり)君、どうしてもやりたい事ならば、考え得る(あら)ゆる手を尽くしなさい。(わたし)が悪魔を滅ぼす為にそうした様に……。』

(あら)ゆる手……(ぼく)一人では駄目……。」


 愛斗(まなと)は立ち止まり、スマートフォンを取り出した。この端末の中には、今では様々な連絡先が保存されている。


「皆に事情を話して、協力して貰えるよう頼んでみます。西邑(にしむら)に勝手な事をさせてはいけない!」


 ()ず、愛斗(まなと)は恥を忍んで竹之内(たけのうち)灰丸(はいまる)に電話を掛けた。不義理を働いた時点で謝罪しなければならないのは当然であり、厳く叱られる覚悟をしていたが、竹之内(たけのうち)翁の応対は淡々としていた。


「あの……本当に済みませんでした。ただ、西邑(にしむら)の事を放ってはおけません。」

『事情は解りました。(わたし)達の方も、もう少し本腰を入れてこの疑惑に取り組むべきでした。(きみ)の胸中を思えば、居ても立っても居られないでしょうな。既に裏理事会としても出せる人手を総動員して西邑(にしむら)君の行方を捜しています。』

「有難う御座います……。」

『取り敢えず、訓練の無断欠席については後で話しましょう。今は、一刻も早く西邑(にしむら)君を見付けなくては。』


 次に、愛斗(まなと)が頼ったのは華藏(はなくら)學園(がくえん)の二人の友人、級友の戸井(とい)宝乃(たからの)と先輩の仁観(ひとみ)嵐十郎(らんじゅうろう)だ。


何処(どこ)か、西邑(にしむら)が行きそうな場所に心当たりはないか? (ぼく)が知らない様な……。」

『役に立つか分からないけど、あいつの噂も色々集めてるよ。()ずは……。』


 西邑(にしむら)は一人を好む人物で、親友の愛斗(まなと)ですら知らない事は多い。有名人ではあるので、噂好きの戸井(とい)には何か別の角度から情報が入ってきているかも知れない。


(りょう)君、(おれ)に変な事言って来たからまさかとは思ったが、そんな事になってたのか……。』

「済みません、仁観(ひとみ)先輩。あいつの行きそうな場所、一通り教えてください。」

『解ってるよ。手分けして何としても探さなきゃな。』


 仁観(ひとみ)もまた、愛斗(まなと)とは別に西邑(にしむら)と交友を持っている。この二人もまた、大きな力になるだろう。

 西邑(にしむら)知己(ちき)、その方面以外にも、愛斗(まなと)には人手の心当たりが有る。此方(こちら)西邑(にしむら)の事など(ほとん)ど知らないが、それでも人探しの為の動員数は多いに越した事は無い。


相津(あいづ)さん、久々の連絡で急にこんな事を頼んで申し訳ありません。」

『気にすんな。友達助けてえって思いが解らねえ奴は不良としても終わってる。だが済まん、一寸(ちょっと)事情が有って舎弟共は今動けねえ。後、知ってるかもだが尾咲(おざき)紫風呂(しぶろ)も連絡は付かねえだろう。』

「そうですか……。有難う御座います。」


 假藏(かりぐら)學園(がくえん)の不良、相津(あいづ)諭鬼夫(ゆきお)は覚醒剤事件の折に愛斗(まなと)と知り合い、連絡先を交換していた。唯、彼が言う様にもう一人同時に知り合った尾咲(おざき)(もとむ)(くろがね)によって亡き者にされているし、色々在って知り合った紫風呂(しぶろ)来羽(くるは)も『闇の逝徒會(せいとかい)』に操られた影響で現在も意識が無い。


 ()(かく)愛斗(まなと)は心当たりの有る知り合い全員に連絡し、協力して西邑(にしむら)を探し求める。親友が良からぬことを考えているのは明らかなのに、指を(くわ)えて結果だけを待ち(ぼう)けする等という薄情を、愛斗(まなと)に犯せる筈が無かった。


西邑(にしむら)、早まるなよ……! お前は今でも変わらず(ぼく)の親友だ! お前は一人なんかじゃないんだ‼」


 黄昏(たそがれ)時迫る街、夫々(それぞれ)の思惑は無常にも闇へと向かって行く。


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