第三十二話 光の逆襲
■■■■ン■■■。
■■■■著、『■■■■・■■■■』■■■の■■より。
華藏學園、高等部二年の校舎、真里愛斗の教室。
不良の軍団に襲われているという情報を聞き付け、単独で救援に向かった仁観嵐十郎だったが、そこへ辿り着いた時にはもう華藏假藏両學園の生徒は一人も居なかった。
仁観はスマートフォンを取り出し、電話を掛ける。
「応、龍君か?」
『仁観先輩。華藏生達はグラウンドに避難させました。』
相手は愛斗のクラスメート、西邑龍太郎。この騒動を連絡して来た仁観と知己の後輩である。
「大丈夫なのか?」
『一先ずは。どういう訳か、假藏の不良達は校舎から出て来ないみたいで……。』
「校舎から出ない……。」
仁観は教室の窓を一瞥した。ゾロゾロと、虚ろな表情を浮かべた假藏生達が集まって来ている。どうやら目的は初めから華藏生ではなく、それを助けに来る者だった様だ。
「成程、良い度胸じゃねえか。」
一人、また一人と正気を失った不良が教室に入って来た。多勢に無勢と言った様相だが、その様な状況で今更怖気付く仁観ではない。
「全員纏めて返り討ちにしてやらァッ‼」
それどころか、仁観の方から不良の群に飛び掛かって行った。
☾☾☾
假藏學園の校舎裏、戸井宝乃は信じられない光景を目の当たりにしていた。
同級生の愛斗から溢れ出した白い靄が模ったのは、確かに華藏學園一の才媛、生徒會長・華藏月子の姿だった。それどころか、彼女は愛斗の身体ごと襲撃者達に向かって行き、基浪計と砂社日和に痛恨の一撃を浴びせたのだ。
「會長……? どうして……?」
もう一つ、彼女を困惑させていたのは、今の今迄「華藏月子」という人物の存在をすっかり忘れていたという事だ。
否、記憶に関して言えばこの様な不可解な現象は今に始まった事ではない。抑も、今彼女達に襲い掛かって来た基浪と砂社の二人、そして愛斗が生徒會の役員であったことを思い出したのもつい昨日の事だ。
「學園……一体どうなっちゃったの……?」
『戸井さん、心配する事は無いわ。』
そんな彼女に、白く透けた華藏月子の姿をした物は月子そのものの優しい声で言い聴かせる。
『華藏學園は私の宝。必ず元の平穏を取り戻す。その為に、誰よりも信頼の置ける後輩の真里君に御協力頂いているのよ。貴女は何も心配する必要は無い。學園を脅かす者達の好きにはさせないから。』
「は、はい……。」
矢張り、月子の声というものは人をうっとりと陶酔させる甘美な響きを持っている。その言葉を、鈴を転がすような声を聞いているだけで何とも言えない安心感に包まれる。
『そこで、戸井さんに一つお願いしたい事があるのだけれど……。』
戸井に顔を合わせるべく敵の二人に背を向けている憑子だったが、その隙を相手が見逃す筈も無く、基浪と砂社は闇を纏った手で背後から掴み掛かって来た。
「あっ! 危ない‼」
『大丈夫よ。』
笑顔を絶やさぬまま、彼女は愛斗の身体を動かして基浪と砂社に回し蹴りを浴びせ、迎撃した。素早く、しかし優雅に。強者の余裕すら感じさせる佇まいで憑子は胸を抑えて悶絶する二人に向き合う。
『女性に対して二人掛かりで後から不意打ちだなんて、苟且にも私の下で働いた人間に有るまじき卑屈な行いだこと。』
白い光が憑子から放たれ、基浪と砂社を射抜いた。二人は弾かれたように後ろへ吹き飛び、壁に背中を打ち付けて倒れ伏した。
「ぐっ……‼」
「この……‼」
『ああ、厳密に言えば死体を動かしているだけの別の存在だったわね。でも、当時の記憶と共に肝心な心構えを見失っていなかったのなら、もう少し私に躊躇いを覚えさせられたかもしれないのに。』
体を震わせながら起き上がろうとする二人に、憑子は両手を突き出して向ける。再び掌から白い閃光が放たれ、基浪と砂社に追い打ちを掛けた。
「がぁッ⁉」
「ぎィッ⁉」
『まあ、あいつにそんな教育なんて望めないかも知れないわね。そしてこの私にはそんな不届き者と態々決闘の形式に沿って戦ってあげる義理など無い。このまま甚振り殺してあげるわ。翅の捥げた蝶を楊枝で突くみたいにね。』
冷酷な表情でそう宣告すると、憑子は二人が起き上がる直前にまた光で彼等を打ち据えた。一見それは非常に残酷で悪趣味な仕打ちの様に見える。
だが、憑子の表情には全く愉悦の色が見えない。冷たい、と言うよりは何かを強く警戒しているかの様であった。
「憑子會長……。」
愛斗が何かを案じて声を掛ける。
『時間を稼がなければならない、しかし、こちらの力も制限時間も使い切ってはならない。劫々ままならないものね……。』
現状、彼女は基浪と砂社の事は問題にしていない。だが、どうやら何か別の存在を想定しているかのようだった。
「それならその難題、解かなくても良くしてあげようか?」
覚えのある声が脇から聞こえてきた。愛斗は瞠目して声の方を向く。
『思ったより早かったわね……。』
「やっぱり……来るのか……‼」
一歩、また一歩と白衣の痩せた男が近付いて来る。それは戸井にとっても良く知る人物だった。
「し、聖護院先生⁉」
行方不明の数学教師・聖護院嘉久。戸井は彼がこの一連の事件に深く関わり、黒幕の様に振舞っている事は知らない。
しかし、何やら只ならぬ空気を纏っている事は解る。現に、彼は基浪や砂社とは比較にならない程に濃い闇を纏っていた。
「フフフ、うちの生徒同士が揉めている現場に教師が立ち入り、仲裁する事に何か不審な点があるかな?」
『白々しいわね。聖護院先生本人でもない癖に……。』
憑子は聖護院の方へ向き直り、嫌悪感たっぷりの表情を浮かべる。対する聖護院も何やら激しい憎悪に満ちた表情を彼女に向けていた。
「それは此方の台詞だ……。お前のその姿、一々この私の神経を逆撫でる。お前が永久に消え去る事を果たしてこの私が何年願い続けたか……!」
『それはお互い様ね。尤も、具体的に動いた分私の思いの方が遥かに強かった様だけれど。』
「動いた……? まんまと動かされたの間違いだよ、それは……。」
聖護院を動かしている存在は何やら憑子と強い因縁を持っている様だ。互いに相容れない、怒りと憎しみ、そして殺意の籠った視線を向け合っている。
「お前さえいなければ私はもっと完璧でいられた……! 抹殺せねばならなかった! だから、お前に學園の神秘を利用する様に仕向けたのだ。私にとっても危うい賭けだったし、実際かなり際どかった。だが、御蔭で一つの願いの成就へ私は大きく前進することが出来た。」
憑子と聖護院、二人が互いの因縁をぶつけ合っている隙に、基浪と砂社が立ち上がり、体勢を立て直した。戦いは一気に三対一、此方にとってかなり不利な様相となった。
『随分策略家を気取っているみたいだけれど、それなら私が力を使い切るのを待った方が良かったのではないの?』
「その必要は無い。何故なら、お前は逆立ちしても私には勝てないからだ。」
『そう? それにしては随分と回りくどく、私達の事を誘き出してくれたけれど……。』
「諄いな。私は忙しい、とだけ言っておこうか……。」
聖護院は両腕を拡げ、紫色の闇を更に溢れさせた。その姿、どす黒い闇は当に圧倒的、基浪や砂社とは比べるべくも無かった。
「私の最終目標はお前の抹殺の、更に先にある。これは謂わば序での野暮用に過ぎない。つまり片付けるのは何時でも良く、偶々彼等が目途を付けてくれたから態々出張って来たという訳だ。これくらいの説明では不服かな? 我が人生不倶戴天の敵よ。」
言葉とは裏腹に闇の主は強烈な殺意を憑子に向けていた。それは憑子とて同じであった。
一触即発、二人の間に緊迫した空気が流れる。
『その下らない野望の為に何人犠牲になるか……。そんな事の為に我が學園の生徒達を差し出す訳にはいかないわね。』
「……その減らず口、二度と利けなくしてやる。」
聖護院は大きく腕を振り上げた。愈々、攻撃を仕掛けてくるつもりだ。
しかしその瞬間、この場に異変が起きた。
それを報せたのはスマートフォンを握る戸井だった。
「華藏先輩‼」
『来たわね‼』
戸井の方へ向き直った愛斗も直ぐに彼女たちの意図に気付く。勿論、聖護院や『闇の逝徒會』の二人も。その場で起きた現象は奇妙だが、それ程に何を意味するか明白だった。
『急ぎなさい、真里君! 祠へ‼』
「しまった! 時間稼ぎはこの為か‼」
基浪が破壊した筈の祠が綺麗に元通り組み上がっている。憑子の策略で、何らかの力が作用して蘇ったのだ。
慌てて腕を振るい、自身の纏った闇を矢のように放つ聖護院だったが、時既に遅し。愛斗は戸井を連れて観音開きからこの校舎裏を脱した。
「逃げられた……‼」
「フン、莫迦め‼」
屈辱に顔を顰める聖護院を余所に、基浪が愛斗の後を追う。
「祠を復活させたのは驚いたが、その逃げ道は奴等専用ではない! 此方からも追い掛けて始末してくれる‼」
基浪も愛斗と戸井を追い掛けるべく、祠の観音開きに手を懸けた。しかし、聖護院は何かを察して慌てふためく。
「基浪君、待ちなさい‼」
聖護院の制止も間に合わず、基浪の姿も愛斗たちの後を追う様にその場から消えた。
「一体どういう事です?」
砂社は振り向いて聖護院に尋ねた。聖護院は眉間に皺を寄せて答える。
「破壊した祠を復活させるなんて、考えられる方法は一つ。華藏學園側の祠から何らかの手順で假藏學園側の祠、形代に力を送って再生させたに違いない。そして、そんなことが出来たという事は、彼方側に呼び付けられ、実行に移した人物が居るという事……。若し、引き受けた相手が私の想像通りだとしたら……。」
次の瞬間、祠から基浪の絶叫が聞こえてきた。
「も、基浪君……?」
「矢張り……こうなったか……‼」
聖護院は苦虫を噛み潰したような表情で祠を見詰めていた。
「ど、どうしましょう?」
「この祠は暫く使えない。復活させるには此方も同じ事をする必要がある。その時間があれば、彼等はまんまと逃げ果せるでしょう。」
聖護院は踵を返した。
「この場は一度撤退するしかない。別の手段を考えましょう。何、時間はまだまだたっぷりある。そういう事なら敢えてじわじわと追い詰めて嬲り殺しにするのも一興かも……。」
愛斗達を襲う危機は一先ず去ったらしい。
☾☾☾
華藏學園の禁域の奥、その場に建っていた筈の祠は粉々に破壊されていた。居合わせたのは假藏學園側から移動して来た愛斗と戸井、白く透き通った姿を晒した儘の憑子、そして不良との戦闘に入った筈の仁観と、彼を呼び寄せた西邑。そして襲ってきた筈の紫風呂来羽が気を失って寝そべっていた。
「わけわかんねえが、取り敢えず言われた通りやったぜ。これで良かったのか?」
仁観が祠の残骸を踏み付け、肩で息をしている。どうやら基浪が假藏學園側でやった様に、彼が華藏學園側の祠を破壊した様だ。
そんな祠の残骸から、僅かに黒い靄が漏れ出している。
『流石は仁観君、伝言ゲームで指示した一発勝負を完璧に熟した上に、咄嗟の破壊指示にも難無く対応した……。本当、人間性は兎も角能力は優秀ね。』
仁観の仕事を称える憑子だったが、彼と西邑は信じられない物を見る眼を彼女に向けていた。戸井と同じ理由で、無理も無い事だ。
「真里、説明してくれるんだろうな?」
「そうだぜ。色々と訳が解らん。」
二人は愛斗に詰め寄ったが、その疑問に憑子自身が提案を出す。
『それは勿論だけれど、この場に留まるのは拙いわ。一旦移動しましょう。』
「移動って、何処へ?」
『學園長室。詳しい事はそこで話すわ。丁度、學園側にも対応を要請したいしね。』
西邑と仁観は釈然としない表情をしていたが、愛斗がその場から離れて歩き出したので、紫風呂の身体を背負って彼の後に続いた。
彼等が立ち去った後、祠の残骸から漏れていた闇は軈てサッカーボール程度の大きさに膨れ上がり、その中から基浪の生首と腕の残骸が零れ出した。
※お知らせ
本作は6/20㈫の第二章終了を機に、一旦休載致します。
第三章以降の再開は8/19㈯を予定しております。
何卒御理解の程宜しく御願い致します。




