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殺戮學園逝徒會畸譚  作者: 坐久靈二
第二章 傾奇少年と二つの逝徒會
33/80

第三十三話 裏側の真相

 死は眠りの双子である。

 僕等は夜眠るように死に、目覚める様に産声を上げるだろう。


――旭冥(あさくら)(さくら)著『麝香撫子(じゃこうなでしこ)』より。

 時を少し戻し、真里(まり)愛斗(まなと)達が『闇の逝徒會(せいとかい)』と戦っていた頃、この男もまた闇の力に苦しめられていた。


(くそ)、切りがねえな……。」


 愛斗(まなと)の教室で正気を失った假藏(かりぐら)の不良達に取り囲まれた仁観(ひとみ)嵐十郎(らんじゅうろう)だったが、喧嘩自体では問題にしていなかった。ただ、並大抵の不良なら簡単にノックアウト出来る仁観(ひとみ)の力と技を受けても敵は一向に脱落しなかった。


「こりゃ完全に普通じゃねえな。もう全員、骨を折った感触があるんだが、全然止める気配がねえ。脚を折った奴も平然と立ち上がってきやがる。つまり、このままじゃよっぽど滅茶苦茶にせん限りは(らち)が明かねえって事か。」


 仁観(ひとみ)は奇抜()つ非常識な振る舞いが目立ち、圧倒的な暴力で邪魔者を捻じ伏せる問題児である。しかし、一方で彼は極めて真面(まとも)な感性の持ち主でもある。その彼にとって、例えば四肢を()いだり内臓を潰したり、といった喧嘩の領分を超えた無体な仕打ちを相手に貸す事は躊躇(ためら)われたし、殺害など(もっ)ての外であった。


「さあて、どうするか……。」


 困り果てていた仁観(ひとみ)だったが、そこへ更なる追い打ちを掛ける様に厄介な来客が現れた。彼が警戒していた假藏(かりぐら)二年生の強者、紫風呂(しぶろ)来羽(くるは)が巨体を揺らしながら教室に入って来たのだ。


「この糞忙しい時に……。」


 紫風呂(しぶろ)は拳を振り被り、下から上へ掬い上げる様に大きく振り上げた。瞬間、余りの剛腕故か周囲の机や椅子が巻き上げられ、仁観(ひとみ)に降り掛かった。


「へえ、少しは鍛えたみてえだな、ええ?」


 仁観(ひとみ)は両腕で襲い来る机と椅子を振り払い、不敵な笑みを浮かべる。


「大層なパワーを身に付けた様だ。他の連中と同じ様にタフネスも規格外に上がってるんだろうな。だが、そりゃあまり良い話とはいえねえんだぜ?」


 彼の言葉にはつい先刻(さっき)の前例に基づいている。即ち、実力差があるにも(かかわ)らず敗ける事が無い、というのは、敗けさせて貰えない、という事であり、それは拷問に変わる。

 仁観(ひとみ)はロングスカートを浮羽璃(フワリ)と回せながら跳び上がって紫風呂(しぶろ)に強烈なドロップキックを浴びせた。紫風呂(しぶろ)は大きく蹴り飛ばされ、窓硝子(ガラス)を割って廊下へとその巨体を仰向けに退場させた。


「おーい、まだだぞぅ……。」


 出口を塞ぐ不良を掻き分ける様に投げ捨てて教室を出た仁観(ひとみ)は、廊下の天井を仰ぐ紫風呂(しぶろ)に羅刹の如き威容で迫る。

 とその時、彼のスマートフォンに一本の電話が入った。


「なんだ、(りゅう)君?」


 掛けてきたのは知己の後輩・西邑(にしむら)龍太郎(りょうたろう)だった。


「もしもし? お前さあ、今取り込み中だって事くらい分かるだろ?」

『すみません、仁観(ひとみ)先輩。しかし、戸井(とい)を伝って真里(まり)からこの事態を解決出来る方策を預かったので、お知らせしたくて。』

愛斗(まなと)君が? この面倒臭い状況を解決?」


 確かに、愛斗(まなと)はこの事態について何か知っている風だった。だが、戸井(とい)宝乃(たからの)を通して連絡してきたという西邑(にしむら)の言が確かならば、今愛斗(まなと)は自ら外部に連絡する所ではないという事になる。疑念を挟んでいる余裕は無さそうである。

 仁観(ひとみ)は不良達を片手間で相手しながら電話の声を傾聴する。


「で、(おれ)にどうしろと?」

『詳しくはメールで転送しますから、隙を見て目を通してください。』

「隙を見て、ね……。」


 仁観(ひとみ)は辺りを見渡した。相変わらず、大勢の正気を失った不良が彼を取り囲んでいる。

 だが、今も充分(じゅうぶん)対応出来ており、その程度の事は彼にとって難しくは無いだろう


「ま、問題ねえか。解った、やってみる。」

何卒(なにとぞ)(よろ)しく御願いします。』


 西邑(にしむら)からの電話が切れると、仁観(ひとみ)は不良達の攻撃を片腕、それから脚で()なしながらメールの内容を確認する。


()ずは……不良共の中で一番闇が濃い奴を見つけ出して、そいつを禁域の奥にある(ほこら)の前まで連れて来い、か……。」


 彼が真っ先に目を()ったのは頭を抑えて起き上がろうとする紫風呂(しぶろ)だった。明らかに、彼から溢れ出す闇は他の有象無象とは質も量も違う。


「運が良いぜ。」


 最も桁違いに強い者が連行の対象者だと判明したが、仁観(ひとみ)は余裕の笑みを浮かべていた。如何(いか)に強化されていようと、紫風呂(しぶろ)程度ならば相手にならない、という事だろう。

 仁観(ひとみ)は一瞬にして紫風呂(しぶろ)に接近し、起き上がる前に顔面を(つか)んで後頭部を廊下に叩き付けた。そしてそのまま、彼の身体を引き()って走り出す。


一寸(ちょっと)服が汚れるが、まあ緊急事態なんで勘弁しろや。」


 紫風呂(しぶろ)は両手両足をバタつかせて暴れるが、仁観(ひとみ)の腕から逃れることは出来ない。そのまま仁観(ひとみ)に引き()られ、階段の前で勢いを付けて踊り場に向けて放り投げられる。

 否、仁観(ひとみ)紫風呂(しぶろ)を投げ付けた先は踊り場ではなく、その遥か上の窓だった。再び、紫風呂(しぶろ)の身体は窓を突き破って校舎の外へ放り出された。


「さあ、このまま数秒間、空の旅へ御案内だ‼」


 仁観(ひとみ)紫風呂(しぶろ)の後に続き、自ら窓の外へと飛び出した。華藏(はなくら)學園(がくえん)は高等部二年の校舎、その二階と三階を繋ぐ階段の窓から二人の男が飛んで行く。

 仁観(ひとみ)紫風呂(しぶろ)に追い付くと、彼の身体を蹴って飛ばす方向を変える。彼自身は蹴った反動で勢い良く地面に着地し、再び跳び上がって更に紫風呂(しぶろ)を追い掛ける。このまま空中散歩で指定された禁域の(ほこら)へと飛んで行くつもりだ。


「次は……何だこりゃ、まるで呪文じゃねえか……。」


 空中で西邑(にしむら)からのメールに再び目を通した仁観(ひとみ)は頭を掻いた。


「ま、既に奇妙な事態だから、やるだけやってみるがよ……。」


 ()くして、愛斗(まなと)達を助ける事になる(ほこら)の前の儀式を託された仁観(ひとみ)は操られた紫風呂(しぶろ)を伴って禁域の(ほこら)の前まで飛んで行く事になった。

 その後、彼は指示通りに(ほこら)の前で呪文のような言葉を唱え、指示通りの動きを取って二つの仕事を成し遂げた。


 ()ず、一つ目の呪文で紫風呂(しぶろ)に闇が集まり、そしてその消滅と共に彼は気を失って動かなくなった。後に説明される事だが、どうやら不良達は彼から散らばった闇によって彼を通して操られていたらしい。

 次に、遠隔で假藏(かりぐら)學園(がくえん)側の破壊された(ほこら)を復活させる。これによって再び華藏(はなくら)假藏(かりぐら)の二つの(ほこら)は繋がり、愛斗(まなと)戸井(とい)憑子(つきこ)と共に難を逃れることが出来た。

 そして仕上げに、今度は仁観(ひとみ)の方が華藏(はなくら)學園(がくえん)側の(ほこら)を破壊する。通路をそのままにしておけば簡単に追って来られるので、当然の処置である。


 以上、憑子(つきこ)が時間を稼いでいる間に仁観(ひとみ)が指示を受けて動いた全容である。

 彼等は憑子(つきこ)の提案により、直ぐ様華藏(はなくら)學園(がくえん)を治める學園長(がくえんちょう)の部屋へと揃って足を運んだ。




☾☾☾




 足早に禁域を後にした愛斗(まなと)達は、學園長(がくえんちょう)室の扉の前に立っていた。本来、滅多な事で生徒がやって来る事の無いその部屋を前に、愛斗(まなと)戸井(とい)西邑(にしむら)仁観(ひとみ)すらも緊張した面持ちをしている。


『この(わたし)が居るのだから気兼ねする必要は無いわ。ただ、必要な礼は尽くしなさい。』

「は、はい……。」


 愛斗(まなと)は恐る恐る扉をノックした。すると、部屋の中からほんの少し年季を感じさせる渋みを帯びた女性のはっきりとした声が「どうぞ。」と返事を返してきた。


學園長(がくえんちょう)室かー。久し振りだなー。」

「そうですね、仁観(ひとみ)先輩。」


 西邑(にしむら)仁観(ひとみ)は過去に来た事があるらしい。文化芸能の特別推薦枠だからだろうか。逆に、成績優秀と言えど一般の生徒でしか無い戸井(とい)には縁が無いらしく、愛斗(まなと)と同じ様に緊張と不安を帯びた顔付きをしていた。


「失礼します。」


 意を決し、愛斗(まなと)は扉を開けた。名門校の長の居城に相応しい、見るからに上等な備品で固められた内装が眩暈を覚える程に視界に飛び込んで来た。だが、正面の執務机に人の姿は見えなかった。


「そろそろ来ると思っていましたよ。」


 ノックに応えたのと同じ声が右手から聞こえてきた。目を遣ると、窓辺に建っていた壮年女性が振り向いてその顔を見せた。


『お元気そうね。華藏(はなくら)家執事長・大心原(だいしんげん)文弥(ふみや)の妻にして華藏(はなくら)學園長(がくえんちょう)大心原(だいしんげん)毎夜(まいや)。』

「御無沙汰しておりました、『新月の御嬢様(おじょうさま)』。」


 小柄な彼女は一礼し、愛斗(まなと)を覆うように浮かぶ憑子(つきこ)を見上げる。學園長(がくえんちょう)である筈の大心原(だいしんげん)が生徒に接する態度としては(いささ)か不自然だが、(そもそ)もこの華藏(はなくら)學園(がくえん)を所有するのは華藏(はなくら)家であり、更に華藏(はなくら)月子(つきこ)は両親の早逝により名目上当主となっているという事を踏まえると分からなくもない。

 しかし、それにしては彼女の「呼び方」は奇妙である。


「『新月の御嬢様(おじょうさま)』?」


 愛斗(まなと)憑子(つきこ)の顔を見上げる。彼女は何かを覚悟したかの様に目を閉じ、自身に下る採決を待っているが如く佇んでいた。


「……まだ口を(つぐ)まれるおつもりでしたか?」


 大心原(だいしんげん)の口振りからすると、どうやら憑子(つきこ)は何か重大な秘密を隠している様だ。それは愛斗(まなと)も薄々感じていた事である。

 憑子(つきこ)(おもむろ)に目を開いた。


『……これ以上は無理でしょうね。本格的に動き、學園(がくえん)を破壊し始めた奴等を相手にする上で、今後の動き方に支障が出るわ。』

「その件ですが、事此処(ここ)に至っては強硬手段に出る以外に無いと考えています。速やかに全學園(がくえん)の生徒を家に帰し、当分の間休校とします。勿論、假藏(かりぐら)學園(がくえん)側とも協議した上で。」


 突如告げられた學園長(がくえんちょう)の決断に、この場の者達は顔を伏せた。表情だけ見ても、戸井(とい)宝乃(たからの)の誘拐と紫風呂(しぶろ)来羽(くるは)グループによる襲撃は、両學園(がくえん)融合以降辛うじて踏み止まっていた治安維持の一線を完全に超えたと言えるだろう。意義を挟む余地など有ろう筈が無い。しかし、それでも突然通っていた高校が閉鎖される彼等の不安と悲しみは拭えまい。


「それで、説明はしてもらえるんだろうな、大心原(だいしんげん)さんよ?」


 仁観(ひとみ)は使命とは裏腹に視線を憑子(つきこ)の方へと向けていた。暗に、幼馴染に対して責任を追及するかの様に。

 それを受け、大心原(だいしんげん)は再び憑子(つきこ)に問い掛ける。


(よろ)しいですね、『新月の御嬢様(おじょうさま)』?」

(わたし)の事は(わたし)から話すわ。』


 憑子(つきこ)愛斗(まなと)の元を離れ、執務机の脇へと移動して向き直った。


會長(かいちょう)先刻(さっき)から學園長(がくえんちょう)の仰るその『新月の御嬢様(おじょうさま)』と言うのは何なんですか?」

『それを含めて、今から説明しましょう。ただ、特に真里(まり)君と仁観(ひとみ)君にとっては衝撃的な真実を明かす事になるわ。以前言ったけれど、一つの重大な前提を崩す事になるから。』


 愛斗(まなと)瞠目(どうもく)し、仁観(ひとみ)は逆に目を細めた。他の者も息を呑み、彼女の発言を待っている。今この學園長(がくえんちょう)室は彼女の語ろうとする真相によって空気を支配されていた。


『結論から単刀直入に話しましょう。(そもそ)も、(わたし)華藏(はなくら)月子(つきこ)ではないわ。』


 時が止まった。愛斗(まなと)は一瞬、憑子(つきこ)が何を言っているのか理解出来なかった。


會長(かいちょう)? それは……どういう……。」

『今まで騙していて御免なさい。そしてこの謝罪は(きみ)だけでなく、華藏(はなくら)學園(がくえん)全ての生徒に対するものよ。』


 騙されたも何も、愛斗(まなと)は未だ言葉を能く呑み込めていない。


「解り易く説明して貰えるか? お前が(おれ)の幼馴染、華藏(はなくら)月子(つきこ)でないとしたら一体何者なんだ? その姿は一体何なんだ?」


 仁観(ひとみ)の問いに、憑子(つきこ)は淡々とした口調で答える。


(わたし)華藏(はなくら)月子(つきこ)に憑き、新月の夜にのみ目覚める事を許された者。そして悪魔と闇が手を結び、この學園(がくえん)を起点に世界を地獄で包むという企みを阻止すべく、彼女と入れ替わった存在。即ち憑物の憑子(つきこ)よ。』


 今、憑子(つきこ)が予てより言っていた通り、愛斗(まなと)の中で一つの大前提が崩れ落ちる。

 憑子(つきこ)滔々(とうとう)とこれまでの華藏(はなくら)家の事と、今の華藏(はなくら)學園(がくえん)の事、その裏に潜む悪魔と闇について語り続ける。

※お知らせ

本作は6/20㈫の第二章終了を機に、一旦休載致します。

第三章以降の再開は8/19㈯を予定しております。

何卒御理解の程宜しく御願い致します。

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