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殺戮學園逝徒會畸譚  作者: 坐久靈二
第三章 神秘學園と一つの大願

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第四十一話 未来、過去、今

 訳が解らない、要領を得ない、話が全然入って来ない。

 嗚呼そうか、屹度(きっと)誰かが嘘(ばか)()いている。

 金曜日、朝。

 真里(まり)愛斗(まなと)と図書館へ行く約束をしていたのは本好きの西邑(にしむら)龍太郎(りょうたろう)の他にもう一人、戸井(とい)宝乃(たからの)。彼女もまた待ち合わせ場所へ向かうべく最寄り駅で電車を待っていた。

 他の二人は既に夫々(それぞれ)の護衛となる裏理事会のメンバーに接触しているが、彼女にもまた一人の女性が近づいていた。


()し、戸井(とい)宝乃(たからの)さんですね?」


 突然声を掛けられた戸井(とい)は驚いたが、振り向いた先で頭を下げていたのは如何(いか)にも堅そうな、何やら武術でも嗜んでいる雰囲気を(まと)った短髪の小柄な女性だった。


「初めまして。(わたし)大心原(だいしんげん)理事長より貴女(あなた)の護衛を仰せつかりました、竹之内(たけのうち)文乃(あやの)と申します。」

「あ、これはどうも……。」


 何処(どこ)となく、戸井(とい)は第一印象で彼女に苦手意識を抱いた。決して悪い印象を受けた訳ではないし、(むし)ろ誠実で自分を守るという職務に忠実そうなのは心強い。だが、戸井(とい)としては愛斗(まなと)西邑(にしむら)と軽い調子で互いに茶化し合う様な、そういう接し方が性に合うのだ。そんな戸井(とい)にとって、竹之内(たけのうち)はやり難い相手だった。


「あの、()しかして……。これから友達と会って勉強会に行くの……護衛の観点からは迷惑ですか……? 家に居た方が良いんでしょうか……?」


 戸井(とい)は恐る恐る問い掛けた。

 答えの予想は付いている。自分で言った通りだろう。

 しかし、竹之内(たけのうち)の反応は意外だった。


「いいえ、我々の使命は貴女(あなた)方のプライベートを妨害するものでは御座いません。本日はほんの顔見せ程度です。身の安全は全力で保証いたしますが、何か困りごとが御座いましたらお伝えする番号にご連絡ください。」


 そう言って、竹之内(たけのうち)はスマートフォンを懐から取り出した。赤外線通信で連絡先を交換しようというのだろう。

 だが、その時彼女の電話が鳴った。


「……()()し。何事ですか、御父様(おとうさま)?」


 どうやら身内からの電話の様だ。戸井(とい)をそっちのけで話す声に少しずつではあるが怒りの様な感情が表れてきている。

 そして彼女は苛立ちと呆れが混じった深い溜息と共に電話を切った。


「あの、何かあったんですか?」

「申し訳ありません。どうやら貴女(あなた)の御学友に接触した祖父が勝手なことを始めたようでして……。先程の『プライベートを妨害しない』という言葉が嘘になってしまいました。」

貴女(あなた)のお父さん……。ということは、真里(まり)に何かあったんですか⁉」


 既に、戸井(とい)西邑(にしむら)に付いた護衛が先輩作家の旭冥(あさくら)(さくら)だと本人から聞いている。それで、残る竹之内(たけのうち)の父が担当になったという一人の友人が愛斗(まなと)だと割り出したのだ。


「実は、父が真里(まり)君を連れ出して上京しようとしているのです。どうやら大学の研究室に案内しようとしている様ですね。」

「え? どうしてそんなことを?」

華藏(はなくら)學園(がくえん)のルーツ、どうして學園(がくえん)の闇と悪魔が生まれたのか、それを伝えようとしている様です。まあ、これまでの経緯(いきさつ)から考えて彼には知る権利が有るかも知れませんが……。」

経緯(いきさつ)……。」


 戸井(とい)竹之内(たけのうち)の言葉に思うところが有った。実のところ、彼女は學園(がくえん)の闇に(まつ)わる一連の事件に訳も解らぬ(まま)巻き込まれている。当然、把握出来ていない事が今も山程有るのだ。


「あの、竹之内(たけのうち)さん……でしたよね。()し良ければ、(わたし)にも聞かせてもらえませんか? これまでの経緯(いきさつ)というものを。どうして真里(まり)はあの『憑子(つきこ)』という會長(かいちょう)に似た人と一緒に居る事になったのか、真里(まり)がこれから知らなければならない事も含めて、もっと詳しく……。」


 戸井(とい)は半ば無理を承知で思い切って尋ねてみた。だがこれに対してもまた、竹之内(たけのうち)の答えは彼女の予想に反するものだった。


(わたし)の分かる範囲で宜しければ……。」

「え、良いんですか?」

「隠す理由は特に御座いません。(むし)ろ、巻き込まれた貴女(あなた)方が知りたいと思うのは当然。そして、知る権利も有ると存じます。」


 そう言うと、竹之内(たけのうち)は辺りを見渡した。


此処(ここ)では難ですし、河岸(かし)を変えましょう。何処(どこ)か落ち着いて話が出来る場所へ。」

「あの、それなんですが……。」


 戸井(とい)は眼に強い意志を宿し、竹之内(たけのうち)に対して更に思い切った進言をしようとしていた。


「……成程、分かりました。」


 こうして、戸井(とい)竹之内(たけのうち)は場所を変えてこれまでの経緯(いきさつ)について話をすることになった。


 彼女が愛斗(まなと)から話されて既に知っているのは、次の通りである。


 事の始まりである、生徒會(せいとかい)合宿の夜に起きた奇妙な出来事の事。

 華藏(はなくら)月子の姿で愛斗(まなと)を誘い出した憑子(つきこ)は、数学教師の聖護院(しょうごいん)嘉久(よしひさ)と共に立ち入り禁止の細道の奥にある(ほこら)の前で何らかの儀式を行おうとした。その際に不手際があり、生徒會(せいとかい)役員が死体に変わり憑子(つきこ)愛斗(まなと)の体に乗り移ったのが全ての始まりだった。

 その際、愛斗(まなと)は何者かに殴られて意識が途切れており、当夜に何が起きたのか最後まで把握していない。


 華藏(はなくら)學園(がくえん)假藏(かりぐら)學園(がくえん)が空間で一つに繋がってしまったのは丁度その翌日だった事。

 これは華藏(はなくら)學園(がくえん)の立ち入り禁止区域にある(ほこら)と、假藏(かりぐら)學園(がくえん)の校舎裏に在る(ほこら)の力で二つの學園(がくえん)が一つになった事で生じた怪奇現象らしい。


 愛斗(まなと)假藏(かりぐら)學園(がくえん)の不良達と知り合いながら、學園(がくえん)蔓延(はびこ)っていた覚醒剤の謎を追った。その覚醒剤事件の裏には、學園(がくえん)の悪魔と呼ばれる存在が(うごめ)いていた事。


 その次の週に起こった事は、戸井(とい)にとって充分過ぎる程身近だった。

 仁観(ひとみ)嵐十郎(らんじゅうろう)の停学が解けた事を機に、假藏(かりぐら)學園(がくえん)最大の不良グループ『弥勒狭野(ミロクサーヌ)』が動き出したのだ。戸井(とい)假藏(かりぐら)學園(がくえん)に拉致され、これを救出すべく愛斗(まなと)仁観(ひとみ)が動いた。


 しかし、これは愛斗(まなと)憑子(つきこ)を始末しようとした『闇の生徒會(せいとかい)』の罠だった。

 高等部生徒會(せいとかい)副會長(ふくかいちょう)基浪(もとなみ)(けい)と会計・砂社(すなやしろ)日和(ひより)は死者の身ながらも蘇り、全ての黒幕である『學園(がくえん)の悪魔』の使い魔となって愛斗(まなと)に襲い掛かったのだ。その際、假藏(かりぐら)學園(がくえん)の不良を操って華藏(はなくら)性達に危害を加えようとした事が、理事長によって今の休校に踏み切られた理由だった。


 愛斗(まなと)達は今、理事長率いる『裏理事会』と『學園(がくえん)の悪魔』率いる『闇の逝徒會(せいとかい)』の戦いの最中に居る。

 このまま『學園(がくえん)の悪魔』を放置すれば、敵は際限無く犠牲を増やし、この世界を死の世界に変えてしまいかねないという。


 彼らが今置かれている状況は、そんな荒唐無稽な、しかし洒落にならない危険な陰謀の渦中なのだ。

 戸井(とい)も、大まかな事は理解していた。

 クラスメートの真里(まり)愛斗(まなと)という少年が、如何(いか)に大きな使命を背負っているか、それを思うと胸が締め付けられるのを感じていた。彼女が求めていたのは、力になる為の更なる背景情報である。


 戦いは始まった(ばか)りである。戸井(とい)は更に深入りしようとしていた。

 彼女もまた、學園(がくえん)の闇の背景とルーツを求めていた。




☾☾☾




 闇の中、白衣を着た痩せた男が吐血し、床を()める様に項垂(うなだ)れていた。


「はぁ……はぁ……!」

『随分と頑張りますねえ、聖護院(しょうごいん)先生……。』


 華藏(はなくら)學園(がくえん)の数学教師・聖護院(しょうごいん)嘉久(よしひさ)生徒會(せいとかい)役員に惨劇が降り掛かった夜、憑子(つきこ)と共に儀式を執り行った男であり、愛斗(まなと)憑子(つきこ)が入っているのと同様に彼にも『學園(がくえん)の悪魔』と呼ばれる闇の存在が巣食っている。

 裏理事会の一番手として『學園(がくえん)の悪魔』と交戦した相津(あいづ)美鬼也(みきや)によって自我を取り戻し、悪魔の力を封じる事に成功しているが、同時に延々と拷問を受け続ける境遇に陥っていた。


『このまま苦痛で意識が焼き切れてしまえば、晴れて(わたし)は自由になれる。貴方(あなた)も楽になりたくはないですか?』

「ぐっ……‼」


 何処(どこ)からともなく、華藏(はなくら)月子と同じ声が意地悪く聖護院(しょうごいん)に語り掛ける。

 恐らく、この『學園(がくえん)の悪魔』の嗜虐性(サディズム)は相当のもので、自らの宿る肉体に加える苦痛は想像を絶する凄惨さだった。少しでも弱気になれば、(たちま)ち痛みのショックで死んでしまうだろう。聖護院(しょうごいん)がここまで耐えているのは、(ひとえ)に彼の強靱な精神力の為せる業である。伊達(だて)に『裏理事会』最強とは言われていない。


「またまたお楽しみですね、先生。」

「よく耐えるもんだな。」


 例によって、砂社(すなやしろ)日和(ひより)(くろがね)自由(みゆ)が嘲りの表情を浮かべて彼の下へと歩み寄ってきた。二人は夫々(それぞれ)華藏(はなくら)學園(がくえん)生徒會(せいとかい)会計、假藏(かりぐら)學園(がくえん)生徒(せいと)會長(かいちょう)という立場に居た背景を持つ。今は『學園(がくえん)の悪魔』に従う『闇の眷属(けんぞく)』として猛威を振るっている。


(くろがね)自由(みゆ)……。今日も随分殺した様だな。(まと)わり付く死臭が更に(おぞ)ましさを増しているぞ……!」


 聖護院(しょうごいん)は狂気に歪んだ笑みを浮かべる(くろがね)を睨み上げる。


「どうせ生きていても仕方の無い(ごみ)共の命だ。假藏(かりぐら)學園(がくえん)の周辺地域にはそういうくだらねえ人間が山程居るんだぜ? 華藏(はなくら)學園(がくえん)の御行儀が良い土地柄からは想像も出来ねえだろうがな。」


 聖護院(しょうごいん)(くろがね)を警戒している。それは、この倫理観が致命的に欠如した人間性に()る。


(わたし)は……何らかの事情でおかしくなっている人間に唾を吐くつもりは無い……! だが貴様は違う! 貴様は健全な精神と肉体、正常な判断力を持ち、ただ考え方や倫理観が常軌を逸している! 『狂人』とは()くの如きを言う‼」


 闇の眷属(けんぞく)となった基浪(もとなみ)砂社(すなやしろ)も、生前はごく普通の高校生に過ぎず、人並みの常識は備えていた。また、覚醒剤を売り捌いていた国語教師・海山(みやま)富士雄(ふじお)も犯罪に手を染めたのは教師という職に嫌気が差していた所を付け込まれ、自分を見失っていたに過ぎない。

 だが、(くろがね)は違う。彼は誰に何をされるでもなく弱者を傷付け搾取する邪悪な慣習を假藏(かりぐら)學園(がくえん)()こうとし、目的の為なら躊躇(ちゅうちょ)無く罪も無い華藏(はなくら)の女子を拉致し、喧嘩では平気で刃物を使う人間だった。


五月蠅(うるせ)え教員だな……。」


 は聖護院(しょうごいん)の頭を踏み付けた。


一寸(ちょっと)(くろがね)。」


 砂社(すなやしろ)はそんな新たな相方を(たしな)めようとする。主である『學園(がくえん)の悪魔』も以前、余り聖護院(しょうごいん)に無礼を働くなと言っていたので、(くろがね)の行動を見過ごせなかったのだ。

 (くろがね)は舌打ちし、足を退けた。


(くろがね)君、聖護院(しょうごいん)先生は(きみ)を褒めているのだよ。何故なら(きみ)の性質は彼らにとって脅威であり、そして(わたし)の役に立つ。(わたし)を飛躍的に強くする事が出来る。』


 げに恐ろしきは、『學園(がくえん)の悪魔』は自身の影響下で死人が出れば出る程力を増す状態にあると言う事だ。これは悪魔が(ほこら)の力によって一つになった死者の怨念の塊とされ、死人が出る程に更なる怨念を吸収する事が出来る為だという。


『ところで、(くろがね)君。(わたし)は一つ、気になる情報を掴んだ。』


 声の指示を聴くに連れ、二人の男は正反対に表情を変化させた。


「ククク、そりゃ面白そうだなァ……‼」


 喜びに笑みを浮かべているのは(くろがね)自由である。彼の事だ、屹度(きっと)(ろく)でもない事を企んでいる。

 一方、聖護院(しょうごいん)青褪(あおざ)めていた。


(まず)い……! このままではまた(くろがね)がとんでもない事をやらかす! だがしかし、情報を掴んだ、だと……? (ほこら)の力とは考えられん……。それとも、何かまた別の活用方法を見付けたのか?)


 華藏(はなくら)學園(がくえん)に存在する(ほこら)、その力は凄まじい物だ。

 二つの物を一つに合わせたり、逆に一つの物を二つに分離したりする力。それはつまり、世界を創り変える力にもなり得る。


「じゃあご主人様よ、(おれ)がまた一仕事してきてやるよ。こりゃ、『死者の世界』を創り上げた暁には、ナンバー2の席に座るのはこの(おれ)で決まりだな。ま、(もっと)も……。」


 (くろがね)の表情から珍しく笑みが消えた。


「アンタが何か(おれ)たちに隠し事をしてなきゃの話だ。何というか、(おれ)はアンタの話す現状や目的が、どうも()に落ちねえ。取って付けた間に合わせみたいに思えてならねえんだよ。本当は何か、もっととんでもない狙いがある様な気がする。ま、別に何でも構わんがな。」

『フフフ、どうやら(わたし)の見込んだ通りの男の様だ。』


 悪魔も、特に(くろがね)の言葉を否定しなかった。砂社(すなやしろ)は全て想定通りと言った様子で無表情に落ち着いている。


『では(くろがね)君、自分の務めを果たし給え。砂社(すなやしろ)さんは別行動。相手との連絡を密にして(わたし)への情報漏れの無い様にする事。どうやらこの男は中々にしぶとく、当分自由に動けなさそうなのでね。』


 再び、聖護院(しょうごいん)は激痛に叫びを上げた。


「承知した。」

「御心の(まま)に。」


 二人は(きびす)を返し、闇の中へと消えていった。




☾☾☾




 愛斗(まなと)は母親に電話を掛けていた。


御免(ごめん)、急な話で……。」

『まあ、理事長先生が付いているなら良いんじゃないの? 三日間、しっかり勉強してきなさい。』


 流石に、いきなり遠出するとは言い出せなかった。そこで、「当初予定してた三人だけの勉強会に人が集まり、クラスのメンバーでの勉強合宿になった。」という方便を用意した。

 何はともあれ、これで金、土、日の二泊三日で旅に出る事が出来る。


「準備は出来ましたかな?」


 老翁・竹之内(たけのうち)灰丸(はいまる)に連れられ、愛斗(まなと)はこれから華藏(はなくら)學園(がくえん)のルーツを辿るべく東へと旅立つ。そこで彼は、創立に(ちな)む想像以上に壮大な背景を知る事になるのだ。

 一方で、物語は新たな展開へ向けて歯車を回し、不穏な不協和音を奏でていた。

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