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殺戮學園逝徒會畸譚  作者: 坐久靈二
第三章 神秘學園と一つの大願
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第五十一話 手詰まりと上の空

 美しき物、比翼の鳥が離れ墜ちるその刹那、互いの心の移ろう様、(たが)う心の(こじ)れる様。

 闇の中、男と女の絶叫、悲鳴が(こだま)する。


『全く、(きみ)達には失望したよ。』


 華藏(はなくら)月子(つきこ)の声を上から冷厳に突き立てられ、(くろがね)自由(みゆ)砂社(すなやしろ)日和(ひより)が倒れ伏していた。(もっと)も、二人の失態を(かえり)みれば主君の怒りは当然である。


(きみ)達は(わたし)の指示を離れ、勝手な行動に出た挙句、重大な失敗を犯した。』

「ぐぎゃああああっっ‼」

「ひぎいいいいいッッ‼」


 紫の(むらさき)に覆われた二人は全身から紫の体液を吹き出させている。恐らく、実を焼く様な耐え難い苦痛に抱き締められているのだろう。


(くろがね)君は、態々(わざわざ)仁観(ひとみ)嵐十郎(らんじゅうろう)という敵側の最も厄介な相手に我々と戦う手段に覚醒させた。その上、あろう事かこの(わたし)を裏切る素振りまで見せたな。』

「うぐ……。仁観(ひとみ)の件は……そうだが……裏切りは……違う……。 あれは飽くまで振りだ……。ただ活路を見出す為の方便……ぐああッッ‼」

『どうだかな……。砂社(すなやしろ)さん、(きみ)は『裏理事会』のメンバーに成す術無く完敗した(ばか)りか発信器を取り付けられたのにも気付かず、この隠れ処の場所を敵に漏らしてしまった。』

「ごめんなさい……。ごめんなさい……! アビイイイイッッ‼」


 二人の前に、闇の中から痩せた成人男性・聖護院(しょうごいん)嘉久(よしひさ)の姿が現れた。その表情は人間離れして冷たく、意識が彼自身のものではない事を雄弁に物語っている。この数日間で、肉体の主導権が再び悪魔に移りかかっている様だ。


『とはいえ、まだ(しばら)くの間は(きみ)達を頼らざるを得まい。しかし、今回の一件で(わたし)は非常に不安を覚えた。ここは、最後の手駒に本格的に動いて貰う他あるまい。』


 そう呟いた瞬間、聖護院(しょうごいん)の片目が上を向いた。上下互い違いに動く眼球の異様、それは未だ完全には聖護院(しょうごいん)の意識、支配が消えていない為である。


「最後の手駒……だと……?」


 片方の歯が食い縛られる。聖護院(しょうごいん)には該当する人物に心当たりが有る様だ。


『そうでしたね。聖護院(しょうごいん)先生、貴方(あなた)も御存じでしたね、そう言えば。あの夜に顔を見ていますものね。』

矢張(やは)りあいつか……! あいつは初めから……!」


 聖護院(しょうごいん)の片方の口角が歪に吊り上がる。


『闇は長く触れれば触れる程にその者へと馴染んでいく……。つまり、(わたし)の切り札、懐刀(ふところがたな)となるべきは最初から彼方(あちら)。では、早速一働きして貰いましょう。最初の仕事はもう決まっているのでね……。』


 彼の両眼が(あか)く妖しく(きら)めき、華藏(はなくら)月子(つきこ)のものとは思えぬ(おぞ)ましい高笑いが闇の中響き渡った。




☾☾☾




 翌日、月曜日。

 世間では週末の休息も終わり、慌ただしい社会の営みがまたしても始まる憂鬱な日であるが、華藏(はなくら)學園(がくえん)假藏(かりぐら)學園(がくえん)はこの日も休みである。そろそろ、長い休校措置に父兄から不安や苛立(いらだ)ちの声が出始める頃だろう。


 そんな中、閉鎖されている筈の華藏(はなくら)學園(がくえん)の校庭を、少年と老翁が貸し切り状態にしていた。


「どうしたんですか、真里(まり)君? 昨日の調子は何処(どこ)へ行ってしまったんです?」


 膝を突く真里(まり)愛斗(まなと)に、竹之内(たけのうち)灰丸(はいまる)は厳しく叱咤(しった)する。彼等が學園(がくえん)の校庭を使わせて貰っているのは、それが事態を解決する唯一の道だからだ。學園(がくえん)側もまた、一刻も早く『學園(がくえん)の悪魔』を(たお)す事を願い、彼等に全面的に協力している。訓練の続きを行う場所を提供しているのもその一環だ。

 にも拘らず、愛斗(まなと)は今一つ集中力に欠けている。老齢とはいえ熟練の戦士である竹之内(たけのうち)は、そんな気も(そぞ)ろな状態で太刀打ち出来る程甘くはない。何度やっても、愛斗(まなと)はあっさりと打ちのめされてしまっていた。


「これでは続けても意味が在りませんね……。少し間を置きましょうか。」

「す、済みません……。」


 竹之内(たけのうち)は溜息を吐いてインターバルを宣言した。愛斗(まなと)にとっては有難いと同時に申し訳無さが募ってしまう。彼が今一つ訓練に専念し切れないのには一つ、大きな理由があった。


『昨日の戸井(とい)さんの話……かしら?』


 憑子(つきこ)の質問は図星だった。昨日、帰りの電車で戸井(とい)宝乃(たからの)が呈した疑問は愛斗(まなと)の心に大きな楔を打ち込み、常に彼を責め苛んでいるのだった。


『あれは気にしても仕方の無い話だわ。』

「そうでしょうか……?」

『事の真相がどうあれ、(きみ)のやるべき事は一つでしょう?』


 憑子(つきこ)に諭されても、愛斗(まなと)の表情は浮かなかった。気の持ち様一つで悩みが霧散するならばどれ程楽だろうか。


「まあ、真里(まり)君の気持ちも解りますよ。青春とは悩み多きもの。しかも今、(きみ)が抱いているものは我々の戦いの行方をも左右しかねないものでもある。考えるなというのも酷な話かも知れません。」


 竹之内(たけのうち)もまた、理解自体は示していた。


「ですが、敵はそこに配慮してなど()れません。(むし)ろ、弱みを見せれば容赦なく突いてくると思った方が良いでしょう。逆に言えば、今(きみ)が悩んでいる事自体、敵の術中ということでもあると、こう考える事も出来るのです。ならば、我々とて手を(こまね)いている訳ではありません。」

『成程、既に手は打ってある、と?』

「手を打つと言う程の事ではありませんがね。昨日の情報を受け、『裏理事会』の全員に警戒を呼び掛けています。今の所、悪い情報は有りません。まあ、敵も動けなくなっているのでしょう。」


 竹之内(たけのうち)には当然、昨日(くろがね)砂社(すなやしろ)が『裏理事会』に襲い掛かってきた情報が入って来ている。つまり、二人を返り討ちにした事も知っている。ならば、『學園(がくえん)の悪魔』は動きを封じられている筈だ、という見解があるのだ。


()し昨日の話が(きみ)達の悪い想像通りなら、敵はそれを動かす他ありません。しかし、その動きは現状無い……。」

「つまり、外れていると考えて良いと?」

「そこまでは確定していません。しかし、矢張(やは)り『新月の御嬢様(おじょうさま)』が言う様に今思い悩んでも仕方が無いという事です。何とか気持ちを切り替えて貰うしかないのですよ。その為のインターバルです。」


 幾ら言い聴かせようと、そう簡単に憂いが取り除ける訳ではない、というのは先述の通りだ。である以上、このまま闇雲に続けても意味が無いのだから、一旦頭を切り替える時間を設けよう、というのは理に適っている。

 しかしそれは、愛斗(まなと)にとって単なる休憩ではなかった。


「取り敢えず、昼食を買って来なさい。」

「え? 昼食って、休校だから購買部も開いてないですよ?」

「そんな事は解っています。外で買って来るに決まっているでしょう。」


 愛斗(まなと)の顔は一気に青褪(あおざ)めた。

 華藏(はなくら)學園(がくえん)は山を買い取った広大な敷地を持つ。当然、徒歩で外の用事を済ませようとするとそれなりに距離があり、特に帰りは山登りを強いられる事になる。

 来る時は理事長・大心原(だいしんげん)毎夜(まいや)の運転する自動車に乗せて貰ったから良かったものの、彼女は學園(がくえん)に滞在しておらず、帰りの時刻にまた迎えに来る事になっている。

 つまり、必然的に愛斗(まなと)には未体験の苦行が待っていた。


「集中力に欠けていても体力作りくらいは出来るでしょう。」


 竹之内(たけのうち)はさも当然の様に愛斗(まなと)に言付けた。どうやら少なからず怒ってはいるらしい。


(わたし)も着いて行くけれど、体からは出させて貰うわね。』

「当然ですな。二倍の力を出されては意味がありませんから。」


 憑子(つきこ)愛斗(まなと)を突き放す。

 体力的な理由で挟む休憩ではないのだから、単純な運動に()って少しでも強化して時間を有効に使う、というのもまた理屈ではある。


「まあ、先程も申しました通り、図らずも今日は敵の動けない空白の日となっておりますから、襲撃を受ける危険は少ないでしょう。しかし、万が一の時は(わたし)に連絡を入れてください。到着まで時間は掛かるでしょうが、その期間まではどうにかこの三日で教えた事を実践し、持ち堪える事。良いですね?」

「は、はい……。」


 思っていた以上に、竹之内(たけのうち)は容赦が無かった。

 愛斗(まなと)は渋々、駆け足で運動場を離れ、華藏(はなくら)月子(つきこ)(かたど)る白い(むらさき)と共に初めての下山へと(おもむ)いた。


「一応、手が空いている鹿目(かなめ)さんにも連絡しておきますか……。彼女も怪我人ではありますが、人手不足ですから万一の時は頑張って貰わなければなりません……。」


 竹之内(たけのうち)はスマートフォンを取り出した。いざとなれば憑子(つきこ)と共に戦えば良いのだが、保険は確り掛けておくつもりらしい。



☾☾



 愛斗(まなと)は汗だくになりながら、どうにか最寄りのコンビニに辿り着いた。


『大変そうね、真里(まり)君。』


 一方で憑子(つきこ)は涼しい顔をしている。愛斗(まなと)としては華藏(はなくら)月子(つきこ)の顔が苦痛に歪む所など見たくはないのでそれは構わないのだが、対比して自分が草臥(くたび)れ切った顔を晒している所が冷蔵庫の硝子(ガラス)に映って情けない気持ちになってしまう。


「まあ、(ぼく)が悪いんですけどね……。」

『解っているじゃない。』

「……貴方(あなた)はそう言いますよね。労わってくれる人じゃないですよね。それも解っていましたよ。」


 愛斗(まなと)は溜息を吐いて氷のペットボトルを二つ手に取ると、パンを選ぼうと棚に移動しようとした。帰るまで時間が掛かる事を考えると、丁度良く氷が融けて飲めるようになるドリンクと熱を必要としないパンか辛うじておにぎりという選択しか考えられなかった。

 と、ここで愛斗(まなと)に意外な人物が声を掛けてきた。


真里(まり)。どうしたんだ、こんな所で?」

西邑(にしむら)……!」


 愛斗(まなと)の親友・西邑(にしむら)龍太郎(りょうたろう)。彼もまた今回の『闇の逝徒會(せいとかい)』との戦いに一枚噛んでいる。


「汗だくではないか。」

「例の件で色々やらされてるんだよ。これが結構きつくてさ……。」

「そうか……。何も(きみ)がやる必要は無いと、(わたし)個人的には思うのだが……。」

(ぼく)がやらなきゃ駄目なんだってさ、残念ながらね。」


 愛斗(まなと)は久々に自分の身を案じる言葉を聞いた気がした。正確には戸井(とい)も気に掛けてはくれているのだが、彼女の場合は愛斗(まなと)の使命を理解している。そこに疑問を呈したのは、西邑(にしむら)らしいと思った。

 西邑(にしむら)は手帳に何やらメモしている。この仕草も相変わらずだ。


「お前こそ、何やってるんだよ?」

「まあ、何となく學園(がくえん)の近くに来たくなってな。」

「護衛の人は?」

「四六時中一緒に居る訳ではないのでな。」


 愛斗(まなと)は考える。確かに、彼には時間が無いのかも知れないが、かと言って四六時中戦いの事を考えてもいられない。現に、今限界が来ているが故に買い出しを言い渡されている。


 だったら一層の事……。――愛斗(まなと)は固唾を飲んだ。

 強い決心を無言の内に自問自答して、西邑(にしむら)に言った。


「なあ、金曜日は悪かったな。」

「別に、気にする必要は無いさ。何時(いつ)も無理を言って付き合わせてしまっている訳だからな。」

「いや、埋め合わせがしたい。遊びに行かないか?」


 西邑(にしむら)を誘う愛斗(まなと)の提案に、憑子(つきこ)は眉を(ひそ)めた。そんな場合ではないだろう、とでも言いたいのだろうか。だが、彼女は何故か黙っている。


「それは構わんが……。何時(いつ)にする?」

「明日だ。」


 やや強く直近の日を指定する愛斗(まなと)に、西邑(にしむら)は少し驚いた様に瞠目(どうもく)した。

 愛斗(まなと)の眼差しには何か強い意志が宿っている。憑子(つきこ)が不本意そうにしながらも何も言わないのは、そこに理由が在るのかも知れない。


「どうしても、か?」


 西邑(にしむら)もまた、意味深に問い返す。しかし愛斗(まなと)の態度は揺るがない。


「強引で済まん。一寸(ちょっと)譲れないかも……。」

「そうか……。」


 西邑(にしむら)は何を思ったのか目を閉じ、そして小さく「解った。」と答えた。


「では、そろそろ(わたし)は失礼する。また明日な、真里(まり)。」

「ああ、また明日……。」


 西邑(にしむら)はそう言うと、何処(どこ)か小さな影を背負って店を出て行った。

 親友と別れた愛斗(まなと)に、(ようや)憑子(つきこ)は声を掛ける。


『一応言っておくけれど。(わたし)は反対よ。今は戦いの訓練を優先すべきだと思うわ。』

「一応、という事は解ってくれていますよね? 申し訳ないんですけど、今回は(ぼく)の勝手にさせて貰います。」

『まあ、(きみ)は意外と言う事を聞かないからね……。』


 憑子(つきこ)はそれ以上愛斗(まなと)を止めなかった。

 一先(ひとま)ず、愛斗(まなと)は買い物を済ませて學園(がくえん)へと戻る。



☾☾



 その後、愛斗(まなと)は見違える様な集中力で竹之内(たけのうち)との訓練の続きを熟し、彼に舌を任せる上達を見せた。手も足も出なかった初期と比べ、少しずつ相手の動きに対応出来るようになっていた。

 竹之内(たけのうち)は感心していた。そして、買い出しによる消耗が無ければ更に出来るようになっているだろうとも言っていた。想定以上に見込みが在った、という事だろう。


 今は『闇の逝徒會(せいとかい)』の動けない空白の時。しかし、その平穏が破られる時も近く、戦いは刻一刻と迫っている。それが何時になるかは分からないが、確実に不意を突く形で訪れるだろう。だからこそ、愛斗(まなと)は少しでも研鑽(けんさん)を積まなければならないのだ。


 解っていた。

 それは解っていた。

 しかしそれは思いも寄らない形で最悪の現実を突き付ける。


 間近に迫る大きな決壊を露知らぬまま、愛斗(まなと)達は一日を終えた。

 色々と疲れ切ってはいたが、翌日火曜日には西邑(にしむら)との約束がある。


 大事な、大事な約束である。

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