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殺戮學園逝徒會畸譚  作者: 坐久靈二
第二章 傾奇少年と二つの逝徒會

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第三十話 闇の襲来

 耳のある者は聞くがよい。(とりこ)になるべき者は、(とりこ)になっていく。剣で殺す者は、自らも剣で殺されねばならない。ここに聖徒達の忍耐と信仰とがある。


――ヨハネの黙示録・第十三章より。

 戸井(とい)宝乃(たからの)の誘拐事件が解決したのも束の間、真里(まり)愛斗(まなと)の元に舞い込んで来た情報は更なる混乱だった。


西邑(にしむら)、状況を教えてくれ。一体何が起こっているんだ? お前は大丈夫なのか?」


 親友の西邑(にしむら)龍太郎(りょうたろう)から掛かってきた電話の向こう側からは微かに何かが打ち壊される音や人間の悲鳴が聞こえてくる。


(きみ)達が戸井(とい)を探しに行って(しばら)くしての事だ。仁観(ひとみ)先輩が気絶させた假藏(かりぐら)側の不良達は少しずつ目を覚まし始めたが、最初は大人しくしていた。まあ実力差を思い知ったからには態々(わざわざ)事を荒立てようとは思わなかったのだろう。』


 この辺り、有象無象の不良としては正しい生存戦略である。故に、それが覆された事は不可解なのだ。


「そいつらが急に襲って来たのか?」

『いや、正確にはそうではない。確かに今現在、彼らも暴動に加わってはいる。だが、最初に襲って来たのは別の連中だった。』


 その時、愛斗(まなと)は電話口に小さく聞こえた叫び声に我が耳を疑った。聞き覚えのある声がしたからだ。


「今の声、(おれ)は知ってるぞ。」


 仁観(ひとみ)嵐十郎(らんじゅうろう)愛斗(まなと)の困惑を余所に、声の主を探る。


假藏(かりぐら)の不良で頂点とやらを争ってる奴は大体三年だが、一人だけ二年でそこそこの奴がいる。確か名前は……。」

紫風呂(しぶろ)来羽(くるは)……!」


 愛斗(まなと)にとってそれは信じたくない推察だった。だが、(そもそ)紫風呂(しぶろ)は元々華藏(はなくら)學園(がくえん)愛斗(まなと)に喧嘩を売ってきた男である。つまり、彼が華藏(はなくら)を襲わないという保証は初めから無いのだ。

 しかし、それにしてもこれは不自然である。僅か三日前、遊びに行った時にはこれ以上敢えて華藏(はなくら)側に手を出そうという気配は無かった筈だ。

 流石にそれは憑子(つきこ)も感じているらしかった


真里(まり)君、襲ってきた不良に何か変な様子は無いか尋ねなさい。』


 この状況、タイミング。『闇の逝徒會(せいとかい)』の企みに影響を受けているかも知れないと思うのは愛斗(まなと)憑子(つきこ)と同意見である。愛斗(まなと)憑子(つきこ)に言われた通り、電話口の西邑(にしむら)に疑問を投げ掛けた。


『確かに、今暴れている不良は皆様子が変だ。』

「具体的にはどう変なんだ?」

『気のせいかも知れんが、限りなく黒に近い深紫の(もや)が薄く幕を張っていて、それから眼が何処(どこ)となく(あか)い光を帯びている様な……。』


 明らかに尋常では無い答えが返って来た。


『まるで悪魔に魅入られているかの様に、と言った所かしら。どうやら〝學園(がくえん)の闇〟が本格的に牙を剥いて来た。戸井(とい)さんの一件は矢張りほんの始まりに過ぎなかったようね。』

「だとすれば一体何が目的なんだ……?」


 愛斗(まなと)は考え込むがそんな彼の様子に業を煮やしたのか、傍で聞き耳を立てていた仁観(ひとみ)がとんでもない行動に出た。


「電話借りるぜ。」

「あ、一寸‼」


 仁観(ひとみ)は強引に愛斗(まなと)から電話を引っ手繰ると、西邑(にしむら)に対して勝手に話を進め始めた。


(りょう)君、取り敢えずそっちへは(おれ)が行く。愛斗(まなと)君と戸井(とい)ちゃんは一旦學園(がくえん)から離れさせるぜ。」


 何を言い出すのか、と抗議しようとした愛斗(まなと)だったが、憑子(つきこ)が彼を操り行動を縛った。


『妥当な判断だわ。どう考えてもまず優先すべきは戸井(とい)さんの安全確保。その為に、真里(まり)君を同行させて共に帰宅させる。問題となっている教室へは自分が向かい、暴動を鎮圧する。反対する理由は特に無い気がするわね。通常なら……。』


 妙な含みを持たせる言い方だが、愛斗(まなと)憑子(つきこ)の言う通りだと思い直した。


「分かりました、そうしましょう。」


 愛斗(まなと)は通話を終えた仁観(ひとみ)から電話を返して貰った。


仁観(ひとみ)先輩、(ぼく)のクラスメートをお願い出来ますか?」

「任せとけ。」


 真剣な眼差しで答える仁観(ひとみ)からは普段の傲慢で自信満々の態度とはまた違う頼もしさを感じさせられる。トラブルメーカーではあるが、トラブルに遭った時には誰よりも信用できる人物だと、愛斗(まなと)はそう感じていた。


「それから、假藏(かりぐら)の不良なんですが、何やら妙なものに操られている気がします。」

「何? 愛斗(まなと)君、何か知ってんのか?」

「無事終わったら必ず話します。」


 先ずはこの事態を必ず解決する。――そんな決意を含んだ「保留」に、仁観(ひとみ)は眉間に皺を寄せたもののそれ以上は問い詰めて来なかった。彼なりに感じ入る所が在ったのだろう。


「解った。愛斗(まなと)君、約束だぞ。」

「はい。」


 必ず無事に終わらせるぞ。――その覚悟を確認し合う約束だった。

 仁観(ひとみ)愛斗(まなと)に背を向け、廊下を駆け出した。恐らく、三年の教室から華藏(はなくら)側に戻って二年の校舎、愛斗(まなと)の教室に向かうつもりだろう。


戸井(とい)(ぼく)等も行こう。あ、その前に……。」


 愛斗(まなと)は忘れまいと、起きてその場に居合わせた唯一人の假藏(かりぐら)生、『弥勒狭野(ミロクサーヌ)』の一員にして戸井(とい)の開放に協力してくれた女子・将屋(しょうや)杏樹(あんじゅ)と向き合った。


「ありがとうございます。」

「礼には及ばないよ。元々こっちが悪いんだからさ。」

『その通りよ、真里(まり)君。恩に着る必要は無いわ。』


 矢張(やは)憑子(つきこ)の礼儀や誠意の基準は假藏(かりぐら)生が相手となると一気に下がるらしい。


華藏(はなくら)は羨ましいね。未だ真面(まとも)生徒會(せいとかい)役員が居て……。」


 そんな此方(こちら)の無礼な居候の存在など露知らぬ将屋(しょうや)何処(どこ)か悲し気な眼で愛斗(まなと)を見詰めて呟いた。その真意は分からないが、愛斗(まなと)は少し肩身の狭い想いをしていた。


(とは言っても中等部の四人は殺されちゃったし、その一人は覚醒剤の売人やってたし、高等部も二人は『闇の逝徒會(せいとかい)』側だし、會長(かいちょう)はこんなのだしなあ……。)


 華藏(はなくら)學園(がくえん)生徒會(せいとかい)真面(まとも)とは言い難かった。しかし、それでも愛斗(まなと)生徒會(せいとかい)の一員として立たなければならない。


「では、(ぼく)は行きます。どうかお気を付けて。」

「ああ、頑張って。」


 愛斗(まなと)将屋(しょうや)に一礼すると、戸井(とい)の手を引いてその場を後にした。



☾☾



 愛斗(まなと)は嘗て、假藏(かりぐら)生が喧嘩のスポットにしている『(ほこら)(ところ)』から二年の校舎へと案内された事がある。そして今回、二年の校舎から三年の校舎に移動した。即ち、(ほこら)への行き方は判っていた。


「ねえ、何処(どこ)行くの?」


 訳の解らない、といった疑問を戸井(とい)が背中越しに投げ掛ける。


戸井(とい)(ぼく)が何時もどうやって華藏(はなくら)から假藏(かりぐら)へ行き来していたか、分かる?」

「それは……あの禁域の山道でしょ?」


 流石は噂に聡いだけあって、戸井(とい)は二つの學園(がくえん)が通じている場所を(おおよ)そ察している様だ。しかし、この回答からは二つの(ほこら)の事までは知らないと見える。ひょっとすると、華藏(はなくら)學園(がくえん)の禁域の奥に(ほこら)がある事自体知らない可能性もある。


戸井(とい)、今は()(かく)(ぼく)を信じて着いて来てくれ。」


 戸井(とい)は納得したのか、それ以上何も言わなかった。校舎の裏へ回ると、恐怖からか手を一層握り返してくる。

 愛斗(まなと)戸井(とい)の小さな手の感触を強く感じながら、考える。


 何としても、彼女を守り抜かなくてはならない。

 この真面(まとも)目で少し人の噂が好きな同級生は、華藏(はなくら)學園(がくえん)を愛している。

 その彼女の思い出を、こんな異様な恐怖に沈んだまま終わらせる訳にはいかない。

 自分には、その責任があるのだ。


「着いた。」


 角を曲がると、その先に小さな(ほこら)が見えた。一週間程、假藏(かりぐら)學園(がくえん)の不良が華藏(はなくら)學園(がくえん)側に侵入して来ている闇の通路の入口だ。


「後もう少しだ、戸井(とい)。もう少しで華藏(はなくら)學園(がくえん)に戻れるぞ!」


 華藏(はなくら)側に戻りさえすれば、山道を抜けさえすれば、そのまま校舎は通らずにバス停へ向かう。バスが発車してしまえば、一先ずこの厄介事から戸井(とい)を遠ざけることが出来る。――愛斗(まなと)は疑いなくそう思っていた。


「ねえ、真里(まり)此処(ここ)は?」

戸井(とい)、この(ほこら)華藏(はなくら)側の同じ(ほこら)に通じているんだ。禁域の山道、その奥にある(ほこら)にね。」

(ほこら)……。」


 戸井(とい)の脚が止まった。愛斗(まなと)の手を引くその様子は強い躊躇(ためら)いを覚えている様にも思える。


「どうしたの、戸井(とい)さん?」

「同じ(ほこら)が……禁域にある……。華藏(はなくら)學園(がくえん)の禁域に……。」


 一人で帰る訳にはいかない愛斗(まなと)は彼女に釣られて歩みを止め、振り向いて声を掛けた。戸井(とい)の表情は明らかに何かに怯えていた。


「本当に……華藏(はなくら)の禁域に(ほこら)が在ったんだ……。」


 戸井(とい)は何かを知っている風に唇を震わせる。若しかすると、愛斗(まなと)よりも(ほこら)に纏わる恐ろしい噂話を聞いたことがあるのかも知れない。

 だが、こんな所で立ち止まっている訳にはいかない。愛斗(まなと)戸井(とい)の両肩に手を添え、彼女にそっと言い聞かせる。


「大丈夫。戸井(とい)の事は(ぼく)が必ず守る。」

真里(まり)が……?」

「やっぱり、頼りないかな?」


 戸井(とい)は微笑む愛斗(まなと)の眼を見詰め返してじっと覗き込んでいた。


「正直……。」

「そ、そう……。はっきり言うね……。」


 確かに、愛斗(まなと)の容姿は小柄で華奢(きゃしゃ)で童顔で、どう見ても女子を守りながら修羅場を潜り抜けられる様な風体ではない。自覚していたとはいえ、面と向かってそう告げられると流石(さすが)に傷付いてしまう。

 だが、それでがっくり肩を落とした事が却って功を奏したのか、戸井(とい)可笑(おか)しげに吹き出した。


「あはは、冗談だって。助けに来てくれただけで真里(まり)の事は充分信頼に値するから安心してよ。」

「酷いなあ……。」


 愛斗(まなと)は苦笑いを返すしかなかった。しかし、戸井(とい)の緊張が解れたのならいつも通りに帰れば良い。


「ま、(ぼく)だって何回も行き来しているから心配は要らないよ。」

「あ、確かにそうだね。真里(まり)が行き来できるなら安心だ。」

「お前なあ……。」


 軽口に呆れながらも、愛斗(まなと)は気を取り直して(ほこら)に近付いた。しかし、そんな二人の許に近付く不穏な人影があった。


真里(まり)君、早く行きなさい‼』

「え?」


 憑子(つきこ)が警告を発した時には既に遅く、上空から降ってきた人影がいきなり(ほこら)を踏み潰して破壊してしまった。突然の出来事に、愛斗(まなと)は思わず後退る。


「栄えある華藏(はなくら)學園(がくえん)高等部生徒會(せいとかい)の書記ともあろう者がこんな破落戸(ごろつき)共の吹き溜まりの真っただ中で何をしている? 個々がどういう場所か知っているのか?」


 気難しそうな表情をした筋肉質な長身の華藏(はなくら)生、(ふく)生徒(せいと)會長(かいちょう)基浪(もとなみ)(けい)が闇を纏って愛斗(まなと)の前に現れた。突如として華藏(はなくら)學園(がくえん)への帰り道を失った愛斗(まなと)は面食らったが、すぐさま(きびす)を返して戸井(とい)の腕を強く引いた。


 こうなったら何処(どこ)かの教室から直接華藏(はなくら)に戻るしかない。――咄嗟の判断だったが、即座に行動に起こせたのは上出来だった。

 問題は、相手もそれを承知だったという事だ。


生徒會(せいとかい)でも何度も言われたでしょ? 目上の人の質問には必ず答えなきゃ駄目なんだよ。」


 引き返そうとした愛斗(まなと)達の退路を、今度は生徒會(せいとかい)会計・砂社(すなやしろ)日和(ひより)が絶つ。愛斗(まなと)戸井(とい)は完全に挟み撃ちにされてしまった。


「くっ‼」

「いくら盆暗(ぼんくら)のお前でも解っているだろう? (おれ)達の狙いは最初からお前と、お前と一緒に居る女だ。」

「と言っても戸井(とい)さんじゃないよ。ま、纏めて始末するのも(やぶさ)かじゃないけど。」


 闇に魅入られた二人の先輩が、とうとう愛斗(まなと)憑子(つきこ)に牙を剥こうとしていた。

ここまでお読み頂きありがとうございます。

さて、四月頭から連載を開始しました本作ですが、第二章も残すところ半分となりました。

現在、第二章最終話は6/20㈫の掲載を予定しておりますが、それを以て一旦更新を一時停止致します。

理由は、暫しの充電期間を置き創作に向かう英気を養いたいというモチベーション管理の一環です。

更新再開は8/19㈯を予定しており、以降はこれまで通り週二回の更新を目標として完結まで続けたいと考えております。

誠に勝手ではございますが、何卒ご承知おきくださいませ。

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