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殺戮學園逝徒會畸譚  作者: 坐久靈二
第三章 神秘學園と一つの大願
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第四十二話 謎の古文書

 (いにしへ)天地(あめつち)(いま)(わか)れず、陰陽(めを)(わか)れざるとき、渾沌(まろがれ)たること鶏子(とりのこ)(ごと)く、溟涬(くくも)りて(きざし)(ふふ)めり。()()(あきらか)なる(もの)は、薄靡(たなび)きて(あめ)()り、(おも)(にご)れる(もの)淹滯(つづ)きて(つち)()るに(およ)びて、(くは)しく(たへ)なるが()へるは(あふ)(やす)く、(おも)(にご)れるが()りたるは(かたま)(がた)し。()れ、(あめ)()()りて、(つち)(のち)(さだま)る。


――日本書紀より。

 真里(まり)愛斗(まなと)は待ち合わせをしていた西邑(にしむら)龍太郎(りょうたろう)戸井(とい)宝乃(たからの)に断りと詫びの電話を入れた。西邑(にしむら)からは無闇に初対面の人間と行動を共にする事を(とが)められた為、その後で()ぐに大心原(だいしんげん)毎夜(まいや)理事長に連絡し、自身を連れて行こうとする竹之内(たけのうち)灰丸(はいまる)の身元を確認した。戸井(とい)からは主に成績を心配され、皮肉を言われた。何やら他にも思惑が有りそうだったが、問い詰めても(はぐ)らかされた。


『終わったかしら?』


 憑子(つきこ)竹之内(たけのうち)と合流する様に愛斗(まなと)()かす。


會長(かいちょう)、何だか随分(ずいぶん)乗り気ですね。」

(わたし)としても、大変興味深いもの。華藏(はなくら)學園(がくえん)のルーツ、そこには間違いなく当事曾々御爺様(ひいひいおじいさま)が何を思い、何を(こころざ)したか、それを紐解く鍵が在る筈。華藏(はなくら)家の人間にはそこに惹かれない者は居ないわ。』


 現在の華藏(はなくら)家を築き上げたと言っても過言ではない、華藏(はなくら)學園(がくえん)を創立した戦前の豪商・華藏(はなくら)鬼三郎(きさぶろう)愛斗(まなと)達にとって、通学時に必ず前を通る銅像で御馴染(おなじみ)の人物だ。

 だが、彼はその為人(ひととなり)を全くと言って良い程知らない。


會長(かいちょう)華藏(はなくら)鬼三郎(きさぶろう)氏ってどんな人だったんですか?」

『偉大な商人……という事しか知らないわ。何せ(わたし)が産まれる前に死んでしまった人だもの。逆に、君は自分の祖父や曾祖父(そうそふ)は兎も角、高祖父の人格まで知っているの?』


 憑子(つきこ)の答えに、愛斗(まなと)は「それもそうだ。」と納得する他無かった。知っているとすれば同じ時代を生きた人の方が遥かに見込み在りだろう。

 裏を返せば、学者の竹之内(たけのうち)にはまだ可能性がある。態々(わざわざ)學園(がくえん)のルーツを案内しようというのだから、少なくとも当時の事を何か知っている筈だ。


鬼三郎(きさぶろう)氏は(ほこら)の力や悪魔については知っていたんでしょうか?」

『可能性は高いわね。にも拘らず、どうしてあの場所に學園(がくえん)を建てたのか……。』

「その辺りを紐解くことで、勝つ為の鍵が見付かると良いのですが……。」

『それがタージ・ハイド氏の狙いなのでしょう。』


 自己紹介によると、竹之内(たけのうち)灰丸(はいまる)はタージ・ハイドという変名で活動する学者だという。しかし、旧人類史学などという学問は寡聞(かぶん)にして知らない。


「ま、取り敢えず理事長に裏は取れたし怪しい人じゃなさそうだ。付き合ってみるのも悪くなさそうですね。」

『裏取りなら(わたし)だけで十分かと思ったけれど?』

「それはそうですが、この状況ですからね。より万全を期した方が良いと西邑(にしむら)の言葉で思い直しまして。あ、そうだ。竹之内(たけのうち)さんの言うようにお母さんにも連絡しておかないと……。」


 こうして、愛斗(まなと)憑子(つきこ)竹之内(たけのうち)と共に學園(がくえん)のルーツを求めて遥かな東の地へと旅立った。それは、戦いが新たな展開を迎えるターニングポイントであった。




☾☾☾




 新幹線に二時間強揺られ、昼食を済ませてから愛斗(まなと)憑子(つきこ)は大学の研究室に通された。


(わたし)は授業も研究も学生に人気が無くてですね……。ま、自身の研究を進めるには打って付けなんですが、何かと肩身は狭いんですよ。」


 竹之内(たけのうち)はそう言うと、机の引き出しから一冊の古い書物を取り出した。


「なんです、それは?」

(わたし)の祖父が認めたという、とある古文書(こもんじょ)の翻訳書です。ま、祖父の創作、というのが学界に()ける大方の見解ですがね。」

「翻訳書?」

「原本は訳の解らぬ特殊な文字で書かれているのですよ。有史以前に我が国で使われていたという触れ込みの、実態は近世になって編み出されたそれっぽい(まが)い物ですが……。」


 竹之内(たけのうち)の話す所に拠ると、彼が取り出したこの書物は端的に「偽書」と言う外に無い代物だろう。だが、その様な胡散臭い古文書(こもんじょ)(もど)きを学者である彼が自らの研究室で大事に保管していたのは、単なる身内の感傷に因るものなのだろうか。


竹之内(たけのうち)先生、(わたし)達はそんなどうでも良い偽書の話を聞きに来たのではないのですよ。』


 憑子(つきこ)が苛立ち交じりに竹之内(たけのうち)を問い詰める。だが、彼は極めて真剣な眼で愛斗(まなと)憑子(つきこ)を見詰め返していた。


「確かに、この書は十中八九、(わたし)の祖父が捏造した偽物で、史学的に価値は無いに等しいでしょう。しかし、実はこの古文書(こもんじょ)こそ、華藏(はなくら)鬼三郎(きさぶろう)華藏(はなくら)學園(がくえん)を創立した最大の動機だったのです。」


 竹之内(たけのうち)の言葉に、憑子(つきこ)は端正な顔立ちの眉間に皺を寄せた。その様な胡散臭い代物に自分の家を一代で築き上げた祖先が影響を受けたと言われて、素直に信じられはしないのも当然である。


莫迦(ばか)にしているんじゃないでしょうね?』

「大真面目で御座います。(そもそ)も、この書が信憑性の無い偽書だとされたのは、主に古代に書き記されたという触れ込みなのです。」

『成り立ちが一個人の妄想なら中身も同じ事でしょう。』

「いいえ、これを書いたのは確かに祖父の手に()るものですが、生み出されたのは祖父の脳に()るものではないのです。」


 見窄らしい古文書(こもんじょ)が、竹之内(たけのうち)の言葉によって一転して妖しい魔力を放って見えた。愛斗(まなと)は固唾を飲み、問い返す。


「それはつまり、何かを元にして書いたという事ですか? 成り立ちは捏造でも、中身は正真正銘本物だと……。」

「いいえ、八割方は嘘八百です。」

『駄目じゃない。』


 愛斗(まなと)憑子(つきこ)は同時に体の力が抜けた。だが、竹之内(たけのうち)の眼は相変わらず鋭い光を失っていない。


「今の貴女(あなた)の反応こそが祖父の狙いなのですよ、『新月の御嬢様(おじょうさま)』。つまり、(ほとん)どの内容が出鱈目(でたらめ)なら、残りの内容も十中八九は信用されない。(わたし)が八割方嘘、即ち残りの二割はそうではないと言ったにも拘らず、です。」


 憑子(つきこ)は苛立ち交じりに竹之内(たけのうち)(にら)み返した。自身の先入観を指摘する言葉が(かん)に障ったのだろう。


『では、解るように説明しなさい。まず、その嘘だらけの古文書(こもんじょ)何処(どこ)が真実で、そう判断できる根拠は何なのか。そしてそこに、曾々御爺様(ひいひいおじいさま)が一体どう関わっているのか。』

「元より、そのつもりで御座います。」


 そう言うと、竹之内(たけのうち)は書物を開いて(ページ)(めく)った。


御嬢様(おじょうさま)の質問には先ず二つ目からお答えしましょう。それはズバリ、(わたし)の専門とする研究分野に深く関係する事です。つまり、ここで与太話をすれば(わたし)沽券(こけん)に係わる、信じて貰って間違いないと思って頂きたい。」


 竹之内(たけのうち)の手が一つの図表で止まった。それは愛斗(まなと)憑子(つきこ)も見覚えが有る、恐らくは彼等にとって最も有名な家系図の一つが記されていた。


「これは……。」

『天皇家……ね……。』


 竹之内(たけのうち)が開いたのは系譜の最端、現代の皇族に近い歴代天皇と皇族が記された(ページ)だった。ただ通常の書き方とは異なり、(ページ)が進むにつれて(さかのぼ)る様に記されている。


「御二人とも御存知の様に、天皇家、皇室というのは歴史の陰に隠れていた時代が非常に長いものの、その系譜は千年以上も昔から連綿と受け継がれてきた、とされています。我が国に文字が出来た頃には既に君臨していたとされ、その起源は史学的にハッキリとしておりません。しかし、記紀を初めとした古代の伝承を参考に、宮内庁では一応、百二十代以上の歴代天皇が居た、とされています。」


 竹之内(たけのうち)(ページ)に記された系譜を現代から遡っていく。


「しかし、その正統性の源に近付くにつれ、どんどん継承の確かさはあやふやなものとなっていきます。特に……。」


 指は系譜が次の(ページ)に続く端で止まった。その区切り方には何か意図的、作為的なものを感じさせる。まるでこの先に重要な何かが示されているから、心して(ページ)(めく)れと言わん(ばか)りだった。


「初代を除き、二代目から数代はその事績が(ほとん)ど記録されていない。初代を含めて数合わせの創作だという説が概ね支配的ですが、一方で初代の存在を完全に否定する事は肯定するより更に困難だとも云われています。これは悪魔の証明的な意味も勿論在ると思われますが、それ以上に伝承の元となった説話や信仰が各地に確認できてしまうという理由もあるのです。」

一寸(ちょっと)待って頂戴。』


 憑子(つきこ)竹之内(たけのうち)の話を遮った。


(わたし)達が知りたいのは學園(がくえん)のルーツの話であり、古文書(こもんじょ)や皇統の話じゃないわ。一応()くけれど、必要な前振りであって脱線はしていないのでしょうね?』

「ええ、これでも()(つま)んでおります。第一、手短に話して済む様ならば態々(わざわざ)遠路遥々(はるばる)研究室まで御越し頂いておりませんし、泊り前提で親御様に了解を得る必要はありませんよ。」

「それだけ……複雑な事情が在るという事ですか?」


 愛斗(まなと)の質問に竹之内(たけのうち)は頷き、話を続ける。


()て、話を戻しましょう。大丈夫、古文書(こもんじょ)に纏わる話はもう少しで一旦閉じます。後々また少々戻ってきますが、その前に華藏(はなくら)鬼三郎(きさぶろう)氏の話に移りますよ。」

『そうして貰いたいわね。正直、いきなり天皇家の話をされて少々戸惑っているもの。』


 憑子(つきこ)は包み隠さず言うが、当然の感想だろう。


「では、ここで御二人にとってこの古文書(こもんじょ)が面白くなるであろう話を一つしましょう。先程も申しましたように、古代の伝承や土着信仰というものはこの国の各地に様々な形で残されております。今は意味を忘れられていても、小さな(やしろ)(ほこら)は各地に残されており、中には意外と重要な御神体を祭っているものも御座います。では、貴方(あなた)達の良く知るあの(ほこら)、その由来に(まつ)わる伝承が唯一記録されている書物が、今目の前に在るとすれば、どうです?」


 愛斗(まなと)憑子(つきこ)は目の色を変えた。と同時に、共通の疑問が頭に過る。


「その話を語るのに、今の前振りが必要だったんですか?」

真里(まり)君の言う通りね。最初からそう言ってくれれば話が早かったんじゃないの?』

「いいえ、そうではありません。その話に入る前に、まず前提としてこの古文書(こもんじょ)がどういう書物なのか、それが重要なのです。そこにこそ、あの(ほこら)がどれほど恐ろしいものなのか、その答えがあるのです。」

「……何が書かれた本なのですか?」


 研究室の空気が張り詰めた。愛斗(まなと)の問いによって、竹之内(たけのうち)の口からとうとう核心が話されるのだ。


「簡単に言えば、知られざる人類の古代史。その象徴として、記録から失われた皇統は数代では済まない、と。実に百三十代以上が……。」


 竹之内(たけのうち)の指が(ページ)(めく)った。そこには前(ページ)と変わらない規模の系譜が書き記されていた。


「遥かなる古代! 滅亡した文明の旧人類史と共に失伝してしていると、そう書かれているのです‼ そして(ほこら)とは! 旧文明の時代から存続する極めて古い神秘の力‼」

『待って。ということは、あの(ほこら)は記録に残されている時代よりも遥か昔に建てられたというの⁉ そんな時代となると少なくとも二千年以上、さっきの代数から見積もると四千年近くとも考えられるわ! とても現実的とは思えない‼』


 憑子(つきこ)が信じられないのは当然だ。恐らく、突然こんな話を聞かされれば誰もが同じ反応をするだろう。

 竹之内(たけのうち)もそれは重々承知の様で、小さく口角を上げた。


「そこで、(わたし)の研究内容ですよ、『新月の御嬢様(おじょうさま)』。」

「旧人類史学……?」

「来る前も申しましたが、謂わば考古学のはみ出し者です。しかし(わたし)は考古学的観点による地質調査から、以前より一つの仮説を立てていました。それは、有史以前に人類は現代と同等かそれ以上の文明を築き、そして一度滅亡を迎えたのだというものです。これを(わたし)は旧文明、旧人類と呼んでいます。ま、学界からは荒唐無稽と一笑に付される話ですがね。そして、どうやら祖父と同じ推察だった。」


 竹之内(たけのうち)は更に(ページ)(めく)っていく。


「繰り返しますと、この書は(ほとん)どが出鱈目(でたらめ)です。しかし、この様に(わたし)と同じく旧人類や旧文明と思しき記述もあり、更に、その遥かなる古代より残された各地の(いわ)くについても記されている。これこそが、全ての始まりだったのです。この神秘に魅せられた三人の男の出会いこそが、華藏(はなくら)學園(がくえん)とその闇を生んだのです。」


 そう言うと、(ようや)竹之内(たけのうち)古文書(こもんじょ)を閉じた。そして、一つの写真立てを指差した。そこには彼の言う通り、三人の男がモノクロームで映っている。


曾々御爺様(ひいひいおじいさま)……!』


 その真ん中に移る人物には憑子(つきこ)だけでなく愛斗(まなと)も見覚えが有った。華藏(はなくら)學園(がくえん)の生徒なら誰もが知っている顔だが、銅像よりもかなり若く見える。脇の二人は更に若い。まるで一人の教師と、その教え子達といった様相だった。


華藏(はなくら)鬼三郎(きさぶろう)氏……。脇の二人の内、一人は竹之内(たけのうち)先生のお(じい)さんですか? 後一人は?」

「御察しの通り、写真の中央は學園(がくえん)の創立者・華藏(はなくら)鬼三郎(きさぶろう)氏。右隣が(わたし)の祖父、竹之内(たけのうち)斧丸(おのまる)。そして左隣が裏理事会の一人、聖護院(しょうごいん)嘉久(よしひさ)氏の曾祖父(そうそふ)聖護院(しょうごいん)(のみや)稔久(なるひさ)(おう)殿下。彼等は古文書(こもんじょ)(ほこら)を利用し、一つの大願を叶える為に華藏(はなくら)學園(がくえん)を創立したのです。」

『一つの大願……。』


 憑子(つきこ)は何か思い当たる節がある様だ。


矢張(やは)り、意図が有ったのね。(ほこら)の近くに學園(がくえん)を建てた事も、聖護院(しょうごいん)先生を雇っていた事も……。』

「そして、(わたし)が裏理事会を取り(まと)めていた事もそうでした。全ては創立の三人、『學園(がくえん)三巨頭』で誓った取り決めだったのですよ。意図的に(ほこら)の力を利用し、目的を叶える為の……。」


 長い前振りだったが、(ようや)學園(がくえん)創立の謎に迫る気配が漂ってきた。愛斗(まなと)憑子(つきこ)はそれまで胡散臭く感じていた古文書(こもんじょ)が不気味な妖気を放っている様に思えた。

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