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殺戮學園逝徒會畸譚  作者: 坐久靈二
第三章 神秘學園と一つの大願

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第四十七話 試練と修練の場

 教育こそ、人類の財産である。神秘こそ、人類の希望である。


――華藏(はなくら)鬼三郎(きさぶろう)

 和装の寝室で敷かれた布団に腰掛ける真里(まり)愛斗(まなと)戸井(とい)宝乃(たからの)竹之内(たけのうち)文乃(あやの)に、家の主である竹之内(たけのうち)灰丸(はいまる)は静かに話を続ける。


華藏(はなくら)學園(がくえん)創立の目的は(まさ)(ほこら)の力の研究でした。何を隠そう、我々裏理事会も元はというとその為の組織だったのです。」

「そうなのですか?」


 愛斗(まなと)達は學園(がくえん)長の大心原(だいしんげん)毎夜(まいや)から裏理事会の目的について、(ほこら)(まつ)わる『學園(がくえん)の悪魔』と戦う事であり、その為の戦力を集めるべく推薦枠が設けられたと聞かされていた。


「確かに、現在では(もっぱ)らそのリソースは『學園(がくえん)の悪魔』への対抗策に終始しております。ですが何故そうなったかというと、(そもそ)華藏(はなくら)學園(がくえん)(ほこら)を研究する中で悪魔の存在を暴いた事で、その脅威に気付いたからです。そこで当初の目的を放棄し、悪魔と戦い最終的に滅ぼす事を目指す様になったという訳です。」

『当初の目的……?』


 愛斗(まなと)の中から憑子(つきこ)が疑問を呈した。


『それは、この世界の歴史を循環構造から解き放つ事、で良いのかしら?』

「その辺りは少々複雑でしてね。また、學園(がくえん)の負の側面を暴く事にもなる……。」


 竹之内(たけのうち)翁は眉間に皺を寄せ、少し困った様な表情をして腕を組んでいた。説明が難しい、という事だろうか。


「まあ、その辺りはまた明日聞いてみれば良いでしょう。真里(まり)君にはやって貰わなければならない事が在りますし。」

(ぼく)がやらなければならない事?」

「ま、今回の旅の第二の目的といった所でしょうかな。貴方(あなた)には(わたし)達、裏理事会の『通過儀礼』を受けて頂かなくてはなりません。その為に、明日も(わたし)と同行して貰いたい。」


 娘の文乃(あやの)が祖父の方へ視線を遣った。彼女は竹之内(たけのうち)翁の真意を直ぐに察したらしい。


『成程、あの場所であれを行うという訳ね……。』


 憑子(つきこ)にも心当たりが有る様だ。以上の情報と、裏理事会の通過儀礼と言う名目から、愛斗(まなと)も何となく目星が付いた。


()しかして、そこで『闇の眷属』との戦い方を教えて頂けるのですか?」

「中々勘が宜しいですな。御明察の通りで御座います。」


 昼間の電気街に於ける事件で愛斗(まなと)が難儀したのは、(くろがね)自由(みゆ)を相手に決定打となる攻撃手段が無かった事だ。確かに、今後彼の主である『學園(がくえん)の悪魔』と戦う事を考えると、このままで良い筈が無い。理事長からも戦う術を身に付ける事は要求されており、早くもその機会が巡って来たという事か。


「解りました。明日は宜しく御願いします。」


 愛斗(まなと)竹之内(たけのうち)家の二人に頭を下げた。愈々(いよいよ)、闇への反転攻勢に向けて本格的な準備が始まる。

 と、そんな所へ穏やかだが不機嫌そうな中年女性の声が不意に聞こえてきた。


「話は御済みですか?」

「あ、ああ……。」


 竹之内(たけのうち)翁は愛斗(まなと)の背後に強張った笑みを向ける。振り向くとそこには腕を組んだ彼の妻が立っていた。


「確か貴方(あなた)にはお風呂の準備をお願いしていた筈ですが、もたもたしていてはお客様が何時(いつ)まで経ってもお休みになれないのでは?」

「然様で御座います……。」


 しょぼ暮れた顔で渋々、竹之内(たけのうち)翁は妻から言われた用事を済ますべく立ち上がり、寝室を去って行った。妻はそれを見送ると、「やれやれ。」といった様子で溜息を吐いた。


「あの、大変ですね……。」


 戸井(とい)が恐る恐る彼女に声を掛けた。愛斗(まなと)と同じく、竹之内(たけのうち)翁の為人(ひととなり)の駄目な部分を戸井(とい)もまた何となく察している様だった。

 そんな彼女に、竹之内(たけのうち)の妻は笑顔で答える。


「ま、それを承知で結婚しましたから。あの人、元はというと(わたし)の先生でね。丁度、(わたし)が卒業する間近になって前の奥さんを亡くされて何も出来なくなったあの人を見て、ね……。」


 彼女が竹之内(たけのうち)よりも一世代若い事には少々事情が有るという事だ。同時に、彼女は竹之内(たけのうち)翁が当初よりこういう駄目な人間だと判った上で結婚を受け容れたらしい。

 尚、文乃(あやの)は彼女の子ではなく、竹之内(たけのうち)が前の妻との間に設けた連れ子である。


「確かに、あの人は色々と駄目な人ですよ。でも、(わたし)は別に後悔はしていませんよ。そういう所も含めて、好きになってしまったんですもの。色々と余計なお世話を焼こうとする人も居ますけれどね。」


 惚気(のろけ)話をする彼女は、相応に皺の刻まれた顔に屈託無く笑顔を咲かせた。


「誰が何と言おうと、今(わたし)は幸せですよ。そう(わたし)が自覚している、それ以上の何が必要なのか、(わたし)には解りかねますね。」


 取り留めも無い、よくある夫婦仲についての会話だった。そんな普通の話が聞けたことは、ここ数日間すっかり非日常の異様な世界に浸かり切っていた愛斗(まなと)にとってある種の癒しだった。


 こうして、愛斗(まなと)憑子(つきこ)、そして戸井(とい)學園(がくえん)から遠く離れた地で金曜の夜を経て週末を迎える。




☾☾☾




 翌日、愛斗(まなと)戸井(とい)竹之内(たけのうち)灰丸(はいまる)文乃(あやの)と共にタクシーで目的地へと移動した。

 竹之内(たけのうち)翁曰く、もう彼も歳だという事で運転免許は返納済みだという。本人はまだまだ運転できるつもりでいたが、妻に危なっかしいと言われて渋々従ったらしい。如何(いか)にも彼らしいエピソードである。


 タクシーを下車し、(しばら)く山を登っていく。因みに、早々愛斗(まなと)は一人の老人を背負う羽目になった。如何に二倍の力が有るといえど、これから戦う術を習得しようという人間もそれ以前から負荷を掛けるのはどうなのか、という話だが、確実に場所を知っているのが竹之内(たけのうち)翁だけなので仕方があるまい。


憑子(つきこ)會長(かいちょう)文乃(あやの)さんは御存じないのですか?」

『今の(わたし)は記憶力に自身が無いわ。』

「ここから先の道は複雑なのです。何度も来なければ完璧に把握する事は出来ません。一人で帰ろうとしても、確実に道に迷うでしょう。」


 文乃(あやの)の言葉は即ち、これから愛斗(まなと)が逃げられない状況に置かれる事を暗に示していた。序でに、憑子(つきこ)愛斗(まなと)との脳の共有を惜しむのも久し振りである。


「まあ、いきなり訓練を始める訳ではありません。その前に、少々お時間を頂きたい。」

「何かあるのですか、竹之内(たけのうち)先生?」

「昨日お話しましたでしょう? 學園(がくえん)が創立された当初、『學園(がくえん)三巨頭』が何を目的としていたのか、その話を聞いて貰おう、と……。」


 文乃(あやの)の言った通り複雑に入り組んだ山道を進む愛斗(まなと)達の前に、見覚えの有る光景が見えてきた。


「あれは……。」

「もう一つの……(ほこら)?」


 彼等が辿り着いたのは、學園(がくえん)の山道に在る(ほこら)と同様のものだった。假藏(かりぐら)學園(がくえん)のものと合わせると三つ目、華藏(はなくら)學園(がくえん)の者が本物だとすると、二つ目の形代だという事になる。


假藏(かりぐら)學園(がくえん)の物と比べて距離がある為、普段は互いに機能しないのですがね。此方(こちら)此方(こちら)で結構重要なのですよ……。」


 竹之内(たけのうち)はそう言うと愛斗(まなと)の背中から降り、(ほこら)の観音開きに手を掛けた。


『あれは……!』


 (ほこら)の中に安置されていたオブジェに愛斗(まなと)憑子(つきこ)は見覚えが有った。蜘蛛(くも)の形をした奇妙な器、華藏(はなくら)學園(がくえん)(ほこら)に在ったものと同じだ。


「この蜘蛛(くも)が何を意味するのかは判っておりません。まあ、(かつ)て神武東征で(まつろ)わぬ勢力を土蜘蛛(つちぐも)と呼んだりしたそうですが、関連は不明です。(ほこら)は今のところ、全国に四ケ所、此方(こちら)東方にはあともう一つ見付かっており、その全てにこの様な物が祀られているのです。祖父の調べに()ると、旧文明の時代、歴史の闇に暗躍した四人の闇の眷属が居たそうですが、(ほこら)の数との符合は興味深いですな。」


 そう言うと、竹之内(たけのうち)は手を叩いた。


「一つは二つに。どうぞお出でくださいませ。」


 それは丁度、全ての始まりだった惨劇の夜に数学教師・聖護院(しょうごいん)嘉久(よしひさ)が唱えた言葉と同じだった。(ほこら)の力の一部を端的に示す言葉、もう御馴染(おなじみ)のものだ。

 しかし、今回白い(もや)が噴き出たのは誰かの体ではなく、蜘蛛のオブジェからだった。しかも、一つでは無く三つ。それらは夫々(それぞれ)見覚えの有る三人の人型を模っていく。


「あ、まさか……。」

「昨日言いましたね。彼等は未だこの世に存在し続けていると。」


 昨日、竹之内(たけのうち)の研究室で見た写真の三人、『學園(がくえん)三巨頭』こと華藏(はなくら)鬼三郎(きさぶろう)――華藏(はなくら)月子(つきこ)憑子(つきこ)の高祖父、聖護院(しょうごいん)稔久(なるひさ)――聖護院(しょうごいん)嘉久(よしひさ)の曾祖父、そして竹之内(たけのうち)斧丸(おのまる)――竹之内(たけのうち)灰丸(はいまる)の祖父である。


「お久し振りで御座います、學園(がくえん)の偉大なる創設者達、『學園(がくえん)三巨頭』の御三方……。」

『うん、裏理事会の戦力増強か。状況は解っている。』


 真ん中の老翁が小さく頷いた。一人年代が違う彼こそ、間違いなく全ての始まりの人物、戦前の豪商・華藏(はなくら)鬼三郎(きさぶろう)だ。

 愛斗(まなと)戸井(とい)も、そして憑子(つきこ)も驚きを隠せなかった。


曾々御爺様(ひいひいおじいさま)……! まさか此処にずっといらしたなんて……‼』


 愛斗(まなと)の身体から憑子(つきこ)が白い(もや)となって噴き出し、華藏(はなくら)月子(つきこ)の姿で高祖父達と向き合った。三人の男を模った白い(もや)達は彼女に白羽の矢を立てている。


「ふむ、戦う術を会得するだけならば、態々(わざわざ)彼等と会う必要は有りませんからな。聖護院(しょうごいん)先生にとっても、引き合わせる理由は無かったのでしょう。」


 竹之内(たけのうち)が言う様に、憑子(つきこ)は一度この(ほこら)を訪れた事がある。それは当に、聖護院(しょうごいん)嘉久(よしひさ)に教えを乞い闇と戦う術を身に付ける為だった。


『昨日、刺青(いれずみ)の少年が行った余りの蛮行……。例の悪魔が本格的に動き出したのだと嫌でも解る。戦力を急増せねばならんことも。』


 向かって左の(もや)竹之内(たけのうち)斧丸(おのまる)曰く、(くろがね)自由(みゆ)が行った大規模な殺戮から彼らが事を察したらしい。

 しかし、その上で今度は向かって右の(もや)聖護院(しょうごいん)稔久(なるひさ)が続ける。


『しかし、闇の眷属と戦う術は一朝一夕で身に着くものではない。其処(そこ)な少女はまずものにならんだろう。』

「承知しております。しかし、少年の方は可能性が有ると、御三方もお判りになると存じますが……。」


 どうやら戸井(とい)が戦いに加わることは出来ないらしい。だが、愛斗(まなと)にはとある理由から見込みが在るとの事だ。


『確かに、少年は既に戦う術を身に着けた我が玄孫(やしゃご)を身体に共存させておる。ならばその力の行使に体が慣れており、即席での体得も充分可能だろうな。』


 華藏(はなくら)鬼三郎(きさぶろう)の視線が憑子(つきこ)から愛斗(まなと)に移った。文字通り天の上の人間だと思っていた鬼三郎(きさぶろう)との対面に、愛斗(まなと)の背筋は自然に伸び、体が強張る。

 だが彼にはどうしても訊いておかなければならない事があった。


「は、初めまして。(ぼく)真里(まり)愛斗(まなと)と言います。貴方(あなた)達が創立なさった華藏(はなくら)學園(がくえん)で四年間の時を過ごし、今五年目です。正直……既に亡くなられている筈の貴方(あなた)達と御会い出来た事、大いに驚いています。」


 鬼三郎(きさぶろう)の眉間に深い皺が刻まれる。しかし愛斗(まなと)は臆さず続ける。


不躾(ぶしつけ)な質問だとは承知しております。しかし、(ぼく)は自分が戦う理由をきちんと知っておきたい。だからどうか教えてくださいませんか? 貴方(あなた)達が華藏(はなくら)學園(がくえん)を創設した本当の目的と、今の今までこの様な形を取って貴方(あなた)達がこの世に留まり続けたその理由を。」


 意を決した愛斗(まなと)の質問に、(しば)しの沈黙が流れた。『學園(がくえん)三巨頭』は彼を見定める様にじっと見詰めている。

 すると、竹之内(たけのうち)灰丸(はいまる)愛斗(まなと)に助け舟を出した。


「御先祖様方、話し辛い事は薄々察しております。しかしどうか……。」

『解っておる。』


 孫の言葉を遮る様に、竹之内(たけのうち)斧丸(おのまる)が答えた。


『彼は、彼等は元々、ただ我々の創立した學園(がくえん)に魅力を感じ、学び舎として選んでくれただけの罪の無い若者達だ。このような面倒事に巻き込まれる(いわ)れも無く、(あまつさ)え戦いに加わろうと言うならば当然知る権利が有るだろう。』


 竹之内(たけのうち)斧丸(おのまる)の言葉に続き、華藏(はなくら)鬼三郎(きさぶろう)が小さく頷いて語り始める。


(わし)から話そう。全ての最高責任者としてな。真里(まり)とやら、古文書の話は聞いたか?』

「はい。」

『ならば、この世界の循環構造についても把握しておる事だろう。だから付け加える事があるとすれば、その循環構造を利用して我々が何をしようとしていたか、だ。』

「循環構造を、利用?」


 愛斗(まなと)は違和感を覚えた。昨日竹之内(たけのうち)から聞いた話だと、學園(がくえん)の創設は循環構造を脱する為だった筈だ。


「どういう事なのですか? (ぼく)の聞いていた話と異なる様ですが……。」

『丸切り違うという訳ではない。循環構造からは脱するし、その為に(ほこら)を研究しようとした。だが我々にとって重要だったのは、如何(いか)なる世界を(もっ)て循環を終えるかという事だった。』


 風が木立を鳴らした。朝早いというのに、何処となく辺りに影が差している様だった。

 屹度(きっと)、これから語られる内容は楽しい話ではないのだろう。慣れ親しんでいた學園(がくえん)の、本当の真実は受け容れ難いものなのだろうと、愛斗(まなと)達に予感させる様だった。


「つまり、それは今の世界ではない、と……?」


 愛斗(まなと)は恐る恐る尋ねた。若し答えがイエスならば、それは即ち『學園(がくえん)三巨頭』が今の世界の(ほろ)びを良しとしている事を意味する。


『我々にとって、今の世界であってはならない理由が有るのだ。今の世界は、一つの過ちを犯した。』

「……何だと言うのですか? (ぼく)達の歴史が滅んでも良いと思える理由は……。」


 愛斗(まなと)は真直ぐに鬼三郎(きさぶろう)を見据え、問い詰める。その表情にはもう気後れの色は失せていた。

 鬼三郎(きさぶろう)は更に眉間に皺を寄せ、低い声で(おもむろ)に答える。


『敗けただろう。先の大戦で、日本は……。』


 風がざわめきを強める。それは(きた)る全容の狂気に怯えているかの様だった。

 華藏(はなくら)學園(がくえん)に込められた暗い悲願、その全貌が今明かされ様としていた。

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