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殺戮學園逝徒會畸譚  作者: 坐久靈二
第二章 傾奇少年と二つの逝徒會
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第二十九話 不可能の皮

 (ほとん)どの人間は人間である事を望みはしない。


――社会経済学者・モーア=〝スティーリー〟=アーレース

 假藏(かりぐら)學園(がくえん)生徒會(せいとかい)(しつ)の外で仁観(ひとみ)嵐十郎(らんじゅうろう)(くろがね)自由(みゆ)の喧嘩、(もとい)仁観(ひとみ)嵐十郎(らんじゅうろう)による(くろがね)自由(みゆ)への拷問が始まった頃、部屋の中で真里(まり)愛斗(まなと)如何(いか)にして解放された戸井(とい)宝乃(たからの)を連れて帰るかを考えていた。


「このまま非常階段を降りれば帰れるし、仁観(ひとみ)先輩には西邑(にしむら)から連絡を入れて貰って戸井(とい)の無事を報せる事も出来るけど……?」


 目的は飽くまでも戸井(とい)の救出であり、それは既に達成されている。となれば、一刻も早い撤退が急務であろうと思われる。

 だが、ここで横槍を入れる存在が居た。


『待ちなさい、真里(まり)君。此処(ここ)(しばら)く動かず様子を見ましょう。』


 愛斗(まなと)の脳内で憑子(つきこ)が行動にストップを掛け、事態を静観する様に命じて来た。愛斗(まなと)は周囲に聞こえない様に小さな(ささや)き声でその真意を問う。


「どういう事ですか?」

『どうもこうも、このままで済ませればあの不届き者が手を引かないでしょう。あの(くず)の中の(くず)には相応の報いを与える必要があるわ。』


 こう言われると、愛斗(まなと)にも憑子(つきこ)が何を目論んでいるのか理解出来た。この場で(くろがね)の戦力に通じている彼の配下の假藏(かりぐら)女子・将屋(しょうや)杏樹(あんじゅ)仁観(ひとみ)(くろがね)は勝てないと断言している。つまり、憑子(つきこ)は態と救出の報せを遅らせ、仁観(ひとみ)(くろがね)を完膚無き迄に叩きのめさせようとしているのだ。


 相変わらず怖い人だ……。――愛斗(まなと)憑子(つきこ)の持つ嗜虐性を改めて思い知った。


 しかし、憑子(つきこ)が意図していたのは何も(くろがね)に対する制裁だけではない。


『それに、四方(よも)や忘れてはいないでしょうね? この一件には假藏(かりぐら)の不良共だけじゃない。〝闇の逝徒會(せいとかい)〟が関わっている可能性が高いのよ?』


 憑子(つきこ)に指摘され、愛斗(まなと)はハッとした。戸井(とい)の誘拐を告げる置手紙には(くろがね)が率いる『弥勒狭野(ミロクサーヌ)』と連名で『逝徒會(せいとかい)』が記されていた。仁観(ひとみ)假藏(かりぐら)生徒會(せいとかい)長でもある(くろがね)が自分の為の新たなチームを作ろうとしているのだと解釈していたが、愛斗(まなと)はそれが『學園(がくえん)の闇』に関わる存在であると知っている。


「確かに、まだ何も安心出来ませんね……。(くろがね)()(かく)、その裏に隠れている連中の考えが読めない。」


 愛斗(まなと)が口にした言葉に、戸井(とい)将屋(しょうや)の二人の眉が同時に動いた。何やら二人とも思う所が有るらしい。


「あのさ、真里(まり)……。」


 先に口を開いたのは戸井(とい)だった。如何(いか)にも気まずそうな、遠慮がちな躊躇(ためら)いを含んだ表情で(おもむろ)に話し始めた。


「実は(わたし)を攫ったの、假藏(かりぐら)の人達じゃないんだよね……。」

「え?」


 愛斗(まなと)は内心予想通りであったが、一応驚く様な振りをして見せた。彼の考え通りなら、リアクションが薄いと戸井(とい)から見て不自然だろうと思ったからだ。


假藏(かりぐら)生じゃない? じゃあ、うちの生徒があんな危険な連中に戸井(とい)の事を差し出したって言うのか?」

「うん……。そうなるの……かな……?」


 どうやら戸井(とい)は自分でも事実を受け止め切れていないらしい。何となく想像は付くが、一応愛斗(まなと)は彼女に()いてみる。


「良かったら、誰の仕業か教えてくれないかな?」

「えっと……。」


 戸井(とい)は明らかに言い淀んでいた。余程信じられない相手だったのだろう。だが、事情を知っているのはもう一人の女子も同じだった。


(わたし)にも心当たりはあるよ。というか、つい先刻(さっき)まで一緒に居たからね。間違いなくあいつらだろう。」


 将屋(しょうや)杏樹(あんじゅ)もまた、この部屋にいた場違いな二人の事を知っていた。


「あいつら、確かに華藏(はなくら)生だった。何やらうちのチームと手を組んで悪さをしようとしている風だったね。アンタも気を付けた方が良いかも知れない。うちの(くろがね)は自分を頭が良いと思ってるだけの莫迦(ばか)だから単純な狙いしか無いだろうけど、あいつらは何を企んでいるか分かったもんじゃなかったからね。」


 愛斗(まなと)将屋(しょうや)の言葉に息を呑んだ。何気に重要な情報として、彼女は今回の一件に関わった華藏(はなくら)生を「あいつら」と呼び、複数居ることを示唆している。そして愛斗(まなと)の考え通りなら、『闇の逝徒會(せいとかい)』で動いているのは二人、元生徒會(せいとかい)副會長(ふくかいちょう)基浪(もとなみ)(けい)、元会計の砂社(すなやしろ)日和(ひより)である。


戸井(とい)、後で話がある。」


 愛斗(まなと)は意を決した。既に巻き込んでしまった以上、戸井(とい)にはある程度の事情を知る権利があるだろう。敵を知らなければ、また彼女の身に危険が迫った時に不用意な対処をしてしまうかも知れない。


真里(まり)、でも……。」

(きみ)が言いたくないならそれでもいい。ただそうじゃなくて、(ぼく)(きみ)に話さなければならない事があるんだ。」


 戸井(とい)は目を瞠り、愛斗(まなと)の顔を凝視していた。いつもと違う極めて深刻な眼差しに何か思う所があるのだろうか。


 その時、校舎が大きく揺れた。丁度、仁観(ひとみ)による(くろがね)への本格的な拷問、圧倒的な暴威が振るわれ始めた所だった。

 愛斗(まなと)は驚いてそっと部屋の扉を僅かに開け、隙間から外の様子を覗き込んだ。


「えっぐ……。仁観(ひとみ)先輩、怖……。」

「その言葉……。(くろがね)の奴は相当悲惨な目に遭っている様だね。ま、自業自得か……。」


 将屋(しょうや)矢張(やは)(くろがね)の所業を快く思っていない様で、彼女もまた呆れてチームのナンバー2を助ける気は無いようだ、

 ()くして、仁観(ひとみ)の圧倒的暴力の恐怖にドン引きした愛斗(まなと)は、憑子(つきこ)の意向もあって愈々(いよいよ)となるまで生徒會(せいとかい)室の中でこっそりと機を窺っていたのだった。




***




 華藏(はなくら)學園(がくえん)假藏(かりぐら)學園(がくえん)、現状で何より重要なのは、二つの學園(がくえん)が繋がっているのは互いの(ほこら)を通じてのみではないという事である。二つの學園(がくえん)は夫々の教室と教室が空間を捻じ曲げて融合しており、愛斗(まなと)が築き上げたバリケードが無ければ簡単に行き来できる状態にある。


 即ち、愛斗(まなと)仁観(ひとみ)、そして戸井(とい)の現状は華藏(はなくら)學園(がくえん)を、と言うよりも単に二年の校舎を離れたと言った方が正しい。

 そして、時を同じくして逆に三年の校舎から離れた二人の華藏(はなくら)生が居た事も忘れてはならない。


「良い囮になったね、(くろがね)會長(かいちょう)は。」

「フン、會長(かいちょう)と呼ぶのも(はばか)られる愚か者だがな。」


 假藏(かりぐら)學園(がくえん)の二年の校舎、その廊下を華藏(はなくら)學園(がくえん)生徒會(せいとかい)副會長(ふくかいちょう)基浪(もとなみ)(けい)と会計・砂社(すなやしろ)日和(ひより)が涼しげな表情で歩いていた。それはとても、不良達に怯える華藏(はなくら)の優等生には見えない立ち姿だった。

 そんな二人の背後から一人の大男が近付く。


(オウ)、てめえら。」

「ん?」


 見るからに強そうな不良に声を掛けられ、基浪(もとなみ)砂社(すなやしろ)は煩わしそうな表情で振り向く。


「こんな所で華藏(はなくら)生が何してやがる?」

(きみ)は確か……。」

紫風呂(しぶろ)君だよ、基浪(もとなみ)君。真里(まり)と仲良く海山(みやま)を追い詰めた。」


 砂社(すなやしろ)から自分の名前、更には先週の覚醒剤事件の顛末まで知っていると聞かされた二年生の大物不良・紫風呂(しぶろ)来羽(くるは)は警戒心を強め、眉間に皺を寄せた。


「てめえら、唯の坊ちゃん嬢ちゃんじゃねえな? 何者だ?」


 紫風呂(しぶろ)の質問に、基浪(もとなみ)砂社(すなやしろ)は不気味な笑みを浮かべた。


「簡単に答えるなら、『闇の逝徒會(せいとかい)』。」

「二つの學園(がくえん)を支配する偉大なる御方の使者、と言えば良いかな?」


 どういう事だ、と問い直す前に二人から紫の闇が溢れ出し、それはあっという間に紫風呂(しぶろ)を包み込んだ。


「かっ⁉ まさかてめえら、あの聖護院(しょうごいん)とかいう奴の……。」

「知る必要は無い。(きみ)は唯、我々の言う通りにすれば良い。」

一寸(ちょっと)さ、(きみ)の軍団を使って殺して欲しい奴が居るんだよね。」


 紫風呂(しぶろ)を包む闇は四方八方に飛び散り、何かを探す様に廊下の奥へとあっという間に消えていった。残された紫風呂(しぶろ)は虚ろな表情に目だけを爛々(らんらん)と耀かせる異様な顔貌を浮かべていた。それはまるで、自分の意思を何処(どこ)かに置き忘れたかの如き様相だった。


(きみ)が先日仲良くしていた真里(まり)愛斗(まなと)、あいつを殺せ。」

「マリマナト……コロス……。」

(きみ)は大物だから舎弟も多いって(くろがね)君から聞いてるよ。そいつらを使って、バリケードを破っちゃいな。」

「ワカッタ……。」


 基浪(もとなみ)砂社(すなやしろ)の恐ろしい命令を、紫風呂(しぶろ)は表情一つ変えないままで頷いて受諾した。自分の良心、愛斗(まなと)との(きずな)を完全に見失ったかの様に、焦点の合わない眼で紫風呂(しぶろ)(きびす)を返すと、そのまま二人の前から立ち去って行った。


「これで良し、と……。」

真里(まり)君はお人好しだから、紫風呂(しぶろ)君は打って付けの相手だね。」


 戸井(とい)の拉致騒動の間に、『闇の逝徒會(せいとかい)』は邪悪な企みを進めていた。




***




 仁観(ひとみ)と合流した愛斗(まなと)は、戸井(とい)を連れてさっさと華藏(はなくら)學園(がくえん)、自らの教室へ戻ろうと考えていた。

 既に来た事がある自分や人並み外れて喧嘩に強い仁観(ひとみ)()(かく)、唯の女子生徒に過ぎない戸井(とい)を危険な假藏(かりぐら)學園(がくえん)に留めておく事は明らかに避けるべきだろう。そこは仁観(ひとみ)も論を()たずに同意していた。


戸井(とい)ちゃん、正直(おれ)は御両親に連絡して一旦學園(がくえん)から離れた方が良いと思う。」


 仁観(ひとみ)の口から出た意外な程常識的な発言に、愛斗(まなと)戸井(とい)も跳び上がるほど驚いた。


「先輩⁉ (くろがね)との喧嘩で頭でも打ったんですか⁉」

「自覚が無くても何かあるかも知れないので病院に行っといた方が良いですよ⁉」


 余りの言い草に仁観(ひとみ)は眉間に皺を寄せ、少し不機嫌な表情を浮かべるが、普段の行いを鑑みれば身から出た錆だろう。


真里(まり)君、この男の性質(たち)が悪い所は、全く常識を知らないから非常識なのではなくて、常識を知った上で非常識に振舞っているという事なのよ。』


 憑子(つきこ)による人物評も、要するに故意犯であるという事であり、悪印象の擁護というよりも補強である。

 だが、それはそうとして彼等が皆驚く程度には常識的な意見ではあるので、それ自体には誰も異論を挟まなかった。


「はあ、お母さんに何て言おう……。」

「そうだね……。」


 難しい問題だった。寮生活をしている戸井(とい)の家族は、恐らく現在の學園(がくえん)の状況を知らないし、説明しようにも前提が異常過ぎて信じて貰えないだろう。

 ならばただ危険な目に遭った事実だけ背景を(ぼか)した(まま)伝えるしか無いが、そうなると彼女の家族は間違いなく學園(がくえん)に責任を追及するし、した所で學園(がくえん)には対応不可能なので、転校の手続きを始める可能性が極めて高い。それは戸井(とい)にとって避けたい事態だった。


(わたし)華藏(はなくら)學園(がくえん)が大好きだったのにな……。」


 戸井(とい)の本心、それは愛斗(まなと)も薄々感じていた事だった。唯真面目な優等生であるというだけで、毎朝誰よりも早く登校するという行動は説明が付かないだろう。そんな彼女の胸中を思うと、愛斗(まなと)はこう言わずにはいられなかった。


「まだ何も決まったわけじゃない。少なくとも、學園(がくえん)が元に戻れば今回みたいな事が起きる可能性は限り無く(ゼロ)に近付くだろう?」


 その為に自分はずっと行動している、彼はそれを彼女に伝えたかった。


「でも、元に戻る展望はあるの……?」

戸井(とい)、これは持論だけど……。」


 愛斗(まなと)は強い視線で戸井(とい)の眼を見て言い聞かせる。


「何かをやりたい時、やらなきゃいけない時、その何かは大抵『不可能の皮』を被っているんだ。それに怖気付かず、()ごうと手を伸ばす者だけに未来は掴めると思うんだ。だから(ぼく)は行動する。或る人にそう教わった様な気がするから。」


 (かつ)愛斗(まなと)華藏(はなくら)月子(つきこ)に憧れ、生徒會(せいとかい)役員に立候補した。それは自他ともに認める無謀な試みで、実際選出されてからは異常なストレス環境下に置かれ、何度も逃げ出したいと思った。だが今、彼を突き動かしているのは紛れも無くその役員としての自負だった。


真里(まり)君、結構格好良いじゃない。』


 憑子(つきこ)は感心した様に呟いた。會長(かいちょう)として鼻高々、といった心境だろうか。

 だが、戸井(とい)の心を開くには至らない。


真里(まり)、それは貴方(あなた)生徒會(せいとかい)役員だから言ってる?」


 彼女の心には一つの靄が掛かっていた。それは愛斗(まなと)の言葉を受け容れるには大きな障害であった。


(わたし)真里(まり)の事を信じて良いの?」

「信じて欲しいから、裏切りたくない、そう思って動いているよ。だから来た。」


 煮え切らない戸井(とい)の態度に、憑子(つきこ)は一つの推論を下した。


『彼女の不信感も()むを得ないわね……。』


 彼女はほぼ確信していた。


真里(まり)君、恐らく彼女を攫ったのはあの二人ね、これは確定でしょうね。』

「闇の逝徒會(せいとかい)……。」


 愛斗(まなと)憑子(つきこ)の推察に思わず呟いた言葉に、戸井(とい)は目を(みは)った。それは愛斗(まなと)にとっても(ほぼ)答え合わせだった。


戸井(とい)、やっぱり率直に()くよ。戸井(とい)を攫ったのは基浪(もとなみ)先輩と砂社(すなやしろ)先輩じゃないか?」

「え……?」

「おいおい、どういう事だよ、愛斗(まなと)君?」


 戸井(とい)だけではなく仁観(ひとみ)も驚いた様子で愛斗(まなと)を問い詰める。

 愛斗(まなと)は考える。

 先ず、憑子(つきこ)の言う様に、協力者は絶対に必要だ。そしてその為には、事情を隠した儘ではいられない。又、多少妄想染みて信じられない様な話でも、現状が既に常軌を逸しているのだから呑み込んで貰うしかない。


戸井(とい)仁観(ひとみ)先輩、折り入ってお話があります。」


 愛斗(まなと)が意を決した、その時だった。彼のポケットの中でスマホが振動し、着信を伝えた。通常のカリキュラムだと、今は授業中の筈だから、普通は知人から電話など掛かって来る筈が無い。


西邑(にしむら)……?」


 愛斗(まなと)は発信元の表示を見て驚いた。華藏(はなくら)學園(がくえん)の生徒は通常、緊急を要する時を除いてスマホの使用を許されていない。

 何かあったのか。――不穏な予感を覚えずにはいられなかった。


「もしもし?」

真里(まり)戸井(とい)はどうなった?』

「何とか助け出したよ。今から戻るところだ。」

『駄目だ‼ 今教室に戻って来るな‼ 假藏(かりぐら)生が攻めて来て暴れてる‼』


 突然の報せに、愛斗(まなと)だけでなく戸井(とい)仁観(ひとみ)にも動揺が走った。假藏(かりぐら)へ乗り込む際、愛斗(まなと)のクラスと繋がった假藏(かりぐら)のクラスで一悶着あった事に対する報復だろうか。


西邑(にしむら)、一体どういう事なんだ⁉」

『解らない! 何やら假藏(かりぐら)生の様子がおかしい! まるで正気を失っているかの様だ‼』


 どうやら事態は想像以上に危険な展開を迎えた様だ。

 愛斗(まなと)を始末する為に、『闇の逝徒會(せいとかい)』が極めて強引な手段で學園(がくえん)に混乱を(もたら)していた。

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