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殺戮學園逝徒會畸譚  作者: 坐久靈二
第三章 神秘學園と一つの大願

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第四十五話 電気街の死闘

 信じたい言葉がある。それは遥かな古代から語られた、人間を賛美する言葉だ。


――旧人類史学者・タージ=ハイド

 電気街で(くろがね)自由(みゆ)の蛮行を止める為に始まった真里(まり)愛斗(まなと)憑子(つきこ)の戦いは徐々に流れを変えつつあった。

 繰り広げられる二人の攻防の中で、互いの思考が交錯する。


「チィッ‼ こいつ……‼」


 焦る(くろがね)の拳、トレンチナイフが空を切る。戦いが長引く中で、愛斗(まなと)(くろがね)の攻撃に目が慣れ、回避出来る様になっていた。

 だが、逆に愛斗(まなと)の方から攻撃を当てる事も出来ない。元々喧嘩とは無縁の生活を送っていた愛斗(まなと)が、假藏(かりぐら)の不良と(しのぎ)を削ってきた(くろがね)に地力で劣るのは当然である。


(このままじゃ(らち)が明かない。やっぱり憑子(つきこ)會長(かいちょう)が言う様に、元々勝てない勝負なのか……!)


 愛斗(まなと)が弱い訳ではない。本来の倍の膂力(りょりょく)があるのだから、一般人よりも動き事態は遥かに良い筈だ。

 しかし、(くろがね)にもまた闇の力、(ほこら)の力によるバフが掛かっている。ならば互いの条件はそう変わらず、(くろがね)の経験がものを言ってしまうのだ。目が慣れてきて(かわ)せる様になっただけでも大健闘である。


 言い換えれば、(くろがね)にとっては予想外の苦戦という事になる。彼が腑に落ちないのは、回避される様になった事よりも(むし)ろ別にあった。


(おかしいだろうが‼ あれだけ切り刻んでやったのに、血を失っている筈なのに、何故動きが良くなる?)


 闇の眷属となった(くろがね)と違い、愛斗(まなと)は基本的に「力が強い生身の人間」の筈である。ならば失血すれば意識が朦朧(もうろう)とし、真面(まとも)に戦えなくなると思われた。


 勿論、それを感じているのは愛斗(まなと)本人も同じだった。


(痛みが引いた、視界もはっきりしている……。序盤に相当やられた筈だけど、回復している気がする……。これならまだまだ行けるぞ……!)


 愛斗(まなと)は拳を振り(かぶ)り、(くろがね)に反撃を試みる。しかし、それが決定的な隙となってナックルダスターの一撃を額に受けてしまった。


「ガッ⁉」

莫迦(ばか)め、調子に乗るからだ‼」


 クリーンヒットが入ったタイミングで駄目押しに追い打ちを掛ける。――そういった考えで(くろがね)は更なる拳を振るった。

 だが、愛斗(まなと)は踏ん張って堪え切り、今度は逆に(くろがね)にカウンターパンチが食い込んだ。


「ぐおあアアッッ⁉」


 (くろがね)は予想外の反撃に吹き飛ばされ、地面を大きく滑った。

 炸裂したのは最初と合わせてたった二発。一見、何度も切りつけられた割には合わず、愛斗(まなと)が劣勢に思える。

 だが、一発一発は愛斗(まなと)の方が大きな効果を与えている。トレンチナイフの傷は意外と効果を発揮していないし、ナックルダスターにも耐えた。


「ふざけ……やがって……‼」


 (くろがね)は怒りにわなわなと震えながら立ち上がった。

 思わぬ手応えを感じている愛斗(まなと)だったが、殺傷力の高い攻撃を(かわ)し続けて気力を使い、肩で息をしている。

 双方、表情は険しかった。


(拳が真面に当たっているのは確かなのに……まるで効いている感触が無い……。直感的にこれじゃ駄目だって解ってしまう……。なんて不気味な感覚なんだ……!)

(ドチビが、何故怯まねえ? 小動物の(メス)餓鬼(ガキ)みてえな顔してる癖に、食い下がりやがって、気色悪い……!)


 (くろがね)は再び愛斗(まなと)に飛び掛かる。大振りの拳、それは明らかに苛立ちから攻めが雑になっていた。

 愛斗(まなと)にとって、カウンターを合わせるのは難しくなかった。


「ぐぼァッ⁉」


 (くろがね)の首が百八十度捻じれた。通常なら死んでいる痛恨のダメージだが、(くろがね)は憤怒に歪んだ形相でゆっくりと顔を戻していく。


(やっぱり……‼)


 不死身。生きた儘、闇に魂を売り渡した(くろがね)もまた基浪(もとなみ)(けい)砂社(すなやしろ)日和(ひより)の様にこの世の物ではなくなっていた。口から()れる紫の液体は、二人と同じ特殊な血液だろう。

 これこそ、愛斗(まなと)が感じていた奇妙な感覚の正体である。如何(いか)に強靭な力で暴力をぶつけても、不死身の肉体を持つ闇の眷属を物理的な力で滅ぼす事は出来ないのだ。


矛火点(ムカつ)くぜ……! 華藏(はなくら)の砂利餓鬼の分際で、(いず)れは假藏(かりぐら)頂点(テッペン)を獲るこの(おれ)と一丁前に張り合いやがってよォッッ‼」


 (くろがね)の首が戻ると同時に、凄まじい量の紫の靄がその体から噴き出した。


(まず)いっ‼』


 愛斗(まなと)の中で大人しくしていた憑子(つきこ)が警戒感を露わにする。彼女に言われる迄も無く、愛斗(まなと)(くろがね)が何か良くない事をしようとしているのだと理解出来た。

 (くろがね)は両眼を紅く爛々(らんらん)耀(かがや)かせ、愛斗(まなと)につい先日まで人間だった男のものとは思えない絶大な殺意を向ける。


「てめえみてえな雑魚、喧嘩だけで捻じ伏せてやろうと思ったがよぅ……! もう面倒臭えや‼ 雑魚は雑魚らしくその辺のどうでも良い群衆と同じ様に闇で取り殺してやる! 汚え花火になって跡形も無く消し飛べ‼」


 (くろがね)を覆っていた紫の闇が愛斗(まなと)目掛けて飛んで来た。


()むを得ないわね……!』


 迫り来る闇の奔流を前に、憑子(つきこ)は再び白い(もや)となって立ち塞がった。


「チッ‼ しまったそうだよな、忘れてたぜ‼ 結局女の背中に隠れるって訳だ‼」

會長(かいちょう)‼」


 白と紫の(もや)(せめ)ぎ合う。量は(くろがね)の闇が圧倒しているが、憑子(つきこ)の光も何とか耐えている。


「小賢しいッ‼ 先刻(さっき)の人形共に(まと)わせた闇とは桁が違うんだよ! このまま()し潰してくれる‼」

『ぐぅうううッッ……‼』


 華藏(はなくら)月子(つきこ)の苦し気な呻き声が漏れている。必死に耐えている憑子(つきこ)だが、このままでは躙貧だという状況が愛斗(まなと)にも犇々と伝わって来る。


(このままじゃ會長(かいちょう)が……‼)


 何とか打開しようと、愛斗(まなと)は考えを巡らせる。余りにも凄まじい規模の闇の奔流に、憑子(つきこ)が呑み込まれて愛斗(まなと)にも襲い掛かって来るのは時間の問題だ。

 と、愛斗(まなと)は気が付いた。

 圧倒的な闇、(もや)が襲い掛かり、憑子(つきこ)に何とか止められているという事は、逆に言えば相手から此方(こちら)の様子は見えない筈だ。


(二倍の膂力(りょりょく)……このスピードで……‼)


 やらなければ憑子(つきこ)が殺られる。――愛斗(まなと)は意を決して飛び出した。

 電光石火の速度で(くろがね)を横合いから殴り付ける。――しかし、愛斗(まなと)は肝心な事を忘れていた。


莫迦(ばか)(わたし)が離れた今の(きみ)じゃ‼』


 憑子(つきこ)が叫ぶと同時に愛斗(まなと)も自分のミスを悟った。明らかに動きが鈍っている。

 愛斗(まなと)が二倍の膂力(りょりょく)を発揮出来るのは、憑子(つきこ)の協力が在ってこそだ。つまり、彼女が防御の為に白い(もや)(かたど)っている今、彼は唯の女子同然に非力な高校生に過ぎないのだ。


「はははっ‼ 飛んで火に入る夏の虫だなぁッ‼」


 (くろがね)は不用意に飛び出した愛斗(まなと)の行動に歓喜して狙いを憑子(つきこ)から移した。紫の猛威が愛斗(まなと)に牙を剥く。


「死ねぇッ‼ 雑魚餓鬼がぁッッ‼」

『今だ‼』


 闇の猛威から解放された憑子(つきこ)は空かさず愛斗(まなと)の体に戻った。再び二倍の力が蘇る。愛斗(まなと)は急加速し、勝負が決まったと油断していた(くろがね)の意表を突いた。


「何ッ⁉」

「おおおおおッッ‼」


 愛斗(まなと)の拳が(くろがね)の腕を掻い潜り、胸骨の当たりに突き刺さった。


「ぐはぁああッッ⁉」


 (くろがね)は胸を抑え、悶絶した。明らかに反応が今迄とは違う。


『中丹田に攻撃が当たった……‼』

「中丹田?」

『光と闇の力、人体におけるその根源よ。勿論物理的な力では決定打になり得ないけど、それなりの効果は期待出来るわ。』


 どうやら意図せず(くろがね)の弱点を突いたらしい。愛斗(まなと)にとっては偶然だが、ピンチから盛り返す意味は大きい。


「でも決定打にならないなら何も変わらないんじゃ……。」

『心配は要らないわ。多分そろそろだから……。』


 意味深な言葉を吐く憑子(つきこ)だったが、愛斗(まなと)の言う様に状況は変わっていない。

 (くろがね)の表情は苦痛から憤怒の色へ移り行き、しかも更に歪みを増して行く。ならば彼の行動は一つだろう。


「いい気になってんじゃねえぞ……! もう一度この(おれ)が闇の力を使えば今度こそてめえらは確実に死ぬんだ……‼」


 そう、(くろがね)にとってそれが最も確実な攻め手である。厄介な憑子(つきこ)にも間違いなく効果が在り、弱らせていると判っている今、闇の力で攻めない手は無い。加えて、何度も出し抜いたという事は、それだけ慢心の要素を削いでいるという事だ。

 (くろがね)の身体から再び紫の(もや)が噴き出す。流石の憑子(つきこ)も今度は耐えられまい。


「終わりだなアッッ‼ 死ねッ‼」


 (くろがね)は腕を勢い良く振るう。拳やトレンチナイフではなく、闇の力で攻撃を仕掛けようとしていた。

 しかし、紫の靄は(くろがね)の身体から離れた瞬間に霧散して消えてしまった。


「な、何……?」

「これは……。」

『どうにか間に合った様ね。』


 まさかの不発に困惑する(くろがね)

 そこへ一人の足音がゆっくりと近付いて来た。


「やれやれ、年寄りには些か重労働でしたね……。」


 伏兵の老紳士・竹之内(たけのうち)灰丸(はいまる)飄々(ひょうひょう)とした態度で彼等の前に姿を現した。


「何だ、てめえは? 一体何をした?」

(わたし)華藏(はなくら)學園(がくえん)裏理事会の者です。まさかとは思いますが、(ほこら)の力を応用出来るのが貴方(あなた)達『闇の逝徒會(せいとかい)』だけだとは思っておりますまいな。」


 竹之内(たけのうち)は一見無防備に不用意に(くろがね)へと近付いて行く。

 (くろがね)は額に青筋を浮かべ、目蓋(まぶた)を痙攣させながらそれをじっと睨み付けていた。


(ほこら)の力……だと?」

「簡単な事です。(ほこら)の力とは分離と結合。もっと言えば別々であろうとするものを無理矢理一つに(まと)めよう、或いは一つであろうとするものを無理矢理二つに分けようというもの。今、(わたし)はこの区画の周囲に結界を張りました。その中では、闇の力は飽くまで貴方(あなた)と一つ、貴方(あなた)から離れることは出来ない、という訳ですよ。残念ながら(わたし)の力では貴方(あなた)達から闇を引き剥がす事は出来ませんが、逆ならば可能です。其方(そちら)貴方(あなた)達の意思、力への執着を補強するだけですからね。」


 (くろがね)から闇が噴き出さなくなったのは、闇が(くろがね)の体に強力に結合されたから、という事らしい。(くろがね)は怒りから激しく歯噛みする。

 対して、(くろがね)の間合いに入った竹之内(たけのうち)は両手を白い光で包んだ。


「そして更に、(わたし)は勿論『新月の御嬢様(おじょうさま)』同様に闇と戦う術を身に着けています。聖護院(しょうごいん)先生の様に悪魔本体は相手に出来ずとも、貴方(あなた)程度を始末するのは訳無い。さあ(くろがね)自由(みゆ)君、御覚悟を……。」

「上等だ、呆けが……! 高々闇の力を封じた程度でこの(おれ)に勝てると思ってんのかよ、寄墓々々(ヨボヨボ)(じじい)の分際でよ……‼」


 一触即発の竹之内(たけのうち)(くろがね)

 だがその時、何処(どこ)からともなくもう一人が姿を(あらわ)した。華藏(はなくら)學園(がくえん)の制服を着た少女だった。


(くろがね)、その辺にしとけば?」

砂社(すなやしろ)……。」


 もう一人の闇の眷属・砂社(すなやしろ)日和(ひより)だ。


貴方(あなた)、やり過ぎだよ。こんなやり方じゃ国が黙っちゃいない。出て来るのが警察じゃ済まないかも知れないじゃない。そうなると流石(さすが)に面倒な事この上無いよ。」

「まあ、それは確かにな……。」

「逆に、それだけ大量な死者を出してあの方の力になったんだし、今回は退いてあげても良いんじゃない?」


 (くろがね)愛斗(まなと)竹之内(たけのうち)に対し、交互に視線を送り、怒りを落ち着ける様に溜息を吐いた。この場は分が悪いと判断したのだろうか。


「解ったよ。だが糞餓鬼、(じじい)、そして女、てめえらは必ず殺す。仁観(ひとみ)の野郎と纏めて地獄に送ってやる。(ほこら)の力の根源にな……。」


 捨て台詞を残し、(くろがね)砂社(すなやしろ)と共に忽然(こつぜん)と姿を消した。愛斗(まなと)達はどうにか『闇の逝徒會(せいとかい)』の脅威を撃退することが出来た。


「やれやれ、とんだ招かれざる客人でしたな……。」


 竹之内(たけのうち)はその場に坐り込んだ。


「ど、どうしたんですか?」

「いやはや、情けない話ですが腰が抜けてしまいました。我ながら頑張って(はった)りを利かせたものですよ。」


 どうやら竹之内(たけのうち)の強気な態度はブラフで、本当は戦っても勝ち目は無かったらしい。


「ま、闇の眷属と戦う術を身に着けているのは本当ですがね。しかし、(わたし)はもう歳だ。真里(まり)君の様に激しく動き続ける事は到底出来ません。」

「は、はあ……。」

「あ、(よろ)しければ肩を貸してくださいませんかな? 早々にこの場から移動しませんと、屹度(きっと)面倒な事になる事()け合いですので……。」


 確かに、これだけの事件が起きれば砂社(すなやしろ)も言っていた通り警察やそれ以上の治安維持組織が駆け付ける事になるだろう。

 そうなれば、このまま残っていると愛斗(まなと)達には面倒な聴取や拘束が待っている。だが未だに『闇の逝徒會(せいとかい)』の動きが止まっていない以上、それは避けたい所だ。


 竹之内(たけのうち)は奇妙な老翁である。決して強い力を持っている訳ではない。紳士的な振る舞いを装っているが、人間としてだらしがない部分や情けない部分が多々有り、又それを隠そうともしていない。はっきり言うと、胡散臭さが半端ではない。

 だが、愛斗(まなと)は彼に不思議な魅力を感じていた。何故かこの人物は頼もしいと、そういう信頼感を抱いた。少なくとも、竹之内(たけのうち)には愛斗(まなと)憑子(つきこ)に対して一定の敬意と誠意が有る。


竹之内(たけのうち)先生、お話はまだ途中でしたよね?」


 愛斗(まなと)竹之内(たけのうち)に肩を貸し、立ち上がろうとする彼を支えた。愛斗(まなと)に自分への信用を感じたのか、竹之内(たけのうち)は今までに無く嬉しそうに微笑(ほほえ)んだ。


「そうですな。少し遅くなってしまいましたし、ここから先は(わたし)の家で如何(いかが)ですかな? 飛び切りの夕食を御用意いたしますよ。」

「では、御言葉に甘えて……。」


 河岸(かし)を変え、愛斗(まなと)憑子(つきこ)は再び華藏(はなくら)學園(がくえん)のルーツ、(ほこら)の神秘へと迫る。

 そこでは思い掛けない展開もまた、彼等を待ち受けていた。

 彼等の旅はまだ始まった(ばか)りである。

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