表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
殺戮學園逝徒會畸譚  作者: 坐久靈二
第一章 憑物少女と二つの學園
5/80

第五話 逝徒會

 死は(あら)ゆる命にとって最後の花婿(はなむこ)である。

 愛がどれ程深く、重く、切なく、苦しくとも、それは決して覆らない。

 ここでいう彼が抱いた嫉妬とは、愛する者の心を死に略奪された大き過ぎる絶望なのだ。


――音楽ライター・鹿目(かなめ)理恵(りえ)著、『青い血の鎮魂歌』より。

 奇妙な夜が明け、身に覚えの無い惨劇の痕が残された雨の山道。

 突然脳内に語り掛けて来た声に対し、真里(まり)愛斗(まなと)は困惑気味に問い掛ける。


「どういう……事だ? (ぼく)はどうしてしまったんだ⁉ お前は一体何なんだ‼」

『今はどうでも良いから、自分の置かれた状況を考えてみなさい。(きみ)以外の生徒會(せいとかい)役員全員が、(きみ)()(たま)れない思いをさせ続けた憎き相手達が、(きみ)の目の前で死んでいるのよ。こんな所を見られたら、誰だって真っ先に(きみ)を疑うわ。』


 声を聞いた愛斗(まなと)は考える。この異常な状況、(まず)い事は確かだ。

 だが(そもそ)も、何故(なぜ)こんな事になっているのか。思い出してみると、事此処(ここ)に至るまでの経緯(いきさつ)、その記憶は余りにも常軌を逸していると言わざるを得ない。


 愛斗(まなと)は親友の西邑(にしむら)龍太郎(りょうたろう)から奇妙な話を聞いたことがあった。

 曰く、人の精神は如何(いか)なる状況も潜在意識が求める(まま)に作り出してしまう事が出来るのだ、と。

 ならば自分は昨日の夜から何処(どこ)か変だったのではないか。本当はここにある死体の山と、自分だけ生き残っている事実が示す推測こそが真実で、今尚華藏(はなくら)月子(つきこ)の声に似た幻聴を作り出すことで都合良く逃げようとしているだけではないか。


「そう……だ。屹度(きっと)それが現実なんだ……。生徒會(せいとかい)の皆を殺したのはこの(ぼく)で、狂った(ぼく)は誰よりも心の中で大きくなっていた月子(つきこ)會長(かいちょう)の慰めを都合よく生み出しているに過ぎないんだ……。」


 そうでしょう、と愛斗(まなと)は宙吊りに為っている月子(つきこ)の死体を見上げ、問い掛けた。

 当然、彼女の表情は微動だにしない。

 ()しかすると幻覚で笑い掛けてくれるのではないか、と期待したが、外されてしまって少しだけ残念だった。


 自問自答、そして被害者への問い掛けに、声は消え去ってしまった、かに思われた。

 しかし暫しの間を置き、声は彼の予想もしない答えを返して来た。


『だったら自首すれば?』

「え?」

『そこまで思って、(わたし)の事も自分自身の事も信じられないのなら、一層自分が殺しましたって警察にでも駆け込めば良いわ。別に、それで事件は一件落着するでしょうし、何の不都合も無いでしょう? (きみ)の人生なんて、台無しになったところで世の中の損失は高が知れているもの。』


 都合の良い妄想だと思っていた月子(つきこ)の声に突き放され、愛斗(まなと)は困惑を覚えた。

 そんな彼の想いなど一顧だにする価値も無いと(ばか)りに、声は続ける。


(そもそ)も、都合の良い妄想なら生徒會(せいとかい)役員の死体が見える時点でおかしいでしょう。一番隠したい現実だけ見る位なら、死んだ彼等とこれからも変わらず過ごす幻覚に生きるくらいまで狂いなさいよ。その方が、(わたし)達が優しくなった妄想だって出来るんだから、(きみ)にとっても嬉しい筈じゃない。』


 愛斗(まなと)は思い出した。

 嗚呼、月子(つきこ)會長(かいちょう)ってこういう人だ、と。

 いつもいつも、昨晩だって彼女は自分の意思が絶対で此方(こちら)の都合や考えなど歯牙にも掛けないのだ。

 彼は恐る恐る声に尋ね返してみる。


「幻聴じゃないと、そう思って良いんですね?」

(きみ)が考えたい様に考えれば?』

「じゃあ、良いですよ。解りましたよ。」


 依然として、声は答えをくれない。ならばもう、一層の事そういう事にしてしまおう。これが狂気の産物ならば、最期まで身を委ねて狂い果ててしまおう。どうせこんな状況、正気で居られる筈が無いのだから。


貴女(あなた)を信じますよ。自分の無実を信じて立ち回りますよ。」

『そう。だったら(わたし)の言う通りにしなさい。一旦第一合宿所に戻るわよ。』


 愛斗(まなと)はなるべく現場を荒らさない様に、痕跡を残さない様に注意し乍ら、その場から立ち去った。




☾☾☾




 第一合宿所に戻った愛斗(まなと)は再び襤褸々々(ボロボロ)の納屋で埃に塗れ、顔を顰めていた。


『掃除しておきなさいと言ったでしょう。』

(ぼく)に出来る限りの事はやったんですよ、これでも。」

『じゃあ(きみ)は掃除も真面に出来ない無能だという事ね。』

「もう半年も一緒に居るんだから能力と仕事の兼ね合いを考えて欲しかったですけどね。」


 今までの愛斗(まなと)からは想像も出来ない程、声の主への反論がすらすらと浮かぶ。恐らく相手の声だけで月子(つきこ)の姿が見えない事と、何だかんだで自分の妄想を相手にしているという疑惑を拭い切れない事が彼の態度を(かえ)って強気にしているのだろう。


『成程、そういう事なら(わたし)にも考えがあるわ。』


 声がそう言うと、愛斗(まなと)の目の前に彼の身体から白い(もや)が噴き出して来た。

 そしてそれは、次第に月子(つきこ)の姿形を採って行く。


「うわあ! 華藏(はなくら)會長(かいちょう)‼」

『この姿を前にすれば、少しは元の(しお)らしく可愛い真里(まり)君に戻るかしら?』


 確かに、愛斗(まなと)は彼女の姿を見るだけで驚いて腰を抜かした。

 そんな彼を見て、彼女は得意気な笑みを浮かべる。


『さて、時間的にもうすぐ昨日頼んでおいた朝食の出前が来るわ。(きみ)はそれを自然に受け取り、食べ始めなさい。こんな汚らしい場所だけれどね。(ちな)みに教えておくけれど、メニューはおにぎりが二つ、梅と鮭。それから、茹で卵と唐揚げが一つずつ、後は法蓮草の炒め物が和えられた少々のシンプルな軽食よ。』

「うっ……‼」


 愛斗(まなと)の脳裏に電流が走った。

 彼女が態々(わざわざ)朝食の内容を告げた理由、それは愛斗(まなと)が知る筈も無い情報を与える事によって、自らの存在を彼の妄想ではないと証明する為だろう。その意図をすぐに察し、愛斗(まなと)は言葉が出なかったのだ。


『思っていたより察しが良さそうね。答え合わせはすぐよ。多分、その後配達員は第二合宿所に向かうでしょうけれど、当然そこには受取人である筈の(わたし)達が居ない。その時初めて、(わたし)達の行方が不明であると判明するのよ。』


 そういう事なら、出前が来る前に目が覚めて戻って来られたのは幸運だったかもしれない。受取人が誰も居ないと配達員は不審に思い、學園(がくえん)の職員に尋ねるだろう。そして捜索が行われ、禁域であの様な状況を発見されれば愛斗(まなと)は彼女が言った通り殺人の罪を濃厚に疑われるに違い無い。


『勿論、すぐに動くのは駄目よ。(きみ)は取り敢えず、配達員から(わたし)達の分の食事を受け取りなさい。受け渡しさえ済んでしまえば、配達員もそれ以上の追及はしないでしょう。』


 彼女曰く、愛斗(まなと)以外の生徒會(せいとかい)役員が行方不明であると他人が気付く、という過程が重要であるとの事だ。これには愛斗(まなと)も納得した。


「その後は、どうするんですか?」

『まさか放っておく訳には行かないでしょう? すぐに職員室へ行き、宿直の先生に連絡しなさい。(わたし)達が消えた事は御家族に直ぐ連絡されず、學園(がくえん)の関係者だけで捜索が始まるでしょう。あの時の様にね……。』

「あの時?」


 愛斗(まなと)は彼女がまるで前例の存在を知っているかの如き言葉を漏らした事に引っ掛かりを覚えた。

 すぐに彼女も失言に気付いたのか、取り繕おうとする。


『何でも無いわ。今は忘れなさい。()(かく)(きみ)は全て他人を介してこの件に関わるのよ。良いわね?』


 彼女はそう告げると愛斗(まなと)の目の前から霧散するように消えてしまった。まるで逃げる様にも見えたが、その理由はすぐはっきりとする。



☾☾



 程無くして朝食の出前が配達されたので、愛斗(まなと)は手筈通りに全員分を受け取り、配達員を見送った。

 そして、少し時間を置いて職員室へ向かい、国語教師の海山(みやま)富士雄(ふじお)に役員達が消息を絶ったことを伝えた。

 海山(みやま)は先日愛斗(まなと)の授業態度を注意して以来彼の事を快く思っていないと露骨に解るほど目の敵にしている。当初も彼の言葉を信用していなかったが、愛斗(まなと)が引き下がらなかったため露骨な溜息を吐いて一件を引き継いだ。


「わかったわかった。この件は此方(こちら)で対処するから、お前はもう家に帰ってろ。」

「え? 警察を呼ぶとか、事情聴取とか、そういうのがあるなら残った方が良いんじゃ……。」

「あったとしてもお前に話が行くのは長引いた時だけだ。すぐ見付かればそれでお終いだろうが。」


 本当に内々で解決するつもりなんだ……。――愛斗(まなと)月子(つきこ)(もや)が言った通りになって内心少し驚いていた。

 海山(みやま)は明らかに面倒事を押し付けられたと迷惑がって眉間に皺を寄せている。


「全く……。聖護院(しょうごいん)先生といい生徒會(せいとかい)といい、今迄真面目だった人間が何をやっているんだ……。」

聖護院(しょうごいん)先生……がどうかしましたか?」


 数学教師・聖護院(しょうごいん)嘉久の名前が出た事で愛斗(まなと)は昨晩の出来事をまた思い出した。


「まさか、あの人も?」

「おっと、つい口が滑った。まあ良い、誰にも言うなよ? 実は今日、(おれ)が宿直をやっているのはあいつの代わりなんだよ。連絡が付かないっていうからな。お陰でこっちは休日返上だ全く……。」


 海山(みやま)の対応が終始横着気味で冷たいのも彼の立場からすれば無理からぬ事なのかも知れない。

 しかし、同僚は()(かく)生徒の身の安全が懸かっている話なのだからそこは一旦忘れて真摯に対応する責任が有るのではないか、と愛斗(まなと)海山(みやま)に不信感を覚えた。


『どうせこんなものよ。ここは海山(みやま)先生の言う通り、家に帰りなさい。』

「わかりました……。では、(ぼく)はもう帰りますね。又何かあったら呼んでください。」

「無い事を祈るよ。色々と、な。」


 海山(みやま)愛斗(まなと)に対しても皮肉をぶつけたが、気付かない振りをして一礼し、職員室を後にした。

 そしてすぐに昼の出前のキャンセルを連絡した。

 出前相手を知らなかった愛斗(まなと)にまた声が連絡先を教えた事で、愈々(いよいよ)声は彼にとって現実味を帯びてきた。


 その後、バスに乗って帰宅する迄は頭の中に声が聞こえてくることは無かった。

 バスに揺られながら愛斗(まなと)は、死体が見つかった時に結局自分が疑われる事に変わりは無いのではないか、と思い煩わされながら海山(みやま)からの連絡に身構えていた。




☾☾☾




 家に帰った愛斗(まなと)は真っ先に母親の(もと)へ行き、海山(みやま)からの連絡が無かったかと尋ねた。母親は首を傾げ、特に何も無いと答えを返した。


『やっぱりね……。』


 自分の部屋のベッドに荷物を置き、椅子に坐って机に向かうと、沈黙を貫いていた声が再び彼に囁いた。


「何が『やっぱり』なんですか?」


 愛斗(まなと)は再び声に鎌を掛けた。声が自分の幻聴でないと証明するには、自分の想像も及ばない事を言わせるしかない。考えてみれば朝食の出前の内容は、偶然当てられる事が在り得ないでもない。昼の出前は昨晩及び朝とは違う店という事である程度消去法が効く。

 そんな彼の前に、再び白い(もや)が集まって華藏(はなくら)月子(つきこ)の姿を顕した。


『先に言っておくわね、真里(まり)君。心配しなくても、學園(がくえん)の禁域で生徒會(せいとかい)役員の死体が見つかる事は無いわ。』

「どういう事ですか?」

『死体はもうあの場所には無いのよ。』


 愛斗(まなと)は彼女の言葉を意外に思ったが、同時に荒唐無稽とも思えなかった。あれだけ目立つ形で七人もの人間の死体が山道に放置されていたら、人手を出せば幾ら禁域とはいえ一日探して見付からず、此方(こちら)に連絡して来ない訳が無い。


「誰かが動かしたという事ですか? ひょっとして連絡の付かない聖護院(しょうごいん)先生が……。」

『どうかしらね……。』


 彼女はまたしても答えを逸らかした。


「あの、そろそろ教えてくれませんか? 華藏(はなくら)會長(かいちょう)、昨晩貴女(あなた)聖護院(しょうごいん)先生と一緒に(ぼく)の事を巻き込んで、何をしようとしていたんですか?」


 愛斗(まなと)は彼女に全ての核心を問い掛けた。

 いい加減にそれを話して貰わなければこれからどうすれば良いのか、訳が解らない。


真里(まり)君、我が華藏(はなくら)學園(がくえん)には想像を絶する〝闇〟があるのよ。』

「闇……?」

『そう。生徒會(せいとかい)役員を殺したのは華藏(はなくら)學園(がくえん)の〝闇〟と、それを利用しようとした一人の悪魔なの。(わたし)はその〝闇〟を暴き、悪魔を殺そうとした。しかし、逆に肉体を失って、(きみ)に取り憑いて存在する他無いこんな有様になってしまった……。』


 彼女が言う、華藏(はなくら)學園(がくえん)の「闇」。昨日の夜、禁域に入る前に電話で彼女から仄めかされた、古い建物が多過ぎる理由。態々異界へ通じるオカルトスポットに學園(がくえん)を建てた事に何か関係があるのだろうか。


「なってしまった、じゃないですよ。悪いけど(ぼく)にとっては良い迷惑だ。」

『そうね。(わたし)もまさか真里(まり)君と共同生活をする羽目になるとは思わなかったわ。でも、解消する為には(きみ)にも一肌脱いで貰う必要がある。』

(ぼく)にどうしろと言うんですか?」


 愛斗(まなと)の問い掛けに、月子(つきこ)の姿をした(もや)はその双眸を鋭く光らせて小さく笑った。


(きみ)(わたし)の遺志を継ぎ、學園(がくえん)の闇を暴くのよ。()わばこれは、(わたし)(きみ)と一緒に取り掛かった大仕事、そのやり残し。(わたし)たち生徒會(せいとかい)の最後の後始末よ。』

「ええ⁉ そんなこと言われても、(ぼく)には學園(がくえん)の『闇』と云うのが何の事なのかすらさっぱり……。」

『心配は要らないわ。』


 愛斗(まなと)の不安と不平を彼女は一蹴する。


『どうせ明日には、學園(がくえん)中にその〝闇〟が襲い掛かる。生徒會(せいとかい)最後の役員として、(きみ)は生徒達をその〝闇〟の毒牙から守りなさい。』

華藏(はなくら)會長(かいちょう)……そんな無茶な……。」

『無茶だと弱音を吐いている場合じゃないし、そんな事はこの(わたし)が許さないわ。これは會長(かいちょう)命令。(もっと)も、今は〝生徒(せいと)會長(かいちょう)〟なんて名乗れないわね……。』


 そう言うと彼女の(もや)愛斗(まなと)の身体に入り込んだ。

 何事か、と思っていると愛斗(まなと)の身体が意思に反して動いていく。


「な、何が……?」

『何って、(わたし)(きみ)の身体を動かしているのよ。』


 声は頭の中でいけしゃあしゃあと告げると、ノートにボールペンで文字を書いていく。


『良い? 華藏(はなくら)月子(つきこ)を始めとした生徒會(せいとかい)役員はあの夜死んだ。即ち、(わたし)は今や生きた學徒(がくと)ではない。』


 愛斗(まなと)の手が三文字の漢字を書き終えた。


(わたし)達が今から名乗るべきは、〝逝徒會(せいとかい)〟。そして(わたし)(きみ)に取り憑く意識の残骸。即ち……。』


 再び文字が書き記されていく。今度は二文字だ。


(わたし)の事は〝憑子(つきこ)會長(かいちょう)〟と御呼びなさい。』


 愛斗(まなと)は自らの身体に自分の意思が戻ったのを感じながらも、その二つの言葉、たったの五文字から目を離せずに凝視していた。

お読み頂き誠にありがとうございます。

宜しければいいね、ブックマーク、評価、感想等お待ちしております。

また、誤字脱字等も見つかりましたらお気軽に報告いただけると大変助かります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ